朝、駅で待ち合わせて笑い合う。
毎日顔を合わせているのに尽きることのないおしゃべりを聞きながら、自分より背の低い日向に歩幅を合わせる。
今までと何も変わらないのに、ひとつだけ違うことがある。
蒼井と日向が、ごく当たり前のように手を繋いで歩いていることだ。
「よし! これから毎日、手を繋いで登下校するぞ!」
片想いの相手を告げた放課後、ひまわりを片付ける蒼井に日向は力強くそう言った。
本人は至って真面目なのだろう。
肩を並べて校門を出た瞬間に手を差し出してくる日向に、蒼井は顔を引き攣らせた。
「あのな。恋人の真似事したらいいってわけじゃ」
「ワカンねぇだろ! 恋ってのは思い込みだぞ! お前は俺を頑張って口説け!」
「俺、お前のそういうアホなとこ好きだわ」
恋心にトドメを刺しているだけなことに気づいていないことが、逆に面白くなってきた。
それでも蒼井を生かすために好きになろうとしてくれているのだ。
(ま、冥土の土産ってやつだな)
気持ちだけでも受け取ろうと、自分より少しだけ小さい手を取ったのだった。
そこからもう一か月が経とうとしている。
恋人ごっこというのに相応しい関係性は、なんの違和感もなく続けられた。
まるでそうしているのが当たり前であるかのように、日向は蒼井に肩を寄せてくれる。
10代の半分以上が日向への片想い期間になっている蒼井にとって、人生で最も至福の時だと断言出来る。
しかし。
「ぉえっぷ」
黄色い花は未だに口から出てくる事をやめない。
昼休み。屋上の地面に落ちていく花びらを見ながら、フェンスにもたれて水筒に口をつけていた日向の顔が曇った。
「悪ぃ、食事中に」
蒼井は日向に背を向けて、いつも通りひまわりを口内から引き摺り出した。日向は眉を寄せたまま、じっと黄色い花びらを見つめた。
「食事中とかどうでもいいけど……なんか、頻度上がってねぇか?」
「そうか?」
不安そうな顔が可愛いな、などとバレたら怒られそうなことを考えながら、常に持ち歩くようになったビニール袋にひまわりを突っ込む。花びらをかき集めながら「花だけ見れば綺麗なのに」と内心ため息を吐いた時、後ろから肩を掴まれた。
強い力で振り向かされたかと思うと、フェンスに背中がぶつかる。ガシャンと金属音が鳴って、揺れた。
痛みよりも驚きが勝って目を丸くしていると、辛そうに表情を歪めた日向が見下ろしてくる。
「絶対増えた! 前は1日1回くらいだったのに……っそれにお前」
「ん?」
「顔色、悪くなってるし……!」
絞り出された声を聞いた蒼井は目を細めた。
(よく見てくれてんな)
そう。
当たり前といえば当たり前だ。
恋人のような事を一カ月続けているということは夢のようではあったが。
どんなに手を繋ごうとハグをしようとデートをしようと、キスをしようとも。
花を吐く症状が無くならないということは好きになってもらえていないということ。
こんなにも、恋人のように接しているというのにだ。
蒼井の精神は、本人の心の高揚とは裏腹に削り取られていた。
こんなに近いのに、自分のものにならない。
でも、それがどうしようもないことだと知っている。
蒼井が日向のことを好きなのが、どうしようもないのと同じだ。
コントロールは出来ない。
「大丈夫だよ。気にすんな」
口角を上げてふんわりとした触り心地の髪を撫でる。いつもの日向なら「子供扱いするな」と口を尖らせて話が終わるのに。
今日はそれでも顔は険しいままだ。肩に置かれた手に力が入る。
「するに決まってんだろ!? 俺のせいで」
「お前はみじんこほども悪くねぇよ」
「っなんで? なんで俺、お前を好きになれないんだ……?」
至近距離で見ていると、唇が震えているのが分かる。
蒼井がふわりと日向の背中に腕を回せば、シャツの上からでも背骨が浮いているのを感じた。
この一カ月で、少しやつれたのは蒼井だけではない。涙の滲む目尻にそっと口付ける。
「言わなきゃ良かったな」
「そんなこと言うなよ。俺、お前が居ないと……っん、ぅ」
言葉を唇で受け止めた。何度キスしても日向の唇は甘く感じる。
だから毎日毎日、飽きずに繰り返す。
逃げられたり、嫌がられたりしない奇跡を噛み締めながら。
「ごめんな、でもこの状況をラッキーだと思ってる俺がいる」
唇を離し、鼻先だけ触れ合わせて揺れる瞳を見つめる。
正直に話しても、日向は蒼井を拒否しないだろう。
(可哀想な日向……)
優しさを利用され、心に大きな傷を残すだろうに。
蒼井は、それすらちょっと嬉しいと感じてしまう。
日向の頬に一筋の涙が零れ落ちる。それを隠すように、蒼井の肩に顔を埋めてきた。
「何が違うんだろ。俺だって蒼井が大事なのに。居ないと人生つまんないのに……っ」
蒼井は柔らかい髪を指で梳くように撫でる。
日向の裏表がなく正直なところが好きだった。
もしかしたら、一言「好きだ」といえば治るかもしれないのに。嘘で「好きだ」なんて絶対に言わない。
でも、「大事」だと言ってもらえる。それは心の底から嬉しかった。
「大好きだ。今すぐ死んでもいいくらい」
「だから死ぬなって言ってんだよバカ!」
ゴチンっと額をぶつけられても、蒼井は笑いながらまた日向にキスをした。
