M→モノローグ N→ナレーション キャラ名(年齢)※初出のみ
第5話「未来への希望」
◯石切家・佳恵の部屋
鏡台など女性らしい小物で溢れた部屋で、一人へたり込んでいる佳恵。
佳恵「……どうしてよ」
◯昨夜の石切家(佳恵の回想)
苦々しい顔をした元造、佳恵に向かって。
元造「霞初様は彩寧を花嫁に選んだ。何、お前ほどの宝玉姫なら錺師の嫁になれる。次に期待しろ」
佳恵、元造に縋りつき。
佳恵「そんなの認めないわ! 『佳恵なら霞初家の花嫁になれる』って言ったのはお父様でしょ? 何とかしてよ!!」
元造「(佳恵を振り払い)うるさい! お前の目はただ美しいだけのありふれた柘榴石だと自覚しろ!」
◯数時間前の石切家・広間(佳恵の回想)
佳恵を含む宝玉姫の前で、晶羅が結果を話している。
晶羅「──以上だ」
話し終えた晶羅、彩寧を連れて退室する。
すると他の宝玉姫たちが佳恵を見て、クスクスと笑いだす。
宝玉姫1「あれだけ『私は日本一の柘榴石だ』と威張り散らしてたのに……ねぇ?」
宝玉姫2「結果を知ってから振り返ると、背伸びしたい子供のようで滑稽だわ」
佳恵以外の宝玉姫全員が、佳恵を嘲笑っている。
宝玉姫3「これからは、こう呼んであげましょう?」
◯石切家・佳恵の部屋
へたり込んでいた佳恵。
宝玉姫3の声「──『姉に負けた二番手さん』って」
佳恵は言われたあだ名を思い出し、怒る。
佳恵「あ、あぁああぁあっ!!」
そして髪を振り乱しながら、手当たり次第に物を投げて暴れる。
障子に穴が開き、壊れた物が散乱した部屋は佳恵の心のようにぐちゃぐちゃに。
佳恵「こんなの可笑しいわ! 佳恵は間違ってなんかいないのに! 間違ってるのはアイツらよ!」
夜久の声「えぇ、お嬢さんは間違っていません」
佳恵が声がした方を向くと、障子越しに男(夜久)が立っているのが影でわかる。
佳恵「だ、誰!?」
夜久「(障子越しに)間違いなど多数派が唱えているだけ。彼らさえ消せば、間違いは『正解』へ反転する」
佳恵、障子の穴から見える夜久の左目を見つめて。
佳恵М(あの目は何? 黒い目に見えるけど、あの光り方は宝玉姫と同じ)
その左目は、黒色金剛石。
佳恵M(──宝石の目)
夜久「さぁ、間違いを正すための力をあなたに与えましょう」
◯ 花篝村の外れ・花畑(4話終わりの続き)
野花が咲き乱れる花畑で真剣な表情の晶羅、彩寧を見つめ。
晶羅「俺の母について、彩寧はどこまで聞いている?」
彩寧「……病に倒れて異能を発揮できなくなったと聞きました。それに伴って当主が代替わりしたことも」
晶羅「(頷き)錺師が契りを交わせる宝玉姫は、生涯で1人だけだからな」
晶羅、自嘲気味に笑い。
晶羅「数が少ないから重宝されているだけで錺師など、宝玉姫がいなければ何もできないただの男だ」
彩寧、思わず晶羅の手を取って。
彩寧「それは宝玉姫だって同じこと!」
彩寧も悲しそうな顔になり。
彩寧「ですから、どうか自分を卑下するようなこと言わないでください」
晶羅「……そうだな」
そこで彩寧は晶羅の手を握っていることに気づき、「ごめんなさい」と離そうとする。
が、それを許さず晶羅は、彩寧の手の上から自身の手を重ねて包み込む。
晶羅「お互いになくてはならない存在。だからこそ相手を大切にする」
彩寧の手が離れることを許さない晶羅の目は、いつもの覇気がなく淀んでいる。
晶羅「それが当然のはずなんだ」
彩寧「(晶羅の異変に気付き)……か、霞初様?」
晶羅「話を戻そう。母が異能を使えなくなったのは本当だ……けれど原因は病ではない」
辺りが静寂に包まれるなか、晶羅が事実を伝える。
晶羅「宝石の目が割れて砕けたからだ」
彩寧「……砕けた? それはどういうことですか?」
晶羅「母は宝玉姫らしく自分の目を誇りにし、弱音も吐かない強い女性だった」
◯霞初家(晶羅の回想)
正座をする母・千登勢は凛とした気品のある女性。その柘榴石の目は、全てを見透かすような真っ直ぐな目。※晶羅は千登勢に似ている。
千登勢「留学ですか」
対面には同じく正座している晶羅。
晶羅「正式に当主を継ぐ前に、世界の錺師や宝玉姫を見て知りたいのです。俺やこの国はどの程度のものなのか」
千登勢「知ってどうするのです。ただの好奇心で貴重な時間を浪費するのなら、お辞めなさい」
晶羅「自分の立ち位置が分からねば、前に進むこともできないでしょう。俺はお山の大将になる気はありません」
千登勢「打ちひしがれる覚悟はできていると」
晶羅「はい」
千登勢「……わかりました。空羅様は私が説得いたしましょう」
