「あの頃は、大体いつも、副部長の木島が最後まで残って、片付けと戸締りをしていたんだ。朝陽のレイヤーが壊された時、部員たちが一番に木島を疑ったのは、そういう事情もあった。仲が悪いのも周知だったけどね」
「最後まで残っていたのなら、一人になる日もあったでしょうから。意図的に壊すくらい、木島先輩のキャラならしそうですもんね」
圭吾の意見が、ずっと容赦ない。しかし、同意だ。
なるほど、部員たちが木島を疑った気持ちがわかった。
普段から朝陽に突っかかっている木島は、疑われても無理はなかった。
「戸締りは木島が率先してやっていたんだけど、二学期になってもそれは変わらなかった。でね、忘れ物を取りに部室に戻った時、偶然見ちゃったんだ。木島が、俺が壊した朝陽のレイヤーを復元している所を」
「……え?」
圭吾が驚きで言葉を詰まらせている。
俺は思わず身を乗り出した。
「復元って、レイヤーは浅沼先輩が復元不可能なくらい壊しちゃったって……いや、でも、待った。そもそも、変だ」
浅沼の告白が衝撃過ぎて思考を持っていかれていたが。
俺は冷静に聞いた話を整理した。
「植野は、俺の話が変なの、やっぱりわかる?」
「変すぎて、何が変なのか、俺にはわかりません」
圭吾が軽く混乱している。
「マジで、そもそも論だけど。復元不可能なほどに壊れるなんて、滅多にない。シネグラソフトは、最新ヴァージョンなら五分毎自動バックアップ機能がある」
圭吾がパソコンのソフトのヴァージョンを確認している。
「これ、最新ヴァージョンですよね。当時もインストールされてましたか?」
「当時は一つ前のヴァージョンだったけど、バックアップ機能はあった。ただ、部員の間での認知度は低かったよ。知っていたのは朝陽くらいかな。それくらい、俺も含めて皆が使いこなせていなかったんだよ」
「いやでも、それくらい……」
自分が使っているソフトくらい、理解しようぜ。
言いかけた俺に、圭吾が首を振った。
「俺はその感覚、正直わかります。俺もシネグラソフト、そこまで理解して使えてないです」
「そういうもん?」
圭吾が、うんうんと頷いている。
「それがそのまま、レベルの差なんだよ。朝陽や植野は、一般の高校生とはソフトの理解度や熟練度まで違うんだ」
浅沼に、そんな風に言われてしまうと、何も言えない。
「だけど木島は、ソフトについてはよく理解してた。だから、俺が壊すように仕向ける方法も、復元できない状況も、作り出せた。俺一人を騙す程度にはね」
「仕向ける? なら、実際に壊したは、木島先輩ですか?」
わからないながら圭吾が質問している。
俺は首を振った。
「いや、直接壊したのは多分、浅沼先輩で間違いないですよね。その状況でロックがかかるように設定を変えたのが、木島先輩だった。もっと言うなら、浅沼先輩のミスは誘導された可能性が高い。キー配列の設定、変わってませんでしたか?」
圭吾が気が付いた顔をした。
俺は圭吾に向かい、頷いた。
また、浅沼に向き直った。
「簡単な加工なら、シネグラソフトは、ほとんどマウスだけで可能です。だけど、高度な加工になるとキーボードを使う。キーボードまで使って加工する部員なんて、ソフトを使いこなせていない写真部員にはまずいない。使うとしたら、二人だけだ。一人は、朝陽さん。もう一人は、朝陽さんから指導を受けていた浅沼先輩です」
浅沼が深く息を吐いた。
「その通りだよ。さすが、植野。見ていたようだね。キー配列が変わっているなんて思いもしないから、相当パニクったよ」
自動バックアップ機能すら認識していない部員が、キーボードを使った加工なんかできるわけがない。
使用する部員は、簡単に絞れる。
「復元不可能って恐らく、その状態で完成しちゃったんだと思うんですけど、違いますか?」
「そこまで、わかるんだ」
浅沼が疲れた顔で感心している。
圭吾が難しい顔で質問した。
「完成って、どういうことですか?」
圭吾が戸惑った顔をした。
「加工って削ったりもするけど、結局はレイヤーを重ねたり、フィルター掛けたりするだろ。中途半端な状態でレイヤー統合して保存したらアイレバシブルだから。更にソフト内でロックをかけたら、その写真はもう加工できない」
圭吾の顔が引き攣っている。
「その状況になるように、木島先輩が浅沼先輩を誘導したってことですか?」
「不可能じゃないよ。ソフトの使い方を熟知していれば、そう難しくない。それより俺は、何のためにそこまですんだよって動機のほうが、怖いし腹立つ」