毎日顔を合わせているのに尽きることのないおしゃべりを聞きながら、自分より背の低い日向に歩幅を合わせる。
今までと何も変わらないのに、ひとつだけ違うことがある。
蒼井と日向が、ごく当たり前のように手を繋いで歩いていることだ。
「よし! これから毎日、手を繋いで登下校するぞ!」
片想いの相手を告げた放課後、ひまわりを片付ける蒼井に日向は力強くそう言った。
本人は至って真面目なのだろう。
肩を並べて校門を出た瞬間に手を差し出してくる日向に、蒼井は顔を引き攣らせた。
「あのな。恋人の真似事したらいいってわけじゃ」
「ワカンねぇだろ! 恋ってのは思い込みだぞ! お前は俺を頑張って口説け!」
「俺、お前のそういうアホなとこ好きだわ」
恋心にトドメを刺しているだけなことに気づいていないことが、逆に面白くなってきた。
それでも蒼井を生かすために好きになろうとしてくれているのだ。
(ま、冥土の土産ってやつだな)
気持ちだけでも受け取ろうと、自分より少しだけ小さい手を取ったのだった。
そこからもう一か月が経とうとしている。
恋人ごっこというのに相応しい関係性は、なんの違和感もなく続けられた。
まるでそうしているのが当たり前であるかのように、日向は蒼井に肩を寄せてくれる。
10代の半分以上が日向への片想い期間になっている蒼井にとって、人生で最も至福の時だと断言出来る。
しかし。
「ぉえっぷ」
黄色い花は未だに口から出てくる事をやめない。
昼休み。屋上の地面に落ちていく花びらを見ながら、フェンスにもたれて水筒に口をつけていた日向の顔が曇った。
「悪ぃ、食事中に」
蒼井は日向に背を向けて、いつも通りひまわりを口内から引き摺り出した。日向は眉を寄せたまま、じっと黄色い花びらを見つめた。
「食事中とかどうでもいいけど……なんか、頻度上がってねぇか?」
「そうか?」
不安そうな顔が可愛いな、などとバレたら怒られそうなことを考えながら、常に持ち歩くようになったビニール袋にひまわりを突っ込む。花びらをかき集めながら「花だけ見れば綺麗なのに」と内心ため息を吐いた時、後ろから肩を掴まれた。
強い力で振り向かされたかと思うと、フェンスに背中がぶつかる。ガシャンと金属音が鳴って、揺れた。
痛みよりも驚きが勝って目を丸くしていると、辛そうに表情を歪めた日向が見下ろしてくる。
「絶対増えた! 前は1日1回くらいだったのに……っそれにお前」
「ん?」
「顔色、悪くなってるし……!」
絞り出された声を聞いた蒼井は目を細めた。
(よく見てくれてんな)
そう。
当たり前といえば当たり前だ。
恋人のような事を一カ月続けているということは夢のようではあったが。
どんなに手を繋ごうとハグをしようとデートをしようと、キスをしようとも。
花を吐く症状が無くならないということは好きになってもらえていないということ。
こんなにも、恋人のように接しているというのにだ。
蒼井の精神は、本人の心の高揚とは裏腹に削り取られていた。
こんなに近いのに、自分のものにならない。
でも、それがどうしようもないことだと知っている。
蒼井が日向のことを好きなのが、どうしようもないのと同じだ。
コントロールは出来ない。
「大丈夫だよ。気にすんな」
口角を上げてふんわりとした触り心地の髪を撫でる。いつもの日向なら「子供扱いするな」と口を尖らせて話が終わるのに。
今日はそれでも顔は険しいままだ。肩に置かれた手に力が入る。
「するに決まってんだろ!? 俺のせいで」
「お前はみじんこほども悪くねぇよ」
「っなんで? なんで俺、お前を好きになれないんだ……?」
至近距離で見ていると、唇が震えているのが分かる。
蒼井がふわりと日向の背中に腕を回せば、シャツの上からでも背骨が浮いているのを感じた。
この一カ月で、少しやつれたのは蒼井だけではない。涙の滲む目尻にそっと口付ける。
「言わなきゃ良かったな」
「そんなこと言うなよ。俺、お前が居ないと……っん、ぅ」
言葉を唇で受け止めた。何度キスしても日向の唇は甘く感じる。
だから毎日毎日、飽きずに繰り返す。
逃げられたり、嫌がられたりしない奇跡を噛み締めながら。
「ごめんな、でもこの状況をラッキーだと思ってる俺がいる」
唇を離し、鼻先だけ触れ合わせて揺れる瞳を見つめる。
正直に話しても、日向は蒼井を拒否しないだろう。
(可哀想な日向……)
優しさを利用され、心に大きな傷を残すだろうに。
蒼井は、それすらちょっと嬉しいと感じてしまう。
日向の頬に一筋の涙が零れ落ちる。それを隠すように、蒼井の肩に顔を埋めてきた。
「何が違うんだろ。俺だって蒼井が大事なのに。居ないと人生つまんないのに……っ」
蒼井は柔らかい髪を指で梳くように撫でる。
日向の裏表がなく正直なところが好きだった。
もしかしたら、一言「好きだ」といえば治るかもしれないのに。嘘で「好きだ」なんて絶対に言わない。
でも、「大事」だと言ってもらえる。それは心の底から嬉しかった。
「大好きだ。今すぐ死んでもいいくらい」
「だから死ぬなって言ってんだよバカ!」
ゴチンっと額をぶつけられても、蒼井は笑いながらまた日向にキスをした。



