デカい聖女像のスカートが、バリっと割れてしまった。

 ヤバい……これ、はじまりの聖女像だっけ。

 いつもならすぐに怒鳴るリンナ副隊長は「お、おま……おまえ……」と同じ言葉でずっと詰まってる。
 セシリアにいたっては、完全にフリーズしたまま。

 そんな中、先ほど去ったはずのエリクラス隊長がダッシュでこちらに戻ってきた。

 「まあ、ボクレンたら。そんなにパンツ見たかったんですか?」

 いや、俺は素振りをしていただけなんだが……。

 「隊長であるわたしのパンツだけでは、満足できないと?」
 「いえ、隊長のはグレーの大人っぽいやつで、刺繡が良い感じのワンポイントで不満などあろうはずが……」

 「貴様ぁ!」 
 「ボクレンさんっ!」

 あ、やべぇ。いらんこと言った。

 「その……すまん! まさか素振りでこんなことになるとは、思いもしなかった」

 「ふふ、冗談ですよ。故意じゃないことぐらい分かってます。でもまぁ……」

 エリクラス隊長は、バリっと割れた聖女像を見上げて、「あぁ~、これはまた派手にやっちゃいましたね」と眉をひそめた。

 やはり事は相当重大なようだ。まあ当たり前か。

 「あのぅ~~もし弁償するとしたら、いかほどなんでしょう……」

 俺は恐る恐る隊長に聞いてみる。

 「そうですね、毎月給料から天引きするとして……まあざっくり500年。いえ、銅像の素材がミスリル合金という事を考えると1000年ぐらいかしら」


 おわった……


 おっさんの人生、今日をもって終わりました。


 これは切腹ものではなかろうか。オヤジの出身国である極東の国では、責任をとって腹を切るみたいな風習があるそうだ。

 「う~~ん。そうですね。ひとつだけ解決方法がありますよ」

 「ええ! マジか!……じゃなくて本当ですか、隊長!」

 「3か月後に、聖女たちの演習授業があります」
 「演習っていうと、実戦訓練か」
 「そう、魔物討伐を学ぶ訓練ですね」

 なるほど、たしかに卒業してからぶっつけ本番とか無茶があるしな。
 実戦は重要だ。

 「そこで、ミスリルタートルという魔物を討伐してください。
 甲羅には上質なミスリルが豊富に含まれています。これがあれば、はじまりの聖女像の材料費どころか、全面補修までできてしまいます。それでチャラにしましょう」

 「なるほど、そのなんたらタートルを討伐すればいいわけか」
 「ただし……演習地は比較的安全な森ですが、ミスリルタートルは滅多に出現しないうえに強敵ですよ」

 むぅ……厄介そうなやつだな。
 だがおっさんは頑張る。これしか生き残る方法がないのだから。

 「ボクレンさん、演習いっしょに頑張りましょうね」

 「まったく……はじまりの聖女さまのスカートまでめくるとは、変態のきわみだな。
 が、ボクレン
 ――――――演習は気合入れろよ。聖騎士の真価が問われるぞ」

 「ああ、もちろんだ。さあセシリア、朝練の続きをしよう」



 ◇◇◇



 そして3か月が経った。

 「ふぅ~~着いたか」
 「はい、ボクレンさん。降りましょう」

 学園から馬車に揺られて数時間。
 俺たちは王都近郊の森に到着した。今日から演習授業である。

 「よし、点呼だ!」

 威勢のいい声を響かせたのは、副隊長のリンナ。
 今回の演習におけるリーダーである。

 まわりから元気な声が順繰りに聞こえてくる。
 参加者は、セシリアの所属するB組聖女全員と、各聖女の護衛聖騎士、それからクラス担任の聖女マシーカ先生。
 あとは数人のサポーターで、キャンプ設営器具や食料を担いでいる。

 魔物討伐による【浄化】を生業とする現役聖女たちは、聖女に複数の聖騎士とその他サポーターといった構成でパーティーを組むことが多いらしい。つまりある程度リアルな陣容として行動するってことだ。

