「た、隊長~~大丈夫ですか~」

 うしろから声がする。ああ、レイニか。

 「ひぃいい!? なにこの甲羅ぁ!!」

 駆け寄って来たレイニは驚きの声を上げると、バランスを崩して尻もちをついた。

 「大丈夫か?」

 「ふぁ! ボクレンさんも無事だったんですね。リンナ隊長が放心状態になるまで戦ってくれたんですね! 凄そうな魔物ですぅ」
 「え? いや、まあ……」

 俺はレイニの手を取って引き起こしつつ、曖昧な返事をしてしまった。

 「す、凄いです。どこまで激しい戦いをしたらこうなるんですか?」

 いや、むしろおっさんが聞きたいわ。
 なんでこの子は魂抜けたみたいな感じになってるんだ? 
 思い当たるふしが全く無いんだが。

 にしても……

 「う~む。まさかミスリルタートルってカメのことだったのかぁ」

 「……違う」

 おお、リンナが意識を取りもどしたようだ。

 良かった―――って、なんて!?

 「これはアダマンタートルだ……」
 「そうですねボクレンさん……これはどう見ても違いますよ……」


 マジかよぉ!!


 リンナとレイニの言葉を聞いて、
 おれは頭から地面に崩れ落ちた。

 「これ、ミスリルちゃうんかぁ……」

 どおりでたいしたことない。てか、森にうじゃうじゃいるやつやん。

 「そりゃミスリルなわけがないか……もっと手強いんだろうしな……」

 「き、貴様……何を言って、アダマンはミスリルの上位……くっ、もういい。貴様と話しているとなんかおかしくなる」

 はぁ……借金返済の希望が見えたと思ったけど。そんなに甘くはないかぁ。
 しょぼくれているおっさんの傍にきたリンナ。

 「とにかく危機は脱した。よくやった、ボクレン」

 「お、おう……」

 なんだ? いつもは褒めないリンナがなぜかおっさんを褒めている。
 やはり頭かどこか打ったんじゃないだろうか。

 「でも隊長、なぜ魔物が現れたんでしょう? ここは出現ポイントじゃないはずなのに。それにこんな魔物そもそもこの森にいたんでしょうか?」

 あ、そういやこの森は、学園長の【制御結界】とやらが張られているんだったな。

 「ひ、引き返した方がいいんでしょうか?」
 「いや……野営地へ向かう。その方が近いし、いま引き返せば夜道になってしまう。もちろん警戒は必要だがな。レイニは野営地につくまで斥候任務を続行だ」

 引き返すって……なに言ってんだ。
 カメだぞ? ゴブリンとかイノシシと同類で、これ以下の魔物なんか存在せんだろ。
 いくら初心者の演習とは言え、この程度の魔物と対峙せんと訓練にならんだろ。

 ま、とにかく後方に待機中の本隊に合流だな。

 が、その前に……と。

 「なあリンナ。この甲羅じゃダメなんだろうな」

 ダメ元で聞いてみた。

 「いや、聖女像の材質とは違う(質はミスリルよりはるかに上)が、使える可能性はあるかもしれんな。一部補強で使用できるかは専門家でないとわからんが(アダマンという超レア素材を使用してもいいのか、あたしじゃわからん)」

