武田たちが渋谷さんと清永の悪口を言い出した日、渋谷さんのグループの女子たちは、僕が渋谷さんへの悪口も止めたと受け取ったみたいだ。
 確かに渋谷さんのことを悪く言うふたりを止めはしたものの、あの時点では、僕は武田たちの同調圧力に屈しかけていた。だから〝渋谷さんへの悪口を止めた〟とまでは言えない。

 ただ渋谷さん本人は、その一件を友達づてに聞いたことで、僕を見る目がだいぶ変わったらしい。

 随分と都合良く受け取られてしまった。
 だが実際、武田たちとのひと悶着以来、誰とやり取りするときも以前とは違う感じがする。僕が望んで自分に被せていた〝誰とも親しくなりたくない〟というフィルターを、自分の手で外せたからかもしれない。

 清永と話すようになってから、世界が、今までにない(ひら)け方をしている。
 思わず頬が緩んだ、そのときだった。

「葉月」

 ぎょっとした。僕をそう呼ぶ人は、校内にはひとりしかいない。
 顔を上げた先にはやはり清永がいて、視線がかち合った。周りに人がいる状況で下の名前を呼ばれるのは初めてで、面食らってしまう。