茜色に染まる森道を、俺とセシリアは並んで歩いていた。
木々の隙間から差し込む夕日が、どこか名残惜しそうに足元を照らす。
セシリアが学校のある都市に戻るっていうんで、俺は町の馬車乗り場まで案内することにした。
「ボクレンさんは、町の人なんですか?」
「いや、俺は森に住んでるよ」
「……ええぇ!! ここ、魔の森ですよ!?」
「いや、でも家がそこにあるからなぁ」
「そ、そうなんですか……」
そんなに驚くことか? ド田舎なら森に住んでるやつぐらいいると思うけどな。
「でも、町にはしょっちゅう行ってるぞ」
「ふふ、それはわかります。町でいろんな方に声かけれてましたもんね、ボクレンさん」
おやじは人嫌いだったからこんな森に家を建てたが、俺だって町に住めるなら住みたい。
けどなぁ……そのためにはまとまった金が必要だ。俺の現在の貯金は……。
ううぅ、考えるのはやめよう。おっさん、悲しくなるぜ。
先に進むと、魔物が出てきた。
「キャッ! ボクレンさん!」
「なんだゴブリンか。セシリアはそこにいなさい」
「ええっ! ご、ゴブリン??」
たったの3匹か……俺は木刀をササっと振るって終わらせた。
美少女の前だから、ちょっとは良いとこ見せたいってのが男のさがなんだが。
こんなザコを格好つけて倒しても、ただのいきってるおっさんにしか見えんからな。
いつも通り、サッと終わらせるが正解だろう。
「よし、行こうか」
あれ? セシリアどうした!?
ものすごく目が見開いてらっしゃる。
やべぇ……もしかして俺、かっこつけちゃってたのか?
いい年こいてダッサ~~みたいな目なのか、それ!!
「あの……いまの魔物ってただのゴブリンなんですか? 教科書でみたのと違うような」
ふぅ……やっと口を開いてくれた。
どうやら魔物の種類について、考えていたようだ。
「いや、ただのゴブリンだぞ」
「……だって、王冠かぶってましたよ!? しかも全員! 体格も大きかったし、たぶんゴブリンキングなんじゃ……」
「キング? 王冠? ああ、あれな。あいつら、ちょっと知恵があるからな。よく自分で王冠作って「俺は強いんだ」って主張してるんだよ。こけおどしってやつさ」
「そ、そうなんですね(教科書で見たものより明らかに危なそうなかんじでしたが……私の記憶違い、かな……)」
「俺はあのゴブリンしか見たことないぞ。そんなキングなんてヤバそうなやつが、いっぱいいるわけないからな」
「た、たしかに……そんな上位種が複数出るなんて聞いたことないですし(ってことにしときましょう……)
セシリアも卒業して色々見ていけば、俺の言っていることがわかるだろう。
俺は木刀の埃をはらって、腰にさす。
するとセシリアから、じ~~という視線を感じた。
「ボクレンさんの木刀、凄いですね」
「これか? いいだろう、手に馴染むし何より頑丈なんだよ」
「たしかに……あんな大きな魔物を叩いても、ヒビひとつはいってません。特別な素材で作ったものなんですか?」
「いや、変な洞窟で拾ったぞ」
「ひ、拾った……?」
「まるで迷路みたいな洞窟でな、魔物もそこそこ出るし素振り鍛錬するにはもってこいの場所だったんだよ」
「迷路って……それって」
「ところがある日、道に迷ってしまってな。上に戻りたいのに、なぜか下へ下へ行ってしまってな」
「えっと、それって……その洞窟って……もしかして、ダンジョンじゃ……?」
「ダンジョン? ハハハ、違うよセシリア。ダンジョンてのは強い冒険者が複数人でパーティーを組んで挑むようなところだぞ。おっさんが1人でダンジョンなんて入れるわけないでしょ」
「…………はい。とにかく最後まで聞きましょう(あきらかにダンジョンですよねそれ……)」
どうしたんだろうか? セシリアの顔がどんどん険しくなるし、聞き取れないブツブツは再びはじまるし。
やはりおっさんの話は、今どきの女子には受けが悪いんだろうか。そもそも普通のおっさんが、木刀拾った話だからなぁ。
盛り上がりもなんもない。女子がキャーキャー言う要素ゼロだ。
「魔物を殴りながらずっと下へ行くと、オヤジに作ってもらった木刀が折れてしまったんだ」
「ずっと下……てことは最下層……」
「んで、困ったなぁと思ってたら、箱にこの木刀が入ってたんだよ」
「箱って……(ってことは最下層の宝箱……)」
「な、なるほどですね……ボクレンさんはどうやってその洞窟から出ることができたんですか?」
「えっと、なんかデカめの魔物がいたから、さっそく拾った木刀で殴ったんだよ。そしたら、魔物が消えて、入口までビュンって飛ばされたぞ」
不思議な体験だったな。
そしてそれ以来、俺の相棒はずっとこの木刀だ。
「ま、そんなとこだ。じゃ、町へ行こうか」
「ちょっ……ちょっと待ってください! いったん整理させてください!」
「お、おう……」
いまの話を整理? どういうこと?
