3Dシネマトグラフ。シンプルにいうなら、立体写真だ。

 通常のシネマトグラフと違い、何枚もの写真をレイヤーのように重ねて非現実な一枚を作る。
 レイヤーの透明度を操作して複数の写真を重ね合わせて作る複合写真だ。グラフィックほど絵を作り込まず、元の写真素材を基調に加工して、何枚も重ねて作り上げるのが特徴だ。絵描きソフトのように重ねたレイヤーを統合すると、立体的な仮想空間が作れる。

 レイヤーに動画を挟めば、短い動画を作り出すことも可能だ。
 揺れる花吹雪の中に立つ人が、一言二言、台詞を言うくらいの動画写真なら作れる。

 はがきサイズから、人間が入り込める大型サイズまで、大きさも幅広い。
 大型の3Dシネマトグラフなら、投影した写真の中に人間が入り込める。

 写真の世界を全身でリアル体験できる、まさに幻想空間だ。

 写真と動画の中間、映画やVRの良いとこ取り、みたいな新しい写真の分野だ。思い出のワンシーンを切り取って永遠に閉じ込める、みたいなイメージが強い。
 だから、結婚式や記念日に特注する人がいたり、企業がPRに作成したりする場合が多い。

 3Dシネマトグラフは、芸術的側面やエンターテインメント性が強く、専門の知識や技術も必要になる。
 だから専門家がいる。けど、学生の部活動としては、普及率は低いだろう。
 機材は高価だし、専門性が高すぎて、敷居が高い。

 俺の家は写真館で、父親が日本でも数少ない3Dシネマトグラフの専門家だから、必要な機材や専門書が自宅に揃っている。
 だから、わざわざ機材が少ない高校の部活でやる必要もないんだよな。

「今日は浅沼先輩が委員会で遅くなるそうなので、部室の鍵を借りてきます」

 圭吾が職員室に鍵を取りに行った。
 この隙に逃げようかとも思うが。

(一度は承諾した以上、それはないよな。俺も、そこまで薄情じゃない)

 視聴覚室の隣の、写真部の部室の前でしゃがみこんだ。

(なんで、アイツはそこまで写真部にこだわるのかな。圭吾だって、中学の頃はバスケ部と掛け持ちだったじゃん)

 俺も圭吾も、人数が少なくて困っている写真部の助っ人部員でしかなかった。
 高校にもバスケ部はあるワケだから、一八八センチも身長がある圭吾なら、欲しがられるだろうに。

「お待たせしました、遥せんぱ……」
「よぉ! 遠藤!」

 こっちに手を振った圭吾に、後ろから声を掛けた男がいた。
 
「木島先輩、どぅも」

 圭吾が、気まずそうに頭を下げている。
 その理由は知れている。

「まだ写真部なんかやってんの? 廃部寸前なんだろ? いい加減、諦めてバスケ部こいよ」

 大変、真っ当なお誘いだ。俺だって、そう思う。
 特に木島は、俺や圭吾と同じ中学だ。バスケ部時代の圭吾の活躍も知っている。
 
「いえ、俺は遥先輩とシネマトグラフがやりたいので、バスケ部には入れません」

 圭吾が、きっぱりと断った。
 それじゃまるで、俺が写真部に入るみたいじゃないか、とは思うものの。「遥先輩と」とか言われて、悪い気はしない。

「遥? あれ、植野いたんだ。チビすぎて気付かなかったわ。植野って写真部、入るの? 今更?」
「チビって言うな。入らねぇよ。ちょっと助っ人するだけ」

 バスケ部だから、木島はデカい。
 圭吾ほどじゃないが、一八〇近くあると思う。普通に羨ましくて、ムカつく。

「ふぅん。また助っ人で入って、美味しいトコだけ持ってく感じ? 親父が有名人だと、狭い界隈じゃぁ有利だよな。名前が通ってると、賞とか取り易いだろ」
「は? 何が言いてぇの?」

 うっかり、低い声が出た。
 木島は同中だし同学年だから、俺の昔の噂も知ってるんだろう。

「悪い意味で言ってねぇよ。廃部寸前の写真部には最高の救世主だろ。ま、高校では陸上やる気ねぇみたいだし、写真に専念しとけば? どっちも成績残そうなんて、高校じゃそう巧いコトいかねぇぜ」
「あぁ、そっか。中学ん時、俺が陸上でインハイ行って、写真部のコンテストでも優勝しちゃったから、嫉む奴多かったよなぁ。木島みたいに部外者でも、嫉妬すんだ?」

 悪ふざけの延長、ただの揶揄いだとわかっていても、ムカつくもんはムカつく。
 思わず言い返した。
 木島が顔色を変えたのを見て、言い過ぎたと思った。

「インハイ、一回戦で予選落ちだったろうが。良いとこ取りしてっから、中途半端になんだよ。真面目にやってる奴の足、引っ張んな!」

 前のめりになった木島の腕を、圭吾が掴んだ。

「遥先輩は、中途半端じゃありません。どっちも全力で頑張っていました。近くで見ていた俺が、よく知っています」

 デカい圭吾が、木島を上から睨みつける。
 愛想が良いって顔でもないから、睨まれたら怖い。

「悪口は止めてください。遥先輩を悪く言うなら、俺は絶対にバスケ部には入りません」

 木島が悔しそうに圭吾の腕を振り払った。

「そうかよ。だったら二人で、写真並べて遊んでろ」

 言い捨てると、どかどかと大股に木島が去って行った。

「遥先輩、すみません。嫌な思いをさせました」
「別に、圭吾のせいじゃねーし。あれくらい、普通にいるだろ。木島の言葉も間違ってねぇし、俺もちょっと煽り過ぎた」

 立ち上がった俺の肩を、圭吾ががっつり掴んだ。
 そっちのほうが怖い。

「先輩は中途半端じゃないです。写真を作っている時の先輩も、陸上部で走ってる時の先輩も、どっちも格好良かったです」

 真っ直ぐに見詰められると、言葉が出てこない。
 圭吾の顔が近くて、勝手に胸が高鳴る。

「あぁ、そぅ……。それは、どぅも」

 顔が熱くなっていく。
 きっと耳まで赤いから、見られたくない。咄嗟に顔を逸らした。

(圭吾に褒められると、何でこんなに嬉しいんだろうな。……悔しい)

 答えなんか、わかりきっている。
 だけど。今でも好きだなんて、絶対に言えない。どうせ、圭吾は俺の気持ちに、気付きもしないんだろうけど。