学園聖騎士の出勤初日。
 午前中は、ほぼ木刀の素振りだけで終わってしまった。

 だが午後はおっさんも授業に参加するらしい。
 俺たちは授業が行われる魔法棟へ向かっていた。

 「なあ、バレッサ。午後はなにをするんだ?」

 「魔法授業っすよ」
 「……まほう? 俺、そんなもん使えんぞ?」
 「先輩なら、まあ大丈夫っす」

 いやいや、大丈夫なわけないんだが……
 こりゃ、おっさんは午前と同じく木刀素振りコースかもな。

 「それに、今回は聖女と聖騎士の連携訓練も兼ねてるっす」
 「連携だと?」
 「そうっす。正直なとこ、この学園にいる限り聖女さまたちは安全っす」

 たしかにバレッサの言う通りだ。聖女の護衛という意味では、この学園は限りなく安全だと思われる。
 野外活動や、個人外出などは護衛という役割はしっかり果たせるだろうが、学園に住み込んでまで四六時中ひっついている必要があるのだろうか。

 が、バレッサが言うには学園聖騎士が常駐するのは、護衛とは別の意図が含まれているらしい。

 「具体的な内容は、授業が始まればわかるっすよ。とにかく先輩なら問題ないっす。いつもどおりやればいいだけっす!」

 バレッサがつつましい胸を張って、やたらと自信満々に言い切る。
 う~~む。さてはこの子、俺を誰かと勘違いしてるな。まあ5年ぶりの再会だから記憶も薄れるだろう。

 てことで、まったく安心はできないぞ。
 おっさん、初日でやったこと木刀振ってるだけだからな。

 このままだと、また給料泥棒とか思われてクビになってしまうかも。
 ここはなんとしても気張らねば。

 ……とはいえ、それはそれとして。

 今ちょっと気になるのは、セシリアの様子だった。

 昼食のときは楽しそうに話していたのに、今はやけに口数が少ない。
 隣にいる聖女マルナともほとんど会話していない。
 魔法棟に向かう足取りも、なんだか重そうだ。

 と、そこに―――

 「あら、セシリアさんじゃありませんの」

 なにやら聞きなれない口調で制服に身を包んだ少女がこちらへと歩いてくる。
 そのまわりには、取り巻きらしき聖女たちが数人。にぎやかな一団だ。

 「……アレシーナさん。こんにちは」
 「まあ? なんですの、その覇気のないお返事は?」
 「えっと、色々考え事をしてまして」
 「セシリアさん、あなた仮にも男爵家の令嬢でしてよ! 常に他者の目があるということを自覚なさいな!」

 いきなり大きな声を出すお嬢様聖女。

 「は、はい。アレシーナさん」
 「ところで、そちらの方があなたの聖騎士ですの?」
 「はい、ボクレンさんです」

 「聖女アレシーナですわ。以後お見知りおきを」

 綺麗な所作で一礼をする少女。
 整った顔に燃えるような赤い瞳と真っ赤な髪が特徴的で、すごく目立つな。彼女はセシリアと同じクラスとのことだ。

 「ああ、よろしくな」

 と俺も挨拶を返したところで、後ろから少し太めの声がした。

 「アレシーナお嬢様……男爵風情の聖女とおっさんなどに儀礼は無用ですぞ」

 後ろに立っているのは……男じゃないか!

 おお! この学園にきてはじめて男をみた。
 ほうほうほう、やはり俺以外にもいるよなぁ。

 「いやぁ~~男がいてよかったよ」
 「ウッホン。吾輩は侯爵家ご息女であるアレシーナお嬢様より推薦されし聖騎士ブロスである。本来は侯爵家私兵団のすご腕騎士である吾輩が、おっさんなどに挨拶をする義理はないのだが……その木刀に免じて許そうではないか。あまりにも哀れすぎる装備なのでな」

 「んん……? 何言ってるのか良く分からんが、よろしくな」

 横からバレッサがぷっと吹いた。

 え? なんかおもろい事あったか?
 いや、だって早口すぎて内容がほとんど頭に入ってこなかったぞ。
 お貴族騎士ともなると挨拶も長いんだろう。

 「むッ……も、もうよいわ!」

 バツの悪そうな顔でそそくさと引っ込むブロス。

 とりあえず挨拶も済んだ。
 魔法棟に移動しようとすると、お嬢様聖女がふたたび口をひらく。

 「それとマルナさん。あなた、またオドオドして……聖女の振る舞いとして、ふさわしくありませんわよ」
 「ひっ……は、はい。アレシーナさま……申しわけございませんっ」
 「謝罪など不要ですわ。ワタクシは聖女としての在り方をお話しているだけですわ。もっと胸を張りなさい」

