隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 不意に、田村のことを思い出した。
 偶然とはいえ、田村が話してくれなかったら、浅沼の話も聞けなかった。
 真相を知る機会はなかったかもしれない。
 田村には、感謝だ。

「そういえば、戻ってきたいって言ってる部員がいるんですよ。まだ名前は言えないけど、二年生のヤツ。辞めた奴が戻っても、先輩は嫌じゃないですか?」

 話を聞かせてくれた田村は、自分が話したとは言わないでくれと念を押していた。
 だからまだ、名前は言えない。
 しかし、とっかかりくらいは作っておいていいだろう。

「嫌なわけない。嬉しいよ。けど、今はまだ……せめて朝陽のシネマトグラフを完成させてからが、いいかな」
「俺も、それがいいと思います。今だと、中途半端だと思います」
「それも、そっか。話せない話も多いもんな」

 田村には、時期を見て戻ってきてもらおう。
 本人も迷っているようだったし、考える時間として、ちょうどいいかもしれない。

「戻ってきたいって思ってくれてる元部員も、いるんだね。本当に嬉しいな」

 浅沼が嬉しそうに微笑んだ。

「俺が入って、現在の部員が三人。同好会にはなったから、廃部は免れたな。五人以上にして、部に戻せたらいいよなぁ」
「遥先輩がいたら、すぐに人が集まりそうですけどね」
「俺、いうほど人望ねぇよ」
「自覚がないだけです」
「……褒めても何も出ねぇぞ」

 圭吾がさらりと褒めるから、照れ臭い。
 お世辞でも嬉しくなる俺は、つくづくチョロい。

「やるからには、夏の全国大会でさ。高校生の部、本気で優勝、狙いてぇじゃん」

 やると決めたからには、本気を出す。結果も残す。
 最後まで責任を取ると約束したからには、やる。

「夏の大会まで浅沼先輩、引退させませんからね」

 約束したからには、一緒に責任を取ってもらう。
 全力でシネマトグラフを楽しむ方向で、だ。
 去年しんどかった分を、今年で取り戻してもらいたい。

「俺だって、そのつもりだよ。植野とシネマトグラフを作れるなんて、凄いことだね。朝陽に自慢しちゃいそう」
「朝陽さんと、頻繁に連絡とってるんですか?」
「時々だよ。メールで、たわいない話をしてるだけ」

 それだけでもきっと、嬉しいんだろうな。と思うような笑顔だ。
 本当に好きなんだなと、その顔を見ているだけでわかる。
 好きって気持ちが人を綺麗にするって事実だ。

「そういえば、ごめん。俺の配慮が足りなかったけど。二人は、その……同性の恋愛とか、大丈夫? 抵抗ない?」

 今、気が付きましたって顔で、浅沼が慌てた。

「いや、俺は今日だけじゃないから。普段から二人がイチャイチャしてるから、平気なんだと思ってたんだよね。自分目線で、ごめんね」

 浅沼が、ふふっと笑う。
 そういえば、浅沼には前から配慮のない揶揄をされている。
 やっぱり俺は、悪くない。

「イチャついてねぇっす」

 とりあえず、いつも通りの否定をした。

「抵抗とか、俺は特にないですよ。自分も、性別で相手を好きになるタイプじゃないので。好きになった相手が男でも女でも、気にしません」

 イチャイチャをスルーして、圭吾がきっぱり言い切った。
 その言葉を、ぼんやり聴いた。
 圭吾の恋愛観を聞いたのは、初めてだ。

(そうなんだ。気にしないんだ。ずっとストレートだと思ってたけど。性別で好きになる訳じゃないんだ)

 なら少しは、可能性があるだろうか、なんて思ったりして。
 中学の時にスルーされているから、恋愛対象外なのかもしれないけど。

(ちょっとくらい、可能性を感じたって、いいよな)

 過度の期待は後々の自分を苦しめるだけかもしれない、とか思うと辛い。
 あんまり期待しないように気を付けよう。

「えっと、植野も、大丈夫? 不快じゃなかった?」

 浅沼が控えめに聞いた。
 これはもしかしたら、チャンスかもしれない。
 俺は意を決して、口を開いた。

「偏見ないし、大丈夫っすよ……ていうか、俺。多分……ゲイだから。ははは」

 人生初のカミングアウトを試みた。
 同じゲイの浅沼と気にしない圭吾なら、大丈夫かもと思ったから。
 何より圭吾に、少しはアピールできるかもしれないから。

「だよね。そうだろうと思ってた。良かったぁ」
「え? 思ってた?」

 浅沼が、あっけらかんと返事した。

「俺は中学の時に、気付きましたけど。本人から聞けて、嬉しいです。教えてくれて、ありがとうございます」
「えぇ!?」

 圭吾が、あまりにもいつも通りだ。

「なんで、気付いて……」
「え? まさか、隠してたの?」
「そもそも隠す気、ありましたか?」

 浅沼と圭吾に同じように驚かれた。
 何故バレたのか、全然わからない。

「隠してたつもりだけど。二人が変わらない態度で嬉しいです」

 ちょっと悲しくなりながら謝辞を述べた。

「遠藤のは、ちょっと意外だったかも。ゲイじゃなくてバイなんだね」
「意外ですか? でも、人のセクシャリティを聞くと意外って思うかもですね。俺も高校に入ってから、同性が恋愛対象って人の話を聞く機会が多くて、意外でした」
「へぇ、そうなんだ。同性愛者の近くには同性愛者が寄ってくるってジンクスは、あるかもね」
「そういうものですか?」
「あくまでジンクスね。視野が広がるというか」
「今まで近くにあっても見えていなかった世界が見えるというのは、あるかもですね」

 浅沼と圭吾の会話を遠巻きに聞く。

(あっけなく受け入れられた。良かったけど、なんか、なんか……)

 それなりに構えて話したのに、拍子抜けだ。
 写真部に入って、良かったかもしれない。
 三人でいる空気感は、好きだ。
 ぼんやりと、色々大丈夫な気がした。