「なんだよ、ここは……ホテルのスウィートルームかよ。スイートルームなんて泊ったことないけど……」


 大河と宗次郎に連れてこられたのはタワーマンションの高層階だった。


 夏目が住んでいるアパートのリビング程ある玄関に入り、言葉を失ってしまった。
 長い廊下の脇にはいくつもの部屋があり、その先には言葉を失ってしまう程の大きなリビングが広がっている。


 全面ガラス張りのリビングからは東京の夜景が一望できた。隣接するビルやマンションの照明が宝石みたいにキラキラと輝き、玩具のような車が道路を走っている。真っ暗の夜空には寂しそうに三日月が浮かんでいた。


「なにボーッとしてんの? 遠慮せずに入りなよ」
「夏目先生こちらにどうぞ。今お茶を入れますから」


 呆然と立ち尽くしていれば、見かねた大河に背中を押される。恐縮しながらリビングに置かれた高級そうなソファーに腰を下ろせば、その座り心地のよさに目を見開いた。広いキッチンでは宗次郎がお茶の準備をしてくれている。


 まさに、ここは成功者だけが住むことができる城だった。


 ――立派なマンションだけど、なんでこんなに殺風景なんだろう。


 広いリビングには必要最低限の家具しか置かれていないせいだろうか……生活感が全く感じられない。
 夏目の部屋はモトヤガのグッズで溢れかえっていてゴチャゴチャしているのに、二人の荷物もほとんど見当たらない。「寂しい」そう言っていた意味がようやく分かった気がした。そんな温かみのない部屋。


「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 宗次郎が目の前に置いてくれたティーカップは雑誌で見たことのある高級ブランドのものだった。
 注がれているのは紅茶だろうか? とてもいい香りがする。


「ねぇ、二人は自炊とかしているんですか?」
「いいえ、全然。俺も大河もそんなに料理得意じゃないので」
「コンビニやマネージャーが買ってきてくれる弁当とか、外食が多いかな」
「そうなんですね」


 こんな育ち盛りの子供がちゃんとした手料理を食べていないなんて……夏目の心がチクンと痛む。


 仕事の都合でここに引っ越してきたものの、世話を焼いてくれる大人はいないのかもしれない。
 不自由のないように高価なものを与えられてはいるが、これでは心が満たされることはないだろう。


 ――かわいそうに。


 普通ならまだ親元で暮らしている年頃にも関わらず、こんな生活を送っている二人につい同情してしまう。


 ――何とかしてあげたい……よし!


 夏目は拳を握り締めながら立ち上がった。


「これから先生がご飯を作ります。冷蔵庫の中を見てもいいですか?」
「いいですけど食材とかほとんどないですよ?」
「構いません。料理は得意ですから」
 困ったように笑う宗次郎の横をすり抜けてキッチンへと向かった。
 

「できた……」
 宗次郎の言う通り冷蔵庫の中に目ぼしい食材はなく思考錯誤の結果、キャベツとウィンナー、それに卵を入れたチャーハンを完成させる。
 見た目がどうこうじゃなくて、手作りで温かい料理を食べさせてあげたかったのだ。


「うわぁ、美味そう! あんた料理得意なんだな?」
「ははは、そんなことないよ」


 お腹が好いていたらしく大河がキラキラと目を輝かせる。そんな大河を見て、夏目は作り笑いを浮かべた。
 料理だってうまくなる。夏目は二十六歳独身で、彼女がいない歴も長い。そんな生活をしていれば嫌でも自炊をせざるを得ないのだ。


「いただきます」
 きちんと手を合わせてから食べ始める二人を見れば、きちんと教育を受けた良家のお坊ちゃま達なのかな……と感じる。


「美味い」
「夏目先生、凄く美味しいです」


 嬉しそうにチャーハンを頬張る大河と宗次郎を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
 舞台の上で見せる笑顔とは、また違うものだった。子供みたいに無邪気に笑う姿はとても可愛らしい。


