「死んでも良い」

 なんて言われたら、死なせるわけにはいかないじゃないか。
 モテるくせに彼女を作らなかった親友に、中学の入学式で一目惚れしたからだなんて言われたら。
 それからずっと好きだったなんて言われたら。

(俺が、絶対助けないと)

 そう、誰でも思うのではないだろうか。

 恋人ごっこをするようになってから、日向は必死だった。
 どうしたら一度も恋愛対象として見ていなかった親友を好きになれるのか。
 とにかく恋人らしいことをすれば、単純な自分の心は勘違いするのではないか思ってと動いた。

 手を繋いで、ハグをして、キスをして。
 胸はドンドコと大騒ぎするけれど、蒼井に向ける友情は変わらなかった。
 ただ、

「日向、好きだ」

 と言いながら優しく触れられるのは嫌ではなく。

「俺も」

 早くそう言えたらいいと、願う。

「ん? 俺もって……お前はカスタードじゃねぇの?」

 隣で目を丸くした蒼井が覗き込んできた。
 完全に自分の世界に入ってしまっていた日向はハッと顔を上げる。何人か並んでいたはずなのに、もう順番が来ていたらしい。

 今、2人は学校の最寄駅の前のたい焼き屋にいた。
 放課後デートをしようと日向が誘ったのだ。

 たこ焼きやタピオカなどの店も並んでいるが、カスタードの気分だと言い出したのも日向だ。
 それなのに「俺も」などと呟いたため、あずきのたい焼きを注文していた蒼井を戸惑わせてしまった。

「あっ! カスタード! が、いい!」

 心で思っていただけのつもりが声に出ていたことに焦って、不自然に声のボリュームが上がる。
 蒼井は特に突っ込むことなく頷き、店員に人差し指を立てた。

「だよな。兄さん、あずきとカスタードひとつずつ!」

 顔見知りの店員は愛想よく返事をして、待ち時間にと試作品のたい焼きを渡してくれた。
 受け取った蒼井が半分に割ると、ざっくりとした生地からチーズが出てきた。
 千切れずにみょーんと伸びるチーズを見て、日向は目を輝かせる。

「すっげぇ伸びる! ここ食べていいか?」
「ああ。て、返事する前に食ってんじゃねぇか!」

 伸びたチーズの真ん中を遠慮なく咥えると、蒼井がツッコミを入れてくる。
 こうしてると、何も変わらない。
 ずっと、こうやって笑ってられる気がする。

 でも。

「ぅぶっ」

 パラパラと鮮やかな黄色が落ちていく。

 注文したたい焼きを持って、近くの河川敷に移動して。
 人がいなくて気楽なそこで芝生に座って、ようやくたい焼きを食べようと口を開けた時だった。

 苦しそうに涙目になる蒼井が口に手を突っ込むと、いつも現れる小さめのひまわり。
 小さいと言っても手のひらくらいある。
 太陽に恋をするその花を、もう美しいとも思わない。

(結構、好きな花だったんだけどな)

 日向は見ているだけで腹が立つようになってきてしまった。
 季節外れのくせに現れて、蒼井を苦しめる忌々しい花だ。

「なんで食おうとすると出てくんだろうな」

 蒼井は肩をすくめて、舌先に乗った黄色い花びらを見せてくる。
 指先でそれに触れる。不思議と花びらは濡れていないが、ついでに舌を撫でると唾液がついてきた。

「……っ」

 すぐさま舌が引っ込み、蒼井は唇に手の甲を当ててる。精悍な顔が一瞬で耳まで真っ赤に染まった。

(……本当に俺のことが好きなんだな)

 焦った様子が少しかわいいと感じた日向は、濡れた指先を舐めてみせる。
 悪戯っぽく目線をやれば、黒い瞳が口元に釘付けになっていた。

「お前なぁ」
「んー?」

 日向は惚けた声を出して首を傾げる。
 頬を染めたまま拳ひとつ分、蒼井が体を寄せてきた。

「誘われてるのかと思うだろ」
「蒼井のスケベー」

 鼻先が近づいてきて、期待しながら瞼を下す。
 もう何度交わしたか分からないキス。
 回数を重ねても慣れるどころか、前にも増して胸が大騒ぎする。
 耳元で太鼓が鳴っているようだ。

「好きだ、日向」

 唇が離れると、蒼井がそっと髪に触れてきた。
 温かい手は心地よく、ずっとそうしていて欲しいほど。
 それでも。

「……俺、は……」

 分からないのだ。
 好きにならないといけないという義務感が、余計に分からなくさせる。

 言葉を止めた日向に、蒼井はただ笑いかけてくるだけだった。