隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「けど、入院中に、馬鹿な考えだって反省したよ。今は、そんな風には思ってない」

 表情を取り繕って、浅沼が微笑む。
 その笑みが、もう痛い。

(こんなに辛い思いを一人で抱えて、誰にも相談しないで、今まで耐えてきたんだ。しんどすぎる。朝陽さんは、何してんだよ)

 いくらアメリカにいるからって話くらい、聞けたはずだ。
 そもそも、朝陽は浅沼の状況を知っているんだろうか。

「浅沼先輩、朝陽さんに相談しなかったんですか?」

 聞いていいのか、わからないけど。
 大事な部分だ。

「話せるわけないよ。レイヤーを壊したことさえ、いまだに謝っていないんだ」
「そっか、そうでしたね」

 木島の相談をすれば、レイヤーを壊した話をしなければいけなくなる。
 話したくても話せない。

「それに、新しい場所で頑張っている朝陽の邪魔はしたくないんだ。朝陽は、ロスでシネマトグラフを学べるのが、とても楽しいって話していたから。余計なこと考えずに、好きなコトに没頭して欲しいんだよ」

 連絡は取り合っているのに。
 浅沼が隠している事情は、朝陽にとって余計なことだろうか。

「朝陽が置いていったシネマトグラフに気が付いても、積極的に探そうって思わなかったのは、そのせいもあるかな。元々、住む世界が違う人だった。海の向こうまで離れたのなら、追いかけるのはやめようって思ったんだ」

 浅沼の言葉が、乾いて聞こえる。
 俺は、浅沼が持っていたパンフレットを思い出していた。
 諦めた人間が、進学先の候補に彼が住む場所を含めたりするだろうか。
 生中な覚悟で行ける場所ではないのに。

「だったら、なんで……」
「住む世界が違うって、何ですか?」

 圭吾の声が、小さな声で俺に被せた。
 ドキリとして、俺は聞きたかった言葉を飲み込んだ。

「榛葉先輩がシネマトグラフの天才で、その道の有名人だからですか?」
「実力もセンスもある、自他ともに認める天才。そんな人の足を引っ張るのは、嫌だからさ」
「足を引っ張るんですか? 自分の存在がその程度って、どうして自分で決めつけるんですか?」

 圭吾が息巻いて立ち上がりかけた。
 俺は慌てて圭吾のジャケットを引っ張った。

「おい……圭吾、やめろ。どうしたんだよ」

 圭吾の様子が、いつもと違う。
 急に不安になった。

「浅沼先輩の気持ちも、榛葉先輩の気持ちも、二人の関係も、俺は知りません。だけど、少なくとも俺は、浅沼先輩にそんな風に思ってほしくないです。手を伸ばしても届かない人だったとしても。想いはもう、受け止めてもらえないかもしれなくても。受け止めてもらえるまで手を伸ばし続けるって、言ってほしいです」

 こんなに必死に訴える圭吾は、初めて見た。
 浅沼が、何故か俺を見詰めた。

「そっか……そういう感じ、だったんだ。遠藤は、思ったより自分勝手なんだね」
「……すみません。だけど、諦めたく……諦めてほしく、ないんです」
「俺も、諦めてほしくないよ」

 圭吾が顔を上げて、浅沼を凝視した。
 浅沼が、さっきより緩い感じに笑んだ。

「遠藤のお陰で、元気が出たよ。ありがと。やっぱり朝陽のシネマトグラフ、俺は見なきゃダメだよね。USB、取り返さないとね」
「取り返す? 失くしちゃったんですよね?」

 俺は、思わず聞き返した。

「失くしたと、思ってたんだ。だけど、木島が持ってた。階段から転倒した時に俺が落としたのを拾って、持っているらしいんだ。何度も連絡が来て、無視してたんだけどね。もう無視できないね」

 俺は絶句した。
 そこに繋がるのかよ、という気持ちだ。

「取り返す方法を、一緒に考えてほしいってこと、っすか?」
「そう。昔の話が長くなっちゃったけど、つまりはそういう話だよ」

 俺は頭を抱えた。

「とんでもねぇ人質……物質(ものじち)? 持っていきやがったな、木島彬人」

 転校したなら大人しく消えてくれって感じだ。

「連絡が来るってことは、USBを返すから会いたいとか、そういう感じですか?」

 圭吾の質問に、浅沼が思い悩む顔をした。

「そうだと思うけど……恋人になれって、ずっと言われていたから、そういう条件だと思う。だから余計に会いたくないんだ」
「それ一人で行ったらダメなヤツ。危ないヤツだ」

 俺の直感は、きっと間違ってない。
 浅沼は見るからに脆そうだし弱そうだから、その場で手籠めにされかねない。

「執着、強すぎじゃね? 怖すぎじゃね?」

 そこまで独り善がりに好きだと暴走できるのは、ある意味才能だと思う。

(俺も他人のことは言えねぇけどさ。木島ほど狂った好きじゃねぇぞ……ねぇよな?)

 二年間、不毛な片想いをしているだけだ。
 中学を卒業してからの一年間は、連絡だって控えていた。