 黙々と食べ続ける二人は、あっという間に大量のチャーハンを平らげてしまった。見ていて清々しいほどだ。


「追加でおにぎりでも作ろう」
 夏目はもう一度腕まくりをしてキッチンへと戻ったのだった。


****


「はぁぁぁぁ」


 お風呂上りに宗次郎から手渡された洋服を着た夏目は大きく息を吐いた。


 大河より宗次郎のほうが身長は低いが、宗次郎の方が筋肉質な体格をしている……悩んだ挙句、大河の洋服を拝借したのだった。しかし袖を通して夏目は愕然としてしまう。


「大河ってこんなに手足が長いのかよ……」


 そんなことは一目瞭然だったが、いざ借りた洋服を着てみるとその現実は悲しいくらい夏目のプライドをズタズタにした。
 しかたなく上着の袖とズボンの裾を折ってみたが、これでは子供みたいだ。


 おまけに洋服の肌触りはすべすべしており、思わず頬ずりしたくなってしまう。
 浴室においてあったシャンプーやボディーソープもやたら高級そうだったし、洗面台においてあったスキンケアグッズも有名な化粧品会社のものだった。


 そもそも、夏目はお風呂上りにスキンケアなどしないのだが……。


「いい匂いがする」


 大河の洋服からは甘くて優しい香りがする。今日まで推しの香りなんて知らなかったけど、大河と宗次郎からはとてもいい香りがした。
 これが体臭なのだろうか? そう不思議に感じるほどの自然な香りに、夏目の鼓動は速くなる。


「これが、推しの匂い……」


 そう思うだけで、頬がカァッと熱くなる。まさか、自分が推しの香りを感じるときがくるなんて……想像もしていなかった。
 ただ見ていることしかできなかった推しが、今は近くにいる。


 ――信じられない……。


 夏目は洋服に顔を埋めて、控えめにその香りを吸い込んだ。


 気が利く宗次郎は空いている部屋に布団まで敷いておいてくれた。
 ルームツアーをしたわけではないが、大河と宗次郎には一人一人の部屋があるようだ。それでもまだ部屋が余っているあたり、相当広いマンションなのだろう。


 用意してもらった布団だってふかふかで気持ちいい。何から何まで夏目が知っている世界からかけ離れたものだった。


「疲れた……」


 倒れ込むように布団に包まり大きな溜息をつく。まるでジェットコースターに乗っているような一日だった。


「まさか、自分が推しの家に泊まることになるなんて……」


 面倒くさくて仕方なかったパトロールに出かけるまで、こんなことは予想さえしていなかった。
 今だってまるで狐に化かされているのではないか、と不安になってきてしまう。しかし自分で頬を抓れば痛みを感じ、これは夢ではないのだと思い知った。


 ――推しが自分のすぐ近くにいる。


 何度繰り返し呟いても、やっぱり現実味なんてない。
 だって、モトヤガは遥か遠くの舞台でいつもキラキラと輝いていたのだ。大勢のファンに愛され、その笑顔はみんなのものだ。


 自分だけにその笑顔が向けられるはずなんてない。そんなこと、あり得ない……。なぜなら、彼らは大スターなのだから。


 これからどうすればいいのだろうか? 先のことを考えると夏目は不安になってくる。いつまでもここにいることを許されるはずがない。
 彼らが話すマネージャーに相談すべきなのか、ご両親に現状を報告すべきなのか……。


「あ、モトヤガのぬいぐるみたち、寂しがってるかなぁ」


 ふとベッドの上にちょこんと座っている二つのぬいぐるみを思い出す。


「明日、二人に見つからないようにこっそり持ってこよう」


 そんなことを考えているうちに段々と瞼が重くなり、夏目は意識を手放した。


****


 翌日は土曜日だったので、簡単な朝食を作ってから自宅へと向かう。
 洋服や仕事に使う道具、それに日用品がないと不便で仕方がない。たった一晩だけだったが、必要なものがあれこれと頭の中に浮かんできた。