 「おお、つまりものは違う(質はミスリルより格段に落ちる)が、職人さんの技によってはいけるかも(なんとか腕で材質の悪さをカバーできるかも)ってことか」

 おお、わずかだが希望の光が見えてきた。

 よし、これは持って行こう。
 俺が甲羅を持ち上げようとすると、リンナが待ったをかける。

 「まてボクレン。そいつは置いていけ。帰りに回収すればいい。それよりもおまえの手がふさがる方がダメだ。今は護衛任務に集中しろ」
 「お、そうか。了解した」



 こうして再び進むこと30分。
 俺たちは森の野営地についた。

 さきほどのカメ以降は、魔物も現れていない。

 「は~~い、みなさ~~ん。各グループで野営の準備をしてくださ~~い」

 マシーカ先生の声で、テント設営や焚き木集めが始まる。
 これも聖女と聖騎士たちの共同作業である。

 有名な聖女になればこんなことはしないんだろうが、まだ彼女たちは聖女のたまごだからな。
 色々学んでおくのはいいことだ。

 設営準備が進む中、食事の準備も進めるのかと思いきや……

 「あれ、調理器具や調味料は出さないのか?」
 「ああ、それはいい」

 リンナがあっさりと返答した。

 「夕食は抜きか?」

 絶食する訓練もあるっちゃあるが。
 俺が子供の頃、飲まず食わずで木刀ずっと振り続けるとかいう鍛錬もオヤジにやらされたな。
 俺は子供ってのもあって3日ほどで気絶したけど、オヤジは1週間やり続けていた。なんか鍛錬マニアみたいなところがあるんだよ。

 まあ俺の昔話はいいとして。

 「いや、さきほどの魔物襲撃でサポーターが、一部物資を落としてしまったらしくな」

 あ、なるほど。絶食訓練じゃなくて、たんに食材不足ってことか。

 「レーションを各自持参してるから夕食はそれで代用することにした。今回の主目的は明日の演習だしな」

 「ええ……レーションってあの携帯食料とかいうパサパサのやつか……」
 「ああ、そうだ」

 ああそうだって、昼食べたけどあれクソマズイいぞ。口んなかの水分全部もってかれるし。
 せっかく外に出てるんだ……温暖な森だぞ。

 「なあリンナ副隊長。ちょっと食糧調達してきてもいいか?」
 「調達だと? まあ構わんが……なにを捕ってくる気だ、ボクレン?」

 野営における現地調達は基本だからな。
 オヤジに5歳で森にほうり出された時は、食料なんか持たせてもらえなかったぞ。生き残ることが鍛錬である! とかいってたし。
 それに森ってのは意外と食料があるんだ。

 「近くに水源があるだろ。魚を少しばかりな」
 「ああ、泉がある。だが道具はなにも無いぞ」

 道具なら……

 「これがあるよ」

 俺は腰に差した木刀をポンと叩いてみせた。

 「……ボクレン。泉には魔物ではないがヌシなる巨大魚がいるらしい。気をつけろよ」

 「ああ、すぐに戻る」



 ◇◇◇



 そしてすぐに泉へ到着した俺たち。
 バレッサはいいとして。聖女セシリアとマルナがついてきてしまった。

 セシリアたちは料理に薬草も加えたいと、リンナ副隊長に懇願して許しを得ていたな。
 授業で色々習ったことを活用したいんだそうだが。

 まあ彼女たちの安全が最優先なのは間違いない。魔物の気配は一切しないが、気は引き締めんとな。

 「ヌシって、本当にいるのかなぁ」
 「どうでしょうねマルナ。去年の演習時に見たって噂は聞きましたけど」

 少女二人の持つバケットには、すでに薬草がたくさん入っている。
 泉への道すがら、いろいろ摘んでいたからな。

 「ふっふ~~ヌシっすヌシっす~楽しみっすね~先輩」

 ヌシか。そういや俺がいた森の泉にもヌシっていたな。
 いたとしても簡単には出てこないだろうが。
 ヌシと言われるからにはずっと生き残っているんだ。それ相応に用心深い。

 さて……

 「んじゃ、魚とるか~~」
 「えっと、釣り竿がないんですが……」

 聖女マルナが迷子になった子供のように不安な声をもらす。

 「え? そんなんいらんぞ。
 ――――――みんな、構えろ」

 「はいっす先輩~さあ聖女さんがたも構えるっす。網は無いから手づかみっすよ~」

 「え?……手づかみ?」
 「どういうとですか? ボクレンさん」

 まあ、やればわかるさ。

 俺は泉の際に立ち、木刀を腰から抜いて息をスーッと吸い込んだ。


 「―――ぬんっ!」


 ズドォォォン!

