気づけば俺は、中庭に立っていた。
 よく分からんままセシリアに連れられて来たが、横を見ると制服姿になった彼女がニコニコと微笑んでいる。

 「なあ、セシリア。再確認なんだが……ここって、聖女の学園なのか?」
 「はい、ボクレンさん」

 「てことは、あのベンチに座って微妙に見えそうなのは……」
 「聖女です」
 「じゃ、じゃあ。いま駆け足で通り過ぎつつチラチラさせてるのは……」
 「聖女ですよ」
 「う、うぉ……、あ、あの強風にあおられて完全に見えてるのは……」
 「……聖女ですね」

 「マジかよ……」

 「いえ、私の方がマジかよ……です。
 ボクレンさんの二つの眼球って、パンツしか見えないんですか?」

 「いやいや、だって制服のスカート短すぎだろ! こうもチラつかされたら、男としてやむを得ないじゃないか!」
 「それ、理由にならないですよ!?」

 「しかも女子しかおらんし。てか聖女ばっかだし!」
 「聖女学園ですから当たり前ですよ……ちょっと落ち着きましょう、ボクレンさん。はい、深呼吸して―――」

 おっと、しまった。おっさんいきなり美少女の園にぶち込まれて、テンションがおかしくなっていたようだ。

 ぬぅ……セシリアのスカートもみじけぇ……そしてフワフワ揺れてやがる。
 いや、もう気にしないぞ。気にしない……ぞ。

 「そ、そうだな。すまん、セシリア。色々ありすぎて理解が追い付かんくて」
 「ふふ、大丈夫ですよ」

 とにかくここは、聖女たちの集う学園で間違いないようだ。
 セシリアも学園の制服に着替えてきており、白を基調とした清楚な感じがなんか聖女ぽい。スカート以外に関してはな。

 さて、だいぶおっさん精神も落ち着いてきたところで……本題だ。

 「なんで、黙ってたんだ。このこと」

 このこととは、もちろんおっさんを聖騎士に推薦したことだ。

 「だって、聖騎士とか言ったらボクレンさんの性格上拒まれるかもって……ごめんなさい。こんなのズルいですよね……やっぱり迷惑ですか?」

 うわぁ、超絶美少女の上目遣いとか。やめてくれ。

 「いやいや、迷惑っていうか、なんで俺なんかを聖騎士に推薦したんだ?」

 「はい、ボクレンさんが適任だと思ったからです」

 即答かよ……。

 いや適任って、なにをもって言ってるのだろうか。

 「なあセシリア、冷静に考えてくれ。俺、ただのおっさんだぞ。聖騎士とかおかしいだろ」

 「そんなことはありません! ぜったいに!」

 翡翠色の瞳が静かに、そして何かを秘めたように揺れる。

 こりゃ本気だな……

 彼女は真面目ですごくいい子だが、律儀すぎる面がある。

 「もし森でセシリアを助けたことに恩義を感じているのなら、気にしなくていいんだぞ。仕事は王都なら探せばあるだろうし」
 「もちろん恩は感じています。だって命の恩人なんですよ。でも……でも、それだけじゃなくて……」

 セシリアは俺の手を取って、話を紡ぐ。

 「ボクレンさんの腕前は、聖騎士としてもじゅうぶんに通用すると思います。
 それに、馬車での一件でも冒険者たちから慕われてましたし。私とも気さくにお話してくれます」

 そうなんか……おっさんのこと色々見ていてくれたんだな。
 セシリアはまだ若いし、戦闘経験もない。普通の魔物を倒しただけで“すごい人”に見えてしまうのも、無理はないのかもしれない。それが俺のようなおっさんでも。

 「だから、ボクレンさんなら……大丈夫なんです」

 大丈夫です……か。

 「あと……その……私、学園の成績が良くなくて……本当は騎士様を選べるような聖女でもないんです……」

 バツの悪そうな顔で、スカートの端をギュッと握りしめるセシリア。
 この子の目標は高いのだろうな。聖女のたまごっていうぐらいだから、おっさんが想像できないプレッシャーを背負っているのかもしれない。

 「私、ボクレンさんに釣り合うような聖女になれるよう、絶対に頑張ります。だから……どうしてもボクレンさんじゃないとダメなんです。こんなわがまま言えるのも、ボクレンさんだから出来るんです!」

