ヤバぃヤバぃヤバぃ。

 おっさんの財布の中身、絶対たりない。

 これはマジでヤバい……

 とりあえず土下座か? 
 おっさんの頭さげた程度でどうにもならん気もするが、やれることはすべてやるしか―――


 「おい! 貴様っ!」


 ひぃいい、今すぐ土下座しますからぁああ!

 「たかが剣を一本折ったぐらいで、なにをいきっている」

 いきってねぇ……焦ってるんですけど……

 「本番はこれからだ」

 んん? 本番だと?

 お金はいいのか? いいってことなのか??

 「――――――ぬぅううううう!」


 リンナの剣が……光り出した!?


 おっさんがビックリすると同時に、周囲の空気が揺れはじめる。
 ―――風の流れが変わった……

 この感じ、森で魔物が火を吐いたり雷を落としたりするときと似ている。
 あいつらは不思議な力を使う奴がいるからな。

 「聖女よ、我が声に応えよ。その【加護】、今こそ聖風を吹かして……我が刃となれ!」

 リンナの剣から、緑色の何かが渦巻き始めた。

 「風か……」

 彼女の剣から吹き出ている緑の何かは風だ。

 「そうだ、おっさん。これが聖騎士である、あたしの真の力――――――魔法剣!」

 「魔法剣……!?」

 なにそれ、カッコイイ!


 「聖騎士は、担当聖女の【加護】が与えられ、聖騎士に特殊な恩恵をもたらす。あたしの授かった【加護】は風属性付与……
 ―――――――――つまり、風の剣だ!」


 リンナが天に剣を掲げる。

 「集えぇええ! 風よぉおおおお!」

 すげぇ……

 緑の風がうねりをあげ、彼女の剣に集約されていく。
 訓練場が風で満ち、周囲の木々がビュウっという強風でしなる。
 こりゃ局地的な嵐だな……

 こんなすげぇものを見せてくれるとは。

 「もっとだぁ~~~最大の技で、貴様を叩きのめす!」

 こんなおっさん相手に、全力で技を放ってくれるというのか。

 ならば……

 「おっさんも応えんとな」

 俺は木刀を正眼に構えた。

 すぅーっと息を吸い、地に足をしっかりと固定する。

 死んだオヤジのもっとも得意だった一撃。
 俺の目標である一撃。

 そして、俺の超えたい一撃。

 相手の懐に肉薄し初太刀に全身全霊を込めて、相手を粉砕する。
 ともすれば捨て身ともとれる一撃だ。

 それは俺の脳裏にこびりつくぐらい、強烈なものだった。
 そしてこれから繰り出す技は―――


 ――――――ひとつの木刀(エンドブレイド)


 魔物を粉砕するオヤジの“あの一撃”を目に焼き付け、独自に磨いてきた。
 俺はこの一撃のために、ずっと素振りを続けてきた。

 まだ未完成。だが、今の俺が出せるすべて。

 「うらぁああああ! 勝負だおっさん!」

 どうやら、リンナの方も準備が整ったらしい。
 緑の暴風を纏った剣を構える女聖騎士。いままでバラバラだった気流がひとつに集まり風そのものが刀身と化している。
 まるで緑の剣だ。

 気合いじゅうぶんだな。

 なんだろうか。はじめは聖騎士相手なんて、ってビビりまくってたけど。少しワクワクしてきた。
 こんなおっさんに全力を出してくれるんだ。

 俺もおっさんなりの全力で応える。
 ただそれだけ。

 風の流れが変わった……


 ――――――くる!!


 とてつもない風圧、そしてそれを上回るリンナの気迫。

 だが気圧されるわけにはいかない。
 ひとつの木刀(エンドブレイド)は、相手の懐に潜り込み放つ技。

 ここをビビっていては、オヤジの一撃は超えられない。


 ――――――踏み込む!


 リンナも躊躇なく間合いを詰めてくる。

 2つの大きな気迫がぶつかり合おうとした

 その刹那――――――

 「それまでです!!」

 鋭く、凍てつくような声が空気を裂いた。隊長の声だ。

 同時に地面がバリっと凍結する音。
 ピタッと木刀を止める。

 俺の視界の端に、綺麗な黒髪がふわりと流れてきた。

 「くっ……!?」

 リンナは急遽氷結した地面に足を取られて、体勢を崩したようだ。
 この氷がエリクラスの【加護】なんだろう。

 にしてもすげぇな。
 あの一瞬で、俺とリンナの周辺を凍結させたうえに、静かだが心に差し込むような声。
 集中していた俺の動きを止めるとは。

 「……た、隊長……?」

 「隊長? ではありませんリンナ。あなたは訓練場を無茶苦茶にする気ですか? 聖女セシリアを巻き込むつもりですか」
 「あ……い、いえ。申し訳ございません……」
 「あなたは副隊長になったのです。冷静さを失ってはつとまりませんよ」
 「……はい」

 リンナの剣から緑の風がスッと消えていく。

 なるほど、どうやらリンナは最近要職についたようだ。
 この若さでたいしたもんだな。

 「ボクレン、お疲れまでした」

 綺麗なブロンドの髪を揺らして、俺に視線を向けるエリクラス隊長。

 「あなたの実力、確かに拝見しました。結論としてボクレン――――――あなたを聖女セシリアの聖騎士として正式に承認します」

 「お、おう……」

 ふぅ……なんとか合格できたようだ。
 リンナの魔法剣が炸裂していたら、どうなっていたかわからんかったけど。

 「では制限魔法の付与準備をします。しばらくは聖女セシリアと待機していなさい」

 「ああ、わかった」

 「あなたは上司に対する言葉遣いを学ばないといけないようですね」

 「は、はい。わかった」

 「ふふ、まったく。ではまたのちほど会いましょう。行きますよリンナ」

 いやぁ……情けない事におっさんド田舎で育ったから、改まった敬語とか得意じゃないんだよな。
 俺の周りの奴らは全員ガンガン無礼講まつりだったし。

 おっさんになっても学びは必要だな。

 隊長たちが去っていくと、一人の少女が駆けてきた。

 「わぁ~~ボクレンさん、やっぱりすごいです♪」
 「ああ、セシリア。なんとかいけたようだ」
 「クスッ、何言ってるんですか。ボクレンさんなら、ぜったい承認されると信じてましたよ」

