「あの……しつこいようですけど、やっぱり一度、榛葉先輩に相談してみてはどうでしょうか。榛葉先輩なら、USBに保存してあるレイヤーのバックアップ、持っているかもしれませんよ。事情を話したら、送ってくれるかもしれません」
圭吾が至極真っ当な意見を述べた。
全く持ってその通りだ。
朝陽がデータを送ってくれれば、無理にUSBを取り返す必要がなくなる。
「そうだよな。俺が頼んでも駄目だったけど、浅沼先輩が頼んだら送ってくれるかもだよな」
俺と圭吾は同時に浅沼に視線を向けた。
浅沼が思い悩んだ顔をしている。
「……俺が頼まなきゃ、ダメ? もう一度、植野からお願いしてもらうのは、ダメ?」
俺は腕でバツを作った。
困った顔で上目遣いに頼まれても、駄目なものはダメだ。
ちょっと可愛い顔しても、ダメだ。
「俺が頼んでも、朝陽さんはくれないと思います」
写真部に正式入部したから、教えてくれるかもしれないが。
俺がお願いすることに意味がない。
「今、聞いた話、朝陽さんに全部していいなら、俺から連絡します」
「それは困るよ」
浅沼らしからぬ即答だ。
だけど俺は、話すべきだと思う。
何故なら、朝陽は大会用のレイヤーを壊した真犯人を、知っている可能性があるからだ。
(ソフトの設定が変わっていたことや、浅沼先輩の凡ミスの違和感。あの朝陽さんが気付かないわけが、ないんだよな)
もし朝陽が気が付いていたとして、それについてのメッセージをシネマトグラフに籠めたのだとしたら。
(最初は、愛の告白的なものだと思ってた。それだけじゃ、ないかもしれない)
最初に朝陽に電話をした時、発見したレイヤーを「壊しておいて」といった。
浅沼の話を聞いた後だと、あの返事も気になる。
仮に、浅沼と木島の関係を勘違いしていたら、大問題だ。
「じゃぁ、俺のお願いを先輩が聞いてくれたら、事情を話さずに俺から朝陽さんに頼んでみます」
「植野が、俺にお願い? いいけど……」
「朝陽さんのこと、好き? 浅沼先輩の素直な気持ち、教えてください」
これまで、朝陽と浅沼は両片思いって前提で話していたけど、はっきりとは聞いてない。
ちょっと、いやらしいやり方だけど、ちゃんと確認したかった。
呆けたような顔をしていた浅沼の顔が、途端に真っ赤になった。
その顔がもう、総てを物語っている。
(なんだ、この可愛い生物は! 美人の赤面て、こんなに破壊力あるんか)
こっちが照れる勢いの照れ顔だ。
ヤバいくらい可愛い。
ちょっとだけ、木島の気持ちがわかった気がする。
「植野、狡いね。……好きじゃなきゃ、こんなに困らないよ」
「言い方が素直じゃないので、今のはカウントしません」
浅沼が、あからさまにショックを受けた顔をした。
「遥先輩、急にどうしたんですか。美人を虐めちゃ、ダメです」
「圭吾は聞きたくねぇの? 浅沼先輩の素直な気持ち」
「聞きたいです。むしろ、遥先輩より俺のほうが聞きたいと思ってます」
俺と圭吾は同時に浅沼に顔を向けた。
「何で二人は、こんな時まで仲良しなの。息ピッタリだね」
浅沼が困っている。
可愛い顔で困っていられると、虐めたくなるから不思議だ。
二人分の熱視線を受けて、浅沼が息を吐いた。
「ずっと……好きだったよ。離れたら少しは冷めると思ったけど、逆だった。むしろ、今のほうが好きなんだ」
浅沼が、組んだ手を、きゅっと握った。
「だから、迷惑かけたくないんだよ。近くにいた時も、そう思って想いを伝えなかった。離れなきゃいけないなら、伝えたら迷惑かけるって。だけど、言ってみたら良かったのかな」
浅沼の声が震える。
切ない思いが、掠れる声と一緒に流れ落ちる。
「ダメだったとしても、諦めが付いたかも。少なくとも、今よりマシだったかもって……」
透明な雫が、浅沼の手にぽたぽたと落ちた。
浅沼の目から、涙が零れていた。
ビクリとして、俺は固まった。
「あれ……嫌だな。何で、こんな……二人とも、気にしないで」
顔を背けて、無理に笑おうとする目から、また涙が零れる。
とんでもない罪悪感が込み上げた。
「浅沼先輩、ハンカチ、使ってください」
圭吾がハンカチを手渡した。
浅沼の泣き顔を見ないように顔を逸らしている辺り、さすがだ。
圭吾の目が俺に向いた。
「美人を泣かせるなんて、遥先輩、酷いですね」
