おっさん聖騎士の無自覚無双。ド田舎の森で木刀振り続けていたら、なぜか聖女学園の最強聖騎士に推薦された。~普通の魔物を倒しているだけなのに、聖女のたまごたちが懐いてくるんだが~

 森の演習から数週間後。

 「はぁっ……はぁっ……くそぉ……」

 ぼろ雑巾のような姿で、吾輩は山中をさまよっていた。
 栄えある聖騎士の鎧もその輝きを失っている。

 「クソぉ……国境付近まできたが、ここより先は魔導国であるか……」

 なぜ吾輩はこんな道なき道を進まねばなんのか。

 クソぉクソぉクソぉ~~なんとか侯爵家の騎士となり、あの手この手でライバルを蹴落とし、将来有望な小娘(アレシーナ)の学園聖騎士となったのにぃ。
 あの小娘は権力を欲っしておる。吾輩の目に狂いはない。

 アレシーナを利用すればぁ~~甘い汁を吸いまくることができる。

 完璧な計画であったのにぃ。


 ――――――このざまである!!


 まったく、あんな魔物大量発生(スタンピード)に巻き込まれたら……
 ――――――逃げるに決まってるのである!

 小娘よりも吾輩の命の方が遥かに尊いわい。

 なのにぃい……あのおっさんめぇええ!!

 逃げる吾輩を追う魔物どもが、どんどん減っていくのでおかしいと思ったら。
 木刀のおっさんが、バシバシ殴り倒してくるではないかぁ!

 隠れて様子を伺っておると……なんとケルベロスまで殴り倒しよったではないか!

 まだ聖女や聖騎士どもが全滅すれば、吾輩の逃亡は隠せたかもしれんのにぃい……
 吾輩の世渡り最高頭脳をフル稼働させればぁ、なんとでも言えたのだぁ!

 だがだがだがぁあ!

 おっさんのせいで、その選択肢は完全にきえたぁあ!

 もう逃げるしかない。

 この国にはいられんのだ。

 侯爵家の推薦も、未来も、ぜんぶパーである!

 「グロロロロ……」

 へぇ??

 なんか聞いたことあるような……

 「グロロロロ……」
 「グロロロロ……」

 ま、ま、ま、まさかぁああ……

 「グロロロロ……」
 「グロロロロ……」
 「グロロロロ……」

 3頭同じの唸り声……

 「ひぃいいいい! け、け、ケルベロスぅううう!?」

 しまったぁ……山奥に入りすぎたのである!
 ここは聖女どもの【浄化】もろくにいきわたっておらん! 上位魔物がウヨウヨいる危険地区!

 にしても、ここまで高レベルの魔物が出てくるとはぁああ!

 どうする! どうするのだ!

 国境まで全力疾走するであるか?
 ……いや、魔導国エーテルギアとの境には、たしか大聖女の【結界】が張られているはず。

 「「「……グォオオオオ」」」

 三つの頭に高密度の魔力が収束されていく。

 「はわぁあああ! 死滅の炎弾がくるううぅうう!」

 吾輩の華麗な人生はこんなところで終わるのであるかぁあ!

 ―――!?

 は、はれ?

 じ、地面が揺れて……おる?

 『魔導ソナー目標捕捉!』

 な、なんであるか?

 『方位〇一五、距離一二〇〇……1番2番発射管ひらけ!』

 地面から変な声が聞こえるである!
 幻聴であるかぁ??

 『―――発射ぁあああ!』

 ふはぁああ~~なんか地面からズズズと揺れが大きくなるぅうう!

 ドゴォォォォン!!
 ドゴォォォォン!!

 大地が爆ぜ、土塊が天高く舞い上がった。

 「な、な、なんであるかぁ! 地面がいきなり爆発したであるぞぉおお! ケルベロスも爆発したであるぞぉおお!」

 爆散するケルベロス。その巨体が肉塊と化している。

 『……浮上!』

 「ひぃいいい! つ、土の中から……ふ、船ぇえええ!?」

 円錐のような形をした船? が地面を割って現れる。そして……ひ、人が出てきたであるぞぉお! なんじゃこれは夢であるか?


