現状、僕にそんなことをしかけようとする奴は限られる。
 案の定、次いで耳を掠めたのは清永の声だった。

「大丈夫だよ。前、向いても」

 ……なんで真後ろにいるんだ。
 別に教室から一緒に来たわけでもないのに。

 校長先生の話がちょうど終わり、さざめきに似た雑談が周囲のあちこちから聞こえてきたタイミングだった。
 内緒話をするみたいに小声で囁いた清永を、僕はなかなか振り返れない。耳元で喋るなとか、急に触ってくるなとか、文句を叩きつけてやりたいのにうまく首を動かせなかった。

 清永の手が、僕の首を、想像よりもずっと強い力で固定しているせいだ。

「久世くんにはもう視えないよ。どう頑張っても、絶対」

 首にだけ集中させていた意識が、ふと、告げられた内容に向く。
 もう視えない、という言葉が唐突に腑に落ちた。清永は僕に、俯いていないで周囲の人たちの首を確認してみろ、と言っているのだ。

 そろそろと顔を上げていく。
 清永の指はまだ首に触れているけれど、前を向こうとする僕の邪魔はしてこない。ざわめきが次第に大きくなっていく中、人でひしめき合う体育館の前方を、僕は促されるまま視界に収めた。