突如として現れた凛々しい女性騎士のみなさんに、取り囲まれた俺。
 彼女たちは、聖女学園所属の学園聖騎士とのことだ。

 「ボクレン、36歳、男性。住所は森、特技、木刀振ること……ですか」
 「貴様ァ……神聖なる聖騎士推薦書をなめてるのかぁ!」

 いや、だってそれしかできないんだもん。

 他の女性騎士たちの視線も冷ややかで、とうてい歓迎している雰囲気ではない。
 そりゃそうだ、こんな美少女の園でおっさんとか異物だからな。

 「貴様ァ、年端も行かぬ聖女をたぶらかして、学園に潜入する気だな!」
 「ええぇ……いやいやセシリアの依頼で来たんだが」

 「依頼だぁ? とぼけるな! 何が目的だ! エロか! エロい事するつもりなんだろッ!」

 いや、エロ一択で決めつけんなよ……

 「リンナ副隊長、私が彼とお話をしているのです」
 「は、はい! 隊長!」

 初めに声を掛けてきた長身の女性騎士が、一歩前に出た。

 「私は、聖女学園聖騎士隊の隊長エリクラスです。隣が副隊長のリンナです」
 「あ、ああ……俺はボクレンだ。よろしくな」

 「貴様ァ! 隊長には敬語をつかえぇ!」

 そう言われてもな。
 そんな文化森の中にはなかったんだって。
 ド田舎で育った俺にとって、聖騎士さまとどう接していいのかなんてわからん。

 「―――リンナ、少し黙っていなさい」

 「っ、は、はい……隊長!」

 隊長が少し圧の効かした言葉を発した。静かな言葉だが、重い。
 さっきから怒鳴り続けていた副隊長が、ビクリと肩をすくめた。

 「話を続けます、ボクレン。あなたは聖女セシリアからの推薦を受けました。学園聖騎士隊長である私が承認すれば、あなたは聖騎士になります」

 「ああ、そうらしいな」

 「ですが―――ご覧の通り、学園聖騎士隊のほとんどが女性で構成されています。この学園自体が若い聖女たちの集まりだからです」

 そりゃそうだな。聞くところによると全寮制らしいし。寝食も近い。
 そこへおっさんがウロウロするのは、好ましくないだろう。

 「ですから、私があなたを承認するために2つのことをクリアしてもらいます。1つめは、聖女を害することができないよう、特殊な聖魔法であなたに制限をかけます」

 なるほど、それはおっさんも納得な気はするな。
 護衛する騎士が、反乱を起こさないとも限らんだろうし。こんな美少女の園で間違いがあってはならんからな。
 いっとくけど、俺はやらんけどね。

 「あなたには……純潔守護禁欲システム♡(ドキドキ♡セイントガード♡)を……付与します」

 とたんに、今までのハキハキした口調からなんかモゴモゴした隊長殿。

 「んん……? ドキドキ? もう一回言ってくれ、デカめの声で」

 「…………。そして2つめです」

 ええぇ、言ってくれないのかよ……

 「すまないが、何をつけるんだ? ちょっと聞き取れんくてな」

 すると隣の副隊長がズイっと前に出てきた。

 「こらぁ、貴様ァ! 麗しき隊長が、そんな♡マークの浮ついた単語を連呼できるわけがないだろうがァ!」

 「お、おう……すまなかった」
 「まったく、これだからおっさんは」

 ……ぬぅ、なぜか怒られた……凄まじく気になるのだが。

 「コホン……では、気を取りなおして」

 エリクラス隊長は軽くブロンドの髪を払って、口調を改めた。

 「聖騎士となる以上、相応の腕前が必要です。王国の重要人物を守るのですから」

 「エリクラス隊長、それは私が保証します。ボクレンさんは聖騎士に見合うだけの力をもっています」

 セシリアが横から会話に入ってきた。

 「聖女セシリア、たしかにあなたの推薦書にはそう書かれていますね。ですが、ボクレンは聖騎士学校を出てはいません。また冒険者登録もしていないし、騎士団や警備隊などの所属経験もない。そんな男でも聖騎士がつとまると?」

