おっさん聖騎士の無自覚無双。ド田舎の森で木刀振り続けていたら、なぜか聖女学園の最強聖騎士に推薦された。~普通の魔物を倒しているだけなのに、聖女のたまごたちが懐いてくるんだが~

 「聖騎士隊、周辺の警戒を怠るな!」
 「みなさ~~ん、しんどいですが~ここはふんばりどころですよ~」

 リンナ副隊長と担任のマシーカ先生の声が響き、否応なく緊張感が高まる。
 私たちは森から脱出するため、進み続けていた。

 「セシリア……バレッサたち大丈夫だよね……」

 マルナが不安を滲ませた表情で私を見た。

 「もちろんです。あなたが一番バレッサさんのこと知ってるでしょ。それにボクレンさんがいますから」

 「うん……そうだよね」
 「私達は、自分たちのやれることを精一杯やりましょう」

 にしても、これは魔物大量発生(スタンピード)なのでしょうか。
 ズキっと心の奥が締まる痛み……いけない。過去の事ではなく、目の前のことに集中しなきゃ。

 ボクレンさんたちが、後方で魔物を食い止めてくれている間に、森から脱出する。
 そして、すぐに王都へ連絡しないと。

 森から誰も出られなければ、この異変を王都に伝える人はいない。

 もし、これが大規模な魔物大量発生(スタンピード)なら……しかるべき体勢を整えていないと。
 また私の故郷のように……王都も蹂躙されてしまう。

 ダメです……頭を振って再度集中する。このいやな胸騒ぎを振り払うように。

 休みなく前進すること30分ほど、ひたすら進んだ先で木々が開けた。

 「あ、ここ昨日お昼を食べた場所……」

 マルナがぽつりと呟いた、その時だった。


 「キャハハハ~~いたいた~~聖女たちだぁ~~みっけ~~」


 ひらけた草原の中央に、すっと現れた1人の女性。
 黒ずくめの布に身を包み、漆黒の髪を揺らしてケラケラと笑っている。

 「なんだ貴様は! どこから現れた!」

 リンナ副隊長が即座に剣を抜く。

 「アハァ~~聖騎士じゃん~鎧なんかつけちゃってぇ、ウケるぅ~~」

 「貴様……ふざけるなよ。ここは聖女学園管理の森だ! 無断侵入とは、何者だ!」

 「が・く・え・ん? あいかわらずうっざぁ~~まあいいや、教えてあげる~アタイわねぇ、聖女が欲しいのよ~ん♪」

 「なに、聖女だと……?」

 「そうそう~~うしろにいるクソオンナどもだよぉ~ちょ~~だい♡」

 この人は何を言ってるのですか……。
 その声音からは、どこか狂気じみた執着のようなものがにじみ出ている。

 「聖女たちをどうするつもりだ!」

 「しらなぁ~~い。依頼者が聖女をほしがってるからぁ~~アタイはぁ~聖女も学園も、ぜーんぶ不幸の底に堕ちればいーって思ってるだけ〜♪

 ――――――てことで、おめぇら聖騎士はいらないから皆殺しぃいいい!!」

 「ギュラァアアア!」
 「グモグモグモォ!」
 「ギャッギャッ!」

 こ、これは……
 まわりから、魔物の咆哮が轟く。

 ―――囲まれてる!

