隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 改めて部室に椅子を並べて、三人で車座になった。

「元部員に聞いたってことは、朝陽のレイヤーが大会直前で壊された話や、副部長だった木島の話も聞いたよね?」
「聞きました。屋上の踊り場で、木島先輩と浅沼先輩が口論になって転落事故が起きたことも」
「……そっか」

 小さく俯いたまま、浅沼が口を開いた。

「多分ね、探しているレイヤーは、二人が聞いた話とは全然関係がないんだ。ただ、情報として知ってくれてると、俺は話しやすいというか」

 俺と圭吾は顔を見合わせた。

「もっと個人的な、何だろう。私欲かな。くだらないって思うかもだけど、呆れても良いからね」
「多分ですけど、今更、どんな話を聞かされても、呆れたりはしないと思います」

 ここまで来たら真相を知りたいし、レイヤーを見付けたい。

「えっと、どこから話せばいいかな。……朝陽が転校する直前、USBを渡されたんだ。何が入っているのかは、教えてくれなかった。きっと、あのUSBに、残り二枚のレイヤーが入っていたんだと思う。だけど、そのUSBは今、手元にない。失くしちゃったんだ」
「失くしちゃった、んですか?」

 圭吾が絶句している。
 心境としては同じだ。

「正確には、失くしたって、思ってたんだ。……朝陽に渡されたUSBは、何が入っているのか確認するのが怖くて、開けなくて。けど、手放せなくて持ち歩いてた。木島と口論になったあの日も、制服の胸ポケットに入れてた」
「踊り場から落ちた時に、落とした?」

 俺の問いかけに、浅沼が辛そうな顔をした。

「多分、そうだと思う。制服のポケットにはなかった。退院してから、あの場所をどれだけ探しても見つからなくて。誰かに拾われたか、捨てられたんだと思って、凄く落ち込んだ」

 それは落ち込まないわけがない。
 好きな相手からもらったメッセージを未読のまま失くすなんて、悲劇が過ぎる。

「あの、気になっていたんですけど」

 圭吾が、おずおずと手を上げた。
 いつもなら無遠慮に切り込んで質問を投げつける男が、珍しい。

「浅沼先輩と木島先輩の口論の原因て、本当は何だったんですか? 元部員の話通り、榛葉先輩のレイヤーを壊した犯人の話だったんですか?」

 それは俺も気になっていた。
 田村が聞かせてくれたのは、あくまで部内での憶測、噂の範疇だ。
 本当の口論の内容は、田村も知らないと話していた。

「そういう話でも、あったよ。だけど、本質はもっと別の話で。何ていうのかな、順番が難しいね」

 浅沼が目を伏して小さく息を吐いた。
 組んだ指が、小さく震えている。

「あの時は、木島に呼び出されて屋上の踊り場に行ったんだけど……あのね、朝陽の全国大会用のレイヤー、壊したの、俺なんだ。その話をしてた」
「え?」
「……え?」

 意外すぎる言葉に、一瞬、思考が止まった。

「加工中の作業ミスで、復元不可能な壊れ方をしちゃって。連動して、素材まで消えていて。どうしてそうなったのかもわからなくて、パニックになった。大会は近いし、朝陽になんて謝ろうって。その時、側にいたのが、木島で。俺が壊したなんて知ったら朝陽はショックを受けるから、黙っておいたほうがいいって言われて。パニクってたし俺は怖くて、木島に言われた通り、黙っちゃったんだ」

 浅沼が早口で一気に話した。
 まるで堰を切った勢いを止めないように、吐き出すように。

「黙っ……ちゃいましたか」

 俺は返す言葉が見付からなかった。
 パニックになるのも、怖い気持ちも理解できる。
 けど、俺だったらしない判断だ。そうは言えないけど。

「大会が終わるまで、ずっと罪悪感を抱えたまま、朝陽の側にいた。終わったら話して、ちゃんと謝ろうって思ってたのに。謝れないまま、サヨナラになった。結局、未だに言えてない」
「辛い、ですね……」

 圭吾が煮え切らない顔をしている。
 その気持ちは、よくわかる。

「九月になって、新学期が始まってからは、木島がずっと慰めてくれてた」
「木島先輩が? 浅沼先輩は、木島先輩と仲が良かったんですか?」

 朝陽を嫌っていた木島彬人が、浅沼と仲が良いのは意外だ。

「悪くはなかったよ。木島は朝陽を勝手にライバル視していて、朝陽がやりづらそうにしていたから、橋渡しをする程度だった。距離が縮んだのは、俺が朝陽のレイヤーを壊した現場を見られた後からだよ」
「弱みに付け込んでる感じが相当卑劣ですね、木島先輩」

 圭吾が忌憚無き意見を、スパッと述べた。

「弱みか、その通りだね。けど、俺も悪かったんだ。木島を頼りにしちゃったから。壊したレイヤーのことも、謝りたいって相談したら木島は、本当のことは言わないほうが朝陽のためだって。俺は弱くて、その言葉に甘えたんだ。話して謝るべきだって、わかっていたのにね」

 相棒のレイヤーを壊しただけでも相当ショックだったろうに。
 その相棒は転校して傍にいなくて、謝ることも出来なくて。
 浅沼の心の疲弊と衰弱振りが伝わってくる。

「だけど、変だなって思うことも、いくつかあったんだ。あの時は、何が変なのか、見付けられなかった。ただ、隣にいるのが朝陽じゃなくて木島なのが、ひたすら違和感で」
「待って、浅沼先輩、待って。木島先輩とは、その、そういう……?」

 俺は流石にストップをかけた。
 大事な確認ができていない。

「お付き合いとか、されていたんですか?」

 はっきり聞けない俺の代わりに、圭吾がきっぱりはっきり聞いてくれた。
 浅沼が、強く首を横に振った。

「弱ってたけど、さすがにそこまでは、ないよ」
「でも、木島先輩の態度は明らかに、浅沼先輩に好意を持っていますよね? 告白とか、されましたか?」

 圭吾の質問がズバズバと容赦ない。
 浅沼が固まって沈黙した。

「告白……されたよ。最悪の形で」

 浅沼が握った手に力を籠めた。