隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「最初の事件が起こったのが、去年の七月下旬頃でね。全国大会まで二週間を切ってた」

 田村が、更に声を潜めた。

「榛葉先輩が大会用に作った写真が、壊されたんだ。学校のパソコンに保存していたメインレイヤーだよ」

 俺は息を飲んだ。
 大会直前にメインレイヤーを壊されたら、写真が完成しない。
 作り直すにも間に合うか、わからない。
 前に浅沼がしていた話が、脳裏を掠めた。

『同じ高校の同じ部活で足の引っ張り合いなんて、馬鹿らしいよね』

 あれは、この話だったんだ。

「さすがにバックアップ取ってるだろ。USBとかクラウドとか、自宅のパソコンとかに」
「榛葉先輩はコピーを学校用クラウドに保存していたみたいなんだけど、それも消えていて。素材だった写真すら、消されてたんだよ」
「故意に誰かが消したとしか思えませんね」

 圭吾の声も驚いている。
 その反応は当然だ。
 嫌がらせにしても質が悪すぎる。
 
「部員全員が、そう噂してたよ。それからは、フォルダにロックをかける部員も増えた。クラウドにも一個、ロック付きのフォルダを作ってた。部長じゃないと開けないヤツ」
「だから、A2フォルダにもロックがかかっていたんですね。嫌がらせなら酷すぎますし、鍵をかけたくなりますね」

 圭吾の言う通りだ。
 大人だったら訴訟もんだ。

「酷すぎるから、犯人を捜そうって話になったけど。榛葉先輩が止めたんだ。大会も近いこの時期に、別のことに気を散らすのは良くないって」
「朝陽さんらしい」

 思わず、心の声が出た。
 あの人なら、きっとそう言う。

「結局、前のレイヤーに近い感じの写真を加工して、急いで作り直したシネグラで、榛葉先輩は三位入賞した」
「そっか。だから俺、去年は準優勝とれたんだ。朝陽さん、何も言ってなかったなぁ」

 会場で会った時も、この前の電話ですら、そんな話はしていなかった。
 全く持って格好良くて、男として惚れる。

「それが原因じゃないよ! 植野のシネグラも綺麗だった。空の一日が凝縮した絵本仕立てのシネグラ、あんなの初めて見た!」
「……ありがと。嬉しい」

 正面から褒められると、やっぱり照れる。

「結局、犯人はわからず仕舞いですか?」

 問いかけながら、圭吾が顔を前に出した。
 圭吾の顔に隠れて、田村の顔が見えない。

「えっと……榛葉先輩は、大会の後も積極的な犯人捜しは、しなくて。部長を浅沼先輩に引き継いで、転校しちゃった」

 俺の中で、ぴくりと違和感が立った。

「去年の副部長って、浅沼先輩?」
「違うよ。副部長は、木島先輩だった。だから部長を浅沼先輩に引き継いだの、写真部内では割とザワついたんだ」
「そりゃ、ザワつくよな。まるでレイヤー壊した犯人は木島って、暗に言って逃げたようなもんだ」

 そのやり方は、ちょっと卑怯だ。
 不穏だけを残して、一人去るような状況なんて。
 何となく、朝陽っぽくない。

「部員みんな、そう思ったよ。けど、もっと決定的な事件が起こったんだ」
「まだあんの? 写真部、ヤベェな」
「木島先輩が浅沼先輩を階段から突き落としたんだ。浅沼先輩は足を骨折して、一カ月くらい入院してた」

 唐突な急展開だ。
 しかも、全く穏やかじゃない。
 もはや事件だ。

「部長を取られたのが悔しかった、とかですか? 質が悪すぎますけど」
「踊り場で口論していた時の事故みたい。榛葉先輩のレイヤーを壊したこと、浅沼先輩が木島先輩に問い質したのが原因だって、部内で噂になってた」
「浅沼先輩が? そういう人には見えねぇけどな」

