暗く湿った訓練施設の地下室。鉄格子が並ぶ牢獄のような空間で、違反者たちの叫び声が反響する。ここは国家の「再教育」施設。秩序を乱した者たちが、強制的に「矯正」される場所だ。担当官のオジェ=ル=ダノワは、今日も冷徹な視線で訓練を監督していた。

オジェは怜悧な男だった。白い制服に身を包み、背にはチェーンソー型白銀大斧「べフロール」が吊り下げられている。護身用の白銀ナイフ「コルタン」は腰に、予備の斧「マルシュヴァレー」は壁のラックに備え付けられていた。彼の目は、氷のように冷たく、訓練中の違反者たちを一瞥するだけで震え上がらせる。違反者訓練担当官として、彼は感情を排し、ただ任務を遂行する。だが、心の奥底で、彼は知っていた。この仕事が、己の魂を少しずつ削り取っていることを。

その日、施設に影が訪れた。秘密警察長官、ガシャバ。刈り上げた白髪、無表情で鋭く光る瞳。鉄面皮の男は、秩序を第一に掲げ、痛みすら正義と信じていた。「The Iron Warden」と呼ばれる彼の存在は、恐怖の象徴。命令を短く下し、感情を排す姿は、国家の冷たい意志そのものだ。
信条は「秩序なくして国家なし」
しかし、その冷血の奥には、かすかな苦悩が潜む。幼い頃のトラウマ――家族を失った乱れし時代――が、彼を厳格な治安の番人に変えていた。内面の葛藤を抱えつつも、任務に忠実。己をも律するストイックさが、彼の声を常に冷ややかに保つ。

ガシャバはオジェの前に立ち、静かに言った。
「報告せよ」

オジェは直立し、淡々と答える。
「訓練進捗、80% 違反者番号47が抵抗を示した。処置済み」

ガシャバの瞳がわずかに細まる。
「詳細」

「彼は国家に対する不服を叫んだ。べフロールで制圧。ただし、予備は使用せず」
オジェの声は機械的だったが、手に握ったコルタンの感触が、わずかな躊躇を呼び起こす。違反者たちはただの「素材」だ。だが、時折、彼らの目が己の過去を映す鏡のように感じる。

ガシャバは無表情のまま、訓練室の窓から中を覗く。そこでは、鎖に繋がれた違反者たちが、疲弊した体で訓練を繰り返していた。痛みを与えることで秩序を植え付ける――それが国家の方法だ。
「効率が低い。強化せよ」

オジェは頷くが、心の中で疑問が芽生える。
「長官。痛みは本当に正義か？」

一瞬の沈黙。ガシャバの瞳に、かすかな揺らぎが走る。冷血の仮面の下で、彼は思い出す。かつての自分。家族が乱世で失われた日、秩序の欠如がもたらした絶望。それが彼をここに導いた。
「疑問は不要。秩序なくして国家なし」

声は冷ややかで揺るぎないが、内面の苦悩が一瞬、表れそうになる。トラウマが胸を刺す。だが、彼はそれを抑え込む。感情を殺して職務を全うする。それが彼の生き方だ。

オジェは斧を握りしめ、訓練を再開する。ガシャバは去り際、短く命令を下す。
「失敗は許さん」

施設の外、夜の闇が広がる。オジェは斧を磨きながら思う。ガシャバの冷徹さは、己の鏡か？ 秩序の鎖は、二人の男を縛り、苦悩を隠す。だが、その鎖がいつか断ち切れる日が来るのか――それは、国家の影の中で、誰にも知られぬ秘密だった。