「……え?」
「いや、俺の名前聞こえたからさ。なんか俺に用事じゃなくて?」

 圧を感じる訊き方だ。
 武田が自分に用なんてあるはずがないと、清永は分かっていて訊いている。

 清永から肩に手を乗せられたまま、武田はまだ動かない。明らかに困っている。怯えているようにすら見える。
 一方の清永は、なぜか少し苛立っている様子だ。口角こそ上がって見えるけれど、細められた目はまったく笑っていなかった。

「いや……別に、清永くんに用がある、わけでは」

 やっと声をあげた武田の話しぶりは、ひどくたどたどしかった。

 さっきは清永を呼び捨てにしていたのに、本人を前にした今、武田は露骨な困惑を浮かべてぼそぼそと喋るしかできなくなっている。
 コンプレックスの大元から直接声をかけられるとこんなふうになるのか、と気まずく思いつつ、僕は武田からそっと目を逸らす。

 ひりつくような空気に耐えきれず、さらに深く視線を落とした、そのときだった。

「悪いけど、久世くん借りていい? ごめんね?」

 ……なんでだよ、と反射的に声が漏れそうになった。