 美少女のにこやかな笑顔。ふぁ……癒される。
 今日のエールは、この笑顔をつまみにして飲むぞぉ。



 ◇◇◇



 ◇エリクラス隊長視点◇


 訓練場をあとにした私とリンナ。

 あぶなかった……

 もう少し止めるのが遅かったら……リンナはどうなっていたかわかりません。

 グッと握った手のひらは、汗でびっしょり。

 でも思わず魅入ってしまった。
 そう、すぐに止めに入るのを忘れてしまうぐらい。

 ボクレンという男が最後に見せた構え。

 あの構え……今まで見てきた騎士やすご腕冒険者たち。その誰よりも洗練されていた。
 無駄がまったくない。私がどこに打ち込んでも、勝てる気がしない。

 しかも制止の言葉を私が放った瞬間、すぐに反応する速度。
 リンナは私の声ではなく、素早く展開した【加護】の氷結に足をすくわれました。

 でも……

 ボクレンは違った。

 私の氷結させた地面にはなんら影響を受けていない。その証拠に彼の構えはいっさいブレていない。
 あの男は、自身の意思で攻撃を止めた。ただそれだけ。

 「リンナ、彼はどうでしたか?」

 私は、ずっと黙っている副隊長に声をかけた。

 「なんとも言えないやつでした……わたしの剣技に合わせているような。でも……殺気がまるでなく不思議なかんじです」

 彼女の瞳が揺れている。自身の考えが整理できていない、そんなような。
 たしかに、彼に殺気はほとんど感じられなかった。あるのは、いつも通り木刀をふっているかのような、まるで日常のような静けさ。

 「それにあの変な木剣……木刀でしたか。……たしか、あの忌々しいブシとかいうやつらのと同じものですよね」

 そう、ボクレンの振るった木剣。あれは木刀と呼ばれるもの。
 極東の国にいるブシという者たちが使用するカタナの木剣だ。

 「こら、あなたの部下をそう卑下してはいけませんよリンナ」
 「え……隊長、ど、どういう」

 「リンナ。あなたにはボクレンの直属上司になってもらいます」
 「なっ! そんな!」
 「はい、彼は聖騎士についてなにもわかっていません。あなたがサポートしてあげなさい」
 「あ、あたしがですか……!」
 「これは隊長命令です。なにかあれば報告を怠らないように」

 「……はい」と、頭をかかえながらその場を去って行くリンナ。
 真面目で努力家な彼女は本当によくやっている。でも、最近ちょっと空回りしすぎです。
 副隊長になってからはその責任感からか、柔軟な思考ができなくなっているように感じます。

 ボクレンという人生の先輩を部下に持つ。いい環境の変化です。
 これで彼女の視野も広がるかもしれませんね。

 リンナの後ろ姿を見送った私は、自室に入って一息ついた。

 にしても、ブシですか……

 視線を壁に向けると、一振りの剣が飾られている。
 剣の刃は、途中からさきがない。

 これは私の祖父の剣だ。私が隊長就任の際に送ってくれた祖父の宝物。
 私は代々聖騎士の家系である。そしてわたしのおじいさまは、当時王国最強の聖騎士として名をはせていた。

 そのおじいさまに唯一、土をつけた者。

 数十年前、まだ私がこの世に生を受けていない頃。極東の国から1人のブシが王都にやってきた。
 その男は他流試合を挑みまくり、当時の聖騎士たちを真っ向勝負でことどく打ち負かしていった。

 それを見かねた国王が、最強の聖騎士であるおじいさまとブシとの御前試合を組んだ。

 ブシの名は、ツカーラ・ボーデン。
 東国の読みを王国風に読んだだけだから、正しい発音はわからない。

 勝負は一撃でついたと言われている。

 おじいさまも、ツカーラ・ボーデンも初撃で最大の奥義を放ったらしい。
 ボーデンが放ったのは、たしか「ひと太刀の理」と言われるもの。
 相手よりも先に技を繰り出し、初撃で確実に粉砕する。

 その後、ツカーラ・ボーデンは王都を去り、その消息は不明。

 王国は不正があったなどと事実を捻じ曲げて、後日試合無効としたらしいですが。
 政治的な理由からもそうしないと体面を保てなかったのか、事の真相は定かでないです。ですが、おじいさまは声を上げて王国に苦言を呈することはしなかったようです。

 でも……おじいさまは完膚なきまでに負けたと言っていた。
 それは紛れもない事実である。
 そして、生涯で最大の力を出せたこの折れた剣が誇りだと。

 今日私の目の前にいたあの男。

 木刀にあの一撃必殺の構え……

 いえ、考えすぎですね。

 ボクレンがツカーラの親族ってわけはないでしょう。
 おじいさまの話によれば、ツカーラに妻子はいないらしいし、そもそもボクレンの容姿は極東人ではなく王国の民そのもの。
 とすれば、弟子……の路線もないですね。
 なによりも、ツカーラは弟子を取らなかった。というか極度の修行マニアらしく、どのような屈強な者も3日とかからず逃げ出したとか。

 ふぅ、木刀もったおっさんですか……


 まったく、とんでもない人を聖騎士にしましたね。聖女セシリア。