「ねぇ聞いた？　朝の事故の話！」

　教室に足を踏み入れた途端、興奮気味の女子の声が耳に飛び込んできた。

「ああ、渋(しぶ)谷(や)さんでしょ？」
「事故？　そこの交差点に救急車来てたのってそれ？」

　噂話に花を咲かせる女子たちの声を、平静を装いつつ聞き流しながら、視線を伏せて教室の中を進んでいく。
　ざわざわざわざわ。噂にさざめく教室の空気は、僕を落ち着かなくさせる。お前も皆と同じように興奮しろ、と強制されている気分だ。

　あれだけ騒ぎになっていたのだから、こうして噂が広がってしまうのも仕方のないことだ。

　クラスメイトの渋谷さんが、学校前の交差点でバイクに轢(ひ)かれたのは、今からおよそ三十分前。
　僕――久世(くぜ)葉(は)月(づき)も、事故を目撃したひとりだ。

　青信号に変わったばかりの横断歩道を、渋谷さんがフライング気味に、しかも走って横断していたのは確かだ。速度を落とさず左折してきた信号無視のバイクに衝突された彼女は、そのまま結構な距離をはね飛ばされた。
　ちょうど朝の通学時間、しかも学校のすぐ近くだったから、校内の目撃者は僕以外にも多くいたと思う。でも。

　皆、大袈裟に騒ぎすぎだ。
　渋谷さんは絶対に死なない(・・・・・・・)のに。