隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「そんなことになってたのか」

 朝陽の声は流石に沈んでいた。
 部員が二人しか存在しないのでは、折角寄贈した機材も無駄になる。
 朝陽としたら悲しいだろう。
 教える必要のない事実だったかもしれない。

「それでね、部室に謎の消えないレイヤーが残っていて、それが何なのかを一緒に探してほしいって言われてさ」
「消えない、レイヤーか。どんなの?」
「投影されてるのは透明なんだけど、パソコン上は多分、背景レイヤーが二枚。あと、人物の動画のメインレイヤーが一枚。多分……」
「それ、見付けなくていいから」

 人物が浅沼涼貴だと告げる前に、朝陽が被せてきた。

「あれって、朝陽さんが作りかけにしてるシネグラだよね?」
「作りかけっていうか……大したものじゃないから、見付けなくていい。レイヤーを見付けたら、重ねないで壊しといて」

 壊せ、という言葉が意外だった。
 作品を大切にする朝陽が、どんな事情で作ったものであれ、壊せというとは思わなかった。

(あんなに手間をかけて、きっと時間もかけて一枚一枚、丁寧に作ったレイヤーを、壊す?)

「嫌だよ」

 反射的に言葉が出ていた。

「あんなに綺麗なレイヤー、俺には壊せない。どうしても壊したいなら、壊してほしい人に頼みなよ」

 これはきっと、言うべきではない言葉だ。
 わかっているのに、勢いが止まらない。

「……遥は、もう見たんだね」
「全部じゃないよ。あと二枚足りない。だからその二枚を置いてる場所を、教えてほしい」
「教えたら、完成させちゃうよね?」
「確実に完成させる。あんなに綺麗なシネマトグラフ、レイヤーのままにしとくの、勿体ない」
「俺がどうしてあれを作ったのか、とか。わざとバラバラに置いてきた理由を聞いても、同じように完成させる?」

 思わせぶりな問いかけに、息を飲んだ。
 直感的に気付いた。
 朝陽が作ったシネマトグラフは、俺が圭吾に作ったシネグラと同じだ。
 伝えられない想いを拾ってもらうために作ったシネマトグラフだ。

「朝陽さんは、浅沼先輩が好き……なの?」

 俺の問いかけに、朝陽はしばらく黙っていた。

「ごめん、今のなし。無神経すぎた……」
「俺は狡いんだ。見付けてくれたらいいなって思って置いてきた。けど、見付けても困るだけだろ。今更、もう会えないのに」

 何も言えなかった。
 浅沼が、朝陽を何とも思っていなければ、それでいい。
 しかし仮に、浅沼も朝陽を想っていたら、ある意味で残酷だ。

「だから、あのシネマトグラフは、あのまま。埋もれて、なかったことになってくれて、いいんだ。写真部がそんな状態じゃ、廃部になった後、機材はどこかに寄付されるだろ? その時に初期化してもらえたら、完全に消えるから」
「っ……じゃぁ! 残りの二枚も、パソコンの中?」

 気持ちが前に出て、問い掛けていた。
 朝陽と浅沼を想うなら、あのシネマトグラフは完成させないほうがいいのかもしれない。

(だけど作品として、一つの芸術品として、あんなに綺麗なシネマトグラフを完成させないなんて、納得できない)

「作る気、満々じゃん……教えたくないな」

 朝陽が笑う。
 泣いているようにも聞こえる声音だ。
 その声を聴いて、朝陽は今でも浅沼を想っているんだろうと感じた。

「浅沼先輩には見せないって、約束したら……作ってもいい?」
「それ、俺が公開処刑されるだけなんだけど」
「あれ? そうなる?」

 純粋に完成品が見たいだけなのだが。
 込めた想いを考えたら、公開処刑かもしれない。

「じゃぁさ。こういうのは、どう? 遥が写真部に入部してくれたら、残りの二枚の場所を教える」
「それ、狡くない?」
「狡くないでしょ。交換条件だよ」
「むー……悩む」

 正直、今の写真部なら環境的に入部してもいい。
 しかし、もれなく毎日、圭吾と顔を合わせる羽目になる。

「じゃぁ、教えない」
「前向きに検討、ではダメ?」
「珍しく、食い下がるね。入部する気になったら、また電話してよ。その時に、教えてあげるよ」
「待って、えっと……俺、今は仮入部だから! 仮入部特典、ちょうだい!」

 必死に考えて、出てきた取引条件だ。
 朝陽が電話越しに吹き出した。

「必死じゃん、遥らしくない。なんで、仮入部なの?」
「謎のレイヤー探すのに、機材いじるから。浅沼先輩が部外者じゃダメって」
「なるほど、涼貴らしい発想だ。遥、そのうち取り込まれるね」
「縁起でもないこと言うなよ」

 言葉の勢いが弱くなった。
 自分でも少なからずそんな気がしているから、強気に出られない。

「仕方ないな。涼貴に巧く使われてる可哀想な遥に、仮入部特典。ヒントをあげるよ。俺は、あのシネマトグラフを隠したわけじゃない。見付けてほしい人には見付けられるように置いてきた」
「浅沼先輩には、残り二枚の場所がわかるってこと?」
「どうかな。もう見付けているかもしれないし、気が付かないかもしれないし……気付かない振りしているのが、一番いいだろうね」
「気付かない振り……」

 何となく俺は、浅沼の行動や言動を思い返していた。

「これ以上は答えになっちゃうから、遥が入部したら、教えてあげるよ」
「……入部する前に、残り二枚を探し出して、シネグラ完成させる」
「その勢で、頑張れ。涼貴をよろしくね」
「うん……じゃぁ、おやすみ」

 何をよろしくされたのかよくわからないが、返事をするしかなかった。
 それより俺は、やっぱり浅沼の行動が気になっていた。

「見付けてないし、見付けたいって、思ってるんじゃないか?」

 この答えは、正解に近い気がする。
 明日、圭吾に相談しようと息巻いた。