おっさんが素振りしたら、なぜか聖女のスカートがめくれた。

 「いや、だから素振りしてるだけだって」

 「うそおっしゃい! 風魔法でいやらしいことを企んでいたんでしょ!」
 「風魔法? おっさんは魔法なんか使えんってば」

 「なんですって!……聖騎士たるものが魔法も使えないなんて、たるんでますわ!」

 なんか話がズレていく。

 「セシリアさんもですわよ。聖女である以上、人並みなんて許されませんわ」
 「はい……アレシーナさん」

 いつのまにか説教タイムに突入している。

 それにしてもこの子はなにを焦っているんだろうか。
 最初に会ったときから感じていた、妙な圧の裏にある違和感。
 理想が高いのは悪いことじゃないが、あまりに自分を追い込みすぎてなきゃいいんだがな。

 ま、おっさんがどうこう口出しすることでもない。

 「ところでアレシーナこそ、こんな早朝になにしてるんだ?」
 「見てわかりませんこと、朝のジョギングですわ」

 「なんで制服なんだよ。ジャージ持ってないのか?」

 この学園の制服スカートは短すぎるからな。それで走られると色々問題がある。

 「ふふん、聖女たるものいつでも正装ですわ。わたくし一切気を抜きませんの」
 「いや……普通に汗かくだろう」
 「大丈夫ですわぁ、わたくし制服10着もってますの」

 そういう問題じゃねぇ。

 「とにかく! 一度は筆記試験でワタクシに土をつけたあなたが、いつまでもそんな体たらくでは困りますの! では、失礼しますわ!」

 嵐のように現れ、嵐のように去って行ったアレシーナ。
 賑やかな聖女だ。

 さて、仕切り直して朝練再開―――

 「んん……ふはぁ……はぁはぁ」

 10回ほどこなしたセシリアが、ぺんたんと尻もちをついた。
 かなりキツイようだ、50回限界と言ったのも頷ける。

 「……これで魔法が上手くなるんでしょうか」

 「それはわからんな」

 俺があっさり答えたのが意外だったのか、セシリアが少し俯いた。

 「なあ、セシリア。君はまだ学生だ。おっさんと違ってまだまだ先は長いんだ」

 おっさんなんて、30年以上木刀振り続けて、ようやく一般冒険者と肩を並べる程度までは腕を上げることが出来た。
 それでも目標であるオヤジには、まだまだ遠く及ばない。

 ガキの頃オヤジに拾われてからずっと鍛錬を重ねてきたが、それがベストだったかなんて誰にもわからない。

 「回り道してもいいじゃないか」

 「ボクレンさん……」

 「セシリアの努力はいつか実ると思うぞ。あ、そうだ」

 「はい? ボクレンさんどうしました?」
 「なあ、セシリアはなぜ学園内の聖騎士に声をかけなかったんだ」

 これは聞いておきたかった。
 俺と出会うまえにも、そのチャンスはいくらでもあったはずだ。

 「かけたてくても……かけられませんでした。
 だって、いつまでたっても聖女の魔法が上達しない聖女ですから」

 「こんな美少女にお願いされたら、おっさんイチコロだけどなぁ」

 「ふふ、ありがとうございます。でも……
 やはり、みなさん将来有望な聖女につきたいんだと思いますよ。私はいまだに【浄化】や【治癒】も使えないし、【結界】もダメダメですから」

 少し卑屈な笑みを浮かべたセシリアだったが、すぐにそれを払拭するかのように立ち上がる。
 訓練を再開するようだな。

 この気持ちがあるなら、なにも問題はない。

 「ボクレンさん、前にも言いましたが、私の目標は出来る限り多くの瘴気を浄化することです。今はダメでも学園卒業までに、必ずマスターしてみせます」

 「ああ、わかった。その意気だ」


 「だから――――――私の聖騎士は大変ですよ、年中魔物討伐です。覚悟してくださいね、ボクレンさん」


 そっか。なら俺も朝練しっかりやらなきゃだな。

 ―――ぬんっ!

 気持ちいい素振りだ。

 ずっと森で一人で振ってたが。こういうのも悪くない。

 などと機嫌よく振りまくっていたら……


 「――――――くっ……だれだぁ! ボクレン、貴様かぁ……」


 こんどはリンナ副隊長のスカートがめくっれたぽい。
 くそ……聖女にせよ女性聖騎士にせよ、短すぎないか。

 「貴様ァ、早朝から変態行為とは……いい度胸だなぁ」

 いや、朝練してるだけなんすけど。

 しかしおっさんの言葉は聞いてくれず、「朝練でスカートめくれるかぁ!」と一喝されてしまうおっさん。

 「待ってください、リンナ副隊長。ボクレンさんは、本当に朝の訓練をしているだけなんです」
 「……聖女セシリアはなにをしているのですか」
 「はい、私も朝練です! ボクレンさんが誘ってくれたんです」

 「……ふぅ。まあ聖女セシリアに免じて、この場は収めてやる」

 おお、おっさん許された。
 よかった、よかった……え?

