「な、なんなんだ……おまえは」
アレシーナの親父さん固まってたかと思えば、ポカーンと開いていた口をパクパクとしはじめた。
「木刀で私の候補者を一撃など……あ、あり得ん……」
「お父様……」
「ま、まさか。おっさんの皮をかぶった魔物か!」
だれが魔物やねん。あんたの目の前にいるのは、正真正銘のおっさんだからな。
「では、これ以上の聖騎士候補も出てこないようですし。お暇させて頂きますわ、お父様さま」
「ま、またんか!」
父と娘の視線が交錯する。
「お約束通り、ボクレンを私の聖騎士にいたしますわ。では、ご機嫌よう」
ぐっ……と眉間にしわを寄せる父親のベイロットを背に、俺たちは屋敷を後にした。
しばらく沈黙が続いた帰り道だったが、アレシーナがフフッと笑みをこぼした。
「どうしたんだ?」
「いえ、あの……お父様の顔。あんなあんぐりした顔。はじめて見ましたわ」
そうなのか。
アレシーナの表情が、なんだか普段とは違うような気がする。
「ふふ、やはりあなたを聖騎士にして正解でしたわ」
「候補者がいたのに、俺を選ぶなんてな」
「なにを言ってますの。ワタクシの聖騎士はボクレン―――あなただけですわ」
アレシーナが、まっすぐに赤い燃えるような瞳を向けてくる。
「貴族の娘であれば、お父様に従うのは当然のことですわ。ワタクシの目標を考えても、それが一番現実的ですもの」
たしかに、あの父親は娘を道具としか見ていない。
が、それは彼女の言う通り貴族としてはごく普通の事なのかもしれん。
アレシーナの目標は高い。
教会を変えたいという目標に近づくには、権力が必要なのはその通りだろう。そのためには、父親に従い用意されたレールに乗っかるのもひとつの選択肢だ。
「きれいごとだけでは、到底たどりつかない目標ですの……でも」
そう言ったアレシーナは、いつもの強気な自信に不安が入り混じったような表情をみせた。
「ワタクシの聖騎士はボクレン。あなたでないとダメなのですわ」
……ふぅ。
まあ、美少女からお願いされるなんて、おっさんの人生でたった一回しかなかった。
今回は2度目だ。
「わかった、アレシーナ―――おまえはやりたいようにやれ。
おっさんが手伝えることは、全部やってやる」
「まあ、決まりですわね。よろしくお願いしますわ、ワタクシのナイトさま」
彼女はその場で一礼をしてみせた。
それは、今まで見た中でいちばん―――きれいな礼だった。
よし、気合入れるか。
「ああ、任せとけ」
◇聖女アレシーナ視点◇
ふぅ……なんとか押さえ込むことができましたわ。
これでしばらくは、お父様がなにかを仕掛けてくることはないでしょう。
それを可能にしてくれたのが……
隣を歩くおじさま。
ワタクシのことを侯爵家聖女ではなく、アレシーナとして見てくれているのですね。
道具としてしか見てくれない父親。貴族の娘なら当然といえば当然なのかもしれませんが。
でも……嬉しかったですわ。
あんな気持ちになれたのは、お母様と過ごした日々以来ですわ。
ワタクシのお母さまも聖女でした。
【浄化】も【治癒】も【結界】も一級品のすばらしい方でしたの。
そんな最高の聖女でしたが、お母様は優しすぎました。
本来【治癒】しなければならない患者を差し置いて、教会からの特命の依頼。
内容は、どこぞの有力貴族家へ行き治療をしてほしい。
でも実際は、とくにお母様の【治癒】に頼らなくても良い案件ばかり。
最高の聖女であるお母様に診て欲しいという我儘。
もちろん外交活動は重要です。
甘い考えで教会という巨大な組織を回せるわけがないことは、ワタクシでもわかりますわ。
そしてお母様は、すべてをこなしてしまった。
特命の外交活動もしたうえで、本来必要な方への治療もする。
それは【浄化】にしても同じことが起こった。
まったく合理性に欠いた巡回地区。これもまたもや特命ですわ。
過度な【浄化】はあまり意味がないにもかかわらず、ほんのわずかでも魔物発生率を下げたいがために強引に【浄化】を依頼してくる富裕層や特権階層。