 「リンナ副隊長、点呼完了。問題なしです!」
 「よし、全員装備を整えろ! 5分後に出発する!」

 森へは全員徒歩移動のため、馬車はここまでだ。

 俺は木刀を腰に差し―――

 「よし、準備完了だな」

 「え? ボクレンさん持ち物それだけですか?」

 「そうだよ。セシリア」

 目をぱちくりさせる俺の聖女さま。
 だって、森でたったの一泊だぞ。ずっと森に住んでたおっさんとしては、王都だろうが森だろうが同じなんだがな。
 しかも食料は、サポーターの人たちが運んでくれるっていうんだから準備もクソもない。

 「やっぱ先輩っすね~」
 「すごい、木刀だけなんですね……」

 聖騎士バレッサに聖女マルナか。
 そういえば、今回の演習はグループ単位で行動するといってたな。
 俺たちのグループは、彼女たちに加えて……

 「まあ、みなさんお揃いですか」

 なんか花の香りがしたと思ったら、聖女クリスティか。
 担当聖騎士のリンナは、演習グループ自体のリーダーだからな。
 リンナからクリスティに変態行為したらぶっ飛ばすと、釘を刺されていたんだった。
 しねぇっての。

 「セシリアの荷物、すごいね」

 マルナが目を丸くするのも無理はない。やたらデカいバックパックを背負ったセシリア。

 「はい、マルナ。教科書とか回復ポーションとかいっぱい持ってきました」

 実地訓練に教科書が必要なのか少し疑問だが、まあ勉強家の彼女らしいな。

 「うわ……回復ポーション何本入っているの……これ」
 「私はマルナみたいに【治癒】も使えませんし。備えあれば憂いなしです」

 細い腕をぐっと曲げて、可愛い力こぶを作ってみせるセシリア。

 なるほどな。
 現状魔法がうまく使えないなら、そのぶん準備で補う。これは俺が習った、なにをやろうが実戦で生き残ると同じ考えだな。
 あれから朝練もサボらず続けてるし、彼女なりに変わろうとしてるんだろう。


 ―――と、そこへガチャガチャと鎧のすれる音が近づいてきた。

 「ウッホン、木刀にポーションとは。いやはや、ここは本当に聖女ご一行なのですかなぁ~」

 「お。ボロスか、今日明日とよろしくな」

 「吾輩はブロスである! まったく毎回間違えよってからに……しかもなぜ高貴なるアレシーナお嬢様の聖騎士である吾輩が、こんなおっさんや小娘聖騎士と同じグループなのだ!」

 「はぁ!? それはこっちのセリフっす! こんなむさい吾輩騎士と一緒なんて吐き気がするっす!」

 「ふん、小娘がいきり立ちよってからに……この場で白黒つけてもいいのだぞ」

 バレッサとブロスが、さっそく睨み合いを始める。
 おいおい、まだ森にも入ってないのになにやってんだよ。
 俺が2人に声をかけようとすると……

 「なにをしてますの? ブロス、弱者をいびるのはおやめなさい。わたくしたちは下ではなく上を目指してますのよ」

 聖女アレシーナの言葉に「いやはや、そうでしたな」と、スッと下がるブロス。

 相変わらずのかんじだな。まあ収まったのならそれでいい。
 とにかくこれで俺たちのグループは全員集合した。

 そこへ響くリンナ副隊長の声。

 「よし、全員移動開始! ボクレン、おまえのグループはしんがりをつとめろ」

 「了解だ。リンナ副隊長」

 隊列を組んで森に入る、学園聖女一行。

 俺は最後尾グループの一番ケツについた。
 隣にはバレッサ、少し前にセシリアたちがいる。

 「なんか懐かしいっすね~先輩と魔物討伐とか~」
 「ああ、そうだな。5年ぶりぐらいか」

 バネッサとは魔物討伐のバイトで知り合った。
 彼女とはウマがあったのか、良く会話した覚えがある。

 「にしても森に入ったというのに、そこまで警戒してないんだな」

 先頭のリンナもズンズン前に進んでいくし。
 気配を探っているやつも、いなさそう。

 おっさんがいた森もたいした魔物は出なかったが、気配ぐらいは常に察知してたぞ。

 オヤジの鍛錬を思い出すな。
 機先を制す―――「敵の存在を素早く察知せよ、さすれば相手よりも先に動くことが出来る」
 とか言われて、小さい頃はよく森の深部に1人ほっぽりだされたもんだ。

