「はぁはぁ……」
 「ふぅ……ふぅう……」

 そこかしこから、美少女たちの吐息が漏れてくる。
 ―――いや、変なことが起きてるわけじゃない。
 ただ聖女たちが走っているだけだ。セシリアいわく、別のクラスによる体育の授業がはじまったらしい。

 訓練所を使うようなので、俺とセシリアは端のほうに移動した。
 邪魔しちゃ悪いからな。

 だが……全員ランニングをはじめたもんだから。

 いや、身体を動かすことは大事だ。それは聖女だろうが同じだろう。
 それは分かる。分かるが……!


 なんやねん、これ!!


 ちょっと目のやり場に困る。いや、困るどころじゃない。
 これはもう、おっさんがここにいるのはアウトだ。ていうか、男全員アウトだ。
 しかも妙に艶っぽい声が漏れてきて……マジでいかん!

 そんなわけで、やむなく悶々としてしまっているおっさんだったが。

 「あら、ここにいましたかボクレン」

 やっときた。

 エリクラス隊長とリンナ副隊長だ。

 ふぅ……とにかくこの場を離れたい。一刻も早く。
 なんか隣のセシリアも、聖女ランニングがはじまってからご機嫌ななめだし。

 「貴様ァ……なんだそのエロ顔は! まさか邪なことを考えているのではあるまいな!」
 「むぅ……ボクレンさん。あなたは私の聖騎士です。それなのに私以外の聖女を見ちゃうんですか?」

 なぜかセシリアまでリンナ側に回ってる。おっさんの味方じゃないのか。

 「な、ナニイッテンダ。ソンナワケナイダロウ」

 「貴様ァア……なんだそのカタコトはぁ!」

 うぐっ……完全否定できない。
 だって俺、健全なおっさんなんだもん。

 「はいはい、そこまでです。ボクレン、事務棟に向いますよ」

 隊長の言葉に救われた俺は、喜んで隊長のうしろについて行った。
 背後から刺さるような視線を感じるが……気にしないぞ。

 ついたのは事務棟と呼ばれる建物の一室。

 「ここで、制限魔法とやらをつけるのか?」
 「いえ、それはまた別の場所でやります。いまは担当教諭の聖女さまが授業中ですから」

 どうやら学園で制限魔法を使用できるのは、先生聖女のひとりらしい。
 ならなんで事務棟に来たんだろか?

 疑問に思った俺に、袋一式を差し出す隊長。

 あけてみると……おおっ!

 「ボクレンの隊服です。護衛任務に就く際は着用するように」

 「おお……」

 「貴様、それを着る以上は学園聖騎士の自覚をもってだな……おいっ! 聞いているのか!」

 「かっけぇええ」

 「ふふ、時間もありますし。さっそく着用してきなさい」

 「はいです! 隊長殿!」


 数分後―――


 「わぁ~~ボクレンさんカッコイイですぅ」
 「まあ、似合ってますよ。ボクレン」
 「ふん……おっさんにしてはまあまあだな」

 おお、女性陣の反応は上々だ。

 深い青を基調としたロングコート風の隊服。
 腰に巻かれた革ベルトに、相棒の木刀をすっと差し込む。

 「うむ、やはり相棒が腰にいるとしっくりくる」

 「むぅ……貴様なぜ木刀なんだ。剣も支給されるのに」
 「ボクレンさん、まるで木刀聖騎士ですね♪」

 鋼の剣もあこがれるが、やはり相棒の方が落ち着くからな。
 にしても……ああ、テンション上がる。王都に来てよかったかもしれん。

 胸には、なにやらかっこいい紋章がついている。

 「それは学園聖騎士隊の紋章ですよ、ボクレン」
 「おお……この1番という数字は?」

 「それは学園聖騎士の1番隊という意味です。聖女セシリアのクラスの聖騎士は1番隊ですよ」

 なるほど、学園聖騎士隊のなかでグループ分けされているということか。
 視線を上げると、リンナがしかめっ面をしていた。どうした?

