シンプルに感性だけで美しい素材を合わせるのも、シネマトグラフの醍醐味だ。
 自然界では同時に起こり得ない現象を、写真の中で立体的に再現できるのは、作り手としても感動する。
 ただの芸術品なら、そう考えていいんだが。
 
「もう一個、大したことじゃねぇんだけど、ちょっと気になるのはさ」

 俺はもう一度、シネマトグラフの中に入った。
 圭吾が後ろを付いてきた。
 写真の中で微笑む浅沼をじっくり見詰める。ぐるりと後ろに回って、背中側を確認する。

「いつも思うけど、360度全部見えるの、不思議ですよね」
「補正かけるからなぁ。花とか景色は自動でもある程度は様になるけど。人物は多方面から写真を撮って割と精密に作るんだよ。どの程度の完成度を求めるかにもよるけど」

 浅沼の写真は、かなり精密に作ってある。
 この人物レイヤーだけで、どれくらいの時間をかけたんだろうと感心する出来栄えだ。本人と寸分違わぬ完成度といっていい。
 部室のソフトに加工の痕跡がないのは、持ち帰って作業していたからだろう。完成品をフォルダにコピーしたのだろうと思う。

「やっぱ、髪が短いな」
「髪ですか?」

 圭吾が後ろに回って俺に並んだ。

「俺は短髪の浅沼先輩しか知らないけど。昔は長かったって、昨日二人で話してましたね」
「そうそう。俺が去年の四月に写真部に勧誘された時は、ソフトウルフっぽくて、髪の長さも背中くらいまであったと思う。でもこの写真は、肩よりちょっと長い程度だろ。しかもウルフじゃない」
「つまり、去年の四月より前に撮られた写真てこと、ですかね」
「浅沼先輩が、一年の時に撮ったんじゃねぇかなって。長さから考えて、俺が会った四月より、少なくとも半年前くらい?」

 人の髪は一カ月で一センチ伸びると言われている。個人差はあれど、参考にしていいだろう。

「だとすると、一年生の夏頃、でしょうか?」

 圭吾が指折り数えている。

「藤は春、夕日は冬、浅沼先輩は夏、か」
「秋が見付かったら、季節コンプですね」

 圭吾の呟きに、思わず目を見合わせた。

「もしくは秋と夏で、あと二枚の背景レイヤーが埋まる、とかな」
「浅沼先輩と四季を一枚にしたシネマトグラフを作った。作った人が、榛葉朝陽先輩」

 何というか、並々ならぬ想いを感じる。
 その想いは友情をはるかに凌ぐ、愛情じゃないかと感じるほどに。

「榛葉先輩って、浅沼先輩のこと、好きだったんですかね」
「お前、俺が思っても口に出さなかった言葉を、いとも簡単に言いやがって」

 シネマトグラフで告白する人は、少なくない。
 そもそもが特注で、記念日や結婚式、特別な日のために発注する一般人が多い商品だ。シネマトグラフは芸術品であり、商品でもある。

 俺だって、中学の頃、拙いながらに作ったシネマトグラフで圭吾に告白している。
 圭吾は全く気が付かずにスルーしやがったが。

「いや、あの、すみません。だた、気持ちはわかるというか。嬉しいだろうな、と思ったので。俺も遥先輩にシネマトグラフを作ってもらった時、感動したし嬉しかったです」

 圭吾の言葉が、やけに胸に重く響いた。
 
(お前に何が、わかるっていうんだよ。何も、気が付かなかったくせに)

 バスケの試合中の圭吾を作った。
 シネマトグラフを作るために、一眼レフを持って試合会場に行った。
 作ったシネマトグラフを、圭吾は喜んでくれた。ただ、それだけだった。

「あぁ、あれな。お前、喜んでくれたよな。作って良かったよ。はは」

 言葉も声も乾いて、勝手に零れ落ちる。
 思い出したら、腹が立つというより、悲しくなった。

「俺の宝物です。今でも何回も観てます。だから……」
「そっか、ありがとな。作った甲斐があるよ」

 居た堪れなくなって、俺はスクールバッグを持ってドアに向かった。

「悪ぃ。今日は俺、先に帰るわ。朝陽さんに連絡してみるから。また明日な」
「え? ……はい。お疲れさまでした」

 見なくても、声でわかる。きっと寂しそうな顔をしている。
 お前にそんな顔、する権利ないだろ。
 申し訳なく思う気持ちを、心の中で悪態を吐いて誤魔化した。