 家に帰るのに1週間ぐらいかかった時もあった。
 まあそのおかげで、魔物や生物の気配を感じ取る力は養われたが。

 「先輩、まだ魔物はでないっす」

 「でない?」

 バレッサから意外な答えが返ってきたので、俺は思わず聞き返す。
 ここは王都近辺の森で、比較的弱めの魔物が多い。とは聞いていたが、出ないってなんだ?

 「この森は、学園長の特殊な【制御結界】がはられているっす」
 「森全体に! それは凄いな」
 「はいっす。その結界内にいる魔物はある程度制御されてるっす」

 なにそれ……。
 バレッサが言うには、出現ポイントを絞ったり、凶暴性を抑えたりできるらしい。

 すげぇな学園長聖女……じつはまだ会ったことがないんだが。
 聖女として各地に【結界】をはったり、メンテしたりでほとんど学園にいないらしい。
 まあ、この森が比較的に小規模であり王都近郊ということでこんな特殊な事が維持できるらしいが。

 にしたって……

 「ふぇ~~やっぱ聖女ってとんでもないんだな」

 「いやいや~先輩の方がとんでもないっすけどね」

 バレッサさんや。おっさんをなんだと思ってんの。
 どう考えても学園長のほうが凄いだろ。

 「魔物討伐実習は出現ポイントに着いてからっす。だから今は野営地までの行軍がメインっす。もちろんみんな気は張ってるっすよ。絶対に出現しないわけじゃないっすし」

 あ、そうだったんだ。
 なんかみんな周りを気にしてないのかなぁ、とか思ってたけど
 そうでもなかったらしい。

 さらに森の中を進むこと3時間ほど。

 「ふぅふぅ……」
 「セシリア、バックパック俺が持とうか?」
 「いえ……大丈夫です。こ、これも訓練ですから」

 「そうかわかった。野営地まではあと30分ほどらしいぞ、頑張れ」
 「はい、ボクレンさん」

 周りのみんなも息が上がってきている。
 まあ王都のように舗装された道でもないし、勾配も多少あるしな。慣れない者にはきついかもしれん。

 「先輩は相変わらずっすねぇ~」
 「そうだな、まあこれぐらいはな」

 舗装されてないといっても、そこまで悪路でもない。
 森で暮らしてきた俺にとっては、この程度は散歩感覚である。

 元気なのは……

 俺とバレッサに、「みなさん、だらしないですわよ!」と声を出している聖女アレシーナか。
 さすが、毎朝ジョギングしてるだけのことはあるな。

 ―――ん! 

 これは……

 来るな。

 俺は先頭にむかってデカい声を上げた。


 「―――リンナ副隊長ぉ! 前方から魔物がくるぞぉ!!」


 俺の声に一斉に身構える聖騎士たち。
 聖女たちは、備えたりキョロキョロしたりと反応は色々だな。

 その場に緊張感がはしる―――

 「総員、警戒態勢ぃいいい!」

 リンナの号令と共に先頭がざわつきはじめる。

 「おかしいっすね。ここに魔物は配置されていないはずっすけど」
 「バレッサ、今は集中しろ周辺を警戒だ」
 「はいっす、先輩!」

 といっても、いぜん魔物の気配は前方だけ。
 側面後方からはとくに何も感じられない。

 「―――リンナ副隊長! 亀形の魔物です!」
 「くっ……よりにもよって森の上位魔物とは。先頭グループの聖騎士、前へ!」

 先頭のリンナ達周辺が慌ただしく動きはじめる。
 そして中盤あたりの聖女たちが、ざわめきはじめる。

 「……なんか亀形の魔物らしいわよ……」
 「ええ、それってミスリルタートルなんじゃ……」
 「うそぉ……なんでぇそんな上位種がいきなり……」

 んんん?