「えっと……まとめるとブツブツ(その木刀は未発見のダンジョン最下層にある宝箱に入っていた木刀ってこと……!?)さらにブツブツ(しかも無意識にダンジョンボスを倒して、ソロ踏破しちゃっているかも!?)」
やべぇ、セシリアがブツブツうなって、顔がどんどん青ざめていく。また調子にのっておっさんトークがすぎたか。キモいとか言われたらどうしよう。
なんか違う話題にしよう。
もっと、女子うけしそうな話だ。
……………………ないぞ! なんかないんか俺!
「う~~ん、う~~ん、あとはデカめのトカゲを倒した話とかぐらいしか……」
「も、もう大丈夫です! お腹いっぱいです!(情報過多で頭おかしくなりそうです……)」
はい、―――終了。
そりゃそうだ、火を吹くトカゲを殴った話とか、こんな女の子がかぶりつくわけないか。
今更ながら、己のセンスの無さが悔やまれる。
「ところでボクレンさん。その木刀のアイテム鑑定はしましたか?」
うっ……アイテム鑑定……思い出してしまった。
「ああ……最近したよ。鑑定結果はただの木刀だったけどな」
「そうなんですね。普通の木刀とは思えませんが……? あれ、ボクレンさん、どうしたんです?」
「いやぁ……鑑定料金が想像以上に高くてな。情けない事に金欠なんだよ。毎晩エールのお楽しみ代がぁ」
思い出しちまったぁ……金欠がすぎるおっさん。悲しすぎるぜ。
「エール? ああ、お酒のことですね」
「そうだよ! あのシュワシュワしたやつだよ! のどごし最高のやつだよ!」
「あ……はい。ボクレンさんがエール大好きなのは良く分かりました」
旅の鑑定士なんかに頼むんじゃなかった……もう一か月も飲んでねぇ。
「昔はいろんなバイトしたけどなぁ。もはや、おっさんはあんま雇ってくれないんだよ」
「ボクレンさんの実力であれば、冒険者としてやっていけそうですけど」
「行ったよぉ、近隣の中都市ミトスの冒険者ギルドにぃい! 『装備品が木刀って舐めてんのか』って、門前払いだよぉおお!」
「そ、そうですか……たしかに木刀一本で行ったのは、ちょっとまずかったかもですね」
おっと、しゃべりすぎたな。
セシリアが色々聞いてくれるもんだから、おっさんなんか饒舌になってしまったよ。
お、町が見えてきた。
この子とも、ここでお別れか。
「あの……ボクレンさん」
「ああ、セシリア。町だぞ。おっさんの話、聞いてくれてありがとう。じゃあな」
よし、おっさんキモイとか言われずに別れられそうだ。
「ちょっと、待ってください」
森へ帰ろうとした俺の袖をグイっと掴まれた。
うわぁ……やっぱキモかったんだ。
そんな言葉、こんな真っすぐな美少女に言われたら、おっさんさすがに泣くぞ。
「あの……相談というか、ご提案というか、お願いがあるんです!」
「……へぇ?」
「帰りの護衛に、ボクレンさんを雇いたいです」
護衛? ああ、たしかにここはド田舎だからな。
都市部に行くには、山や森を超えなければならない。
賊や魔物なども出るし、こんな少女1人じゃ心細いか。
「俺でいいのか? ミリスの馬車乗り場にいけば、護衛職は何人か客待ちしてるはずだぞ?」
そう、おっさんトークからようやく解放されるのに、まだ俺とお話したいんか?
