「あ、おはよ~久世」
「なぁ久世も見てたよな、渋谷の事故!」

 興奮を(にじ)ませた声が耳を(かす)め、僕は声の主たちを振り返った。
 斜め後ろ、窓側の最後列の席に座っている(たけ)()と、傍の壁に寄りかかっている(なか)()だ。

 それまでずっと俯けていた顔を、僕はようやく上向ける。

「あ……うん。びっくりした」

 返事をしながら癖で口角が上がる。
 分かりやすい作り笑いだな、と自分でも思う。

 僕に構ってくれるのは、クラスの中では基本的に武田と中野だけだ。

「頭から血、めっちゃ出てたわ渋谷」
「ヒェ、車が相手じゃないのにそんななる? いやなるか、怖~」
「てか渋谷も赤信号ブッチしてたっぽかったけどな」
「え、マジで? それってどっちが悪いことになんの?」
「それは普通にバイクじゃね?」

 武田の席に椅子を向け、話に交ざる。
 渋谷さんが頭を怪我して出血していた話は本当。でも、彼女が信号を守っていなかったという話は嘘だ。武田は話を盛っている。僕もこの目で事故を見ていたから分かる。

 けれど、それはわざわざ言わない。