 「え……は、はい……」

 「ウッホン……お嬢さま、平民などに声をかけてはなりませんぞ」

 「…………もういいですわ。みなさん、行きますわよ」

 その声と共に、まわりにいた数人の聖女たちもゾロゾロと移動していく。
 お嬢様聖女ご一行は魔法棟の方へ消えていった。

 「へぇ~~聖女・聖騎士といってもいろんなやつがいるんだなぁ」
 「あいつキライっす。聖女アレシーナの横からグチグチとキモいっす!」

 バレッサが去り行く聖騎士ブロスの背中にむかって、べぇ~っと舌を出した。

 「まあまあ、こんだけでかい組織だ。考え方も人それぞれってことだろ。気楽にいこうぜ」
 「へへっ、やっぱ先輩ってなんも変わってないっすね」

 にしても聖女アレシーナに聖騎士ブロスか。
 ブロスは俺の知るお貴族さま騎士っぽいが、アレシーナはどうだろう。
 なんか今まで会った貴族とは、少し違う感がある。

 と言っても俺も貴族なんてほとんど会ったことがないからな。
 まあ、これから顔を合わせるようになるんだ。おいおいわかっていくだろう。

 いやぁ~~にしても朝から会うのは聖女ばっかだな。
 聖女学園だからあたりまえなんだが、予想を超える美少女で溢れているぞ。

 こんな園がこの世にあったとは。
 なんて、おっさんくさいことを思いつつ、俺たちも魔法棟へ向かった。



 ◇◇◇



 「ふはぁ……たくさんいるなぁ」

 魔法棟の広場。昨日も訪れた場所だが、今日は生徒たちが大勢集まっていた。

 「は~~い。みなさ~ん、ちゅうもく~」

 お、この間の伸びた声は……聖女マシーカ先生か。
 どうやら、彼女がこの授業の担当らしい。

 「では~~前回のつづきです~。まずは各自~ウォーミングアップしてくださ~い」

 その合図とともに、聖女、聖騎士たちが一斉に動き出す。
 聖騎士たちは横一列に並び、向かいの的に向かって魔法や武器で攻撃を始めた。
 ところどころで爆音が響くものの、建物は微動だにしない。

 「この訓練所の外壁はぁ~~学園長が特殊な【結界】を張ってますからぁ~通常の魔法では傷ひとつつきませんよぉ」
 「なるほど、そういうことか。で、みんなは何をやっているんだ?」
 「そうでした~ボクレンさんは初授業でしたねぇ~」

 マシーカ先生が、近くにいたバレッサを指差した。

 バレッサは小ぶりの弓を手にして、矢をつがえていた。その動作に無駄はなく、まるで手足の延長のようになめらかな動きだ。
 そうか、たしかこの子は弓が得意だったな。

 スッと発射体勢に入ったバネッサが、なにかを口にした。


 「聖女よ、我が声に応えよ。その加護により、今こそ熱き矢と化せ……
 ――――――聖高速火矢(フラッシュファイアーアロー)!」


 おお! なんだこりゃあ!

 バネッサの連射した矢が真紅の光に包まれて燃え上がる。まるで赤い閃光だ。

 かっけぇええ!

 炎をまとった矢はすべて的に命中し、炸裂音を立てて爆ぜた。

 「す、凄いなバレッサ!」

 「へへっ~あざーす、先輩。これが自分のもらった【加護】っす」

 「……【加護】か。たしかリンナ副隊長もこんな力を使ってたな」
 「は~~い。そのとおりです~。聖騎士バレッサはぁ~聖女マルナの【加護】が付与されてますよ~」

 なるほど、ペアである聖女の【加護】が与えらえるのか。

 マシーカ先生の説明によると、
 聖女には【浄化】【結界】【治癒】などの特殊な力が備わっているが、もう一つの特徴として【加護】を担当聖騎士に与えることができる。

 聖女は基本的に攻撃魔法が使えない。
 だから【加護】によってパートナーである聖騎士の力を上げることで、自身への護衛力アップや、魔物討伐での活躍に貢献しているらしい。

