「やっぱり植野は、去年の写真部の事件、知らないんだ。悪いこと言わないから、入るのやめなよ。植野は特別だから、平気かもだけど」
「特別? 事件って、何?」
「去年の九月に、部員が一斉に辞めた事件、知らない?」
「部員が辞めたとは聞いたけど。九月に一斉にってのは、知らねぇ。今の写真部が廃部寸前なのって、その事件のせいなの?」
田村が、きょろきょろと周囲を見回した。
「先生たちも生徒に口止めしてるような事件だから、知らなくても当然なんだけど」
「教師が緘口令を敷くような大事件、話していいの?」
「僕が話したって言わないでよ。植野のこと、心配だから話すんだからね」
田村が、しぃっと口元に人差し指を添えた。
「誰にも話す気はねぇけど……」
「口は堅いほうなので大丈夫です。安心して話してください」
聞き慣れた声がして、後ろを振り向く。
ベンチの後ろから圭吾が、俺と田村の間に、顔をにょきっと出していた。
「ひぃ! この人、誰?」
「初めまして、写真部一年の遠藤圭吾です。俺にとっても他人事じゃないので、先輩のお話、是非伺いたいです」
漫画みたいに驚く田村に、圭吾がぺこりと頭を下げた。
「圭吾、何でいんの?」
「遥先輩が中庭に歩いていくのを見かけたので、追いかけました」
「後を尾けたんだな」
「追いかけました」
警戒が消えない田村と圭吾を見比べた。
「田村、大丈夫だ。圭吾が口堅いのは、本当だから。それに、圭吾も写真部だ。田村から話を聞いたら、俺は圭吾に話してやりたくなる。だから、一緒に聞いてもいいか」
「う、うん。わかったよ」
何故か圭吾が、感動した顔をしている。
田村が、ごにょごにょと話し始めた。
「シネグラのコンクールって、夏休み中にあるだろ。だから毎年、四月から七月って、写真部にとっては忙しいじゃん?」
「そうだな。全国大会は全部門、八月なんだよな」
「3Dシネマトグラフの甲子園とか、言われてますよね」
小さな大会なら季節を問わず、ちらほら行われている。
だが、年齢を分けた学生部門と年齢規制のないフリー部門を設ける全国大会は、八月中旬に一斉に開催される。
「中学の写真部も、春から夏って殺伐としてたけど。翔陽高校の写真部は、殺伐なんてレベルじゃなくて。部室に行くの嫌だなって思うくらい、ギスギスしてたんだ」
「それって、去年の話だよな。俺らが一年の時?」
田村が、こくりと頷いた。
「本気で全国を目指してる人たちは、そうなんでしょうけど。写真部の皆が皆、そこまで殺伐としてますか?」
圭吾の疑問は、もっともだ。
「そうなー。楽しんでやってる奴もいれば、大会関係なく趣味で作ってる奴もいるもんな」
中学の写真部も、全国大会組と趣味組で温度差があった。
「その通りだけど。僕の中学の写真部は全国大会優勝を目標にしていたし、翔陽高校の写真部も同じだったよ」
「田村って、もしかして割と本気でシネマトグラフ、やってたの?」
そんな話はクラスでもしたことがない。
「うん……今でも好きだよ。本当は植野とシネグラの話、したかったけど。植野はクラスじゃ、そういう話も全くしないし、写真部にも入らなかったから。話したくないのかなと思って控えてたんだ」
「なる。気ぃ遣わせて、悪かったな」
ぶんぶんと、田村が首を振った。
「植野が中学の時から全国大会常連のカリスマだったの、知ってる。僕にとっては――榛葉先輩と同じくらい憧れなんだよ。だから同じ高校で、同じクラスで、実は嬉しい。えへへ、ちょっと恥ずかしいね」
田村が照れた顔で笑う。
ちょっと可愛い。
カリスマとか憧れとか、言われ慣れてなくて、照れる。
「そう、なんだ。別に話したくないわけじゃ、ねぇよ。家が写真館だから、一人で活動してるだけで」
「やっぱり続けてるんだ! そうだよね! 去年も、高校生部門で準優勝してたもんね! あのシネグラ、めちゃめちゃ綺麗だった!」