「お前も聞きたいって言っただろ、同罪だ!」
俺だけ悪者にしようなんて、圭吾も狡い。
ハンカチで目を抑えながら、浅沼が笑った。
『写真部を、涼貴を、よろしくね』
不意に、朝陽の言葉を思い出した。
目の前で泣く浅沼は弱くて脆くて儚くて、守ってあげたくなる人だ。
きっと今日まで、木島の恐怖に一人で耐えてきたんだろう。
脆そうだけど、強い人だ。
(こんなに綺麗で可愛い人、放置するとか。マジで何やってんだよ、朝陽さん)
朝陽は、どこまで気が付いていたんだろう。
浅沼を、どう想っているんだろう。
(どう考えても、好きだよな。朝陽さんがロスに連れて行きたかったのは、俺じゃなくて浅沼先輩だ)
だからこそ、朝陽のシネマトグラフは絶対に完成させないといけない。
USBも取り返さないといけない。
(だけど、浅沼先輩を守るのは俺じゃねぇよ、朝陽さん)
現に俺は、浅沼先輩が目の前で泣いても、慰めることすらできないんだから。
「素直な気持ち、聞けたから、俺から朝陽さんに連絡してみます。今日聞いた話も、浅沼先輩の気持ちも、勝手に話したりしないから、安心してください」
「本当に連絡してくれるの?」
「約束した責任は、果たします」
「泣かせた分、上乗せですね。秘密厳守で頑張ってください」
被せてきた圭吾を睨みつける。
「やる時はやる男だ。任せろ」
「遥先輩が男前なのは、知ってます。小動物系男前、小さいけど大きい、頼りになる男、植野遥」
圭吾が完全に揶揄いモードだ。
「小動物系男前って何だよ! あと、チビって言うな!」
「小さいとは言ったけど、チビとは言ってない」
ぎゃあぎゃあ食って掛かる俺を、圭吾が軽くいなす。
デカい奴は、こういう時、狡い。
殴ろうとしても、手が届かない。
手を握られたら、簡単に振り払えない。
俺たちのやり取りを眺めていた浅沼が、吹き出した。
「あぁ、なんか。涙が吹っ飛んだ。二人を観てると、ほっこりした気持ちになるよ」
まだ泣いているような顔でも、浅沼が笑ってくれた。
その笑顔に心から謝罪する。
(浅沼先輩、すみません。多分、俺、今日の話、ほとんど朝陽さんにしちゃうと思います)
ていうか、朝陽は知っていると思う。という本音を内側に仕舞って、俺は黙した。
圭吾が至極真っ当な意見を述べた。
全く持ってその通りだ。
朝陽がデータを送ってくれれば、無理にUSBを取り返す必要がなくなる。
「そうだよな。俺が頼んでも駄目だったけど、浅沼先輩が頼んだら送ってくれるかもだよな」
俺と圭吾は同時に浅沼に視線を向けた。
浅沼が思い悩んだ顔をしている。
「……俺が頼まなきゃ、ダメ? もう一度、植野からお願いしてもらうのは、ダメ?」
俺は腕でバツを作った。
困った顔で上目遣いに頼まれても、駄目なものはダメだ。
ちょっと可愛い顔しても、ダメだ。
「俺が頼んでも、朝陽さんはくれないと思います」
写真部に正式入部したから、教えてくれるかもしれないが。
俺がお願いすることに意味がない。
「今、聞いた話、朝陽さんに全部していいなら、俺から連絡します」
「それは困るよ」
浅沼らしからぬ即答だ。
だけど俺は、話すべきだと思う。
何故なら、朝陽は大会用のレイヤーを壊した真犯人を、知っている可能性があるからだ。
(ソフトの設定が変わっていたことや、浅沼先輩の凡ミスの違和感。あの朝陽さんが気付かないわけが、ないんだよな)
もし朝陽が気が付いていたとして、それについてのメッセージをシネマトグラフに籠めたのだとしたら。
(最初は、愛の告白的なものだと思ってた。それだけじゃ、ないかもしれない)
最初に朝陽に電話をした時、発見したレイヤーを「壊しておいて」といった。
浅沼の話を聞いた後だと、あの返事も気になる。
仮に、浅沼と木島の関係を勘違いしていたら、大問題だ。
「じゃぁ、俺のお願いを先輩が聞いてくれたら、事情を話さずに俺から朝陽さんに頼んでみます」
「植野が、俺にお願い? いいけど……」
「朝陽さんのこと、好き? 浅沼先輩の素直な気持ち、教えてください」
これまで、朝陽と浅沼は両片思いって前提で話していたけど、はっきりとは聞いてない。
ちょっと、いやらしいやり方だけど、ちゃんと確認したかった。
呆けたような顔をしていた浅沼の顔が、途端に真っ赤になった。