 いろいろと誤解はある。
 ツッコミどころもたくさんだ。

 だが――――――


 この子に関わる。


 人生も半分以上すぎた、ただの田舎のおっさんだけど。決めた。

 「わかった。ま、まあ……やれるだけのことは……やってみる」

 心の中で決意した割に……なんかグダグダな返事になってしまった。だっておっさんが聖騎士とか、不安しかないんだもん!
 こんな返事じゃセシリアも不安だろう。

 「やったぁ~~嬉しいです!」

 その場で銀髪を揺らしながら、ピョンピョン飛び跳ねる少女。
 こんなんで良かったらしい。

 「ところで、セシリア」
 「はい、なんですかボクレンさん」

 「聖女と聖騎士って、なにする人なの?」
 「ええぇ……そこからですか」

 さっきまでキラキラしてた目から、ハイライトが消えちゃった。

 俺の住んでたところはド田舎だ。世の趨勢や情報などはほとんど入ってこない。
 正直な話、今日を生きるのに精一杯な人は多いからな。

 「ふふ、冗談です。そこは織り込み済みで、ボクレンさんを推薦してますから」

 ペロっと舌をだした小さな聖女さま。
 なんだこのかわいい生物。おっさんの世界にはいなかったぞ。

 そんな可愛らしい聖女さまが、おっさんに色々教えてくれた。

 「聖女の役割は大きく分けて3つあります」
 「ほうほう」

 セシリアが言うに、聖女のみが使える力は以下の3つだそうだ。
 【浄化】魔物を生み出す元である瘴気を消す魔法。
 【結界】光の壁で、人々を魔物から守る魔法。
 【治癒】通常の回復魔法では治せない病気や傷を癒す魔法。

 「ってことは、あの森でセシリアが使っていた壁って……」
 「はい、あれは【結界】です。わたしは未熟で自分のまわりしか展開できませんが。熟練した聖女によっては都市まるごとを【結界】で覆う事もできますよ」

 都市全体だとぉ……すげぇな聖女。

 「そして、これらの力(魔法)が使えるのは、聖属性魔力を宿した者だけなんです」

 「セシリアもそのセイゾクセイとかいうの、もってるってことか」
 「はい、私は14歳の時に発現しました。そして、ごく一部の方しか発現しません」

 なるほどなぁ……ちなみにこのセイゾクセイマリョクとやらを宿した者は聖女となるらしい。
 その多くは、14~5歳の少女だそうだ。

 「聖女になることは、国の法律で決まっています。貴重な魔力を発現した方は、その力をもって国に奉仕するのが決まりですから。そして、みなさん基礎を学ぶためにこの聖女学園に通うのです」

 「ほぇ……セシリアって実は凄いんじゃないのか?」
 「ふふ、そうでもないですよ。ご覧のとおり学園にも聖女はたくさんいますし。ごく一部と言っても、王国の全国民に比べてという意味ですから」

 「んで、聖騎士は?」

 「はい、その聖女を護衛するのが主な役目ですね」

 まあ、そりゃそうだ。国としても貴重な聖女は出来る限り失いたくないだろうしな。
 仕事内容がわかりやすくて、よろしい。

 「街道で通り過ぎた聖女たちは、学園を卒業した人たちってわけだ」
 「はい、学園を卒業できれば一人前の聖女です。あの方たちは【浄化】に特化した聖女様ですから、聖騎士のみなさんも魔物討伐に長けた人たちが多いですね。……とても憧れます」

 なるほどな、それでセシリアも魔物を倒した俺への興味が高いのか。
 森で【浄化】も試していたしな。

 魔物とは、他者に対して明らかな害意をもった生物だ。獣とは違う。
 そんなやつらを抑えるためにも、とくに【浄化】は重要な役割を果たしているってことか。
 そしてその【浄化】を最大限有効活用するには、聖騎士の魔物討伐の力と護衛が必要と。

 「いや~~にしても俺、知らない事だらけだなぁ」

 「仕方ないと思いますよ。聖女さまたちでも全ての地区を定期巡回なんてとてもできませんし。ミリスなど辺境にある町は、そもそも一度も訪問できていないと思います」

 ふぅ、まあなんだかんだで職に就けそうだし。
 セシリア自身も今からたくさん学んでいくのだから、おっさんも目立たず陰ながら見守る感じでいこう。

 それに俺もまだ成長できるのかもしれん……聖騎士なんてとんでもない奴らの仲間入りをしてしまったのだから。
 おっさんながらも、初心に戻らんといかんな。

 そこへ、カツカツと複数の足音が聞こえてきた。
 おお、そう言えば隊長の承認がどうとかいってたな。

 さぞ、屈強な男たちが現れるのかと思っていたら……。

 「あなたが……聖女セシリアが連れてきた騎士ですね?」

 綺麗なブロンドの髪を揺らして……
 引き締まってはいるが、抜群のスタイルで……
 これまた、スカートをふわりと揺らして……


 おい、全員女性騎士なんだが!


 右から左まで、麗しき女性騎士ズラリ!

 いや、女性がダメとか言ってないけど、想像と違うというか!
 女性で名を挙げた騎士や冒険者はたくさんいるだろう。

 よくよく考えたらここ聖女学園じゃん。穢れなき美少女の園じゃないか。
 そんな学園の天使たちを守る聖騎士隊ってことは……

 「た、隊長。お、男ですよ……しかもおっさん!」

 ほらぁ。

 こうなるじゃん。

 おっさん完全アウェーじゃないか……ここ。

 ていうか、もうアウトなのでは。