 ボクレンさんたちが後方で奮闘してくれているのに、まだこんなに魔物がいるなんて……。

 「くっ……貴様、魔物使い(テイマー)か……」

 「さ~て、どーだろぉ〜? どーでもいーじゃん、どーせみんな死ぬんだしぃ♡ さあ、エサだよみんなぁ~たーんとおあがり~キャハハ♪」

 「ギュアギュア!」
 「グゴォオ、グゴォ!」

 黒服女性の言葉を聞いたのか、魔物たちが前進を開始する。
 ざっとみても、5~60匹はいます。

 「マシーカ先生、聖女たちを中央へ! 聖騎士隊、防御円陣を組めぇ!」

 「キャハハ~~面白くなってきたわ~そうだ、聖女は食べちゃダメよ。嬲ってもいいけどねぇ♡~~アハっ♪」

 戦闘が始まった。
 魔物に対して、聖騎士は10数名ほど。数の上では圧倒的に不利ですが……

 「―――土属性大激斬(アースクラッシャー)!」
 「―――聖光槍撃(ライトランス)!」

 【加護】の力を使い、迫りくる魔物をなんとか撃退してくれる聖騎士のみなさん。
 そう、聖騎士はみんな強いんです。

 ……でも、黒服の女はまるで余裕の笑みを崩さない。

 「へぇ~~やるじゃん、さすが聖騎士さまねぇ。でもまだ魔物はいるんだからね! 後続のみんな〜いってらっしゃ〜い!」

 やっぱり、森の中に予備の魔物たちを隠してました。

 第二陣、第三陣と次々に襲いくる魔物。

 聖騎士の剣や槍や魔法が、そして魔物の牙や爪が交差する。

 「聖騎士隊! ひるむな! 日頃の訓練を思い出せ!」
 「【治癒】が使える聖女は~~ケガした聖騎士さんをフォローしなさ~い!」

 リンナさんの檄と、マシーカ先生の指示が戦場にひびく。
 私もできることをする。傷ついた聖騎士さんを中央に運び―――

 「マルナ、こっちもお願いします!」
 「うん、セシリア。―――治癒(ホーリーヒール)!」

 すごい……一気に傷口が閉じていく。回復魔法とは段違いの効果です。
 私にはまだ聖女の【治癒】が使えない。

 でも、やれることをします!


 「あと少しだ! 聖騎士隊、気合入れろぉ!――――――聖女よ、我が声に応えよ。その加護、今こそ聖風を吹かして……我が刃となれ!」

 リンナ副隊長の剣に緑の風が集まっていく。
 あれは……リンナ副隊長の【加護】、風の魔法剣……!


 「はぁあああ――――――聖風剣舞(テンペストブレイド)!!」


 前にでたリンナさんが、嵐のごとく剣を振るう。
 すごい……まるでリンナさん、風と共に舞っているみたい。

 やがて、迫りくる魔物はすべて討伐された。

 「ふぅふぅ……よくふんばった。聖騎士隊」
 「みなさ~ん~~がんばりましたね~」

 やった! やりました!
 あれだけいた魔物が、すべて討伐されました!

 聖騎士のみなさん、精魂尽き果てるまで頑張ってくれました。
 クラスメイトのみんなもすごい頑張った。魔力も体力も限界に近い。


 「う、うそ……あの数の魔物が……ありえないんだけど……」


 黒服の女性はその場にうずくまり、少し震えている。

 「貴様、何者かしらんが王都へ連行する。極刑かよくて終身刑だ。覚悟するんだな」

 「そんなのやだぁ……やだやだぁ……」

 リンナ副隊長が女性の手を縛ろうと持ち上げる。
 漆黒の髪からのぞくその口がニヤリと歪む……え? 

 この人、笑ってる……?

 「な~~~んてぇ♪ がくせいちゅうも~~く! マッジクショーのはじまりはじまり~~」

 「な! き、貴様、ふざけるのも大概に……!?」

 リンナさんの声が途中で止まる。
 周辺の地表に、丸い円が次々と現れたからだ。

 これ……ま、魔法陣ですか!

 しかも、一斉に10個以上の魔法陣を起動するなんて。

 そして魔法陣から驚くべきものが現れた。

 「うそ……これって魔物……!?」

 驚きと衝撃で、思わず声が漏れる。

 「ひぃいい……な、なんで!」
 「あのひと、魔物使い(テイマー)じゃないの!?」

 周囲に動揺が伝播して、驚きの声がそこら中からあがる。
 ……黒服の女性は、魔物使い(テイマー)ではないってことですか?

 いかに魔物使い(テイマー)といえども、テイムしている魔物はすでに存在しなければ成り立たない。
 でも、これはどう見ても……魔物がいま生み出されている。


 「キャハハ、討伐ごくろうさぁ~~ん。でもでもでも~~あ~~らフシギ! また出てくるよぉ~イッツ、マジックぅ~~♪」

 次々と魔法陣から現れる新たな魔物たち。

 「そ、そんな魔法、聞いたことがありません」

 人が魔物を生み出すなんて。
 魔法陣の術式もすごく複雑です。でもなにか周辺に黒いモヤが……

 「え? ま、まさか……」

 「んんん? チビの乳デカせいじょたん~~気づいちゃったかなぁ~」

 チビの乳デカって!
 でも……ふざけた軽口ばかり叩いているけど、この人の魔法技術は一級品だ。それに私の予想が当たっていれば……

 「これは、瘴気……ですね」

 「は~~い、せいか~い。たねあかしいきま~す!
 あたしの作った魔法陣はぁ~~瘴気を吸収してかわいい魔物ちゃんを生み出すことができるのぉ~」

 「な、なんだとぉ……!」

 リンナ副隊長の表情がより険しくなる。
 魔物を倒せば、瘴気は必ず発生します。黒服女性の言うことが本当なら―――

 「キャハハ~~理解したかなぁ。つまりぃ~~魔物をいくら倒してもムダなのぉ~何十匹倒してもぉ何百匹たおしてもぉ~~。ぜ~~~んぶ、あたいの忠実なしもべ魔物ちゃんとしてぇ~復活しちゃいま~す♪ イッツ、エンドレスマジ~~ック! はい、はくしゅ~~~」

