ガタゴトと揺れる田舎道を、10人ほどの乗客を乗せた幌馬車が進んでいく。
 隣に座る少女の銀髪がふわりと揺れる。
 幌の隙間から差し込む陽の光が、その髪に反射してキラキラ光り、なんだかちょっといい匂いがする。

 「セシリアの学校がある町は遠いのか?」
 「はい、ここからだと少し距離がありますね」

 少女は柔らかな笑みを浮かべてそう答えた。

 なぜか俺もこの馬車に乗っている。
 というのも、道中の護衛を頼まれたからだ。
 しかも目的地には“おっさんでも可”の割のいいバイトがあるらしい。絶賛金欠中の俺にとっては、ありがたいといえば、ありがたい話なのだが。

 「ボクレンさん、引き受けてくれてありがとうございます」

 彼女は少しだけ眉を下げて、翡翠色の瞳を俺に向ける。
 そしてどこかバツが悪そうな、でもほっとしたように小さな息を吐いて微笑んだ。

 まあ、正直言って金には困っていたしな。
 とはいえ、セシリアの鬼気迫るお願いに押し切られたのも事実だ。

 「森で会ったのもなにかの縁だ。気にするな」

 本当にそう思う。セシリアに出会わなければ、こんな遠くにくることもなかっただろう。

 「はい、助かります。ボクレンさんは、ずっとあの森に住んでたんですか?」
 「そうだな、俺がオヤジに拾われてから、かれこれ30年ぐらいか」
 「30年も……あの魔の森で?」
 「とくに何もないけどな。ずっと木刀振って、ついでに寄ってくる魔物を殴ってただけだ」

 人生の大半を森で過ごしてきたからなぁ。

 「毎日魔物討伐……あ、そういえば魔の森(ビーストフォレスト)は魔物大量発生(スタンピード)が30年以上発生してないって授業で言ってました」
 「ん? スタン……? なんだそれ?」
 「はい、魔物が大量に湧きだす現象です。詳細は解明されてないですが、瘴気が一定の場所に溜まり続けると数年に一度発生するといわれています」

 ふむふむと聞いていると、セシリアが急に真顔になった。

 「瘴気を消す【浄化】も行き届いていない森なのになぜ……。あっ! もしかして誰かが常に魔物を間引きしていたとしたら……つまりそれって、やっぱり」

 また何か勝手に納得しはじめたぞ、セシリア。
 この子、色々と深く考えすぎなんじゃないかな。

 「ボクレンさんは、なにを目指してるんですか?」

 ウンウンひとりで頷いていいたセシリアが、その綺麗な琥珀色の瞳をこちらに向ける。


 「んん? ……そうだな。オヤジの一振りには並びたいかな」


 オヤジの一撃。
 昔、俺が子供の頃……たった一度だけ、オヤジの本気をみたことがある。

 森に強い魔物が現れた時だ。
 そいつは俺が普段倒している魔物とは違った。

 その時に放ったオヤジの一振り。

 それがずっと俺の脳裏に焼き付いている。

 「お父様に並ぶこと、それがボクレンさんの目標なんですね」

 「そうだな……」

 本当は超えたいんだけどな。

 鍛錬し続けてこの年にまでなったが、まだオヤジに並びすらしてない。しかも、オヤジを上回るやつなんてこの世にゴロゴロいるだろうし。
 たいそうなことを言うつもりはない。
 王国の騎士団に入るとか、S級冒険者になるとかそんな分不相応な話ではなく。

 「ま、おっさんなりの身の丈に合った目標だよ」

 「ふふ、でもボクレンさんは諦めずにずっと努力してますものね。素敵だと思います」

 そう言われると、ちょっとこそばゆい。

 誤魔化すように俺が革製の水袋をだして、ひと口飲んでいると、「まじかよ」と向かいから声が漏れた。
 同乗している4人組たちからだ。風貌からして冒険者だな。

 「へえ~お嬢ちゃん、可愛い顔してずいぶんと渋い趣味してるじゃん?」

 向かいに腰を下ろしているごつい男が、ニヤニヤしながらこっちを見ている。

 「もしかして、年の差カップルってやつ? いや~羨ましいねぇ、大人の魅力ってやつか~」

 その言葉に仲間たちもクスクスと笑い出す。
 まあたしかに彼らの言う通り、美少女とおっさんだからな。

 「ボクレンさんは、私の護衛として雇わせて頂いています! 凄いんですから!」

 セシリアがムキになって言い返したが、彼らはさらに笑いだした。

 「へぇ~~そんな木刀さしたおっさんが護衛とか笑えるぜぇ~。あ、笑いの才能が凄いってことか」

 ギャハハと馬鹿笑いを始める4人。
 再び口を開こうとしたセシリアを制止して、俺はズイっと男の前に身を乗り出した。

 「まあそういきりたつな。どうだ、水飲むか?」

 「うるせぇ! おっさんには話してねぇ!」

 俺の出した水袋を叩くと、プイッと横を向くごつい男。

 俺は肩をすくめるだけだったが、セシリアの頬は少し膨れていた。
 まあ冒険者ってのは、こんぐらい活きのいい方が良いけどな。


 ―――ガタンッ!