 二人のマンションを出るときに「おい、あんた」と大河に呼び止められる。「なんだ?」と振り返ると強引にニット帽を被らされた。


「俺と宗次郎は別にばれてもいいけど、大人としての立場的に、俺達と一緒に暮らしていることを知られたらまずいんだろう?」
「それは絶対にまずいです!!」
「なら、少しだけでも変装していきなよ」
 そう言いながらマスクもつけてくれる。


「何もしないよりマシでしょ? じゃあ行ってらっしゃい」
「あ、はい。行ってきます」


 ニコリともせずにヒラヒラと手を振る大河に背を向けた瞬間……腕をグイッと引かれた。
 態勢を崩した夏目が後ろに倒れそうになったところを、大河が受け止めてくれる。そしてそっと耳打ちをされた。


「絶対帰ってきてよ」
「え?」
「荷物を持って、必ず帰ってきてって言ってんの」
「は、はい。わかりました」


 素直に頷くと体が解放される。頬が火照って耳が燃えるように熱い。
 夏目は逃げるようにマンションを後にした。


「これでよし」
 スーツケースいっぱいに持ってきた荷物を、とりあえず広いクローゼットにしまい一息つく。
 夏目が使わせてもらっている部屋はかなり広く、家具でも置かない限りとても殺風景だ。今は部屋の片隅に畳んだ布団が置いてあるだけ。


「早くオタク部屋に帰りたい」


 唯一持ってきたモトヤガのぬいぐるみを抱き抱えて、床にゴロンと横になる。
 こんな姿を本人たちに見られたらどう思われるだろうか。「キモオタだったのかよ」そう言いながら冷たい視線を向けられることだろう。それだけは避けなければならない。


「ここで我慢していてね」
 大切にぬいぐるみをクローゼットにしまい扉を閉める。


 なにもこんなぬいぐるみを相手にしなくても、同じ屋根の下に本人達がいるのだ。そう考えれば馬鹿らしくなってくる。


 しかし、『恋愛』と『推し』は違う気がするのだ。うまく言葉にすることはできないけど、昨日大河と宗次郎がワンナイトの相手を探していたと知っても、さほどショックを受けない自分がいた。


 推しにセフレや恋人いるなんて、考えただけで発狂してしまうかもしれない……そう思っていただけに、意外と冷静に現実を受け入れた自分に、夏目自身がびっくりしてしまったくらいだ。


「『恋愛』と『推し』って違うのかな……。自分はガチ恋勢だと思っていたのに……」


 色々考えを巡らせてはみたけど、納得いく答えは見つからなかった。


 そのとき、勢いよく扉が開き大河が部屋に入ってくる。あまりにも無遠慮な行動に夏目は言葉を失ってしまった。
 心臓がバクバクと鳴り響き息をすることさえ忘れてしまいそうになる。


 ――ぬいぐるみをしまっておいてよかった……。
 ホッと胸を撫でおろした。


「あ、あのね八神君。人の部屋に入ってくるときはノックをするのが礼儀だと……」
「お腹減った」
「はい?」
「お腹空いたからご飯作ってよ」


 夏目の横にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。そのあまりも幼い姿を見れば怒る気も失せてしまった。


 ――やっぱり俺の推しは顔がいい。


 悔しいがこのキラキラと輝く造形を前にお説教なんてできそうにない。


「わかった。カレーでいいかな?」
「うん。俺カレー大好き。でもあまり辛くしないでね」
「はいはい」
「先生、早く早く」


 嬉しそうに笑う大河に腕を引かれ強引に立ち上がらされる。いつも思うが、大河は本当に強引だ。大河より体の小さい夏目は抵抗することさえできない。


「楽しみだなぁ」
 ニッコリと微笑む大河に、夏目のやわな心臓が痛いくらいに締め付けられた。


「ごちそうさまでした。超美味かった」
「夏目先生、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「いいえ。どういたしまして」


 大鍋いっぱいに作ったらカレーを、気持ちいいくらいに平らげてくれる。改めて育ち盛りのパワーというものを思い知った瞬間だった。


「食後のデザートとかねぇの? 俺アイス食いたい」


 食べ終わった食器をシンクまできちんと運ぶ宗次郎に比べ、食器などには目もくれずデザートを探し始める大河。
 二人は同じイケメンなのに、こんなにも性格が違うのか……と見ていて可笑しくなる。