その顔がもう、総てを物語っている。
(なんだ、この可愛い生物は! 美人の赤面て、こんなに破壊力あるんか)
こっちが照れる勢いの照れ顔だ。
ヤバいくらい可愛い。
ちょっとだけ、木島の気持ちがわかった気がする。
「植野、狡いね。……好きじゃなきゃ、こんなに困らないよ」
「言い方が素直じゃないので、今のはカウントしません」
浅沼が、あからさまにショックを受けた顔をした。
「遥先輩、急にどうしたんですか。美人を虐めちゃ、ダメです」
「圭吾は聞きたくねぇの? 浅沼先輩の素直な気持ち」
「聞きたいです。むしろ、遥先輩より俺のほうが聞きたいと思ってます」
俺と圭吾は同時に浅沼に顔を向けた。
「何で二人は、こんな時まで仲良しなの。息ピッタリだね」
浅沼が困っている。
可愛い顔で困っていられると、虐めたくなるから不思議だ。
二人分の熱視線を受けて、浅沼が息を吐いた。
「ずっと……好きだったよ。離れたら少しは冷めると思ったけど、逆だった。むしろ、今のほうが好きなんだ」
浅沼が、組んだ手を、きゅっと握った。
「だから、迷惑かけたくないんだよ。近くにいた時も、そう思って想いを伝えなかった。離れなきゃいけないなら、伝えたら迷惑かけるって。だけど、言ってみたら良かったのかな」
浅沼の声が震える。
切ない思いが、掠れる声と一緒に流れ落ちる。
「ダメだったとしても、諦めが付いたかも。少なくとも、今よりマシだったかもって……」
透明な雫が、浅沼の手にぽたぽたと落ちた。
浅沼の目から、涙が零れていた。
ビクリとして、俺は固まった。
「あれ……嫌だな。何で、こんな……二人とも、気にしないで」
顔を背けて、無理に笑おうとする目から、また涙が零れる。
とんでもない罪悪感が込み上げた。
「浅沼先輩、ハンカチ、使ってください」
圭吾がハンカチを手渡した。
浅沼の泣き顔を見ないように顔を逸らしている辺り、さすがだ。
圭吾の目が俺に向いた。
「美人を泣かせるなんて、遥先輩、酷いですね」
「お前も聞きたいって言っただろ、同罪だ!」
俺だけ悪者にしようなんて、圭吾も狡い。
ハンカチで目を抑えながら、浅沼が笑った。
『写真部を、涼貴を、よろしくね』
不意に、朝陽の言葉を思い出した。
目の前で泣く浅沼は弱くて脆くて儚くて、守ってあげたくなる人だ。
きっと今日まで、木島の恐怖に一人で耐えてきたんだろう。
脆そうだけど、強い人だ。
(こんなに綺麗で可愛い人、放置するとか。マジで何やってんだよ、朝陽さん)
朝陽は、どこまで気が付いていたんだろう。
浅沼を、どう想っているんだろう。
(どう考えても、好きだよな。朝陽さんがロスに連れて行きたかったのは、俺じゃなくて浅沼先輩だ)
だからこそ、朝陽のシネマトグラフは絶対に完成させないといけない。
USBも取り返さないといけない。
(だけど、浅沼先輩を守るのは俺じゃねぇよ、朝陽さん)
現に俺は、浅沼先輩が目の前で泣いても、慰めることすらできないんだから。
「素直な気持ち、聞けたから、俺から朝陽さんに連絡してみます。今日聞いた話も、浅沼先輩の気持ちも、勝手に話したりしないから、安心してください」
「本当に連絡してくれるの?」
「約束した責任は、果たします」
「泣かせた分、上乗せですね。秘密厳守で頑張ってください」
被せてきた圭吾を睨みつける。
「やる時はやる男だ。任せろ」
「遥先輩が男前なのは、知ってます。小動物系男前、小さいけど大きい、頼りになる男、植野遥」
圭吾が完全に揶揄いモードだ。
「小動物系男前って何だよ! あと、チビって言うな!」
「小さいとは言ったけど、チビとは言ってない」
ぎゃあぎゃあ食って掛かる俺を、圭吾が軽くいなす。
デカい奴は、こういう時、狡い。
殴ろうとしても、手が届かない。
手を握られたら、簡単に振り払えない。
俺たちのやり取りを眺めていた浅沼が、吹き出した。
「あぁ、なんか。涙が吹っ飛んだ。二人を観てると、ほっこりした気持ちになるよ」
まだ泣いているような顔でも、浅沼が笑ってくれた。
その笑顔に心から謝罪する。
(浅沼先輩、すみません。多分、俺、今日の話、ほとんど朝陽さんにしちゃうと思います)
ていうか、朝陽は知っていると思う。という本音を内側に仕舞って、俺は黙した。