「いえ、ボクレンさんじゃないとダメなんです!!」
セシリアの声が、急に強くなった。
「それにボクレンさん、お金必要なんですよね? エールいっぱい飲みたいですよね?」
「え、いや……まあ、そうだけど」
「私の住んでいる都市に、いいバイトあるんです! 住居つきで待遇も良くて……絶対に後悔はさせませんから!」
え……どうした? なんかこの子、急にグイグイくるんだが。
木々の隙間から差し込む夕日が、どこか名残惜しそうに足元を照らす。
セシリアが学校のある都市に戻るっていうんで、俺は町の馬車乗り場まで案内することにした。
「ボクレンさんは、町の人なんですか?」
「いや、俺は森に住んでるよ」
「……ええぇ!! ここ、魔の森ですよ!?」
「いや、でも家がそこにあるからなぁ」
「そ、そうなんですか……」
そんなに驚くことか? ド田舎なら森に住んでるやつぐらいいると思うけどな。
「でも、町にはしょっちゅう行ってるぞ」
「ふふ、それはわかります。町でいろんな方に声かけれてましたもんね、ボクレンさん」
おやじは人嫌いだったからこんな森に家を建てたが、俺だって町に住めるなら住みたい。
けどなぁ……そのためにはまとまった金が必要だ。俺の現在の貯金は……。
ううぅ、考えるのはやめよう。おっさん、悲しくなるぜ。
先に進むと、魔物が出てきた。
「キャッ! ボクレンさん!」
「なんだゴブリンか。セシリアはそこにいなさい」
「ええっ! ご、ゴブリン??」
たったの3匹か……俺は木刀をササっと振るって終わらせた。
美少女の前だから、ちょっとは良いとこ見せたいってのが男のさがなんだが。
こんなザコを格好つけて倒しても、ただのいきってるおっさんにしか見えんからな。
いつも通り、サッと終わらせるが正解だろう。
「よし、行こうか」
あれ? セシリアどうした!?
ものすごく目が見開いてらっしゃる。
やべぇ……もしかして俺、かっこつけちゃってたのか?
いい年こいてダッサ~~みたいな目なのか、それ!!
「あの……いまの魔物ってただのゴブリンなんですか? 教科書でみたのと違うような」
ふぅ……やっと口を開いてくれた。
どうやら魔物の種類について、考えていたようだ。
「いや、ただのゴブリンだぞ」
「……だって、王冠かぶってましたよ!? しかも全員! 体格も大きかったし、たぶんゴブリンキングなんじゃ……」
「キング? 王冠? ああ、あれな。あいつら、ちょっと知恵があるからな。よく自分で王冠作って「俺は強いんだ」って主張してるんだよ。こけおどしってやつさ」
「そ、そうなんですね(教科書で見たものより明らかに危なそうなかんじでしたが……私の記憶違い、かな……)」
「俺はあのゴブリンしか見たことないぞ。そんなキングなんてヤバそうなやつが、いっぱいいるわけないからな」
「た、たしかに……そんな上位種が複数出るなんて聞いたことないですし(ってことにしときましょう……)
セシリアも卒業して色々見ていけば、俺の言っていることがわかるだろう。
俺は木刀の埃をはらって、腰にさす。
するとセシリアから、じ~~という視線を感じた。
「ボクレンさんの木刀、凄いですね」
「これか? いいだろう、手に馴染むし何より頑丈なんだよ」
「たしかに……あんな大きな魔物を叩いても、ヒビひとつはいってません。特別な素材で作ったものなんですか?」
「いや、変な洞窟で拾ったぞ」
「ひ、拾った……?」
「まるで迷路みたいな洞窟でな、魔物もそこそこ出るし素振り鍛錬するにはもってこいの場所だったんだよ」
「迷路って……それって」
「ところがある日、道に迷ってしまってな。上に戻りたいのに、なぜか下へ下へ行ってしまってな」
「えっと、それって……その洞窟って……もしかして、ダンジョンじゃ……?」
「ダンジョン? ハハハ、違うよセシリア。ダンジョンてのは強い冒険者が複数人でパーティーを組んで挑むようなところだぞ。おっさんが1人でダンジョンなんて入れるわけないでしょ」
「…………はい。とにかく最後まで聞きましょう(あきらかにダンジョンですよねそれ……)」
どうしたんだろうか? セシリアの顔がどんどん険しくなるし、聞き取れないブツブツは再びはじまるし。
やはりおっさんの話は、今どきの女子には受けが悪いんだろうか。そもそも普通のおっさんが、木刀拾った話だからなぁ。
盛り上がりもなんもない。女子がキャーキャー言う要素ゼロだ。
「魔物を殴りながらずっと下へ行くと、オヤジに作ってもらった木刀が折れてしまったんだ」
「ずっと下……てことは最下層……」
「んで、困ったなぁと思ってたら、箱にこの木刀が入ってたんだよ」
「箱って……(ってことは最下層の宝箱……)」
「な、なるほどですね……ボクレンさんはどうやってその洞窟から出ることができたんですか?」
「えっと、なんかデカめの魔物がいたから、さっそく拾った木刀で殴ったんだよ。そしたら、魔物が消えて、入口までビュンって飛ばされたぞ」
不思議な体験だったな。
そしてそれ以来、俺の相棒はずっとこの木刀だ。
「ま、そんなとこだ。じゃ、町へ行こうか」
「ちょっ……ちょっと待ってください! いったん整理させてください!」
「お、おう……」
いまの話を整理? どういうこと?