目線を浅沼に向ける。
ビクリと怯えた目が俯いた。
「……俺を、朝陽から奪うため。そう、言われた」
浅沼が小さな声で教えてくれた。
「え? 大会で蹴落とす為とかじゃ、なくてですか?」
圭吾の声が困惑している。
困惑しているというより、気持ち悪がって聞こえる。
俺がそう思っているからだろうか。
「写真部に入ったのも、ソフトの使い方を覚えたのも、俺を手に入れるためって、木島が言ったんだ。シネマトグラフなんて、最初から興味ないって。俺と朝陽を仲違いさせる材料にするために、木島は朝陽が部活で作ったレイヤー、全部盗んで持ってた。俺が壊したレイヤーも、バックアップを持ってたんだ」
俺は息を飲んだ。
その告白は、あまりに怖すぎる。
隣の圭吾が、引いている。
普段は動じない男なのに、動じっぱなしだ。
「その告白を、屋上の踊り場でされたんだ。朝陽のレイヤーを復元していたのを問い詰めたら、その時は逃げられた。しつこく迫ったら、全部話すからって、屋上に呼び出された」
「怖すぎますね。引くとかいうレベルじゃないです」
圭吾の素直な言葉に、同意しかない。
田村が、ねちっこいとか木島の性格を表現していたが、そんなレベルじゃない。
「怖かったよ。今でも怖いし、腹が立つ。だけど、一番腹が立つのは、自分自身だ。パニックになったとか、弱ってるとか言い訳して、木島の言葉に甘えた自分が、どうしようもなく腹が立つんだよ。アイツの思惑通りに動かされていただけだったのに」
浅沼が、声を荒げた。
おおよそ、浅沼らしくない。
口惜しさと後悔が伝わってくる。
「階段から落ちた時、いっそ頭でも打てば良かったって、入院中は何度も思ってたよ」
その気持ちは、わかる。
全部、忘れられたらそのほうが楽だ。
けど残念なことに、現実は消えない。
「まさかですけど、浅沼先輩、自分から落ちたりしてませんよね?」
圭吾がとんでもない質問をした。
さすがにそれは、と思ったのに、浅沼が唇を噛んで黙った。
「え? マジで……自分から?」
「木島に迫られて、躱そうとして、うっかり足を滑らせただけだよ。けど、落ちた瞬間、思っちゃったんだ。朝陽はもういないから、自分がどうなっても構わないって」
偶然の事故、そこにほんの少しの自虐が混じった。
自殺未遂とまではいわないけど、浅沼は自分を放棄しかけた。
俺も圭吾も、静かに息を飲んだ。
「最後まで残っていたのなら、一人になる日もあったでしょうから。意図的に壊すくらい、木島先輩のキャラならしそうですもんね」
圭吾の意見が、ずっと容赦ない。しかし、同意だ。
なるほど、部員たちが木島を疑った気持ちがわかった。
普段から朝陽に突っかかっている木島は、疑われても無理はなかった。
「戸締りは木島が率先してやっていたんだけど、二学期になってもそれは変わらなかった。でね、忘れ物を取りに部室に戻った時、偶然見ちゃったんだ。木島が、俺が壊した朝陽のレイヤーを復元している所を」
「……え?」
圭吾が驚きで言葉を詰まらせている。
俺は思わず身を乗り出した。
「復元って、レイヤーは浅沼先輩が復元不可能なくらい壊しちゃったって……いや、でも、待った。そもそも、変だ」
浅沼の告白が衝撃過ぎて思考を持っていかれていたが。
俺は冷静に聞いた話を整理した。
「植野は、俺の話が変なの、やっぱりわかる?」
「変すぎて、何が変なのか、俺にはわかりません」
圭吾が軽く混乱している。
「マジで、そもそも論だけど。復元不可能なほどに壊れるなんて、滅多にない。シネグラソフトは、最新ヴァージョンなら五分毎自動バックアップ機能がある」
圭吾がパソコンのソフトのヴァージョンを確認している。
「これ、最新ヴァージョンですよね。当時もインストールされてましたか?」
「当時は一つ前のヴァージョンだったけど、バックアップ機能はあった。ただ、部員の間での認知度は低かったよ。知っていたのは朝陽くらいかな。それくらい、俺も含めて皆が使いこなせていなかったんだよ」
「いやでも、それくらい……」
自分が使っているソフトくらい、理解しようぜ。
言いかけた俺に、圭吾が首を振った。
「俺はその感覚、正直わかります。俺もシネグラソフト、そこまで理解して使えてないです」
「そういうもん?」
圭吾が、うんうんと頷いている。
「それがそのまま、レベルの差なんだよ。朝陽や植野は、一般の高校生とはソフトの理解度や熟練度まで違うんだ」
浅沼に、そんな風に言われてしまうと、何も言えない。
