「ふぅ~~食った食った」

 俺たちの前には、焼き魚に使用した串が山のように積まれていた。

 「わぁ~~串に刺して焼くとこんなに美味しいんだ」
 「そうですね。皮がパリパリで身もほくほくして柔らかいですし」
 「私も久しぶりに食べましたけど、やはりいいですね」

 うむうむ、セシリアやマルナそしてクリスティにも好評なようで良かった。

 「ちょっと、ナイフとフォークはどこにありますの?」なんてよくわからんことを言っていたアレシーナも、最終的には「野蛮ですわ」とか言いつつもかぶりついていたしな。

 「さてと」

 満腹感に包まれたおっさんが後片付けに向かおうとしたところで、別グループの聖女たちがわらわらとやって来た。

 「さっきのお魚、美味しかったです!」
 「おかげで夜営も楽しめました!」

 その後ろでは彼女たちの聖騎士の面々がペコリと頭を下げていた。

 せっかくの野営なんだ。携帯食とかテンションさがるもんな。
 木刀一本で魚を叩いた甲斐があったな。

 さて、聖女たちもテントに入って行くようだし。
 今のうちに、あれでも探してみるか―――

 「ふふ、ボクレンさん。みんなに感謝されてますね」

 物資をいろいろ漁っていたら、後ろで声がした。

 「え、そうかセシリア……ゴソゴソ。この瓶はちがうか……ゴソゴソ」
 「……なにを探しているんですか?」
 「いや、ちょっと軽くやりたいなと……ゴソゴソ、これも違うな」

 「エールはここにありませんよ!」

 「大丈夫だ。一杯程度でなにもかわらん」

 「そういう問題じゃないです! もー、すごい人なのか、ただの呑んべえなのか分かりません……」

 銀髪を揺らして頬を少しばかり膨らました俺の聖女さま。

 「しかし焼き魚食うと、エールいきたくなるだろ?」
 「そんなこと私にはわかりませんよ……そう言えばボクレンさん、初めて会った日もエールについて力説してましたよね。30分ぐらい」
 「おお、あれは導入部分だぞ。本編は2時間コースだった」
 「ふぁ……にじかんって」

 「やっぱ夜は一杯シュワシュワを喉に流し込まないと、落ち着かんのよなぁ」
 「ボクレンさんは、本当にエールが好きなんですね」

 とかなんとか言ってるうちに、焚き火のまわりもすっかり静かになっていた。
 おっと、就寝時間のようだな。

 ちなみに俺は、今夜の見張り当番である。
 数人の聖騎士と交代制で見回りをすることになっており、俺はその最初の組に割り当てられていた。

 「さあ、セシリアももう休んだほうがいい。明日は朝から演習だしな」

 そう声をかけて、彼女をテントへと促した……つもりだったのだが。
 セシリアは立ち上がりかけたその足を止め、俺の袖をキュッとつまんだ。

 「……寝る前に、もう少しだけ。お話していたいです」

 夜風にそよぐ銀髪と、かすかに揺れる翡翠色の瞳。
 その眼差しに、俺はふと胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。

 ダメだ……こんな天使にお願いされて断れるやつ、この世にいるのか?

