隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「浅沼先輩への告白なら、残り二枚も同じように、部室に仕掛けがあるはずですよね」
「可能性は高いよな。パソコンにインストールしているシネマトグラフソフトやプロジェクションと連動しているはずだから」

 残りの二枚を浅沼に見付けさせられたら、朝陽の意図に気付いてくれるかもしれない。
 仮統合した三枚を元に戻せない以上、それしか手段がない。

「でも、A2フォルダにはそれらしい写真はもうないし、ソフトにもレイヤーはなかったです」
「そうだよなぁ。だとしたら、他のフォルダか」
「他のフォルダ……の可能性は、かなり低いと思います」
「え? なんで? ていうか、圭吾はA2フォルダ、どうやって探したの?」

 俺が部室に行った時点で、圭吾は写真を既に見付けていた。

「最初は、フォルダを一つ一つ開いて、それらしいのを探していたんです」
「マジか。何百枚って写真の中から、探したの?」

 それはもう、砂漠でダイヤを探す作業に等しい。
 圭吾の努力に敬意を払いたい。

「いや、そこまでは。俺があまりにも必死に探しているから、浅沼先輩がヒントをくれたんですよ」
「ヒント? 浅沼先輩が?」
「遥先輩の話を聞いた今にして思えば、ヒントです。厄介な画像はここに多いよって。ロックがかかっていたA2フォルダを開いてくれたんです」
「それって……」

 俺は、これまでの浅沼の言動や行動を思い返した。

「あのさ、フォルダ名のA2って、朝陽さんと浅沼先輩のAだよな。二人の頭文字でA2。覚えてないってのは、どう考えても嘘だよな」

 A2フォルダの写真が誰のものか聞いた時、浅沼は覚えていないと答えた。
 あの時の表情は違和感だった。
 
(圭吾に写真を提供しながら、覚えていないなんて嘘を吐いた。協力的なのに知らん振りするのは、何でだろう)

 浅沼のその気持ちは、ちょっとだけわかる気がする。
 知りたいけど知りたくない、みたいな迷いかもしれない。

「確実に嘘ですね。だから浅沼先輩、ある程度は気が付いているんじゃないでしょうか?」

 俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「気が付いてるって、朝陽さんの意図に?」
「意図は、わかりませんけど。榛葉先輩が何かを置いていったことには気付いていて、探したい気持ちもある。けど、何が出てくるか怖いから、自分では探せない。俺が興味を持ったのは浅沼先輩にとって良いきっかけだった、みたいな感じかなって」

 圭吾の説明が、胸にストンと落ちた。

「そっか。そこに俺も絡んで、より見付かる率が上がった。だから、浅沼先輩は協力的なのか」

 だからこそ、昨日の朝陽との会話が気に掛かる。
 俺は改めて、圭吾に聞いてみることにした。

「見付けたほうがいいのかな。見付けないほうがいいのかな。圭吾は、どう思う?」

 圭吾が驚いた目で俺を眺めている。
 その顔に、こっちが驚く。

「遥先輩は、見付ける一択だと思ってました。あんなに精巧で美しいシネマトグラフ、放置するんですか?」
「放置は俺だって嫌だよ。朝陽さんにも絶対に作るって断言したし」

 その気持ちは揺らがない。
 迷うのは、シネマトグラフに隠された想いだ。

「でもさ……朝陽さんの気持ちを知って、浅沼先輩は嬉しいかな。下手したらもう二度と会えない相手なんだぜ。もし、浅沼先輩も朝陽さんを好きだったら、辛くない?」

 このまま浅沼を巻き込んで探すのは、正しいのだろうか。

 圭吾の大きな手が近付いた。
 長い指が、俺の額を弾いた。
 勢いで顔が上向いた。

「いってぇな! 何すんだよ」

 痛がる俺を眺めて、圭吾が笑う。
 本当に、失礼な奴だ。

「遥先輩は下より、前とか上を向いているほうが似合います」
「は? 何、言って……」
「俯くのは、似合わないです」

 顎に指を添えて、くいと上向かされた。
 顔がやけに近くて、心臓が激しく揺れた。

「例えば俺が浅沼先輩だったら、見付けたいし知りたいです。けど、俺は浅沼先輩じゃないから、本当の気持ちはわかりません。わからないのに決めつけられるのは、嫌ですね」
「あ……」

 圭吾が言わんとしていることが、理解できた。

「知るか無視するか、決めるのは浅沼先輩です。その答えを俺たちはもう、知っていると思います」
「浅沼先輩が協力的なのは、知りたいから、だよな」
「怖くても知りたいから、近くで眺めて、迷いながらも時々、協力してくれるのかなって」

 どんなシネマトグラフかを知らなくても、榛葉朝陽が作った置き土産だと気付いている。
 浅沼は朝陽が残したシネマトグラフを、探そうとしている。

『朝陽が残したものを、守りたかったから』

 不意に浅沼の言葉を思い出した。
 浅沼が守りたかった「朝陽が残したもの」には、未完成のシネマトグラフも含まれているのかもしれない。
 だから、どんどん部員が辞めていく写真部に、最後まで残ったのかもしれない。

「だったら一緒に見付けて、完成させるべきだよな」
「そう思います」

 圭吾が真っ直ぐな返事をくれたから、迷いが吹っ切れた。

「あー……でも。朝陽さんの気持ちは無視することになるな。そこは許してもらうしかない」

 壊しておいて、とか言っていたあの言葉は、最初から聞く気がなかったけど。

「榛葉先輩も、本当は浅沼先輩に見てほしいと思いますよ。遥先輩だって、そうでしょう? 大事な人のために時間も手間もかけて作ったシネマトグラフが、いつの間にか知らない誰かに消し去られていたら、嫌じゃないですか?」
「消した奴を捕まえて、地獄の業火で焼きたくなる」
「先輩のそういう発想、好きです」
 
 好きという言葉に、また心臓がビクリと跳ねた。
 安易にそういう言葉を使わないでほしい。
 いちいち反応する己が悲しくなる。

「はぁ、やっぱり圭吾に相談して良かった。一人でグルグル悩んでても、答え出なかったよ。ありがとな」

 圭吾の胸を、パシパシ叩く。
 珍しく照れたような顔をして、圭吾が目を逸らした。

「役に立てたのなら、良かったです。あの……遥先輩」
「何? って……んん⁉」

 顔を上げたら、さっきより圭吾の顔が近かった。
 驚いたのに、肩を掴まれて逃げられない。

「榛葉先輩のシネマトグラフが完成したら、俺の話を聞いてくれませんか。ずっと、遥先輩に話したかったことが、あるんです」
「そ……なの? 今は、ダメなの?」
「今は……」

 顔が近いまま、圭吾が言葉を止めた。
 息がかかりそうなほど顔が近くて、呼吸ができない。
 早く返事をしてほしい。

「今は、まだ。もうちょっと、時間をください。もう少しだけ、先輩とじゃれていたいので」
「じゃれるって、お前。やっぱり俺のこと、小型犬かなんかだと思ってない?」
「可愛いから、小型犬もアリです」
「お前ね……」

 だったらお前は大型犬だろうよ。というツッコミは、今はできなかった。
 俺の肩を掴む圭吾の手が、やけに優しかったから。
 圭吾の大きな手の感触で、頭がいっぱいだった。