「どうしたんだよ、……ぼうっと、しすぎだ」

 平静を装ってなんとか絞り出したひと言は、なんとも芸のない、ありふれた言葉にしかならなかった。
 けれど、清永は見るからにはっとして、「あは」といつもの笑い声をあげた。

「ごめん今本気でぼーっとしてたわ。っしゃ、ノート運ぶぞ!」

 軽やかな声を聞いて、ああ、僕の今の選択は間違っていなかったんだな、とほっとする。
 作り笑顔の気配はもうしない。手首だけに見えていた輪郭の歪みも綺麗になくなっていて、戻り方も普段通りで、なにより掴んだ感触は普通の人間のそれだった。

 清永の異常は、僕らの間ではまだ明かされていないまま。

「じゃあ半分こにしよ!」
「いや、分けるほど重くは……」
「いいじゃんいいじゃん、少しでも軽いほうがさぁ」

 軽口に乗せられながら教室を後にする。
 ついさっきほっと胸を撫で下ろしたばかりなのに、今度はひやりと背筋が震えた。もし今後、清永が教室で――皆の前で輪郭を歪ませることがあったら、僕はそのときどうすればいいんだろう。

 息の詰まる想像を振り払い、ふたり並んで廊下を進んでいく。
 その間、隣の清永には視線を向けられなかった。