教会は喜んでそちらを優先しますわ。
そんな対応に追われるお母様。
ですが、真に必要な方たちの声も聞こえてきます。
何度も魔物大量発生が発生する地区や、魔物の被害が絶えない地区。
またしてもお母様は、すべてをこなしてしまった。
聖女はもともと奉仕精神の高い人たちが多いですわ。だけどそれは同時に私欲を抑えることにもなる。休むべき時に休まない、自分のことは後回しに。
そしてワタクシの大切な人は……お母様は……
全ての時間を他人のために使い、ワタクシを置いて帰らぬ人となってしまった。
もちろん、教会のすべてが悪ではありません。
真面目で素晴らしい方も多いですわ。
ですが、上層部になるほど……なにかが歪んでいる。
そしてその歪みは加速しています。
だからワタクシは今の教会を変えたいと思った。
これ以上大切な人が、苦しまないような教会にしたいと。
ですが、そのためには教会での発言権を獲得しないと何もはじまりませんわ。
確かな実績と現状の秩序を守る人物でなければ、上には食い込めない。
そのためなら己をいくらでも殺します。教会の指導も受けます。
今は耐える時……
と思っていた。
それに、お父様のご意向に逆らうこともできません。
前任の聖騎士ブロスにしても、拒むことはできなかった。
ワタクシの実力だけでは抗えない。もちろん他の方より抜きんでている自覚はありますが、それも常識の範疇ですわ。このような状況をすべてねじ伏せるほどのものではないことぐらい、わかりますわ。
そう思っていた。
この、オジサマが現れるまでは。
だって、とんでもないおっさんですのよ。
この方ほど、常識という言葉が相応しくない人はいないでしょう。
ボクレンとならば、やれるかもしれません。
父の庇護下でなくとも、名を上げることが。
だって、この人はそんな幻想すら可能と思わせてしまうほどの方ですもの。
フフ……もう、離しませんわよ。
覚悟なさい、ワタクシのナイト(聖騎士)ボクレン。
アレシーナの親父さん固まってたかと思えば、ポカーンと開いていた口をパクパクとしはじめた。
「木刀で私の候補者を一撃など……あ、あり得ん……」
「お父様……」
「ま、まさか。おっさんの皮をかぶった魔物か!」
だれが魔物やねん。あんたの目の前にいるのは、正真正銘のおっさんだからな。
「では、これ以上の聖騎士候補も出てこないようですし。お暇させて頂きますわ、お父様さま」
「ま、またんか!」
父と娘の視線が交錯する。
「お約束通り、ボクレンを私の聖騎士にいたしますわ。では、ご機嫌よう」
ぐっ……と眉間にしわを寄せる父親のベイロットを背に、俺たちは屋敷を後にした。
しばらく沈黙が続いた帰り道だったが、アレシーナがフフッと笑みをこぼした。
「どうしたんだ?」
「いえ、あの……お父様の顔。あんなあんぐりした顔。はじめて見ましたわ」
そうなのか。
アレシーナの表情が、なんだか普段とは違うような気がする。
「ふふ、やはりあなたを聖騎士にして正解でしたわ」
「候補者がいたのに、俺を選ぶなんてな」
「なにを言ってますの。ワタクシの聖騎士はボクレン―――あなただけですわ」
アレシーナが、まっすぐに赤い燃えるような瞳を向けてくる。
「貴族の娘であれば、お父様に従うのは当然のことですわ。ワタクシの目標を考えても、それが一番現実的ですもの」
たしかに、あの父親は娘を道具としか見ていない。
が、それは彼女の言う通り貴族としてはごく普通の事なのかもしれん。
アレシーナの目標は高い。
教会を変えたいという目標に近づくには、権力が必要なのはその通りだろう。そのためには、父親に従い用意されたレールに乗っかるのもひとつの選択肢だ。
「きれいごとだけでは、到底たどりつかない目標ですの……でも」
そう言ったアレシーナは、いつもの強気な自信に不安が入り混じったような表情をみせた。
「ワタクシの聖騎士はボクレン。あなたでないとダメなのですわ」
……ふぅ。