 「リンナは何番隊なんだ?」
 「貴様ァ! リンナ副隊長とよべ!」

 「そうですよボクレン。リンナ副隊長はあなたの直属上司なのですから」
 「ええ! 俺の上司なのか」
 「紋章を良くみなさい」

 ああ……たしかにリンナの紋章には、1番の数字が刻まれている。

 「そうだったのか。ではこれからよろしく頼む、リンナ!……副隊長!」

 「ふん、不本意ながらも隊長の命令は絶対だ。それに貴様の監視も必要だしな!」
 「ハハッ、まあそうツンツンするな。俺はリンナ……じゃない副隊長殿のひたむきさには敬意を払っているんだ」

 「くっ……まずはその礼儀知らずから叩きなおす」

 「ああ、頼りになる上司がついてラッキーだな、俺は」

 「ぬぅ……ベラベラと余計な一言を……あ、あたしの隊は特に厳しいからな。ビシバシいくから覚悟するんだな!」


 なんか顔が赤いな。
 どうやら俺の上司は褒められるのが苦手らしい。



 ◇◇◇



 俺たちは魔法棟と呼ばれる施設に足を運んでいた。ちなみにエリクラス隊長は別件があるとかで、リンナ副隊長にバトンタッチされた。
 ここは主に魔法の実験や、生徒たちの魔法訓練などをする場所らしい。

 「あら~~あなたが聖女セシリアの聖騎士さんなのねぇ~」

 「ああ、俺がボクレンだ……です」

 ぬぅ、なんか敬語は慣れん。

 「まあ~~ド田舎くさいしゃべり方ねぇ~でもワイルドで個性的ぃ~いいわぁ~~」
 「はい、マシーカ先生。ボクレンさんはとっても良い人ですから」
 「そうなのねぇ~セシリアが決めたのなら~~いいんじゃない~」

 出迎えてくれたのは、ゆったりした口調の聖女マシーカ先生。
 セシリアが所属するクラスの担任だそうだ。

 「よし、ボクレン! そこに立て!」

 リンナ副隊長が、部屋の中央を指さした。
 いよいよ、例の制限魔法とやらをおっさんにほどこすってことか。

 うっ……おっさん、緊張してきた。

 「はぁ~~い、じゃこれからぁ~純潔守護禁欲システム(ドキドキ♡セイントガード♡)を付与しま~す」

 ……なんかヤバそうな名前のきた。

 「この魔法を付与されるとぉ~~聖女を害することはできなくなりま~す」

 「ちなみに害するとは、具体的にどんなことを想定してるんだ?」

 「そうですね~~命を奪うとか~お風呂覗くとか~あとは~あんなことこんなことするとか~キャ♡ このハレンチおっさん~」

 いや、俺なんもしとらんがな。そこまで変態ちゃうし。
 しかし、こんな美少女の園だからな。まだまだ得体のしれないおっさんを警戒するのは、当然といえば当然か。

 「私は、ボクレンさんを信用してますから。特に不要なんですけど、やらないと聖騎士になれないから」
 「聖女セシリア……その考え方は危険だ。相手は野獣のような、おっさんなのだから」
 「そうでしょうか? リンナ副隊長」

 ぱちぱちと瞬きをしながら、小首をかしげるセシリア。
 まるで子猫のような仕草に、おっさんは思わず頬が緩んだ。

 「そうだな。俺もそんなことするつもりは、まったくないけどな」

 「どの口がいうんだ……常にはぁはぁしてる貴様は特に必要だ!」

 いや、はぁはぁまではいってないぞ。
 あくまで、妄想までだからな!

 「貴様ァ! 妄想でもアウトだぁ!」

 なにも言ってないのに……おっさんの心読まないで。

 「はいはい~そこまでですよ~始めますから、リンナ副隊長と聖女セシリアはさがってくださ~い」

 杖を取り出した聖女マシーカが、なにやらブツブツと呟き出した。
 詠唱を開始したようだ。

 「これは、マシーカ先生にしかできない魔法なのか?」
 「ごく一部の聖女さまにしかできないな。特殊な聖魔法で、聖女マシーカはその第一人者だ」

 詠唱しているマシーカの変わりに、リンナが答える。

 「ふぇぇ……マシーカ先生ってすごいんだな」
 「あたりまえだ。ここはごくわずかな者しかなれない聖女が集う学園だ。その教師ともなれば、なにかしらの分野に秀でているか、特殊な能力をもっている」

 う~~む。
 やっぱり、おっさんには場違いなところじゃなかろうか。

 このマシーカ先生もすげぇ人のようだし。
 俺、普通の人がちょっと努力した程度のおっさんなんだけどな。

 などと思っていると、俺の立つ地面がひかり輝き始めた。
 なんだろう? なんかの模様みたいなものが描かれていく。ああ、もしかして魔法陣というやつか。


 「さあ~~~いきますよ~~
 ――――――純潔守護禁欲システム(ドキドキ♡セイントガード♡)~~♡♡♡」


 なんか♡♡♡いっぱいでてる!!

 おっさん♡♡♡まみれになってる!