 追っかけをしている時には知ることさえできなかった、そんな二人の素顔を見る度に、夏目の心が甘く締め付けられる。
 推しは自分には手の届かない神様のような存在であり、完璧な人間だと思っていた。


 しかし実際の二人は少しだけ違った。


 大河はとにかく我儘で甘えん坊。それに頑固だ。
 宗次郎は一見しっかりしているように見えて、面倒くさがりな一面もある。


 自由奔放な大河の世話を宗次郎がしているような印象を受けるが、宗次郎も大河を信用し必要としていることが伝わってくる。
 お互いがお互いの足りない部分を補い合いながら、支え合って生きているように思えた。


 ブホッ。


「は?」


 聞き慣れた、しかし不快な音に慌てて顔を上げる。もしかして今のは……。夏目は目を見開いた。


「おい宗次郎、オナラするなよ。めちゃくちゃ臭いだろう」
「ごめん、ごめん。ついうっかり」
 顔を顰める大河に、悪びれる様子もなく宗次郎が笑っている。


 ある時は、漫画本を数冊抱えた大河がトイレに入っていき、長い間でてこないこともあった。それを見て夏目は唖然としてしまった。


 ――そうか。推しはオナラもするし、大便もするんだ……。


 アイドルはトイレに行かないとか、オナラをしたことがない、なんて聞いたことがある。でも実際はそんなことはないと思い知った。


 でもそれは、彼らが自分と同じ人間である証のように思えてならない。大河と宗次郎は神様なんかではなく生理現象もある人間だったのだ。


 少しずつ見えてくる推し達の素顔に戸惑いながらも、夏目は親しみを感じはじめていた。


****


 日曜日の昼下がり。週末は仕事がなかったようで、大河と宗次郎はリビングでゴロゴロとしている。


 夏目は洗濯や掃除といった家事をしながら忙しなく動き回っているというのに、一向に手伝おうともしない。
 高校生はこんなものなのかもしれないが、少しは手伝ってほしいと文句だって言いたくなる。


 洗濯物を取り込みながら、
「これが推しの……案外派手な下着つけているんだな……」
 と顔から火が出そうになってしまう。


 これから買い物に行って夕飯を作って……「弁当ってどうしているんだろう?」そんなことも心配になってくる。


「そういえばもうすぐ定期試験なんじゃ……」


 ふとそんなことが頭を過る。この週末二人をずっと遠目から観察していたが、勉強をしている様子は見られなかった。
 そもそも、学校の成績はどんな塩梅なのだろうか。一度気になりだすと気になって仕方ない。


「あの、君達は勉強しないんですか? 宿題とか、課題はないの?」
 その言葉を聞いた瞬間、二人の眉間に皺が寄る。明らかに「うるさいな」という雰囲気が室内に流れた。


「勉強なんかしなくても大丈夫だよ。俺達頭いいし」
「え? そうなの?」
 大河の言葉に夏目は少しだけ驚いてしまう。芸能活動をしながら学業もこなしているわけだから、勉強はできないのではないか……と勝手に思い込んでいたのだ。


「ただ、学校が変わったから教科書も変わってしまって……他のみんなに追いついていけていない部分もあります」
「そっか……」
「だからと言って、何か月ぶりかの連休を勉強に費やすのもなって。先生を目の前にすみません」
「そんな、仕事をこなしながらじゃ大変ですよね」


 相変わらず丁寧な言葉遣いの宗次郎が困ったように笑うから、余計なことを言ってしまったかと居心地が悪くなった。


 でもやっぱり推しの力になりたいという親切心が、メキメキ頭角を現してきてしまうのだ。


「なら俺が教えてあげます」
「はぁ? あんたが?」
「はい、俺一応教師なので……」
「あ、そうか。忘れてたわ」
「……ひどい」
「あははは、ごめんごめん」


 少しだけ傷ついてしまった夏目だが、ケラケラと声を出して笑う大河に何も言い返せるはずなんてない。
 いつもは不愛想なのに時々子供のように無邪気な表情を見せることがある。そんな大河を見る度に、夏目の心は甘く締め付けられた。


