早朝の学園中庭。朝練のため、セシリアが来るのを待つおっさん。

 「ふ~~む。デカい」

 中庭中央にそびえたつ像をみて、思わず声が漏れてしまった。

 「ふふ、はじまりの聖女さまですね。おはようございます、ボクレンさん」
 「おはよう、セシリア。はじまりの聖女っていうのか、この人……デカいな」

 「はい、王国を建国したとされる聖女さまです。なんでもミスリルという硬い金属を混ぜ込んで建てられたとか、王都で一番大きな像ですよ」

 「ほう……デカい」

 「はじまりの聖女さまは特別な聖属性魔力をもっていたそうです。
 たしか……いかなるものにも干渉されない魔力だったとか」

 「ふむ……しかしやっぱデカい」

 「……あの、どこを見て言ってます?」

 「それにしてもデカい。聖女ってのは、栄養がそこに集中する体質なのだろうか」

 セシリアと聖女像を交互に見てウンウン頷いていると、セシリアにつねられた。

 「もう……ボクレンさんはエッチです!」

 「す、すまん……つい見てしまった」

 ヤバい、おっさん最低なことをしてしまったって……!?

 クンクン……

 え? なに? おっさん可憐な聖女にクンカクンカされているんだけど。
 これどういうプレイなんだ? おっさんへのご褒美か?
 膨らみを思わずガン見してしまったおっさんが、ご褒美などもらえるはずがないんだが。

 「むぅ……少しにおいます」
 「ああ、昨日すこし飲んだからな」

 酒は完全に抜けているのだが、もしかしてにおいが残っていたのか? 

 「女の人のにおいがします……」

 ―――ギクっ!

 リンナとマシーカ先生か……2人とも酔っぱらって距離も近かったしなぁ。
 別にやましい事はなにもないけど、説明がムズイ。というか変な誤解をうみそう。

 「むぅ……しかも複数人」

 なにこの子、名犬なのかな?

 「なんですか、ボクレンさん。昨晩は私をほったらかして、お楽しみですか?」
 「い、いや。そんなわけないだろ。だって俺にはなんとかドキドキシステムが付与されているんだ。そんな変なことはできないよ」

 まあそのシステムはすでにぶっ壊れていると思われるが……。

 「たしかに、股間がもげますもんね♪」

 天使な笑顔で、もげるとか言わないでくれ。

 ふぅ……とにかく機嫌はなおったようだ。

 ってことで。

 「じゃ、朝練はじめるか」
 「はい、ボクレンさん! よろしくお願いします!」

 「セシリアには今日から、魔力錬成をやってもらう」

 「魔力錬成……ですか?」

 少し首を傾げた少女。
 まあそうなるよな。この基礎練習は本来ならセシリアはもうやらない。彼女の魔力はじゅうぶんにあるからだ。
 学園の授業としては、もうほとんどの子がやってないらしいし。

 だが、俺はこの訓練がすべての礎にあると考える。

 「そうだ、もう卒業した基礎訓練かもしれんが、セシリアの魔法の芽を咲かせる助けになるかもしれない」

 俺は木刀を抜いて、軽く一振りしてみせる。

 「ボクレンさんが毎日やっている素振りと一緒……ってことですか?」


 「そう、俺が毎日やっている素振りには色々な要素が詰まっているんだ。

 ひとつ、「一太刀にすべてを込めるため」
 ―――無駄な動作を削ぎ落とし、己の斬撃に迷いなき一撃を身体に刻む。素振りはその第一歩。

 ひとつ、「戦う前に、己と向き合う修練」
 ―――木刀を振るとは、心を振ること。素振りは、内なる乱れを整える訓練でもある。

 ひとつ、「攻防の基本を染み込ませる」
 ―――素振りは斬撃のための訓練だけではない。呼吸、気合、間合い、体重移動、姿勢維持。
 そのすべてが迎撃や相手崩しの布石となる。基礎にして最重要。