 「この子たちが卒業したら~聖女としての役目を果たさければなりません~その際には複数の聖騎士を従えますから」
 「そうか、その時の訓練という意味もあるんだな」
 「そうです~~聖騎士と同じ場所で過ごすこと事体が~訓練ですからね~」

 なるほど。
 だから、学園内に住み込んでまで聖女の傍にいるというわけだ。

 ちなみにバレッサが聖女マルナから与えれた【加護】は、〈火属性付与〉。
 自身の得物に炎を宿すことができる。
 彼女は弓矢が得意なので、矢に〈火属性付与〉を使う訓練を積んでいるとのこと。

 「う~~む、知れば知るほど聖女ってすごいんだな」

 俺の天使であるセシリアに視線を向けると、なぜかスッと目を逸らされた。

 「聖女の【加護】は~担当聖騎士となった時から付与されますよぉ~」
 「へぇ、そうなのか」
 「ただし~~すぐに【加護】が発動するかは、ついた聖女次第ですねぇ~」

 セシリアが目を逸らした理由はこれか。

 「ボクレンさん、その私の【加護】はまだ……その……」

 俯きながらボソボソ呟くセシリア。
 何を言ってるんだこの子は。もっと自分の力を信じればいいんだが。

 「セシリア、授業ははじまっている。俺たちもやろう」

 「……はい」

 セシリアは後方の聖女たちが集まる場所へ。
 そして俺は、他の聖騎士たちが横並びに訓練している一番端っこに陣取った。

 「あ、せんぱ~い!」

 バレッサが手を振ってくる。こらこら、よそ見すんな。

 が、放たれた矢はまたしても全弾命中。

 『―――判定』……『ダメージ20』『ダメージ15』『ダメージ25』

 なにやら無機質な声が聞こえる。なにこれ?

 「あれはぁ~魔法的の判定ですよ~」
 「はんてい?」
 「はい~魔物へのダメージを予測数値化したものですぅ~」

 マシーカ先生がうしろで解説してくれた。
 なるほど、あの的を攻撃すればその与えたダメージを数字で教えてくれるわけだ。
 こりゃ相当高価なしろものだぞ。

 「ウッホン、まったく弓矢など小賢しいですな。あんなダメージではザコ魔物すら始末できんでしょうに。まあ平民聖女についた平民騎士だから致し方なしですかな」

 俺の隣で、デカい剣を肩にのっけた男がフフンと鼻息を鳴らす。
 お、さっき会った聖騎士か。

 「おっす、ボロス。そんなデカいのちゃんと振れるのか?」

 「ぐっ……おっさん風情が生意気な口を……あと―――吾輩の名はブロスだ!」

 そう言いながら大剣を大きく振りかぶり的へと突進するブロス。

 「―――土属性大激斬(アースクラッシャー)!」

 おお、なんか体全身に岩盤みたいなのがひっついて、なんかわからんけどすげぇ!

 『―――判定……ダメージ60!』

 「おおお! なんだその岩人形みたいなやつ。すごいな!」
 「ぐっ……だれが岩人形かっ! これは吾輩が聖女アレシーナお嬢様より授かりし高貴なる【加護】、〈ロックアーマー〉であるぞ!」

 ほうほう、【加護】といっても人それぞれ違う特徴があるようで、面白い。
 まわりを見ると、おっさんが見たことのないような攻撃を繰り出す女性聖騎士たち。


 「こりゃおっさんも気合入れんとな」


 俺は腰にさした木刀をスッと抜く。

 「ウッホン、これは驚きですな。まさか本当に木刀で聖騎士を名乗るつもりだったとは」

 「……ああ。俺の相棒はこいつだけだよ」

 木刀は下段に構えたまま。


 足の指が地面をしっかりととらえて、筋肉がバッと躍動して下半身に力が集中。
 次の瞬間――――――腰を軸に一気に全身が跳ねるように前へ。


 木刀は氷で固めれらたかのごとく微動だに揺らさないまま、一気に的への間合いを詰める。

 「―――ぬんっ!」

 瞬間木刀が、的を叩きぬく。

 『―――判定……ダメージ……』

 しょっぱなだからな。軽くやったけど……どうだ?

 『ブーーーッ』


 はい?


 なんか俺だけみんなと音が違うんだが!?