家に帰って自分の部屋に入ると、スクールバッグを放り投げる。
 ベッドに、バタリと倒れ込んだ。

(完全に八つ当たりした。別に圭吾は悪くないのに)

 と思いながら、圭吾の台詞を反芻した。

「いや、やっぱアイツが悪いわ。なんで朝陽さんの浅沼先輩への気持ちが理解できて、俺の気持ちに気が付かねぇんだ」

 ボフボフと枕に頭突きする。

「……うー……。仕方ねぇよな。圭吾はストレートで、男を好きになっちゃう俺とは、違うんだ」

 懐いてくるのも、可愛いとか言って揶揄うのも、全部友達の延長だ。
 なんなら、後輩が先輩に懐いてきているだけだ。

「シネマトグラフだって、試合中の圭吾のめっちゃ格好良い姿ととびきりの笑顔を閉じ込めた、俺の珠玉の一作だったから喜んだだけ、でしかない」

 試合中、ずっと圭吾に一眼レフを向けていた。だから、ゴールの瞬間もしっかり連写できた。
 あの時、圭吾は確実に俺を見た。だから、俺に向かって笑ったんだと勘違いした。
 ファインダー越しに見た、圭吾のキラキラの笑顔を忘れられない己が憎い。

(このまま、圭吾を好きでいて、いいのかな。いいわけないよな。でも、こんな風に毎日、会ってたら。前より、もっと好きになる)

 バスケで活躍している姿も、大きな体を丸めて懸命に写真に打ち込む姿も、どっちも好きだ。
 中学の時、写真部から出したシネマトグラフが、全国コンテスト中学の部で優勝した時は、部員から嫉妬で散々な嫌味を言われた。あの時も、庇ってくれたのは圭吾だけだった。

(俺が辛い時、圭吾はいつも助けてくれるから。だから余計に好きになっちゃうんだ。……圭吾の馬鹿。これ以上、俺を甘やかすな。勘違いすんだろ)

 大きな手で触れられて、胸に抱かれた感触を思い返す。
 それだけで、胸がキュンキュンして、色々切ない。

「んにゃー! このままじゃ、ダメだ。明日も会うのに! 切り替えろ、俺!」

 ボフンと枕に顔を埋めて、俺は沈黙した。

「……電話しよ。朝陽さんに、電話しよ」

 のっそり起き上がって、スマホを取り出した。
 何も考えずに、普通に電話した。

「……はい。あれ? 遥?」

 何とも眠そうな声だな、と思って気が付いた。
 日本とアメリカでは、時差がある。朝陽がいるのは確か、ロサンゼルスだから、きっと夜中だ。

「ごめん、朝陽さん、寝てたよね。……久しぶり」

 めちゃくちゃ久し振りの電話なのに、やらかした。

「んー、久し振り。寝てたけど、いいよ。遥が電話なんて、珍しいね。何事?」

 何事かあった前提で話されている。
 普段は電話なんかしないから、当然だ。

「ちょっと、聞きたいことがあったんだけど。……そっち、どう? 楽しい?」
「うん、楽しいよ。3Dシネマトグラフの講義があって、専門的な勉強できるのが、一番楽しい」
「高校の講義にあるの? 凄いね。日本じゃ部活ですらマイナーで、写真部の一部なのに」
「認識から違うからね。だから、技術もレベチ。俺って下手っぴだったんだなって、毎日思ってる」
「朝陽さんで下手っぴレベル、怖い」
「毎日が発見と成長の連続だよ。遥もこっちに来たら、良い刺激を受けると思うな。留学とかしないの?」
「今んとこ、考えてないけど。話し聞いたら、行きたくなった」

 朝陽はシネマトグラフの全国大会高校生の部で優勝経験がある。年齢制限のないフリー部門でも準優勝している。
 日本においては間違いなくトップレベルの写真家だ。
 それでも奢らずに、自分の実力と向き合う朝陽を、素直に尊敬する。

「やっぱ遥もシネグラ、好きだよね。写真部には、入った? 翔陽高校の写真部なら、遥でも充分実力を発揮できると思うけどな」
「朝陽さんに誘われた時、入部断っただろ。……けど今、部員の頼みで、ちょっと探し物してる」
「探し物……?」

 朝陽が不穏な呟きと共に沈黙した。

「……誰からの、頼まれ事?」
「今年入った一年。俺と同中の後輩なんだけど。ソイツもシネグラ、ちょっとかじってて」
「そうなんだ。どんな頼まれ事されたの? 部員じゃ対応しきれない大事?」
「んー、そうだね」

 朝陽は去年の夏休みまでしか日本にいなかった。
 だから、九月以降、特に今年度の写真部の状況を、きっと知らない。

「あのね……」

 どこまで離すべきか迷いながら、俺は結局、今の写真部の状況をほとんど話した。