 な~~んて、偉そうなことを言ったが、これは全てオヤジの口癖だけどな」

 「攻防の基本を……フムフム」

 うおっ、メモ帳だしてメモってた。
 こんなおっさんの話を……素直な子だな。だからこそ、その努力が少しでも実るように、おっさんもなにか手伝いたくなるよ。

 「つまり魔法にも同じことが言えるということですね」

 「ああ、基礎訓練を積み重ねれば、別の視界が開けてくるかも……と思ったんだ」

 「別の視界……」

 「とまあ、魔法素人のおっさんの話だから説得力はないかもしれん。
 でも行き詰まっているときに別な事をしてみるのは良いと思うんだが……強要はしない。やるかどうかはセシリアが決めてくれ」

 「はい、やります! ボクレンさん!」

 やだ、笑顔が天使じゃないの。

 さっそく魔力錬成の朝練を開始するセシリア。


 実はこのオヤジの教えには続きがある。

 これらの訓練を極めつつも―――

 「型」も重要だが、それよりも優先すべきは「実戦で生き残ることに全力を注げ」という思考。

 セシリアに当てはめるなら、単に魔法がうまく使えるってことがゴールじゃない。
 生き残るためには、魔法以外のものを使う。あらゆる知識を使う。時には逃げる。

 これが最終的に行きつく境地。

 だからセシリアがいま知識として過剰に学んでいることは、なにも無駄じゃない。
 役立つ局面はいくらでも出てくるだろう。

 ま、これをいまセシリアに言ってしまうと混乱しちゃうだろうから、言わないがな。


 「むぅううう……」

 セシリアが可愛い口をキュッとへの字にして集中している。はじまった。なるほど、これが魔力錬成か。

 「ぷはぁ……はぁはぁ……」

 肩で小刻みに息をするセシリア。
 どうやら一度に魔力を練り込めるのは、10秒ほどのようだ。

 「久しぶりにやりましたが……けっこうキツイです」
 「てことは今のがワンセットってことだな」
 「はい、そうですねボクレンさん」

 よし、ほどよく圧がかかって、繰り返しやるのに良さそうだな。

 「じゃあ今日は初日だから、かるく1000セットいこうか」

 「それ完全に遅刻しますよ!?」

 え? そうなん。

 「というか、まったく軽くないです……」

 そうなのか。本当は朝一で10,000回ぐらいって言いかけたんだが。
 オヤジは1万って数字が好きだったからな。なにかというと10,000回やれだ。

 まあ、俺の素振りとは違うしな。

 「じゃあ、ぐっと減らして500か―――」
 「50回が限界だと思います!」

 うむ、さじ加減が難しい。

 魔力に関してはおっさん素人なので、彼女の感覚に任せよう。
 てことで、セシリアは自身の朝練を再開した。

 さて、おっさんも木刀を抜いて。

 「すぅ―――」

 昨日素振りをした時は授業の合間だったゆえ、中庭にも多少人がいた。
 だがいまは早朝だ。つまり誰もいない。
 ってことは―――

 いつもどおり振れる! ―――ぬんっ!

 次の瞬間、空気が裂けたような音とともに「ビュン」と風が走った。
 草木がざわめき、遠くの鳥が一斉に飛び立つ。

 おお、これこれ。
 やっぱこんぐらいでないと、振った気がしない。

 ―――ぬんっ!
 ―――ぬんっ!
 ―――ぬんっ!

 いやぁ~~気持ちいい。人がいない中庭、かなりいいな。

 どんどん振るぞぉ。

 と機嫌よく素振りをしていたら……


 「キャ~~なんですの!?」


 遠くで悲鳴が聞こえた。
 おっさんの視界の端に、白いなにかが入ってきた。

 あれは……たしか聖女アレシーナか。
 スカート抑えて真っ赤な顔でこちらへズンズンと突き進んでくる。

 「―――あなたたち! こんなところでなにしてますの!」

 「え? いや、朝練だけど」

 普通に素振りしてただけなんだが。