おっさん聖騎士の無自覚無双。ド田舎の森で木刀振り続けていたら、なぜか聖女学園の最強聖騎士に推薦された。~普通の魔物を倒しているだけなのに、聖女のたまごたちが懐いてくるんだが~

 「はぁあああ……ありえない……っ! あたいの魔法陣が……あんな無能チビ聖女に打ち破られるなんて……ギィイイイッ!!」

 レクラが歯をギリギリと噛み鳴らす。
 ―――まだ、事実を受け入れられていないのだろう。

 「おい、セシリアは無能なんかじゃない」

 「才能もないくせに、まぐれ聖女のくせにぃいい……ギィイイイッ!!」

 「努力を重ねた結果にまぐれなどない」

 「はァ? 努力だぁ? なんそれ……うっざ……
 イライラすんのよ、このクソ学園……あーもう、全部がムカつくわぁ!
 聖女捕獲ぅ? もうどうでもいい、あいつらとの契約なんて! キャッハハハハ!!」

 漆黒の黒い渦が地表にとぐろを巻き、巨大な魔法陣がズズズとせり上がってきた。

 「残った瘴気ぃ全てをあつめてぇえええ! 特大のやつを呼び寄せてやるぅうう!!」

 レクラの叫びと共に、空気がねじれる。

 そして、地面が裂けるように現れたのは―――

 「グロロロロ……」
 「グロロロロ……」
 「グロロロロ……」

 地面がビリビリと震え、周辺の木々が揺れる。

 聖女や聖騎士たちから声がもれはじめた。

 「なにこの邪悪な魔力……!!」
 「三つ頭の巨大な魔獣……こ、これって」
 「ま、まさか……け、ケルベロスか……」
 「そんな! こんな魔物、王国に存在したのですか……」
 「こ、こんなの私達の【結界】でどうこうできない……っ」

