隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 その日の夜も、次の日も、俺の頭の中は圭吾一色だった。
 思わせ振りなセリフが多すぎた。
 その上、遥が贈ったシネマトグラフも。

『先輩、俺……』

 かなり中途半端なところで言葉を遮った。

(……まさか、俺の告白に気付いてたの?)

 だとしたら、中学の時の告白の答えを一年半の時差で聞いた、みたいな話だ。
 恥ずかしすぎて死ぬ。

(そんなの、圭吾だって困るだろ。一年半も前の返事を、今更? みたいな気持ちになんだろ。うわぁ、俺、やらかしたなぁ)

 ずっとスルーされているのだと思っていた。
 圭吾が告白だと気付いていない可能性も、考えていた。
 それくらい、ささやかに告った自覚がある。

(ずっと気付いてほしいって思っていたけど。どうせなら、永遠に気付かないでいて欲しかった)

 気付かなければ、今のまま。
 仲の良い先輩と後輩の関係でいられる。
 今の関係が心地良いから、余計にそう思う。

(気付いてほしいとか、気付いてほしくないとか。自分勝手だな、俺)

 圭吾の昨日の様子から考えても、そのままにする気はないんだろう。
 総てが解決した後、圭吾が俺にしたい話はきっと、それだ。
 そう思うと、心が重い。

(だってアイツ、ストレートじゃん。好きとか甘い返事、期待できねぇじゃん。いいトコ友達止まりだろ。でも俺は、そうじゃねぇもん)

 中学の時も、今はもっと、好きになっている。
 背が伸びて、顔つきも話し方も、中二の夏より、ずっと大人っぽくなった。
 そんな圭吾が格好良くて、見惚れる。
 一緒にいる時間が増えた途端、惚れ直している己が憎い。

 授業中、圭吾のことばかり考えていたら、一日があっという間に終わった。
 今日は部室に行く足取りも、重い。

(なんかもう、永遠にレイヤー、見付からなきゃいいのに)

 あと二枚のレイヤーが見付からなくて、朝陽のシネマトグラフが完成しなければ。
 圭吾との話は永遠にしなくていい。
 そんな子供じみた発想しかできない己の幼稚さを呪う。

「あ、植野。部室に行くの?」

 後ろから、浅沼が声を掛けてきた。
 手に持っているパンフに目がいった。

「そうです、けど。先輩、留学するんですか?」

 三年生の五月だと、遅すぎないだろうか。

「いや、これは進学先の資料。一応、海外も視野に入れてるんだ」
「おー、さすが特進クラス」
「あんまり現実的じゃないから、参考程度だよ」

 チラ見したパンフレットに、カリフォルニアの文字が見えた。

「これから担任と二者面談なんだ。終わったら部室に行くね」
「わかりました。圭吾にも伝えときます」
「うん、よろしく。俺が戻るまで、部室でイチャイチャしていて、いいからね」

 耳元でこそっと囁かれて、慌てて離れた。

「イチャイチャとかしねぇし! 圭吾とは、そういう仲じゃないんで!」
「そうなの? 仲良しだよね?」
「同中で付き合い長いだけです。ただの後輩です」
「そうなんだ。遠藤、可哀想に」

 浅沼が小さな声で呟いた。

「は? なんて?」
「なんでもないよ。それじゃ、また部室で」

 さわやかな笑顔で手を振ると、浅沼が去って行った。

「……そういう関係に、見えんのかな」

 いやいやないないと、自分の思考を頭の中から追い出した。
 再び歩き出そうとしたら、前から歩いてきた生徒がこっちを見て手を振った。

「植野、いた。良かった。探してたんだ」

 小走りに駆け寄ってきたのは、同じクラスの田村瞬だ。
 俺と身長が同じくらいの、クラスでも数少ない低身長同志だ。
 田村は俺ほど身長のことは気にしていなそうだが、勝手に低身長仲間だと思っている。
 穏やかだけど明るい、可愛い系男子で天然だから、女子受けがいいし、時々男子受けもいい。
 何気にモテるのを、俺は知っている。

「俺を探してたの? 悪ぃ。えっと、何かあったっけ?」

 今日は掃除当番でも、日直でもなかったと思う。

「あのさ……植野って、写真部に入ったの? 今、浅沼先輩と一緒にいたよね」

 田村が、こっそりと聞いてきた。

「ん? まぁ……今は仮入部だけど」
「そうなんだ。やっぱり植野はシネマトグラフのカリスマだから……」

 ブツブツ独り言を言っていた田村が、俺の手を引いた。

「ちょっと話したいんだけど、いい?」
「え? 別に、いいけど……」

 腕を引っ張られたまま、半ば強引に中庭まで連れてこられた。
 ベンチに、横座りに並んだ。

「話って、何?」
「うん……僕さ、去年の九月まで、写真部だったんだよね」
「そうだっけ? ……あぁ、そうだったかも。何で辞めたん?」

 そういえば、前にちらっとそんな話を聞いたかも、と思い出した。
 何気なく問い掛けたら、田村が怯えた顔をした。