 「はい、ボクレンさんの実力と人柄を見込んでの推薦です。彼と行動を共にして、私自身がそう感じました」

 おおぃ、セシリアさんや。あまりおっさんを持ち上げ過ぎても困るぞ……。

 「くっ……あたしは認めんぞ……」

 ほらぁ、副隊長とかすげぇ睨んでくるし。

 「おい、貴様! 鳴り物入りで入るなら、魔物上位特殊個体を討伐したとか、ダンジョン下層まで到達したとか! 相応の実績はあるんだろうな!」

 ええぇ……俺、そんなヤバい魔物なんて会ったこともないし、ダンジョンなんかはいったことねぇし、てか多少鍛えた程度のおっさんやぞ。

 「はい、そこも大丈夫だと確信しております。ボクレンさんが魔物上位特殊個体(ゴブリンキング:しかも3体瞬殺)を討伐したのはこの目で見ましたし、ダンジョン最下層にも到達しているはずです。しかもソロで」

 してねぇえええええよ!!

 誰だよ、そいつぅううう!!

 セシリアぁああ! 何をむちゃくちゃ言ってんだ! 
 意味不明なおっさんよいしょは、ダメだろ。

 「ならば、聖女セシリア。模擬戦でもその実力は存分に発揮されるはずですね?」
 「はい、もちろんですエリクラス隊長。存分にお試しください。ね、ボクレンさん♪」

 ね、ボクレンさん♪ じゃねぇ! 

 無意味にハードルを爆上げしないでくれ……

 「いいだろぉ、貴様! 聖騎士になるならば、その実力を証明してみせろ!」

 あれ……なんか話が変な方向に向かっていくぞ。


 「――――――あたしと勝負だ!」



 ◇◇◇



 俺が連れて来られたのは、学園内にある訓練所。
 なぜか俺は、副隊長と模擬戦をすることになってしまった。

 「さっさとこい! おっさん!」

 リンナ副隊長が、仁王立ちで俺を待ち構えている。

 いきなり学園聖騎士隊の副隊長とか、おかしくないか。
 セシリアが話を盛りすぎたから、なんか凄い気合入ってるし。あと鎧のスカート短すぎるし。

 歳は……20に届かないぐらいの若さだな。それで副隊長とは立派なもんだ。
 が、若さゆえにかちょっと空回りしているな。

 「なあ、おっさん相手に張り切りすぎだ。そんな眉間にしわよせまっくたら、せっかくの美人さんが台無しだぞ」

 「ぐっ……隊長! 真剣での立ち合いを希望します!」
 「そこまでする必要はないでしょう?」
 「こんなふざけたおっさんが聖騎士を名乗るなど……とうてい看過できません! ここで確実に叩きのめします!」

 ヤバい……もっと怒ってしまった……
 そりゃ正規ルートをたどらず聖騎士になろうってんだ。俺には不足なことも多い。それを快く思わん気持ちはわかるがな。

 「……わかりました。真剣の使用を許可します。ただし、刃には緩衝カバーをつけなさい。あと、行き過ぎた場合は即時に私が止めますから」

 リンナがなにやら薄い膜を剣の刃にかぶせている。
 緩衝作用がある材質でできているらしい。

 にしても……高価そうな剣だなぁ。
 鞘もシンプルながらも荘厳な装飾がなされており、綺麗に輝く刃。あきらかに安物とは違う輝きだ。

 さて、おっさんも頑張らんとな。
 聖騎士になると、セシリアに約束したし。

 腰にさした相棒をスッと抜く。

 「貴様ァ……木刀だとぉ。どこまでも舐める気か!」

 「ふざけてなどいない。自分の命を預ける武器だ。手に馴染まんやつなど使えん」

 「……絶対に、叩きのめす!」

 リンナが剣を構える。
 うむ、いい構えだな。少し落ち着きはないが、さすが聖騎士副隊長。


 「さあ、その腕前を見せてもらいましょう。隊長である私が聖騎士として相応しいと判断すれば、制限魔法を付与して、ボクレンを聖騎士と承認します。

 ――――――では、はじめっ!」


 「負けた理由を、木刀のせいにするなよぉおおお!」

 吠えるリンナ、いい踏み込みだ。それに……


 ――――――速いっ!