まあ、美少女からお願いされるなんて、おっさんの人生でたった一回しかなかった。
今回は2度目だ。
「わかった、アレシーナ―――おまえはやりたいようにやれ。
おっさんが手伝えることは、全部やってやる」
「まあ、決まりですわね。よろしくお願いしますわ、ワタクシのナイトさま」
彼女はその場で一礼をしてみせた。
それは、今まで見た中でいちばん―――きれいな礼だった。
よし、気合入れるか。
「ああ、任せとけ」
◇聖女アレシーナ視点◇
ふぅ……なんとか押さえ込むことができましたわ。
これでしばらくは、お父様がなにかを仕掛けてくることはないでしょう。
それを可能にしてくれたのが……
隣を歩くおじさま。
ワタクシのことを侯爵家聖女ではなく、アレシーナとして見てくれているのですね。
道具としてしか見てくれない父親。貴族の娘なら当然といえば当然なのかもしれませんが。
でも……嬉しかったですわ。
あんな気持ちになれたのは、お母様と過ごした日々以来ですわ。
ワタクシのお母さまも聖女でした。
【浄化】も【治癒】も【結界】も一級品のすばらしい方でしたの。
そんな最高の聖女でしたが、お母様は優しすぎました。
本来【治癒】しなければならない患者を差し置いて、教会からの特命の依頼。
内容は、どこぞの有力貴族家へ行き治療をしてほしい。
でも実際は、とくにお母様の【治癒】に頼らなくても良い案件ばかり。
最高の聖女であるお母様に診て欲しいという我儘。
もちろん外交活動は重要です。
甘い考えで教会という巨大な組織を回せるわけがないことは、ワタクシでもわかりますわ。
そしてお母様は、すべてをこなしてしまった。
特命の外交活動もしたうえで、本来必要な方への治療もする。
それは【浄化】にしても同じことが起こった。
まったく合理性に欠いた巡回地区。これもまたもや特命ですわ。
過度な【浄化】はあまり意味がないにもかかわらず、ほんのわずかでも魔物発生率を下げたいがために強引に【浄化】を依頼してくる富裕層や特権階層。
教会は喜んでそちらを優先しますわ。
そんな対応に追われるお母様。
ですが、真に必要な方たちの声も聞こえてきます。
何度も魔物大量発生が発生する地区や、魔物の被害が絶えない地区。
またしてもお母様は、すべてをこなしてしまった。
聖女はもともと奉仕精神の高い人たちが多いですわ。だけどそれは同時に私欲を抑えることにもなる。休むべき時に休まない、自分のことは後回しに。
そしてワタクシの大切な人は……お母様は……
全ての時間を他人のために使い、ワタクシを置いて帰らぬ人となってしまった。
もちろん、教会のすべてが悪ではありません。
真面目で素晴らしい方も多いですわ。
ですが、上層部になるほど……なにかが歪んでいる。
そしてその歪みは加速しています。
だからワタクシは今の教会を変えたいと思った。
これ以上大切な人が、苦しまないような教会にしたいと。
ですが、そのためには教会での発言権を獲得しないと何もはじまりませんわ。
確かな実績と現状の秩序を守る人物でなければ、上には食い込めない。
そのためなら己をいくらでも殺します。教会の指導も受けます。
今は耐える時……
と思っていた。
それに、お父様のご意向に逆らうこともできません。
前任の聖騎士ブロスにしても、拒むことはできなかった。
ワタクシの実力だけでは抗えない。もちろん他の方より抜きんでている自覚はありますが、それも常識の範疇ですわ。このような状況をすべてねじ伏せるほどのものではないことぐらい、わかりますわ。
そう思っていた。
この、オジサマが現れるまでは。
だって、とんでもないおっさんですのよ。
この方ほど、常識という言葉が相応しくない人はいないでしょう。
ボクレンとならば、やれるかもしれません。
父の庇護下でなくとも、名を上げることが。
だって、この人はそんな幻想すら可能と思わせてしまうほどの方ですもの。
フフ……もう、離しませんわよ。
覚悟なさい、ワタクシのナイト(聖騎士)ボクレン。