「あ、ありがと」
知ってる奴がいるのにも驚いたが。
田村の圧が強くて、仰け反った。
「先輩、脱線しています。写真部の事件の話を教えてください。あと、距離が近いです」
「え? あ、ごめん。えっと……」
圭吾がやんわりと、俺と田村の距離を離した。
田村が圭吾に怯えている。
屈んでいるとはいえ、圭吾のデカさが怖いのかもしれない。
同じ低身長仲間として、気持ちはわかる。
「なんでそんな、ギスギスしてたん? 仲悪いチームとか、いたの?」
「仲悪いっていうか。あの当時、二年生だった木島先輩のチームが一方的に敵視してたんだよね。榛葉先輩のチームを」
「木島って、バスケ部の?」
俺と圭吾と同中の木島はバスケ部で、写真部とは縁がなかったと思うが。
「別人だよ。一個上にもいたんだよ、木島彬人って先輩。僕らと同じ学年でバスケ部の木島夏彦、従兄弟らしいよ。何かあると従兄弟を引き合いに出してた。バスケ部の木島って柄悪いから、怖がられてるでしょ」
「まぁ、そうだけど。別に悪い奴じゃねぇんだけどな」
直情型というのか。
すぐにカッとなって口や手が出るから、勘違いされがちだが。
そこまで悪い人でもないと、俺は思っている。
ウザ絡みされているから、印象は良くもないんだが。
「写真部の木島彬人先輩は大人しそうだけど、ねちっこいっていうか。陰険で、僕は嫌いだった」
「二年の木島夏彦先輩とはタイプが違う、嫌な性格ですね」
圭吾が、はっきり言い切った。
「その木島先輩が嫌いだったのが、榛葉先輩で。僕が写真部に入部した頃には、ビッグチームが対立する構図が、既に出来上がってたんだよね」
「木島チームVS榛葉チームって感じですか?」
「そうそう。榛葉先輩は、全然相手にしてなかったんだけどね」
朝陽は、そういう幼稚な対立を好まなそうだなと思う。
相手にしない態度が、相手を余計にヒートアップさせる様が容易に想像できる。
「特別? 事件って、何?」
「去年の九月に、部員が一斉に辞めた事件、知らない?」
「部員が辞めたとは聞いたけど。九月に一斉にってのは、知らねぇ。今の写真部が廃部寸前なのって、その事件のせいなの?」
田村が、きょろきょろと周囲を見回した。
「先生たちも生徒に口止めしてるような事件だから、知らなくても当然なんだけど」
「教師が緘口令を敷くような大事件、話していいの?」
「僕が話したって言わないでよ。植野のこと、心配だから話すんだからね」
田村が、しぃっと口元に人差し指を添えた。
「誰にも話す気はねぇけど……」
「口は堅いほうなので大丈夫です。安心して話してください」
聞き慣れた声がして、後ろを振り向く。
ベンチの後ろから圭吾が、俺と田村の間に、顔をにょきっと出していた。
「ひぃ! この人、誰?」
「初めまして、写真部一年の遠藤圭吾です。俺にとっても他人事じゃないので、先輩のお話、是非伺いたいです」
漫画みたいに驚く田村に、圭吾がぺこりと頭を下げた。
「圭吾、何でいんの?」
「遥先輩が中庭に歩いていくのを見かけたので、追いかけました」
「後を尾けたんだな」
「追いかけました」
警戒が消えない田村と圭吾を見比べた。
「田村、大丈夫だ。圭吾が口堅いのは、本当だから。それに、圭吾も写真部だ。田村から話を聞いたら、俺は圭吾に話してやりたくなる。だから、一緒に聞いてもいいか」
「う、うん。わかったよ」
何故か圭吾が、感動した顔をしている。
田村が、ごにょごにょと話し始めた。
「シネグラのコンクールって、夏休み中にあるだろ。だから毎年、四月から七月って、写真部にとっては忙しいじゃん?」
「そうだな。全国大会は全部門、八月なんだよな」
「3Dシネマトグラフの甲子園とか、言われてますよね」
小さな大会なら季節を問わず、ちらほら行われている。