 やっぱり―――
 とんでもなく恐ろしい魔法です……

 ボクレンさんが、気配が変だって言ってた理由がわかりました。
 魔物がその場で生み出されるのだから、それはいきなり気配が現れるってことなんだ。


 「瘴気が発生する限りぃ~~あたいは無敵なのよぉおお!」


 「くっ……そんなことが」
 「瘴気から魔物を作り出す魔法だなんて」

 「キャハハ~~それそれ、そのかおぉお~~さいっこうじゃん」

 ケタケタと笑いながらも、さらに魔法陣から魔物を生み出す黒服女性。

 「必死こいてぇ~がんばってぇ~たくさんの魔物たおしてぇ見えてきたきぼうの光ぃ~~~
 一瞬で消えちゃった気分はどうかなぁ~~キャハハ~~マジうけるぅ~~こいつらのかお!」

 本当のところ、魔物を生み出すのは無限じゃない。
 なぜなら、相応の魔法技術に集中力、そしてそれを支える膨大な魔力が必要なはずだから。

 でも―――

 「は~~い、今日はおおめにだしておりま~す♪」

 さらに追加で生み出される魔物たち。
 全然疲弊した様子を見せない……この人。

 結局、当初の数ぐらいに回復してしまった魔物たち。
 獰猛な唸り声をあげて、ジワジワと距離を詰めてくる。

 「そうそう~~なんで聖女が必要かぁ~思い出したぁ。あたいも何人か施設に連れてったからねぇ」

 「……聖女の行方不明事件、まさかおまえが……」

 「キャハぁ~そうよ~~なんでもねぇ~聖女の聖属性魔力が必要なんだってぇ~魔道具につかうんだったかな~
 むりやり搾り取られてぇ~~泣き叫んでも搾り取られて~~少し回復させたらまた搾り取ってぇえ~~
 キャハハ! 傑作だったわぁ~ざまぁみろだよぉ~~」

 なんですかそれ……そんなのおかしいです! 人間の所業とは思えない。
 そして、これでもかという程の愉悦の笑みを浮かべる黒服女性。
 聖女に深い恨みがあるのでしょうか。

 「もう動けないでしょ~~あきらめなよぉ~~無抵抗になったところを~あたいがた〜っぷり、蹂躙してあげる♡」

 あきらめる……

 「―――そんなこと、絶対に許されませんわ!」

 そんな黒服女性の声に真っ向から立ち向かう1人の聖女。アレシーナさんだ。


 「――――――結界(セイクリッド・バリア)!!」


 「ああぁ? 【結界】なんてはる魔力は、もうないはず……」


 「よし! 聖騎士隊、聖女たちの前へ! もひと踏ん張りいくぞ!」

 リンナさんが、聖騎士のみなさんが立ち上がる。

 「おまえら、虫の息だったはず……? おい、その瓶なんだよ」

 諦めませんよ。
 私は背負った大きなバックパックから、瓶を取り出して宣言する。

 「みなさん、さきほど配った以外にも、まだまだ予備はありますから! 回復ポーションも魔力ポーションも、足りなくなったらすぐに持っていきます!」

 「そういうことだ。貴様の思い通りにはならん! 聖騎士隊、防御円陣!!」
 「は~~い、聖女のみなさんは【結界】の補強~【治癒】の準備~そして聖騎士の皆さんが倒した魔物の【浄化】にあたりますよ~」

 そう―――


 「私も……いえ、私達も負けませんから」


 「ああぁ?…………うっざ。無駄な事しちゃって……マジでうざ」

 この人は強い。
 なにがそうさせているのかは、わからないけど。

 でも私だって……このまま終わる気なんて毛頭ないです!
 無駄な事なんてなにもない。私がいまやれることをやる。

 ボクレンさんに、そう教わりましたから。