隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「なぁ、圭吾はなんで、レイヤーの謎を解こうと思ったの?」

 圭吾が、俺をじっと見詰める。
 やけに見るなと思って、思わず眉間に皺を寄せた。

「イチゴミルクのパックを両手で持ってチュウチュウしてる遥先輩、可愛いなと思って。うっかり凝視しました」
「そんなことは一ミリも聞いてねぇよ」

 圭吾の頭を軽く叩く。
 最近は、圭吾に可愛いと言われると嬉しいから、困る。
 可愛いは俺にとって、決して誉め言葉ではないのに。

(圭吾に言われるなら嬉しいとか、もう病気じゃないだろうか)

 つくづく、圭吾を好きな自分が嫌になる。

「そろそろ、イチゴミルク飽きました? コーヒー飲みます?」

 ブラックの缶コーヒーを開けようとする圭吾の手を止めた。

「ちゃんと最後まで飲めるわ。てか、はぐらかすな。俺の質問に答えろよ。確か、俺にお願いに来た時、放置したら後悔するとか、言ってなかった?」
 
 あの時の圭吾は、ちょっと必死っぽかった。
 ああいう圭吾は珍しい。

「……言葉の通り、ですよ。後悔したくなかったんです」
「けど別に、お前には関係ないシネマトグラフじゃん。あの時点じゃ、朝陽さんの作品かも、浅沼先輩に向けた写真かも、わかってなかっただろ?」
「そうだけど。そういうのは、関係なくて」
 
 圭吾が、ゆるゆると顔を背ける。
 動きが怪しすぎて、圭吾の顔を追いかけた。
 あえて顔を、じっと見詰める。
 圭吾が気まずそうに顔を隠した。

「誰が誰のために作った写真だったとしても、この部室に残っているシネマトグラフに、もしメッセージが込められていたら、スルーしたら後悔すると思ったんです」

 大きな体に似合わない気弱で小さな声が、ぼそぼそと話す。
 普段から声が大きいわけではないが、一段と小さい。

「なんで、お前が後悔すんの? お前にあてたシネマトグラフじゃないのは、明白じゃん」
「俺宛とかは、関係ないです。シネマトグラフには、作った人の想いが籠っていて、贈られた人は想いも受け取るって。俺に教えてくれたのは、遥先輩です」

 中学の写真部時代に、そういう話をした。
 それは俺も覚えている。

「だから、大事にしたいというか。気付かないで放置されるのは、贈った人も贈られた人も、辛いと思ったんです」

 胸が、ツキンと痛んだ。
 どうしたって、中学の時、自分が圭吾に送ったシネマトグラフを思い出す。

「そう……だな。気付いてもらえないのは、痛ぇよな」

 お前は、いまだに気が付いていないくせに。
 俺の想いはスルーして、他の奴の想いは大事にすんのかよ。
 湧き上がってくる恨み言を、必死に飲み込んだ。

「俺にも、覚えがあるので。同じ思いをしてほしくないと、思いました。だけど、正直に言うなら……」

 圭吾が、ちらりと俺に目を向けた。

「もっと個人的な欲です。遥先輩が協力してくれたら、一緒にいられるから」
「……は? 部活できるって意味か? 仮入部?」
「そうだけど、そうじゃなくて」

 圭吾の手が伸びて来て、頬に触れそうになった。
 ドキリと胸が震える。
 触れる直前で、動きを止めた。

「遥先輩の隣に、いたかったんです。俺にその資格は、もうないかもしれないけど」

 圭吾は、何を言ってんだ。
 俺の隣を独占? ――資格って、何だよ?
 気のせいか、いつもより視線が、熱っぽいというか。
 やっぱり気のせいだろうか。

「圭吾、は……、俺が作った、シネマトグラフ……」

 ずっと聞きたかった、聞きたくない質問が、勝手に口から滑り落ちそうになる。

 シネマトグラフに込めた告白に、気が付いた?
 お前は、どう思った?
 俺のこと、どう思ってる?
 聴きたいけど、聞きたくない。

「先輩、俺……」

 思わず両手で圭吾の口を塞いだ。

「やっぱ、いい! 聞きたくない!」

 圭吾の表情のない目が、わずかに開いた。
 
(この話を今、掘り下げたら、残り二枚のレイヤー、探せなくなる)

 圭吾と一緒にいるのが、気まずくなる。
 折角、中学の時と同じような距離感で、仮とはいえ一緒に部活ができているのに。
 今の関係を、壊したくない。

「レイヤー全部見付けたら、俺に話があんだろ。その時に、一緒に聞くから。今は、やめてくれ」

 心臓がうるさい。
 ドキドキが大きすぎて、顔が熱くて目が潤みそうになる。
 恥ずかしくて、消えたい。

 圭吾の手が俺の手を握って、口から離した。

「そうですね。今じゃないですね。俺の話は、全部解決したら、ゆっくり聞いてください」

 圭吾が握った手を引っ張った。
 体が前に傾いて、顔が近付いた。

「だからその時は、遥先輩の話も、俺に教えてください」

 俺の話って、何? と思うのに、心臓が壊れかけて、それどころじゃない。
 声と一緒に届いた吐息が耳にかかって、くすぐったい。
 半分以上パニックを起こした心境で、頭がバグって会話どころじゃなかった。