 なんかリンナも俺の横で、剣を振り出したんだが……?

 「なんだその目は! あたしも朝練をはじめただけだ! あとおまえの監視も兼ねている。変態行為を行わないようにな」

 だからおっさん変態じゃないっての。

 「そ、それと……その、あれだ。模擬戦のとき……素振りがどうのとか言ってた気がする……しな」

 急に歯切れが悪くなるリンナ。
 ははっ、なんだなんだ。おっさんの言葉を聞いてくれてたんか。

 セシリアは魔力錬成。おれとリンナは素振り。

 シュッとしたスタイルで、力強い一刀を次々と放つリンナ。
 そんな彼女がスッと俺に耳打ちして来た。

 「それと……(昨日のことは言うなよ)」
 「昨日の事……ああ、リンナがべろんべろんに……」
 「―――いてぇ!」

 思いっきり足を踏まれた。
 別に言いふらす気などないのに。

 「どうしたんですか、ボクレンさん?」
 「せ、セシリア。なんでもないぞ、ちょっと手元が狂っただけだ……」

 「むぅ……なんか怪しいです。それにリンナ副隊長と距離近いし」

 「何言ってんだセシリア。朝練に集中しないとダメだぞ」

 少し頬を膨らませながらも、魔力錬成を再開したセシリア。

 朝一から白いのがチラチラ登場して、おっさんなんか落ちつかないよ。
 やはりこの学園で平静を保つのはかなり難易度が高い。

 くそっ……集中だ。素振りに集中するんだ。

 無心で振る―――ぬんっ!

 なにも考えるな―――ぬんっ!

 よし、いつもの感じになってきた、風にのったかんじ―――ぬんっ!


 「やだっ、なんですかこれ!?」


 また女性の悲鳴かよぉ……

 早朝なんだぞ、なんでこんなに通行人がいるんだ。

 って―――!?

 やべぇ……隊長のめくれてるやん……

 白じゃなくて、グレーやん。さすがエリクラス隊長、大人っぽいの履いてらっしゃる。

 なんて考えている場合じゃない!
 これはガチでマズイ……クビもあり得るぞ。

 「貴様ァ……あたしの目の前で変態行為とはなぁ」
 「ボクレンさん……もうかばいきれないですよ……そんなに見たいんだ」

 あかん、まわりの2人もさすがに擁護してくれん。

 「まあ、ボクレンでしたか。ふふ……」

 あれ? そこまで怒ってない?

 「た、隊長。すまなかった。その、決してわざとではないんだ。早朝だから強めに素振りしていただけなんだ」
 「ふふっ、朝練とは感心ですね。そんな部下を怒りませんよ。あれは事故ですから」

 「お、おお……」

 許してくれた。さすが隊長、度量がデカいぜ。

 「ボクレンには期待しているんです。いろんなお仕事を任せようかなって。できますよね? だって、私の下着をガン見したんですから」

 「……あ、はい」

 やっぱ怒ってた。

 「これで気兼ねなく色々頼めますね~」という不穏な言葉を残して去って行くエリクラス隊長。

 むぅ、なんだかんだで人が来るな。
 こりゃ、素振りする方向を考えんと……。

 あ、ちょうどいいのがあるじゃないか。

 中庭の中央にそびえたつ、でっかい聖女像。

 俺は聖女像にむかって素振りを再開した。―――ぬんっ!
 これはいい!―――ぬんっ!

 木刀の風圧も聖女像が受けてくれる。さすがに石像のスカートはめくれないしな。

 よ~~し、消化不良気味な分を取り戻すぞぉ。

 ――――――ぬんっ!


 ―――バキッ!


 ……嫌な音が聞こえたんだが。

 そっと聖女像を見てみると……

 スカートにヒビが入ってるじゃないか!?

 マジかよ!!

 いや、石像だぞ。いくらなんでもモロすぎるだろ!

 ゴクリ……

 ゆっくりと振り返ると。

 セシリアは口をあんぐりとあけているな。微動だにしない固まりを見せつけている。
 そしてリンナ副隊長は……


 ―――ヤバい! かつてないほど瞳孔がひらいてらっしゃる!!


 「お、おま……」

 あのリンナが怒鳴らないぞ。尻すぼみなセリフ吐いたぞ。てか青ざめている。
 そしてビビるぐらいの勢いで、去ったはずのエリクラス隊長が引き返してくる。目が怖すぎるんだが。

 ……これガチのガチでアカンやつじゃないのか。

 今度こそ、おっさん終わった……。