「えっと……まとめるとブツブツ(その木刀は未発見のダンジョン最下層にある宝箱に入っていた木刀ってこと……!?)さらにブツブツ(しかも無意識にダンジョンボスを倒して、ソロ踏破しちゃっているかも!?)」
やべぇ、セシリアがブツブツうなって、顔がどんどん青ざめていく。また調子にのっておっさんトークがすぎたか。キモいとか言われたらどうしよう。
なんか違う話題にしよう。
もっと、女子うけしそうな話だ。
……………………ないぞ! なんかないんか俺!
「う~~ん、う~~ん、あとはデカめのトカゲを倒した話とかぐらいしか……」
「も、もう大丈夫です! お腹いっぱいです!(情報過多で頭おかしくなりそうです……)」
はい、―――終了。
そりゃそうだ、火を吹くトカゲを殴った話とか、こんな女の子がかぶりつくわけないか。
今更ながら、己のセンスの無さが悔やまれる。
「ところでボクレンさん。その木刀のアイテム鑑定はしましたか?」
うっ……アイテム鑑定……思い出してしまった。
「ああ……最近したよ。鑑定結果はただの木刀だったけどな」
「そうなんですね。普通の木刀とは思えませんが……? あれ、ボクレンさん、どうしたんです?」
「いやぁ……鑑定料金が想像以上に高くてな。情けない事に金欠なんだよ。毎晩エールのお楽しみ代がぁ」
思い出しちまったぁ……金欠がすぎるおっさん。悲しすぎるぜ。
「エール? ああ、お酒のことですね」
「そうだよ! あのシュワシュワしたやつだよ! のどごし最高のやつだよ!」
「あ……はい。ボクレンさんがエール大好きなのは良く分かりました」
旅の鑑定士なんかに頼むんじゃなかった……もう一か月も飲んでねぇ。
「昔はいろんなバイトしたけどなぁ。もはや、おっさんはあんま雇ってくれないんだよ」
「ボクレンさんの実力であれば、冒険者としてやっていけそうですけど」
「行ったよぉ、近隣の中都市ミトスの冒険者ギルドにぃい! 『装備品が木刀って舐めてんのか』って、門前払いだよぉおお!」
「そ、そうですか……たしかに木刀一本で行ったのは、ちょっとまずかったかもですね」
おっと、しゃべりすぎたな。
セシリアが色々聞いてくれるもんだから、おっさんなんか饒舌になってしまったよ。
お、町が見えてきた。
この子とも、ここでお別れか。
「あの……ボクレンさん」
「ああ、セシリア。町だぞ。おっさんの話、聞いてくれてありがとう。じゃあな」
よし、おっさんキモイとか言われずに別れられそうだ。
「ちょっと、待ってください」
森へ帰ろうとした俺の袖をグイっと掴まれた。
うわぁ……やっぱキモかったんだ。
そんな言葉、こんな真っすぐな美少女に言われたら、おっさんさすがに泣くぞ。
「あの……相談というか、ご提案というか、お願いがあるんです!」
「……へぇ?」
「帰りの護衛に、ボクレンさんを雇いたいです」
護衛? ああ、たしかにここはド田舎だからな。
都市部に行くには、山や森を超えなければならない。
賊や魔物なども出るし、こんな少女1人じゃ心細いか。
「俺でいいのか? ミリスの馬車乗り場にいけば、護衛職は何人か客待ちしてるはずだぞ?」
そう、おっさんトークからようやく解放されるのに、まだ俺とお話したいんか?
「いえ、ボクレンさんじゃないとダメなんです!!」
セシリアの声が、急に強くなった。
「それにボクレンさん、お金必要なんですよね? エールいっぱい飲みたいですよね?」
「え、いや……まあ、そうだけど」
「私の住んでいる都市に、いいバイトあるんです! 住居つきで待遇も良くて……絶対に後悔はさせませんから!」
え……どうした? なんかこの子、急にグイグイくるんだが。