 かなり意外だ。
 浅沼は怒っても本人に直に迫ったりしなそうだ。
 悔しかったには違いないだろうが、浅沼らしくない気がする。

「浅沼先輩も、思うところがあったんじゃないかな。榛葉先輩のレイヤーが壊されてからは、大変そうだったから」

 田村が目を伏した。

 大変なのは、想像に難くない。
 たったの二週間でメインレイヤーを素材から作り直すなんて、朝陽でなければ不可能だ。

「二人が本当はどんな話をしたのか、真相は知らないけど。浅沼先輩が大怪我して、木島先輩は居づらくなったのか、退部して。高校も転校しちゃったんだ」
「高校まで転校したの? じゃぁ、今の三年に写真部だった木島はいねぇんだ」

 田村が頷いた。

 写真部三年の木島彬人は、俺の記憶にはない。
 シネマトグラフのコンクールに出品していたのかさえ、覚えがない。
 きっと賞には選出されなかったんだろう。

「結局、部長も副部長も不在になってるうちに、部室にはオバケが出るし、榛葉先輩の呪いだなんて話になって。空中分解するみたいに、写真部はみんな、辞めちゃったんだ」
「それ、おかしくないですか?」

 田村の話に、圭吾が突っ込んだ。

「確かに、これでもかってくらい、色々あったのはわかりましたけど。だからって、部員が一人残らず辞めますか? 田村先輩だって、シネマトグラフ好きですよね?」

 圭吾の顔面が迫って、田村が息を飲んだ。
 田村が怯えている。

「圭吾、近すぎるって。圧が強いって」

 俺は慌てて、圭吾の肩を引っ張った。

「……怖かったんだよ。木島が」
「木島先輩は、転校していなかったんでしょ?」
「写真部の木島先輩じゃなくて、バスケ部の木島のほう。アイツにとっては、従兄弟が虐められたって認識みたいで、写真部やめろって部員に迫ってた。僕も何度も殴られそうになったもん」
「マジか。思いっきりダメな奴じゃん」

 そう悪い人間でもないと思った遥の感覚は間違いだったらしい。

「木島夏彦の脅しのせいで、写真部員はみんな辞めたんか」

 田村が気まずい顔で、小さく頷いた。

「浅沼先輩が退院して戻ってきた頃には、写真部はもぬけの殻だった訳ですか?」

 圭吾の問いかけから、田村が目を逸らした。

「悪いことしたって、思ってる」
「いや、その状況じゃ、仕方ねぇだろ」

 田村の目が潤んでいる。
 ちょっと可哀想になった。

「木島は、浅沼先輩を目の敵にしてる。今でも写真部に入部希望の生徒に絡んで、諦めさせてるみたい」
「あぁ……」
「身に覚えがありますね」

 圭吾と俺は、同じ声で呆れた。

「でも植野はカリスマだから! 写真部に入れば間違いなくエースだから! 木島も、手出しできないんじゃないかなって!」
「だから、カリスマがどうとか言ってたのか? 関係ないだろ。俺も既にウザ絡みされてっし」

 一瞬、光を取り戻した田村の目が、しょぼくれた。

「……そうなんだ。僕もやめたほうがいいって思う。止める気持ちで話したもん。だけど、もし植野が写真部に入ってくれたら。僕も戻るきっかけ、掴めるかもって、ちょっと思った」

 田村が、しゅんと俯く。
 なるほど、声を掛けてきた真意は、それらしい。

「今はまだ、ごちゃごちゃしてるし、俺も仮入部だけどさ。落ち着いたら、田村がシネグラできる部活になると思うよ。だから諦めないで、戻れそうって思ったら再入部してこいよ」

 ポンポンと田村の頭を撫でる。
 潤んだ目で見上げられた。
 美少年風で可愛い。

「うん。植野とシネグラの話ができて、嬉しかったから。僕も、また始めたい」

 田村の顔に明るさが戻って、少し安心した。

「ん、また話そうぜ」
「遥先輩とシネグラの話をする時は、俺も一緒にお願いします。必ず、誘ってください」
「え? 別に、いいけど」

 圭吾の圧に、田村が引いている。
 大型犬と兎みたいな絵面だ。

(やけに誘うじゃん。田村がちびっこで小動物系で、可愛いからか? まさか好きになったりは……ないよな。圭吾はストレートだから、男に興味ないよな?)

 とはいえ、田村は普通に可愛い。
 不安を覚えずにはいられなかった。