 努力を積んだ者の動きだ。
 俺より随分と若い子なのに、頑張ってきたんだな。

 間合いを詰めたリンナが、真正面から剣を打ち下ろしてきた。
 俺は木刀を彼女の斬撃に合わせる。

 さて、おっさんの力、どこまで通用するか…………あれ??

 俺は違和感を感じつつも、彼女の剣を弾いた。
 リンナの眉間にしわが寄る。

 「くっ……ならば――――――はぁっ!」

 気合の声と共に、ゼロ距離から横なぎに剣を振るうリンナ。

 俺は再び木刀を合わせる。

 いや……なんだこれ?

 俺に第二閃を防がれたリンナは、少し後ろに跳び再び体制を整えて突っ込んできた。

 やはりだ、型もしっかりしている。間合いを詰める速度もよい。
 これは、彼女がたゆまぬ努力を積んできた証拠に他ならない。

 が……

 「―――よっと」

 打ち込まれる斬撃を、俺の木刀が弾く。

 ……かるい。

 なんだこのかるさは。

 あっ……そうか!

 なんだかんだで、手加減してくれているのか?
 そうだよな、言うて素人に毛が生えた程度のおっさんだぞ。

 「――――――はぁあああ!!」

 けど……すげぇ気合だ……
 鬼気迫る勢いに、闘志をギラギラに燃やしている風にしか見えないんだが。

 「よっと」「ほいっと」「あいよっ!」

 次々と繰り出される彼女の斬撃をバシバシ弾いていく。

 「き、貴様ァ……な、なぜだ? 受け流しているのか? いや普通に打ち合っているだけのはずなのに……」

 先程の怒りの表情に、困惑の感情が混ざり始めるリンナ。
 なるほど、かるい原因がわかったかもしれないぞ、おっさん。

 「うむ、素晴らしい動きだ。それに型も崩れることなく安定しているうえに速い」
 「うるさい、話しかけるな」

 「もっと振るんだ」
 「だ、黙れ……」

 この子は、この若さにして恐るべき技量を備えている。
 が、技量と同じく大事なものが少し足りない。

 剣の重さだ。

 だが、これは訓練でどうとでもなる。
 そう、やることはひとつしかないからだ。

 「素振りだ。これをとことこんやり込め」

 「黙れと言っている……」

 「朝も昼も晩も、空いている時間はすべて振るんだ」

 「知ったような口を聞くなぁあああああ!」

 ヤベェ……またいらんこと言ってしまったか。
 こんな、多少木刀振ってた程度のおっさんに説教されるとか、彼女がイラつくのもしょうがない。
 でも、凄まじく努力のあとがある子だ。おこがましいかもしれんが、おっさんが知ってることでプラスになるならと、思わず口が動いてしまった。

 この怒りの元も、聖騎士という自身の仕事に誇りをもっているからこそ湧き出る感情だろう。
 基本的に素直でいい子なんだと思う。


 「あたしは、おまえを認めない――――――うぉおおおおお!!」


 むっ……型を崩してまでの大振り。
 斬撃の威力を増すために、無茶しているな。

 俺も合わせるようにして、木刀をフッと振りぬいた。


 ――――――バキンッ!


 「へ?」

 いまなんか変な音しなかったか!

 「ば、馬鹿なぁあ……」

 あ……

 リンナが持つ剣の根元から……なにも無い……


 ――――――折れてんじゃねぇかぁあ!


 ヤバいヤバいヤバいヤバィイイイ……

 めっちゃ高そうな剣やぞ……

 どうしよう、おっさん弁償する金なんてないようぅ。