 ―――今、なんて!? タートルとか言わなかったか!

 「先輩、どうやらミスリルタートルっぽいすよ。いきなり森の上位種っすか」

 なんとぉ…………きたぁああ!

 周辺に魔物の気配はなし。つまり今いるのは、前方のやつだけだな。

 「バレッサ、ここを任せられるか……」

 「え? ああ、はいっす!」

 「セシリア……すぐに戻って来る」
 「は、はい。ボクレンさん」

 ―――よっと。

 俺は、隊列が止まっている山道から脇の森へ突っ込んだ。

 ――――――ガサガサガサっ!

 そのまま森の中を全速で突っ切る。
 俺のいた森では、こんなこと日常茶飯事だった。田舎暮らしもたまには役立つな。

 道なき道を駆けると、すぐに先頭が見えてきた。

 ―――よっと!

 横っ飛びで先頭集団の前に出る。

 「な!! 貴様、どこからきた!」

 「リンナ副隊長、一生のお願いだ。ミスリルタートル、俺にやらせてくれ!」

 借金返済のチャンスがいきなり到来したんだ。
 相手が強敵だとしても、ここは是が非でも頑張りたい。

 「……貴様、後方はどうした!」
 「とくに魔物の気配はない……それにバレッサがいる」
 「気配……それでこの魔物にも気付いたのか」

 「り、リンナ副隊長、魔物が動き出しました!」

 前方の木立から様子を伺っていた偵察の聖騎士が、声をあげた。

 「くっ……四の五の言ってる場合ではないか……。
 前方聖騎士たち! 聖女を守りつつ出来る限り後方へ! 魔物はあたしとボクレンでやる!」

 よし、OKがでたぞ。

 「恩に着る、リンナ」

 「貴様、なにを勝った気でいる。相手は亀形魔物の上位種だぞわかっているのか?」

 「ああ、ミスリルタートルだろ。俺も戦ったことはない……が、全力であたるまで」

 やばい魔物だってことぐらい、わかってるさ。
 が、ここまで勝手をやった以上はおっさん死力を尽くして戦う。

 「隊長、魔物がさらに接近してきます!」
 「わかった、レイニお前も下がれ!」

 レイニと呼ばれた女性騎士も後方へ下がって行く。

 ふぅ――――――

 呼吸を整えろ。

 俺とリンナの眼前にその魔物が全容を現した。
 黒くてごつごつした甲羅に、太い四肢。巨大なくちばしのような口。

 あれ?

 「なぁ! ま、まさかぁ……これは!?」

 リンナがなんか言ってるけど。そんなことより、ちょっとまて。

 「なあ、リンナ。魔物はどこ?」

 「貴様ぁ! ふざけるな! 目のまえにいるだろうが! しかも……ミスリルタートルの上位種アダマンタ-トルだ」

 「え? だからどこ?」

 「ぬぅうう……しょっぱなから全力でいくぞボクレン」

 ダメだおっさんの話を全然聞いてくれない。

 ていうか目の前にいるこれ。どう見てもカメなんだよな。
 おっさんが住んでた森にいっぱいいたんだけど……。

 「リンナ、こいつなら俺だけで大丈夫だぞ」

 「なぁ、貴様ふざけ―――!?」

 俺はカメに向かって木刀を一閃する。


 「――――――ぬんっ!」


 「―――ギャッ」……ズズズーン……ゥン……

 カメはひと鳴きもらして、その体を地面にズーンと沈めた。

 「ほら、な? おっさんでも一撃じゃん、やっぱカメだよ」
 「…………」

 「なって? お、おい?」
 「…………」


 返事が無いので、彼女の方を振りかえると。


 あ、またリンナの瞳孔バックリひらいてた…………なんでだ。