隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 屋上の踊り場から戻ると、浅沼がパソコンのフォルダを検索していた。
 圭吾と相談した通り、俺は思い切って浅沼に打ち明けることにした。

「浅沼先輩、戻りました」

 俺が声を掛けるより先に、圭吾が浅沼に声を掛けた。

「おかえり。イチャイチャは、もういいの? ゆっくりしてきて良かったのに」
「とりあえず今日は、良いです。可愛い遥先輩をたっぷり堪能できたので、満足です」
「は? お前は俺の何を堪能したの?」

 不審な目を向ける。

「色々、いっぱいです」

 何故か圭吾が満足そうな顔をしている。
 解せない。

「そっか。良かったね」

 浅沼が、おかしそうに笑った。
 もっと解せない。
 俺は咳払いして、気持ちを切り替えた。

「あの、先輩……」
「どうして、嘘を吐いたんですか?」

 どうやって遠回しに聞き出そうか考えていた俺の思考を嘲笑うが如く、圭吾がこれ以上ない直球を投げた。
 浅沼の顔が固まっている。

「A2は浅沼先輩と榛葉先輩のチームが作っていた写真フォルダですよね? 先輩は謎のレイヤーも部室のオバケの正体も、知っていたんじゃないですか?」

 浅沼が小さく俯いた。

「気付くのが、早いなぁ。さすが植野って感じ?」
「俺は四月に入部したばかりで何も知らないけど。遥先輩は榛葉先輩とも知り合いなので、すぐに気付いてくれました」
「朝陽に、連絡したの?」

 浅沼の目が俺に向いた。

「電話は、しました」
「そっか。じゃぁ、植野は答えを全部、知ってるんだね」
「教えてもらえませんでした。ただ、見付けてほしい人が見付けられる場所に置いてきたって。隠したわけじゃないって、言ってました」
「見付けて……そう、なんだ」

 浅沼の顔が、あからさまに曇った。

「朝陽が、作りかけで置いていったシネマトグラフがあるってことには、気が付いていたんだ。フォルダを開けなくても、思い当たる節はあった。きっと、俺へのメッセージなんだろうなって、思ってた」
「どうして、確認しなかったんですか」

 浅沼が一瞬、言い淀んだ。

「……見るのが、怖くて。朝陽の本当の気持ちを知るのは、怖い。俺には、もう何もできないから。見付けなきゃと思うけど、見たくないとも思う」

 予想通りの返事だった。
 遠くに行ってしまった想い人の気持ちを知るなんて、辛すぎる。
 今更、触れることなどできないのに。

「先輩は、見たくないですか? だったら俺たちも、探すのをやめます」
「遥先輩? 止めちゃうんですか?」

 反対しそうな雰囲気の圭吾を手で止めた。

「レイヤーは、あと二枚あるはずです。俺は作品として完成した、朝陽さんのシネマトグラフを見たい。だけど、朝陽さんが見付けてほしい人は、浅沼先輩です。完成させるかさせないか、決めるのは浅沼先輩です」

 浅沼が、ぐっと唇を噛んだ。

「見付けた三枚のレイヤーだけでも、充分美しいシネマトグラフでした。あれを諦めるのは悔しいです。だけど、浅沼先輩の気持ちも、わかるから。朝陽さんの気持ちも、浅沼先輩の気持ちも、どっちも大事にしたいです」

 返事をもらえない朝陽の気持ちも、知るのが怖い浅沼の気持ちも、どっちもわかる。
 空を見詰めていた浅沼が、目を閉じた。

「俺がやめてって言ったら、植野は探すのを止めるの? 植野は朝陽の作品が好きだろ。朝陽の未公開のシネマトグラフ、諦めていいの?」

 朝陽のことは、控えめに言って尊敬している。
 朝陽が作るシネマトグラフは、目標だ。
 悔しいから本人には言わないけど、そう思ってる。
 
「さっきから、諦めるのは悔しいって言ってます。だけど、シネマトグラフは気持ちを封じ込めて、想いを届けるものだから。人の気持ちを蔑ろにしてまで作品を優先するのは、違うって思うから」

 シネマトグラフは、人の想いを乗せる優しい舟だ。
 人の心から人の心まで、想いを運ぶ。
 言葉だけでは足りない気持ちを心の深い部分まで届ける。
 その為に美しく作り込む。

 そういう作品を作りたい俺が、人の気持ちを無視していいはずがない。
 浅沼の想いを無視して完成させても、虚しいだけだ。

「はぁ……。植野って、職人気質が朝陽に似てる」

 浅沼が手で顔を覆うと、深く息を吐いた。

「何となく、わかってた。植野が介入したら、きっと簡単にレイヤーを見付ける。朝陽が作るような仕上げまで、できちゃうんだろうなって」
「俺には朝陽さんほどの技術は、ないですけど」

 シネマトグラフは、レイヤーを重ねる工程も技術とセンスを要する。
 ただ写真を重ねるだけではない。
 重ねながら全体のバランスをとり、写真を再加工したり、新しい写真を追加したりして仕上げていく。
 最後の工程で、シネマトグラフの仕上がりは大きく変わる。

「むしろ、朝陽さんは仕上げの工程を浅沼先輩にしてほしいんじゃないですか?」
「それはないよ。俺こそ、朝陽の技術に遠く及ばない。俺が手伝えるのなんて、サポートと被写体くらいだ」

 浅沼が自嘲気味に吐き捨てた。
 笑っているようで笑っていない顔が、気になった。

「これ以上、逃げるのは無理かな」

 呟いて、浅沼が顔を上げた。

「植野が来てから、たったの三日で、朝陽の置き土産だってバレちゃった。遠藤の執念にも、負けたよ。俺も観念して、朝陽が残したシネマトグラフに、ちゃんと向き合わないとね」
「良いんですか? 残り二枚のレイヤー、一緒に探してくれますか?」

 圭吾が前のめりになった。

「というか。残り二枚のレイヤー、もう見付けていたりしませんか?」

 俺の問いかけに、浅沼が首を横に振った。

「それについては、俺も何とも……。二人が見付けた三枚は検討が付いたけど。残り二枚は、どの写真かすら、思い当たらない」
「そうですか……」

 ちょっと期待していただけに、残念だ。

「俺も一緒に探すよ。俺が見付けられる場所にあるって、朝陽は言ったんだよね?」
「見付けてほしい人が見付けられる場所に置いたって、言ってました」
「そっか。……考えてみるね」

 浅沼の目が、どこか怯えて見える。
 無理をしているんじゃないかと心配になった。

「見付けた三枚だけ、統合して仮のシネマトグラフを作ったけど、視ますか?」
「もしかして、だから空間のレイヤーも部室のオバケも消えたの?」
「そうみたいです。あれが、朝陽さんが浅沼先輩に気付いてもらうための仕掛けだったみたいです」

 浅沼が机に肘をついて、小さく頭を抱えた。

「仕掛け、ね……そうか。馬鹿だなぁ、本当に……馬鹿なのは、俺か」
 
 浅沼が両手で顔を覆った。
 何も言えなくて、困った心持で俺は圭吾と顔を合わせた。

「……今はまだ、レイヤーは見ないでおくよ。シネマトグラフが完成したら、その時にちゃんと見るから。だから最後の仕上げは、植野にやってほしい」

 一瞬、圭吾と視線が交わった。

「俺で、いいんすか?」
「植野がいいよ。朝陽もきっと、そう望んでいると思う」
「……わかりました」

 頷いていいものか悩みながら、とりあえずこの場は返事をしておいた。