 足元に一撃をぶち込む。

 「ええ、じ、地震ですか!? セシリアぁ~~バレッサぁ~~」
 「違うっす聖女マルナ。服の袖をまくっるすよ。さあ~~くるっす!」

 「え? くるって?」

 木刀一撃の衝撃から数秒後……
 ブクブクと湖面に気泡が浮いてきた。

 「ひゃあ……さ、魚が……!」

 大量の魚が浮いてくる。
 おおっ、けっこういるぞ。

 「よ~~し、みんな~掴みどりだ~」

 「キャッ……ぼ、ボクレンさん、これ生きてますよ!」
 「そうだぞ。気絶しているだけだからな」

 聖女たちも頑張って魚をとっている。

 「はは~~大漁だな。これであの携帯食を食わなくて済むぞ」
 「そうっすね~先輩~」

 「あ、そっちにいきましたマルナ」
 「ちょ、待ってセシリア。わたし両手ふざがっているから」
 「ふ、ふあ……キャッ冷たい!」

 なんかキャッキャッするのが絵になるな美少女たちは。

 「ふふ、ひさしぶりに笑っちゃった」
 「私もです、マルナ」


 「よし、コツは掴んだようだなみんな。ではもう一丁ぉ! デカめのいくぞぉ!
 ――――――ぬんっ!」


 ズドドォォォォォン!!



 さらに大量の魚が浮いてくる。
 よし、これだけあればクラス全員分は確保できるぞ。

 俺とセシリアたちで魚を捕りまくった。
 最後にすこし大きめの魚が出たので、おれが尻尾を掴んで引きずりながら陸にあげる。

 「にしてもやはりヌシってのは現れなかったな。食ってみたかったけど」

 「「ボクレンさんの引きずっているのがヌシだと思いますよ!?」」

 セシリアとマルナが声を揃えて言う。

 これが?

 「こんな小さいのがヌシなわけないよ」

 「ええぇ……ヌシってかんじの大きさだと思いますけど……」
 「セシリアの言う通りですよぉ。なんかものすごく長いひげ生えてますし……」

 2人とも何言ってんだ?

 「俺がいた森の泉にもヌシはいたけど、これの10倍以上はあったぞ。これは単に少し大きめの魚だよ」

 「ああぁ……そうでした。ボクレンさんの常識はあの「魔の森」が基準だったの忘れてました……」

 よくわからんが納得した様子のセシリア。

 「まあ森での知識はおっさんの方が上手だからな。だが焦ることはない。こんなもん慣れだから」

 「「慣れって……」」

 聖女2人は呆れ顔、バレッサはニシシと白い歯を見せている。

 「さあ、戻ろうか。みんなに飯を持って行かんとな」

 と言った瞬間――――――ガサッ! ドシン!

 なんか落ちてきたぞ。

 「って、レイニか?」

 「いてててて。ああぁ、またボクレンさんですかぁ!」

 またって、まあ昼ぶりだけどな。

 「もう、周辺の警戒に任務についてたら、急に木が大揺れし始めて……」

 なるほど、木の上から周辺を伺っていたのか。

 「それはすまなかった。立てるかレイニ」

 俺が差し出した手につかまり起き上がろうとするレイニ。
 が、俺のひきずる魚に視線が移ると、その体をビクんっと跳ねさせた。

 「―――って、ひぃいいいい! な、なにぃ、この巨大魚ぉおお!」

 悲鳴を漏らすして、地面に尻をバウンドさせたレイニ。

 「まったく、よく尻もちつく聖騎士だな」

 「むふうぅ……昼も今もボクレンさんが悪いんだから! あ、でも魚わたしも持ちます、はやく野営地に戻りましょう」

 プリプリしながらも、手伝ってくれるらしい。
 そうだな。行くか。みんなお腹もすいてきている頃だろう。

 「あはぁ~やっぱ先輩といるとおもしろいっす~」

 「セシリア……とんでもない人を聖騎士にしちゃったね……」
 「ふふ、そうですねマルナ。いつも驚かせされてばかりです」


 「ま、これくらいやって当然だろ。レーション食うよりはよっぽどマシだしな」


 こうして俺たちの口は、パサパサにならずに済んだのである。