おっさん聖騎士の無自覚無双。ド田舎の森で木刀振り続けていたら、なぜか聖女学園の最強聖騎士に推薦された。~普通の魔物を倒しているだけなのに、聖女のたまごたちが懐いてくるんだが~

 「……この地を穢すものよ。聖なる光のもと、その罪を悔い改めよ」

 静かに、だが確かな響きで告げる声。

 セシリアは両手を胸の前で組み、そっと瞼を閉じる。

 空気が張り詰め、空間そのものがセシリアの詠唱にテンポを合わせるような。

 彼女の足元から、淡く白と黒がいりまじったようなまだらな光が身体を包み始めた。
 次の瞬間―――

 その光は一つになり、眩い白銀色の輝きを放った。

 こりゃ凄い。

 おっさんこんな綺麗な色、見たことないぞ。

 光はゆるやかに、しかし確かな速度で彼女を中心に円を描くように広がっていく。


 「ああぁ? なんだよ……これ。あたいの魔法陣になにクソい魔力たらしてんだよ」


 レクラが苛立ちを隠せず、眉間にしわを寄せる。

 「これは……とんでもない魔力ですよぉ。しかもレクラの魔法陣全てに影響を及ぼしている……」

 マシーカ先生の声が震えた。

 「ふん、だからなんなのさ。あんたごときチビ聖女がいくらあがいても―――
 魔物は生み出されるんだよぉお~~キャハハ~~無駄な努力ごくろんさん~ああウケるぅ~キャハハハハ!」

 ギャハハと悦に浸るレクラ、が―――その笑い声は、すぐに止まった。

 「……ああ? なんで魔物が出てこない……?」

 数十とある魔法陣から一匹も魔物は出てこない。

 「どうやらセシリアの力で、レクラは魔物が出せないようだな」
 「そ、そうですね……ボクレン。これ……もしかして!?」

 マシーカ先生が、何かに気づいたように目を見開いた。

 「て……てめぇ~~あたいの魔法陣を…………
 ―――――――――書き換えやがったなぁあああ!!」

 おお、なんかわからんけど。
 セシリアは凄い事をやったようだ。

 「あんな努力しか能の無さそうな、クソがあたいの魔法陣を書き換えるだとぉ……
 ましてや、これだけの魔法陣を全部書き換えるぅう? あり得ないんだけどぉおお! マジないんだけどぉ!!」

 爪をガリガリと噛みながら唸り声をあげるレクラ。


 「レクラ、たしかにあなたの言うとおりです。あらたな魔法陣をこの場で生み出すのは、私の技量ではできません。でも既存の魔法陣なら……そう、毎日毎日朝から晩まで、何度も何度も失敗しては構築し続けた【浄化】の魔法陣なら
 …………目を瞑っていても書き換えられます。何個でも!!」


 「はぁああ? 出来損ないのクセになに知ったような口聞いてんのさ。あんたにできるのは努力っていう才能の前にはどうにもならない、クソじゃねぇかよ」

 睨み合うセシリアとレクラ。

 クソな努力か……

 持って生まれた才能―――それは、確かに存在する。
 間違いなくある。俺とオヤジがいい例だ。

 どうしたって越えられねぇ壁ってもんを、何度も見てきた。
 努力では追いつけないって感じたこともあるさ。

 だがな―――

 それは、「努力しない理由」にはならん!!

 追いつけなかろうが、勝てなかろうが、そんなことは関係ない。

 セシリアが展開した大量の魔法陣を見て、他の聖女たちが、聖騎士たちが、先生がどよめく。

 「ボクレンさん……こんなにたくさんの魔法陣を展開できるなんて……
 朝練の……いえ、ボクレンさんのおかげです」

 俺の方にその綺麗な琥珀色の瞳を向けたセシリア。

 「いや、それは違うぞセシリア」

 この力は、たった3か月やそこらの基礎訓練の成果なんかじゃない。

 「俺がした訓練は、ただ集中する心をちょっと整えただけだ」

 魔法陣の描き方も、魔力の流し方も、俺は何も教えていない。
 でも君は、ここまで来た。

 そう、この子は―――もともと積んでいる。
 毎日、誰よりも地道に。黙って。熱心に。時間も忘れて。
 その努力を、俺は知ってる。

 そして、その力は……

 ほんの小さなきっかけがあれば―――


 必ず、花開く!!


 俺は木刀を肩に担ぎ、静かに言った。

 「……セシリア。見せてやれ。
 才能にあぐらをかき続けた者に……
 ―――――――――おまえの日々の努力をな!!」

 俺の言葉に、ニッコリ笑顔で頷いた俺の聖女さま。

 次の瞬間―――

 彼女の周囲が、光に包まれる。
 魔法陣が至る所で輝きを増し、やがて爆ぜるように開花していく。

 それはまるで、光の花畑のような。

 セシリアの一言とともに、全ての光が弾けた。


 「……光よ……どうか、この地の穢れを祓いたまえ―――
 ―――――――――浄化(ピュリフィケーション)!!」


 全ての魔法陣から、柱のように光が天に昇っていく。

 「ぐっ……しょ、瘴気が消えていく……ふざけるなよぉお……もう一回クソチビの魔法陣をぉお書き換えてやんよ!」

 レクラが書き換えを仕掛けた瞬間。

 バチッっと光が輝いた。

 「な、なんこれ……あたいの魔力が……弾かれる!?」

 「やはり……これは白銀の魔力……!」

 マシーカ先生が信じられないと言った顔で声を漏らす。

 「なんだそれ?」

 「かつて聖女の始祖はあらゆる邪を浄化できたと言われています。それが銀色の魔力……そしてあの子が今使っている魔力は……はじまりの聖魔力と呼ばれるものです」

 「はあぁ! んだよお! はじまりの聖女なんて1000年前のクソ話だろうがあ!」

 「レクラ、博識なあなたならわかるはずです。はじまりの聖女が使った聖属性魔力は、
 ――――――いかなるものにも干渉されない」

 おお、なんかおっさんには理解不能だが、凄いぞセシリア!

 そして天高くあがった光の柱が、スッと消えていく。
 おそらく【浄化】が終わったのだろう。


 俺の天使は、これでもかというほど満面の笑みで叫んだ。


 「やりましたボクレンさん! できましたよ、【浄化】!!」

 「おう、よくやったセシリア」

 俺がそう言うと、彼女はさらに嬉しそうに笑って――

 ぽろりと一粒だけ、涙をこぼした。

 それはきっと、努力の結晶。


 おっさんはこの子の聖騎士になって、心から良かったと思う。