 「長官、目標の撃破を目視で確認。
 ―――や、やりました! ついに魔導土魚雷の実験成功です!」

 「はしゃぐな馬鹿者。肉片をよく見ろ、爆裂点がズレておる。魔力追尾推進魔道具の調整が必要か……」

 「報告! 各ブロック異常なしであります!」
 「船体の方も上々ですよ。この深度を維持できれば、大聖女の【結界】下を常時通過できます」

 「うむ。良くやった。ところで……」

 ひぃいい! 長官とか呼ばれている奴の視線が、吾輩に……!!

 「あそこに転がっているみすぼらしい奴はなんだ?」

 「あ、あれ? 魔導ソナーには感知されておりません……でした」
 「むう、ソナーも最終調整が必要か……で、あの豚はなんだ?」

 「長官、あの鎧に紋章、おそらくは王国聖騎士かと思われます」

 「……あんな薄汚い豚が聖騎士だと? まあいい、試運転に良い土産を拾った。
 ――――――あの豚も連れていく! 拘束せよ!」

 な、な、なにが起こっておるのだ。
 わけがわからんすぎるぞ!

 「ま、ま、待て! 吾輩はただの通りすがりの―――くはぁ……く、くるなぁ!」

 「黙れ豚ぁ! さっさとこい!」

 ひぃいい! い、いやだ! なんで吾輩がこんな酷い目にあうのだ!

 吾輩は訳も分からぬまま、不気味な船の中に連れ込まれてしまった。

 なんだ、ここが船内なのか?
 おおよそ船とも思えん金属、魔道具、見たこともない装置がビッシリではないか。

 「これより帰投する。―――潜航準備!」

 「了解! 土属性魔導フィールド展開開始! 土中潜航はじめ!」

 ふ、船が、水も無いのに動き出したのである!

 「深土20メートル、水平航行に切り替え、魔導エンジン正常、土属性フィールド正常稼働中!」

 「よし、ドックに戻り次第、最終整備に入るぞ」

 意味不明な単語が飛び交う中、吾輩は思わず声を漏らす。

 「ひぃいい、な、なんじゃこの船……土の中を……」
 「だまれ、許可なく話すな」

 長官と呼ばれた男が、氷のように冷たい視線を向けてくる。

 「長官! さすが聖女の聖属性魔力ですな。魔導エンジンがこれほど安定するとは」
 「ふむ、だが肝心の燃料(聖属性魔力)が希少すぎてはな……」

 聖女? 燃料? いったいさっきから何を言っておるのだ?
 軍服の襟からチラチラと……

 「そ、その紋章は魔導国の……き、貴様ら」

 「黙れと言ってるだろ、おい準備だ。まったくあのレクラとかいう元聖女が仕事をせんから、こういうことになる。まあおかげで、本国より早期試運転の許可を得たのだがな」

 吾輩の前に、注射器を手にした男が立つ。

 「な、なにをする気であるか! わ、吾輩はかの聖女学園聖騎士なるぞ! 聖騎士ブロス様だぞぉ!」

 長官と呼ばれた男の口角がグッと上がった。

 「ほう、学園聖騎士か――――――ならば聖女学園の情報もたっぷり持っているってことだな。おまえの意志はいらん。安心しろ最新の薬づけにしてすぐに喋るようにしてやる。終わったら廃人になるがなぁあ。フフ……」

 廃人? 何を言っておるのだ。吾輩は聖騎士ブロスだぞ! 
 ち、近寄るなぁああ!


 「ひぃいいいいいい……」

 吾輩が、吾輩がこんな……

 そして、吾輩の意識はそこからぷっつりと途絶えた……。