「おつかれさん、セシリア」
 「はい。薬草、ちゃんと効いたみたいでよかったです」

 ミニスの町に行った俺たちは、子供の家に薬草を届けた。
 煎じて飲ませたところ、熱は引いてなんとか峠は越えたようだ。

 「で……なんでまた森に戻ってるんだっけ?」

 無事に終わって解散、と思いきや、俺たちは再び森にいた。
 セシリアが「どうしてももう一度、あの場所へ」と言い出したのだ。

 俺がセシリアと会った場所、魔物たちに襲われていた現場。
 魔物たちの死骸はすでにない。魔物は死んで一定時間がたつと、粉々になって消えるからだ。黒い粉が舞うように跡形もなく消えていくように。

 セシリアは静かに目を閉じ、胸に小さな手を当てて、なにかを祈るように呟きはじめた。

 彼女を中心として、地面に綺麗な模様が浮かび上がる。
 魔法陣ってやつか……。

 なにか魔法を使うのか? そう思って口を開こうとしたが、やめた。
 彼女の表情が息遣いが、呟く声が……真剣そのものだったからだ。


 「……光よ……どうか、この地の穢れを祓いたまえ―――
 ――――――浄化(ピュリフィケーション)!」


 次の瞬間、地面に浮かんだ魔法陣から、淡い輝きがあふれ出す。
 淡くて白と黒がいりまじったようなまだらな光が、じわじわと広がっていく。
 なんじゃこりゃ……!

 こんなん見たことないぞ。

 「くっ……やっぱり、また……」

 その光は周辺を一瞬照らすと、すぐに消えていった。

 「セシリア!」
 「……はい?」
 「凄い魔法が使えるんだな!」

 「い、いえ……あの……」

 「ほら、ここの草とか、まだ光ってんぞ?」

 「……失敗したんです! あんまり言わないでくださいっ、恥ずかしいです!」

 え? そうなん?

 「あんなに広範囲に光るなんて、すげぇと思ったんだけどな」

 夜とか便利そうだけど。

 いったいなんの魔法なんだろうか。
 おっさんの疑問顔に気付いたくれたのか、セシリアが再び口をひらいた。

 「ボクレンさん、魔物がどうやって生まれるか知ってますか?」
 「え? いや、考えたこともなかったな」

 魔物―――この森にもいる異形の生物。

 通常の獣とは違い、基本的に好戦的で捕食の為というよりかは、殺しが好きな生き物といった方がしっくりくる。
 だから人間にとっては、魔物は害獣とみなされている。

 「魔物は、瘴気から生まれます」
 「しょうき?」
 「はい、特に瘴気が多く出るのが……魔物の死骸です」
 「といっても、俺が倒した魔物の死骸はもう残ってないぞ」

 そう、この世の魔物は死んで一定時間が経つと、粉々になって消える。
 まあたまに例外もいるけど。

 「魔物が粉々に消えた後も、瘴気はしぶとく残るんですよ。たとえ目に見えなくても」
 「ふむふむ、セシリアは物知りだな」

 「ふふ、学校でいっぱい勉強してますから」

 エッヘンと胸をはるセシリア。デカいのもブルンと揺れた。

 「魔物の死骸から出た瘴気がたまると、やがて新たな魔物が生まれます」
 「そうなのか、ちいとも知らんかったよ。おっさん」
 「だから、魔物の総数は減ることがないと言われています」

 なるほど、死んだ分だけいつかどっかで生み出されるのなら、そりゃ減らんわな。

 「その他にも魔物同士で子を作ったり、時間が経つと分裂したりと、いろんなタイプの魔物が存在するので、放置しておけば増え続けるんですよ」

 「てことは、いつかこの国も魔物だらけになるってことか?」

 ゾッとする想像が浮かんだ。
 うわぁ~~犬魔物程度なら何匹こようがどうにでもなるけど、おっさんの見たことも無いヤバイのはいっぱいいるだろうしなぁ……こわぁ……。


 「いえ……そうはなりません……じゃなくて、させません絶対に」


 セシリアは強く首を横に振った。
 なぜだ? 彼女の教えてくれた理屈でいけば、いつかこの世は魔物まみれになるぞ。

 「ならない答えは……浄化(ピュリフィケーション)という魔法が存在するからです。
 この魔法は、魔物が残した瘴気を綺麗にしてくれます。つまり、魔物を生み出す元を断つことが出来るんです」