だが、年齢を分けた学生部門と年齢規制のないフリー部門を設ける全国大会は、八月中旬に一斉に開催される。
「中学の写真部も、春から夏って殺伐としてたけど。翔陽高校の写真部は、殺伐なんてレベルじゃなくて。部室に行くの嫌だなって思うくらい、ギスギスしてたんだ」
「それって、去年の話だよな。俺らが一年の時?」
田村が、こくりと頷いた。
「本気で全国を目指してる人たちは、そうなんでしょうけど。写真部の皆が皆、そこまで殺伐としてますか?」
圭吾の疑問は、もっともだ。
「そうなー。楽しんでやってる奴もいれば、大会関係なく趣味で作ってる奴もいるもんな」
中学の写真部も、全国大会組と趣味組で温度差があった。
「その通りだけど。僕の中学の写真部は全国大会優勝を目標にしていたし、翔陽高校の写真部も同じだったよ」
「田村って、もしかして割と本気でシネマトグラフ、やってたの?」
そんな話はクラスでもしたことがない。
「うん……今でも好きだよ。本当は植野とシネグラの話、したかったけど。植野はクラスじゃ、そういう話も全くしないし、写真部にも入らなかったから。話したくないのかなと思って控えてたんだ」
「なる。気ぃ遣わせて、悪かったな」
ぶんぶんと、田村が首を振った。
「植野が中学の時から全国大会常連のカリスマだったの、知ってる。僕にとっては――榛葉先輩と同じくらい憧れなんだよ。だから同じ高校で、同じクラスで、実は嬉しい。えへへ、ちょっと恥ずかしいね」
田村が照れた顔で笑う。
ちょっと可愛い。
カリスマとか憧れとか、言われ慣れてなくて、照れる。
「そう、なんだ。別に話したくないわけじゃ、ねぇよ。家が写真館だから、一人で活動してるだけで」
「やっぱり続けてるんだ! そうだよね! 去年も、高校生部門で準優勝してたもんね! あのシネグラ、めちゃめちゃ綺麗だった!」
「あ、ありがと」
知ってる奴がいるのにも驚いたが。
田村の圧が強くて、仰け反った。
「先輩、脱線しています。写真部の事件の話を教えてください。あと、距離が近いです」
「え? あ、ごめん。えっと……」
圭吾がやんわりと、俺と田村の距離を離した。
田村が圭吾に怯えている。
屈んでいるとはいえ、圭吾のデカさが怖いのかもしれない。
同じ低身長仲間として、気持ちはわかる。
「なんでそんな、ギスギスしてたん? 仲悪いチームとか、いたの?」
「仲悪いっていうか。あの当時、二年生だった木島先輩のチームが一方的に敵視してたんだよね。榛葉先輩のチームを」
「木島って、バスケ部の?」
俺と圭吾と同中の木島はバスケ部で、写真部とは縁がなかったと思うが。
「別人だよ。一個上にもいたんだよ、木島彬人って先輩。僕らと同じ学年でバスケ部の木島夏彦、従兄弟らしいよ。何かあると従兄弟を引き合いに出してた。バスケ部の木島って柄悪いから、怖がられてるでしょ」
「まぁ、そうだけど。別に悪い奴じゃねぇんだけどな」
直情型というのか。
すぐにカッとなって口や手が出るから、勘違いされがちだが。
そこまで悪い人でもないと、俺は思っている。
ウザ絡みされているから、印象は良くもないんだが。
「写真部の木島彬人先輩は大人しそうだけど、ねちっこいっていうか。陰険で、僕は嫌いだった」
「二年の木島夏彦先輩とはタイプが違う、嫌な性格ですね」
圭吾が、はっきり言い切った。
「その木島先輩が嫌いだったのが、榛葉先輩で。僕が写真部に入部した頃には、ビッグチームが対立する構図が、既に出来上がってたんだよね」
「木島チームVS榛葉チームって感じですか?」
「そうそう。榛葉先輩は、全然相手にしてなかったんだけどね」
朝陽は、そういう幼稚な対立を好まなそうだなと思う。
相手にしない態度が、相手を余計にヒートアップさせる様が容易に想像できる。