 ♡♡♡が俺を埋め尽くしたかと思ったら、一斉に弾けとんだ。

 「はぁ~~い、付与完了で~す♪」

 「え? これで終り?」

 「そうですよ~~」

 「もっと、全身刺すような痛みを感じるとか。3日は動けなくなるとか。そんなんじゃないの?」

 「貴様ァ! そっち方面の変態だったのかぁ!」

 いやいや、そっち方面ってどっち方面だよ。
 じゃなくて、オヤジの鍛錬で魔法を出す魔道具を使った、魔法とのぶつかり稽古とか、けっこう痛かったけどなぁ。
 オヤジ、容赦なく魔法を浴びせてきたぞ。

 どうやら魔法にもいろいろ種類があるらしいな。
 これは痛くないやつらしい。

 「では、これより聖女を害する行為をしようと思っただけで~罰が発動しますからぁ~~注意してくださいね~」

 マシーカ先生がにっこり微笑んだ。

 「ちなみに罰とは、なにが起こるんだ?」

 「ふふ~~男性の股間にある~~大事なものがぁ~~ギュギュギュ~~~~ってされますよ~~」

 マジかよ……

 「そしてぇ~~最終的にもげますぅ~~♪」

 それはアカン!! ガチでヤバい!!

 聖女おそるべし……

 「お、なんか地面に模様が残っているぞ」
 「それはぁ~~魔法陣です~そこから大気にある微量な魔力を吸収して~半永久的に制限魔法を発動し続けますぅ~♪」
 「すげぇな……」
 「はい~だってぇ~~学園はじまって以来の天才であるぅ~わたしの10年をかけた研究の成果ですからぁ~~」

 う~~む、聖女の中でも天才が長年かかってあみ出した魔法なのか。

 「魔法陣は数分で透明化しますからぁ~気になりませんよぉ~」

 「ちなみにこの魔法って、解除できるのか?」

 だっていつまでも股間に不安を抱えて生活したくないからな。
 もちろん、邪な気持ちがあるわけじゃないぞ。

 「は~~い。もちろん解除はできますよ~。わたししか解除魔法は使えないですけどねぇ~。まあ……」
 「まあ?」
 「ぜったいにあり得ないですけどぉ~~その魔法陣を破壊すれば理論上は解除できますねぇ~ぜったいにできませんけどぉ~」

 へぇ~~この魔法陣をか……

 「その魔法陣はいかなる物理攻撃、魔法攻撃も受け付けないよう組んでありますからねぇ~10年かかった研究の成果ですぅ~」

 そいつは凄い。

 どれ。少し腰に力を入れて―――

 「―――ぬんっ!」

 木刀で叩いてみた。
 まあ俺なんかの木刀ごときじゃ……


 ―――バキッ!


 あっ!? なんか嫌な音したんだが……

 「まあ~~ボクレンがぁ~信頼を勝ち取れば~~隊長が解除の指示をだすでしょうからぁ~~仕事に励むようにって……!? 
 ―――――――――なんか、魔法陣われてますけどおぉおお!!!」

 あ、ヤバイ……

 「え?え?え? ちょ……なにこれ? 木刀で? 木刀で! 木刀で!?」

 うお、落ち着いてくれ。

 「ううううううウソでしょ! どどどういうこと? これあり得ないわ! ぜったいないわぁ! ないわぁ!」

 マシーカ先生がすごい早口になってる。
 さっきまでのゆったり口調は、どこいったんだよ。

 「貴様ァ! そこまでしてエロい事したいのかぁ!」
 「ええぇ、そんなんですか、ボクレンさん! 私以外の聖女に手を出すんですか!」
 「天才のわたしが10年かかって組んだ魔法陣なのよ! 木刀でパンっとかあり得ないでしょ! ねぇねぇねぇ!」

 ちょ、まって。なんか全員の誤解が酷い。

 おっさんはその後、時間をかけて3人を落ち着かせた。
 木刀で魔法陣がわれるわけないだろ、ってことを何十回と説明する。

 そして、最終的に「そうだよね」ってな雰囲気に落ち着いた。

 そう、これはたまたまマシーカ先生が、ちょっとミスったんだ。
 よくよく考えたら当然の結論だ。

 てことで、俺には改めて純潔守護禁欲システム(ドキドキ♡セイントガード♡)が付与された。

 ふぅ……やっと終わった。

 3人も疲れ果てたらしく、すこし水分補給をしにいった。

 1人ぽつんと部屋に残された俺は、床に目を落とす。
 足元でグルグルと回転する模様が目に入る。

 まったく、人騒がせな魔法陣だぜ。

 だいたいこんなおっさんの一振りで、大聖女の魔法が壊れるわけないだろ―――「ぬんっ!」

 ―――バキッ!


 「…………」


 よし、俺は聞いてない。なにも聞こえなかった。