 馬車が大きく揺れて、急停車した。

 「――――――んだよっ!」

 ゴツイ男が急な停車に怒鳴り声をあげる。


 この気配……魔物だな。10~20ほどか……


 「ま、魔物です! みなさん、応戦をお願いします!」

 御者台の男が叫ぶと、4人組が勢いよく立ち上がった。
 なるほど、彼らはこの馬車の護衛ってことか。
 どうりで、装備を付けたまま乗っているわけだ。

 「よっしゃ、出番だぜ! おまえらいくぞ!」
 「「「おうっ!」」」

 「へへっ、おちび巨乳お嬢ちゃん、安心しな。俺たちはBランクパーティーだからな」
 「そうそう、木刀おっさんとは比べ物にならない程、つよいってわけよ」

 そんな言葉を残して、馬車から次々と降りたつ4人組。
 Bランクといったか、ならばこの程度の魔物、なんなく対処できるだろう。

 「なっ……きょ、きょにゅ……」

 自身の胸をマジマジと凝視するセシリア。
 まあ、その件に関しては俺も彼らと同意見だが。

 そんなことよりも―――

 戦闘は……すでに始まっているな。
 外の様子は見えないが、気配と気配がぶつかり合っている。

 激しい声が聞こえてくる。さすがBランクの戦いぶり。

 「うわぁ~~なんだこの数! 聞いてねぇぞ!」

 んん? 

 「くそぉ~~やろう! おい、援護魔法もっとバンバンうてよ!」
 「ダメだ、そんな連発できない! それにもう魔力が……」

 これ本当にBランクか?

 ……おかしいな。「B」を「D」と聞き間違えた可能性が出てきた。
 発音似てるし、おっさんの耳も随分くたびれきたからなぁ。

 だとしたら……あいつら新人たちだぞ。

 「どなたか……戦える方はいませんかっ! 助力をお願いします!」

 御者台の男が、泣きそうな顔でこちらに叫んできた。
 やはりか、彼らは冒険者になりたてだ。通常の冒険者ならこの程度余裕だろうが、彼らにとっては流石に荷が重いかもな。

 「お、お願いします……だ、だれか」

 「よし、おっさんで良ければ行くぞ」

 俺は立ち上がり、木刀をすっと抜く。

 「ええぇ! それでいくのですか……!!」

 「え? そうだけど。じゃ、いく」




 ◇セシリア視点◇

 ボクレンさんが、木刀一本手にして、馬車を降りていく。
 どうやら、Bランク冒険者のみなさんでは対応できない数のようです。

 「あのひと……木刀だけで……」

 御者台の方が、顔を真っ青にしていますね。
 ついでに他のお客さんも。でも―――

 「ボクレンさんが行けば、大丈夫ですよ」

 本当は私も手伝いたい。でも、今の私じゃ何もできない。
 この馬車全体を覆う【結界】もはれないし。足手まといになってしまう。

 もっといっぱい学ばないと。
 ボクレンさんのような凄い人に、と思って彼が今しがた出て行った幌をみていたら。

 え? ボクレンさん!?
 さっき外に出たんばかりじゃ……?

 「ただいま~~終わったぞ」

 ……ああぁ、もう帰って来たんだ。

 「――――――ええぇ!? はやっ!!」

 御者台の方が、仰天の声を漏らしてます。
 その気持ちは私もよくわかります。もう若干慣れてきた感もありますが。

 「ただのイノシシ魔物だったよ。あれなら何匹でようがおっさんでも余裕だ」
 「イノシシ……って、ええぇ……あれはレッドボアのはずですが……と、とにかく馬車は救われました。ありがとうございます!」

 さらに他の乗客からも、感謝の言葉をもらうボクレンさん。
 あとから例の4人組も馬車に戻って来た。全員無事のようですね、良かった。

 あら? なんだか4人の様子がおかしい。

 「なあなあ、兄貴あれどうやってやるんだ?」
 「あれってなんだ?」
 「木刀でズパーンってやつだよ、あれ超かっけぇえ!」
 「そうだな、素振りをたくさんしないとダメだぞ」
 「そっか~俺も兄貴みたいになれっかな~」

 まあまあ、おっさんから兄貴ですか。
 4人組からの質問責めから逃げてきたボクレンさんが、こちらにくる。

 「お待たせ、セシリア。怖くなかったか?」
 「はい、大丈夫でした。だってボクレンさんがいますから」

 私は横に座ったボクレンさんに労いの言葉をかける。

 奥からは、あのBランク冒険者4人組がじっとこちらを見ている。その視線の先はボクレンさんだ。
 さっきまでは私を見ていたくせに、瞳もなんだかキラキラ輝いてるような。

 「ずいぶんと懐かれましたね」
 「んん、そうなんだよ。まったく最近の若者はよくわからん」

 ふふ、ボクレンさんの方がわからないことだらけですけどね。

 でもひとつだけ確定している事はあります。


 ―――絶対に、逃がしませんよ。ボクレンさん。