「だけど木島は、ソフトについてはよく理解してた。だから、俺が壊すように仕向ける方法も、復元できない状況も、作り出せた。俺一人を騙す程度にはね」
「仕向ける? なら、実際に壊したは、木島先輩ですか?」
わからないながら圭吾が質問している。
俺は首を振った。
「いや、直接壊したのは多分、浅沼先輩で間違いないですよね。その状況でロックがかかるように設定を変えたのが、木島先輩だった。もっと言うなら、浅沼先輩のミスは誘導された可能性が高い。キー配列の設定、変わってませんでしたか?」
圭吾が気が付いた顔をした。
俺は圭吾に向かい、頷いた。
また、浅沼に向き直った。
「簡単な加工なら、シネグラソフトは、ほとんどマウスだけで可能です。だけど、高度な加工になるとキーボードを使う。キーボードまで使って加工する部員なんて、ソフトを使いこなせていない写真部員にはまずいない。使うとしたら、二人だけだ。一人は、朝陽さん。もう一人は、朝陽さんから指導を受けていた浅沼先輩です」
浅沼が深く息を吐いた。
「その通りだよ。さすが、植野。見ていたようだね。キー配列が変わっているなんて思いもしないから、相当パニクったよ」
自動バックアップ機能すら認識していない部員が、キーボードを使った加工なんかできるわけがない。
使用する部員は、簡単に絞れる。
「復元不可能って恐らく、その状態で完成しちゃったんだと思うんですけど、違いますか?」
「そこまで、わかるんだ」
浅沼が疲れた顔で感心している。
圭吾が難しい顔で質問した。
「完成って、どういうことですか?」
圭吾が戸惑った顔をした。
「加工って削ったりもするけど、結局はレイヤーを重ねたり、フィルター掛けたりするだろ。中途半端な状態でレイヤー統合して保存したらアイレバシブルだから。更にソフト内でロックをかけたら、その写真はもう加工できない」
圭吾の顔が引き攣っている。
「その状況になるように、木島先輩が浅沼先輩を誘導したってことですか?」
「不可能じゃないよ。ソフトの使い方を熟知していれば、そう難しくない。それより俺は、何のためにそこまですんだよって動機のほうが、怖いし腹立つ」
目線を浅沼に向ける。
ビクリと怯えた目が俯いた。
「……俺を、朝陽から奪うため。そう、言われた」
浅沼が小さな声で教えてくれた。
「え? 大会で蹴落とす為とかじゃ、なくてですか?」
圭吾の声が困惑している。
困惑しているというより、気持ち悪がって聞こえる。
俺がそう思っているからだろうか。
「写真部に入ったのも、ソフトの使い方を覚えたのも、俺を手に入れるためって、木島が言ったんだ。シネマトグラフなんて、最初から興味ないって。俺と朝陽を仲違いさせる材料にするために、木島は朝陽が部活で作ったレイヤー、全部盗んで持ってた。俺が壊したレイヤーも、バックアップを持ってたんだ」
俺は息を飲んだ。
その告白は、あまりに怖すぎる。
隣の圭吾が、引いている。
普段は動じない男なのに、動じっぱなしだ。
「その告白を、屋上の踊り場でされたんだ。朝陽のレイヤーを復元していたのを問い詰めたら、その時は逃げられた。しつこく迫ったら、全部話すからって、屋上に呼び出された」
「怖すぎますね。引くとかいうレベルじゃないです」
圭吾の素直な言葉に、同意しかない。
田村が、ねちっこいとか木島の性格を表現していたが、そんなレベルじゃない。
「怖かったよ。今でも怖いし、腹が立つ。だけど、一番腹が立つのは、自分自身だ。パニックになったとか、弱ってるとか言い訳して、木島の言葉に甘えた自分が、どうしようもなく腹が立つんだよ。アイツの思惑通りに動かされていただけだったのに」
浅沼が、声を荒げた。
おおよそ、浅沼らしくない。
口惜しさと後悔が伝わってくる。
「階段から落ちた時、いっそ頭でも打てば良かったって、入院中は何度も思ってたよ」
その気持ちは、わかる。
全部、忘れられたらそのほうが楽だ。
けど残念なことに、現実は消えない。
「まさかですけど、浅沼先輩、自分から落ちたりしてませんよね?」
圭吾がとんでもない質問をした。
さすがにそれは、と思ったのに、浅沼が唇を噛んで黙った。
「え? マジで……自分から?」
「木島に迫られて、躱そうとして、うっかり足を滑らせただけだよ。けど、落ちた瞬間、思っちゃったんだ。朝陽はもういないから、自分がどうなっても構わないって」
偶然の事故、そこにほんの少しの自虐が混じった。
自殺未遂とまではいわないけど、浅沼は自分を放棄しかけた。
俺も圭吾も、静かに息を飲んだ。