 「―――少しだけならいいぞ」

 「やった。ありがとうございます」

 小さくその場でぴょんと跳ねた天使。なんだこの生物は。おっさんの世界に存在していいんだろうか。
 もう朝まででもお話していたいぐらいだ。

 いかん、おっさんとしての分をわきまえねば。

 「しかし、この野営地に聖女がわんさかいるなんてな」
 「ふふ、いきなりどうしたんですか」

 「いや、ちょっと前の俺だったら想像もできん環境だなと」

 俺はド田舎の森で1人木刀を振っていた。
 おそらくは、そのまま人生を終えるんだろうなと思いつつ。

 「それが今や美少女まみれの園にいるんだから」
 「ふふ、聖女たる【聖属性魔力】は基本的に女性にしか発現しませんからね」

 そりゃそうだろうな。だって聖女なんだから。

 「ちなみに聖女って退職とかあるのかな」
 「どうでしょう。【聖属性魔力】は発現すれば消えることはないですから。ずっと聖女ですね」

 うわぁ、死ぬまで働きそうだな……セシリア。

 「ふふ、ボクレンさんの考えてそうな事にはなりませんよ。現役を引退したり、後進の教育に携わったり、ご自身の研究に没頭したりと色々な聖女様がいらっしゃいますから」

 「そ、そうだよな……セシリアもほどほどにな」

 え?っと首を傾げる美少女聖女さま。

 「あ、でも例外もあるみたいです。たしか【聖属性魔力】が消えてしまった聖女もいるとか」
 「そうなのか、そういう場合は聖女でなくなるってことなのかな」

 「私もうわさ話でしか聞いたことが無くて詳細はわからないのですが、道を踏み外してしまって、なんでも追放されたとか」

 「追放って……なにやったんだ」

 「う~ん、そもそもそんな人存在しないのかもです。いちどマシーカ先生にそれとなく聞いてみたら、「そ、それは~~た、ただの学園うわさ話ですねぇ~」と」

 なんかめちゃくちゃあやしい回答だな……
 まあ、いまの生徒達には関係のない話だろうけど。

 学校ってそんな話のひとつやふたつ、必ずあるもんだしな。


 「セシリアは学園を卒業したら、魔物討伐の聖女になるつもりなんだよな」
 「はい、そうですよ」

 即答する少女。その声に迷いはなかった。

 「魔物の数を減らすことが出来れば、その分被害に遭う人も少なくなる―――そう言ってたもんな」

 それは、初めて彼女と出会った日の言葉。あれから何度となく、彼女は同じ想いを口にしてきた。

 「……ボクレンさん。私、男爵家の娘だって話、前にしましたよね?」
 「ああ、セシリアがご令嬢ってことだろ」
 「もう、令嬢だなんて。まえにも言いましたけど、貴族だなんて名ばかりの田舎男爵です。収穫時にはみなさんと畑に出ますし、お魚を釣って焼いたりもしてましたよ」

 そう言って、セシリアはふわりと笑った。
 たしかに今日も焚き火のそばで手際よく魚を焼いていたっけ。
 その姿が妙に板についていて、意外な一面を見たような気がした。

 「領地は小さいけれど、緑が多くて、とても静かなところなんです……」

 そこまで言った時だった。
 セシリアの声が、すこし―――ほんのわずかにだが、揺れた。

 「でも……私が幼い頃に、その平穏が壊されました。領内で魔物大量発生(スタンピード)が起きたんです」

 スタンピード―――
 そういえばセシリアが言ってたな。瘴気が溜まり続けると、ある日突然魔物が一斉に湧き出すという厄災だったか。

 「きっかけはわからないですが、当時みなさん経験のないことで……初動対応に遅れが出てしまったんです」

 セシリアの表情が、音もなく変わっていく。
 穏やかだった琥珀色の瞳が、ゆっくりと苦悩の色を帯びていく。

 「私は館にいたので、領兵の皆さんの頑張りもありなんとか助かりましたが……町のみなさん全員を助けることはできませんでした……孤児院に出かけていたお母様も……」

 沈黙が、焚き火のはぜる音に溶けていく。


 そうか―――


 これが、彼女の芯なのか。

 あの日失ったものが、いまのセシリアを突き動かしている。


 「だから……お母様や町のみなさんのような悲劇に巻き込まれる人を……1人でも少なくしたい。
 そしてそのあと、聖属性魔力の選ばれて聖女になった私は心に決めたんです。

 ――――――【浄化】の力で、少しでも人の助けになるって」

 その小さな肩に乗った決意の重さを、焚き火の光がそっと浮かび上がらせていた。


 「この3か月間、ボクレンさんのおかげで朝練にも取り組めて、なにか掴めそうな気もするんですが……」

 魔物の発生する原因である瘴気だったか。それを除去するのが【浄化】という聖女特有の魔法。

 「ずっとそんな気だけで、結局なにもできないまま終わる不安もあって……」

 彼女は魔法がまだうまく使えないことに、焦りを感じている。
 出会った時からずっとそんな感じだ。

 気持ちはわかるんだが。

 「なぁセシリア」
 「なんですか、ボクレンさん」
 「いまのセシリアの身分はなんだ?」

 「え? 身分ですか……聖女学園の生徒……ってことですか」
 「だよな。じゃあ、学園てのは何をする場所なんだ?」

 俺は銀髪の美少女に問う。
 その少女は少し戸惑ったような表情を見せつつも、素直に答えた。

 「えと、その……学ぶ場所です」
 「ならセシリアはいま、学びの最中てことだろ」
 「……はい」
 「出来ないのがあたりまえで、それを学んでいるんだ」
 「……そうですけど」

 あまり納得のいかない様子だな。
 まあ、無理もないか。おっさんの言葉じゃ、説得力もない。

 「贔屓目なしにしても、セシリアは立派な聖女になると思うぞ」

 彼女はそれだけの努力を積んでいるからな。

 朝の練習も手を抜かず、全力で打ち込む。
 疲れ果てたあとも授業を真面目に受け、隙あらば魔法の勉強。
 一度だって、怠ける姿を見たことがない。

 学年内の誰よりも本気だ。

 本当はもう少し気楽にいったほうが良いんだが……

 「俺だって30年以上木刀振り続けて、ようやく人並みだ」
 「ボクレンさんが人並みって……」
 「だから焦らずいこうぜ―――っとまあ、おっさんのたわ言はここらで終りだ」

 しゃべりすぎたな、ちょっと。

 「はい、明日の演習は少しでも成長できるように頑張りますね」

 そう言ってセシリアはふっと微笑み、テントへと戻っていった。
 天使の笑顔の余韻にしばし浸るおっさん。


 夜のエールはなかったが……代わりに、ずっといいもんを貰った気がする。

 さてと……おっさんも気張って見張りをするか。