 「なるほど。じゃあ、その魔法を使える人がある程度綺麗にしてるから、魔物まみれにはならんってことか」

 おっさん、まだまだ知らんことが多い。
 こんなド田舎暮らしだから、世の情報なんてあまりはいってこんし。

 「はい、ボクレンさんの言う通りです。ただし、この魔法を使える人は一部に限られます。そして……やっぱり私じゃダメでした……」

 なるほど、セシリアがさっき使ったのがその【浄化】という魔法か。

 「やっぱ、セシリアはすげぇな」

 「そんな……一度も成功したことないんですよ。今回も途中で……」

 「でも、途中まではできたんだよな」
 「それじゃ意味がないんです……」

 それだけでも、たいしたもんだけど。
 膝をついた彼女の瞳には、怒りにも似た悔しさと惨めさが静かに揺れている。

 うむ、悩み多き学生さんってとこか。

 にしても壁を出したり、光らせたり、俺の知らない魔法をこんな少女が使えるなんて。
 この子の通っている学校は、魔法学校とかなんだろうか。

 「俺は魔法のことはさっぱりだ。でも、セシリアは将来有望にしか見えんぞ」

 「……ありがとうございます。
 私、いまの学校を卒業したらいろんな場所に行って、瘴気を消したいです……魔物に大切な人を奪われるなんてことが起こらないように」

 「そうか。それがセシリアの目標なんだな」

 こくりと静かに頷いたセシリア。
 田舎のおっさんに手伝えることなんか無いだろうけど、それでもなんか応援したくなる子だよ。

 「ところで、ボクレンさんも魔法を使ってますよね?」
 「んん? まほう?」

 え? なんのこと?

 「はい、身体強化魔法です。さきほどアイアンウルフとの戦闘で、使ってたじゃないですか」
 「いや、俺は魔法使えんぞ。だって魔力なんてないし」
 「で、でも……魔法で身体能力を強化してないとしたら……あ、特殊な魔道具を使っているんですね!」


 「いや、おっさん生身だぞ」


 「――――――ええぇ! じゃあ……あれ全部、生身で戦ってたんですか!?」


 「当たり前だろ。てか生身以外でどうやって戦うんだ?」

 「ふ、ふつうに木刀で魔物討伐なんて……や、やっぱりこの人……」

 まってくれ、なんかおっさん若干ひかれてる?
 調子に乗りすぎて、ベラベラ話したのがまずかったのかもな。若い子にとって、普通のおっさんの話などたいして面白くも無いだろう。

 「ふぅ……すいません、少し取り乱しました。それで、その……町に戻りたいのですが」
 「おお、町までは送ってくよ」

 「ありがとうございます。わがままにつき合わせてしまって、ごめんなさい」
 「ああ、気にするな」

 セシリアを町の馬車乗り合い所まで案内することにした。これから学校のある都市に戻るらしい。

 「にしても……(生身で、しかも木刀で魔物を倒せるものなんでしょうか? 教科書には書いてなかったです……もしかして見落としてたのかしら……でもでも、ほとんど暗記したはずなのにぃ)~ブツブツ」

 ヤバいな……なんかセシリアの様子がおかしい。
 ブツブツ呪文のようになんか呟いてるし……。

 おっさんトークがよほど苦痛だったとみえる。

 こりゃ、あまり余計な事をしないほうがいいな。
 そっと、町へ送り届けよう。いつも通りの普通な対応をすればいいんだ。うん、それがいい。