隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 先週は何も考えずに電話してしまったが。
 今日は時差をわかっていて、あえて電話した。

「……遥? また、こんな時間?」

 寝ぼけた朝陽の声がスマホ越しに聴こえた。

「うん、こんな時間。ごめんね、朝陽さん。でも、早く話しておきたかったんだ」
「そんなに大事な話? 何かあったの?」
「何かっていうか、さ……」

 俺は、大きく息を吸い込むと、通話口に向かって口を開いた。

「一緒に連れて行きてぇ大事な人が、アンタを想って泣いてんだ! 涙くらい拭きに来やがれ、馬鹿野郎!」

 大声で一気に捲し立てた。

「今日は、そんだけ。じゃ、おやすみ」
「え? 待って、ちょっと待って、遥!」

 電話を切ろうとしたら、かなり慌てた朝陽の声が響いた。

「どういうコト? 涼貴に何かあったの?」
「俺、浅沼先輩だなんて、言ってない」

 朝陽が、わかりやすく沈黙した。

「やっぱり、朝陽さんは浅沼先輩のこと、好きなんだよね。何で好きって言わなかったの」
「……言えるワケ、ないだろ。男同士なんだ、色々考える。何より俺は、いなくなるんだから」
「うん、そうだよね。世間体もあるし、相手も自分と同じように男が好きかなんて、わかんないもん。怖いよね」

 俺だって、怖かった。
 だからシネマトグラフに、ささやかな想いを籠めた。
 あれは、精いっぱいの告白だった。

「じゃぁ、なんでシネマトグラフ、置いていったの?」

 朝陽は、俺が圭吾にしたのと、同じことをした。
 だから、答えは知ってる。

「一方的な告白で、自己満足したかったんだろ。その後、相手がどれだけ悩むかなんて、考えない振りをして」

 俺が、そうだったから。
 これは朝陽に向けているようで、過去の自分に向けた言葉だ。

「もし、浅沼先輩も朝陽さんを好きだったら、凄く残酷だ」

 もう会えないかもしれない想い人からの、過去の告白を引き摺って生きる羽目になる。

「……俺が置いてきたシネマトグラフ、完成した?」
「まだ、レイヤーが二枚、見つからない。けど、目星は付いてる。だから、もうすぐだよ」
「そっか。見てもらえれば、わかるはずだよ。でも、やっぱり残酷かもしれないね。俺は涼貴の気持ちを、知っていたから」
「え……? なんで? 告白されたの?」

 浅沼は、自分の気持ちを伝えていないような話振りだった。

「告白とかは、されてないけど。毎日、一緒にいたら、気付くよ。涼貴も俺の気持ちに、気付いていたと思う」

 そうだろうか。浅沼は、朝陽の気持ちに気が付いているだろうか。
 そんな風には感じなかった。

 感じなかったけど、もし気が付いていたなら。お互いの気持ちを知りながら、二人はあえて自分の気持ちを伝えずに離れた。
 なのに朝陽だけは、シネマトグラフ(自分の気持ち)を置いていった。見るか見ないかの選択肢を、浅沼に一方的に預けて。

「やっぱり、残酷だ。朝陽さんは、狡い」
「そうだよ。俺は、狡いんだ。涼貴の気持ちが離れないって今でも、思ってる……願ってる」

 最初の電話の時も朝陽は、自分は狡いと話していた。
 あの時と今では、言葉の響きも重さも、全く違う。

「去年の、全国大会の前に起きた事件、聞いた。……朝陽さん、レイヤー壊した犯人、知ってただろ?」

 俺が唐突に突っ込んだ質問に、朝陽は黙った。
 だけど今は、朝陽に遠慮する気分じゃなくなっていた。

「知ってたのに、浅沼先輩に何も話さなかったんだろ。自分の気持ちを伝えないで、浅沼先輩の気持ちを確かめもしないで。今でも、何も知らない振りしてる」

 朝陽のその行動は、間違ってない。浅沼を想うからこそ、言わないんだ。
 わかっているけど、無性に腹が立つ。

「だからアンタは知らないんだ。朝陽さんがロスに行った後、浅沼先輩がどれだけ辛い想いして、危険な目に遭っているのか!」

 勢いで言い切った。

「……やっぱり、そういう話だったか。USBなら、木島彬人は持っていないよ」
「………………は?」

 一瞬、朝陽が何を言っているのか、わからなかった。

「なんで、それ、知って。ていうか、持ってないって、どういう……」

 何をどう聞いていいかわからなくて、テンパった。
 混乱したまま何も言えないでいたら、朝陽が話し始めた。

「遥が言った通り、真犯人を俺は知ってた。ソフトの設定が変わっていたせいで、涼貴がミスさせられた状況も、すぐに気が付いた。涼貴を動揺させたくなかったから、犯人は捜さないと部内で公言した。何もかも気付かない振りをして流すのが一番安全だと、あの時は思ったんだ」

 やっぱり、朝陽は気が付いていた。
 俺でさえ話を聞いただけで気付いたトリックに、朝陽が気付かないはずはない。

「木島が涼貴に想いを寄せていたのは、前から何となく気付いていた。事件の後、木島と涼貴が急に親しくなって不審に思った。だけど、俺は口出しできる立場じゃないと思った。大会が終われば、俺はすぐロスに移住する予定だったから」

 アメリカに行く前、朝陽と交わした会話が頭を過った。

「立場って、そんなの。浅沼先輩は騙されてただけだろ」

 自分で言った言葉が弱い。
 朝陽の言葉のほうが余程に説得力があると、感じる。

「あの時は、そこまで知らなかったんだよ。俺にはただ、木島と涼貴が仲を深めているようにしか見えなかったんだ。涼貴は木島にハメられて、俺のレイヤーを壊したんだと気が付いたけど。……もしかしたら、本当は涼貴は木島が好きで、木島のために共謀して俺をハメたのかもと、勘繰った」

 かっと頭に血が上った。

「そんな! 絶対ありえねぇ、けど……」

 浅沼と朝陽、両方の話を聞いた俺は、二人の想いと事情を知ってる。
 だけど。

 レイヤーが壊された事実と、木島の策略、急に距離を縮めた木島と浅沼。
 その状況だけが目の前にあったら、朝陽のように勘繰るのは、自然かもしれない。
 浅沼はあの頃も、今も、朝陽に何も告げていないのだから。

「うん、有り得ないよな。有り得ないって思いたかった。だから俺は、涼貴に自分の気持ちを告げない代わりに、シネマトグラフの欠片を置いていったんだ。残像でも良いから、俺の気持ちを知って欲しかった。涼貴が欠片を見付けてシネマトグラフを完成させてくれるのを、期待したんだ」

 朝陽の言葉が、すとんと胸に落ちた。
 どうして朝陽があんな回りくどい仕掛けで、見てもらえるかもわからない方法で、気持ちを浅沼に託したのか。

(朝陽さんも、怖かったんだ。気持ちを伝えたせいで、今の関係を失うかもしれないのが、怖かった)

 それでも、伝えずにはいられなかった。
 手渡したUSBが、朝陽ができた精一杯の告白だった。

 やっぱり、一年半前の俺が圭吾に渡したシネマトグラフみたいだ。