 いわゆる、ギャップ萌え……という現象だ。人形みたいに表情に全く感情が表れないときもあれば、大きな犬のように甘えてくることもある。
 それが愛しくて仕方がない。


「じゃあ、教えてよ、先生。まだ夕飯まで時間あるでしょう?」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ俺、教科書持ってくるね」
 そう言いながら嬉しそうに部屋に戻って行く大河を、夏目は微笑ましく見守る。


「夏目先生、何から何まで甘えてしまって申し訳ありません」
「い、いえ、気にしないでください。俺が好きでやっていることですから!」
「でも、先生がここにきてくれて本当によかった。ありがとうございます」
「と、と、とんでもない! 本当に気にしないでください!」 


 逆にいつも冷静で紳士的な対応をする宗次郎。時々高校生とは思えないほどの色香を漂わせることもある。
 幼さの中に見え隠れする大人びた行動と魅力に、クラクラと眩暈がするほどだ。


 ――駄目だ、心臓がもたない。


 バクンバクンと大きな音をたてて高鳴る鼓動に、呼吸をすることさえ忘れそうになってしまい息が苦しい。
 体中が熱くて、髪が逆立つほどの高揚感を覚える。


「やっぱり俺の推し達は最高だ」


 夏目はその場に蹲り、唸り声をあげた。 


 それから夕食まで三人で勉強した。二人は真剣に取り組んでおり夏目は感心してしまう。ようやく教師らしいことをしてあげたと満足感に包まれた。


 今日の夕食は大河がずっと食べたいと言っていたハンバーグ。いつも通りペロリと平らげてくれた。
 全ての家事を終えて、明日の朝食とお弁当の下ごしらえまでして、深夜になり布団に倒れ込む。


「疲れたな……」


 ポツリと呟くが、嫌な疲れではなく寧ろ満足感に包まれていた。推しをこんなふうに支えてあげられることが嬉しくて仕方がない。
 二人のマネージャーになったかのような錯覚さえ覚えた。


「あ、そうだ、ぬいぐるみ」


 クローゼットの中からモトヤガのぬいぐるみを取り出す。
 自分のアパートにいるときは、いつもベッドの上に座っていたから、暗いクローゼットの中にずっとしまっておくことは心苦しい。
 かといって、ぬいぐるみを持っていることを推しに知られたくはなかった。


「でも今日は一緒に寝よう」
 二つのぬいぐるみを大事に抱えて布団に包まる。  
 きっと高価な布団なのだろう……温かくて心地いい。


 いつも寝る前に見ていたモトヤガのお気に入りの動画をスマホで鑑賞する。これでようやく夏目の一日が終わるのだ。
 スマホの画面の中では、大河と宗次郎が笑っている。その笑顔に「明日も頑張ろう」といつも元気をもらっていた。


「やっぱりモトヤガは可愛いな……」


 動画を見ているうちに段々瞼が重くなってくる。眠りにつくと同時に、二人の声がだんだん遠退いていった。


「……先生?」
「ん、んんッ……」
「ねぇ、先生……」


 誰かが寝室に入ってきて、すぐ近くに寄ってきた気配を感じる。
 静かな声で「先生」と呼ばれたけど、眠すぎて目を開けることすらできない。


「先生、可愛い」


 大きくて筋張った手が、夏目の癖毛をそっと撫でる。その手つきが優しくて無意識にその手を掴んだ。温かい……夏目はその手に頬ずりをする。


「可愛い」


 髪を撫でていた指先が頬を通り、そっと唇の輪郭をなぞる。それから、額に温かくて柔らかいものがフワリと触れた。


 ――これは誰だろう。大河? それとも宗次郎……?


 夏目には声の主が誰だかわからなかったけど、その人は眠りにつくまでずっと優しく頭を撫で続けてくれたのだった。