 「キャハハハ~~どうかしらぁ~~あたいからの特別プレゼントぉお~~♪」

 「ぼ、ボクレンさん!」

 セシリアが俺の傍で呟いた。声が震えている。

 ふぅ……すごく周りが驚いているから。
 だから、セシリアにだけそっと告げる。

 「……これは、普通にいるだろ」

 セシリアの震えがピタリと止まった。
 その琥珀色の瞳を大きく見開かせて口を開く。

 「いやいやいやいやいや、さすがにそれ無理がありますよ!!」

 「いや」がすごく多いな……

 「ケルベロスですよ! 討伐例すら聞かない伝説級の魔物ですよ!!」

 それは違うな。

 「だって、これ三つ頭犬だろ? 木刀拾った洞窟の小部屋とかによくいるやつだよ」

 「えっと……(ボクレンさんの小部屋とは、おそらくダンジョン深層のボス部屋ってことのようですね……)そうなんですね……(なら今回も本当にあり得るかも……)」

 「しかも一匹だし。群れてもいないじゃないか」

 「こんなの群れたらこの世の終わりですよ!?」

 それはいくらなんでも大げさすぎるだろ。部屋によっては何匹も出るパターンはあったし。
 あれでこの世が終わるなら、もう何回終わってんだって話だからな。

 セシリアが「ふぅ」と一息漏らして、俺に言う。

 「もう……緊張も何も全部吹っ飛んでしまいましたよ。
 とにかく討伐してください――――――私の……聖騎士さま」

 俺の天使が、いつもの笑顔でそう告げる。

 「ああ、任された。我が聖女さま」


 俺は木刀をスッと抜き、三つ頭の前にでる。


 「ちっ、くだらない聖女聖騎士ごっこがぁ。虫唾がはしるんだよぉ……ケルベロス! 骨も残さずすべて喰っちまいな!!」

 「「「グロオオオオオ!」」」

 三つ頭がその巨体をブルっと震わせたかと思うと―――

 瞬間、俺の間合いに入ってきた。

 うむ、なかなかの速さだ。

 ひとつの頭から、炎弾がおれに向かって放たれる。

 「おっ!」

 そうだった。最近こいつとやり合ってないから忘れてた。

 「火を吐くんだったな―――ぬんっ!」

 素早い振りで、炎弾を両断した俺はその合間をぬって三つ頭本体に肉薄する。

 「―――グロガォオオオ!」

 が、その先に待ち構えていた2つ目の頭が、炎弾をゼロ距離で俺に浴びせてきた。

 「おっと!」

 さすがに木刀を振る暇がなかったので、上に跳んだ。
 いったん、少し離れてから木刀を構えようとしたのだが……

 「グロロガァアア!」

 三つ目の頭か……

 跳んだ先に大口を開いていたので、俺は持ってた木刀を突っ込んだ。

 ガリガリと木刀にかじりつく音。

 「キャハハ~~、バリバリいってんじゃん! チートアイテム撃破ぁ~~これでおっさんアウトぉお~~」

 なにを言っている。

 俺は木刀を引き抜いて、犬の頭をこつんと蹴ってみせた。

 「ハガハガハガ……!!」

 ボロボロと口から落ちていく白い破片。
 そう、こいつの牙だ。

 そのまま、ぬんっ!っと頭部に打ちこむと―――

 パァアアアンンッ!

 頭部は粉々に吹き飛んだ。

 「よし、まずひとつ」

 「はぁああ……!? なんで木刀が砕けないんだよぉおお!」

 「俺の相棒は頑丈なんだよ――――――ぬんっ!」

 「グロっ!? ガァア……ァ!」

 ふたたび爆ぜる頭部。

 「これで、ふたつめ」

 「ひぃいいい! なんなんだよぉ、このおっさん! こっちくんなぁあああ!
 がぁああああ! ――――――能力強制増幅(オーバーレベルブースト)!!」

 レクラが詠唱すると同時に、3つ頭の破裂した箇所が再生していく。
 さらに、筋肉が躍動し体全体が膨張しはじめた。

 「はぁはぁ……あたいの残った魔力全部をつぎこんでぇええ! 進化しやがれぇ!!」


 「グロロォオオオ……!!」
 「グロロォオオオ……!!」
 「グロロォオオオ……!!」
 「グロロォオオオ……!!」
 「グロロォオオオ……!!」


 「と、頭部がさらに2つ生えただと……なんなんだあれは!」
 「つぶされた頭部も再生しています!」
 「け、ケルベロスが……さらにパワーアップするなんて……!」

 うしろのみんなが、口々に叫び声をあげた。

 ほう……5つ頭か……

 「いいだろう」

 そうひとり呟くと、俺は木刀をグッと握り、腰を落とした。

 木刀をゆっくりと頭上に構え―――

 すぅーっと息を吸い込むと、
 全身の筋肉が引き締まり、身体そのものが「一撃」のためだけに形を整え始める。

 静かに吐き出した息が、白く冷たく伸びる。
 そのひと呼吸だけで、足元の大地が―――わずかに、低く鳴った。

 よし……

 ――――――踏み込む!

 振るだけで、すべてが終わる。

 俺は静かに、木刀を振り下ろした。
 ただ、それだけ。
 一切の無駄を削ぎ落とした、完璧な一閃。


 ――――――ひとつの木刀(エンドブレイド)!!


 空気が裂ける音すら、遅れて聞こえた。
 振り抜いた瞬間、すべてが静止する。

 一拍。

 「…………ふぅ。終わりだ」

 次の瞬間―――

 ズゥン、と地鳴りがしたかと思うと、
 五つの頭をもつ魔獣の巨体が、音もなく崩れた。

 爆音も悲鳴もない。
 ただ「存在ごと」断ち切られたように、魔獣は塵と化す。


 「はぁうぁあああ……そ、そんなぁ……ありえない……おまえおまえおまえ……なんなんだ」


 膝をつくレクラが、声を震わせる。

 俺は木刀を収めながら、静かに告げた。


 「俺か? 聖女セシリアの聖騎士―――ボクレンだよ」