千登勢、優しく微笑み。
千登勢「帰国した暁には、母にその成長した姿を見せるのですよ」
晶羅M(錺師で当主の夫を支え、子の俺を導く……妻としても母としても、完璧だった)
◯海外(西洋がモデル)・下宿先(晶羅の回想)
晶羅が洋書を読んでいると、血相を変えた和臣がやってくる。
その手には霞初家からの手紙。
晶羅M(……完璧な人なんているはずないのにな)
◯霞初家(晶羅の回想)
若い宝玉姫と過ごしている晶羅の父・空羅(50)を問い詰める千登勢。
千登勢「これはどういうことです! 妻の私がいながら、よりにもよって他の宝玉姫を家に連れ込むなど……!」
空羅「愛人ぐらいよいではないか。若い華で癒されたい時もある……物分かりのいいお前なら、わかってくれるよな?」
◯霞初家・千登勢の部屋(晶羅の回想)
千登勢、部屋で独り言(自己暗示)をしている。
千登勢「耐えるのです。空羅様が契りを交わした宝玉姫は私だけ。だから」
そこで置かれた鏡台に映る自分の姿が目に入る。
千登勢「……若い華」
鏡に映る千登勢は美しいものの、年齢による皺が増えて老いが見える。
千登勢「枯れた華には、もう興味がないのですね」
晶羅M(宝石の目は異能の要であり、宝玉姫の心も表す。喜べば輝き、悲しめば曇り)
次の瞬間、鏡に映る千登勢の目──その柘榴石に亀裂が入り、割れる。
晶羅M(母の心が限界を迎えるのと同時に、宝石の目も割れた)
◯霞初家、千登勢の部屋(晶羅の回想)
帰国した晶羅が部屋に駆け込むと、外を見つめる浴衣を着た千登勢の後ろ姿が。
晶羅「母上!」
振り向いた千登勢の宝石の目はひび割れ、曇っている。
千登勢「……あなた、だれ?」
晶羅M(そして残ったのは全てを忘れた空っぽの母だった)
晶羅はショックで、その場に膝から崩れ落ちる。
◯花篝村の外れ・花畑
彩寧の手を包む晶羅の手に力が籠る。
彩寧「……そんなことが」
晶羅「話を聞いた時、俺は母が壊れたのは若い宝玉姫と老いた自身を比較し、自信を失ったからだと思った」
鏡台で化粧をして、身だしなみを整える千登勢。
晶羅「宝玉姫は宝石の目を含め、外見の美しさを誇りにしている」
そんな千登勢を「そんな入念に?」と不思議そうな顔で見る晶羅のカット。
晶羅「だから母の二の舞にならぬように、見合いで外見以外を拠り所にしている者を探した」
彩寧「あの質問はそのためだったのですね」
晶羅「彩寧だけだったよ。俺が求めていた答えを持っていたのは」
(3話で)彩寧が試宝玉で光の帯を出現させた時のカット。
晶羅「そして新種の柘榴石だと判明し、花嫁にできると確信した時はすごく嬉しかった」
晶羅、彩寧を見つめて。
晶羅「だって彩寧は俺が初めて恋した相手だったから」
彩寧「……え?」
晶羅「自覚したのは見合いの後だったが、きっと俺は」
◯石切家・蔵の前(晶羅の回想)
(1話で)蔵から落ちた彩寧を晶羅が横抱きで受け止めた時のカット。
晶羅М(この腕の中に彩寧が落ちてきて、目が合った時に)
晶羅が腕の中に目を向けると、恋により彩寧がキラキラ輝いて見えている。
晶羅М(一目惚れしていたんだな)
◯花篝村の外れ・花畑
それを聞いた彩寧、顔を真っ赤にして戸惑っている。
晶羅「そしてわかったんだ。母の心が壊れたのは老いからではない。父の心が自分に向いていないことに気づいたからだ」
◯25年前の結婚式(晶羅の回想)
袴姿の25歳の空羅。
彼を見つめる22歳の白無垢姿の千登勢の目は、恋する乙女そのもの。
晶羅М(母は誰よりも父のことが好きで、愛していたんだ)
◯花篝村の外れ・花畑
晶羅、不安げな顔で。
晶羅「正直、俺も結婚は不安だった。母のように花嫁に迎えた宝玉姫の心を壊してしまうんじゃないかと……だが」
晶羅、微笑む(4話の恋を自覚した時と同じ顔)。
晶羅「彩寧との結婚を考えると途端に幸せで、明るく輝いた未来が見える」
◯帝都(晶羅のイメージ)
彩寧とカフェでお茶をする晶羅。
彩寧、クリームソーダを興味津々の顔で見ている。
晶羅М(彩寧と一緒に食べたら、どんなものも美味しく感じるだろう)
彩寧と手をつないで、帝都でデートしている晶羅。
晶羅М(初めて見る景色も、いつもの風景もきっと光り輝いて見えるはずだ)
怒って頬を膨らませる彩寧に、謝る晶羅。
晶羅М(喧嘩をしても仲直りして、さらに互いを知っていく……彩寧は俺にとって希望そのものなんだ)
◯花篝村の外れ・花畑
晶羅、彩寧の手を離して。
晶羅「すまなかった。それに浮かれて彩寧の気持ちも考えず、結婚を決めてしまって」
彩寧「……いえ」
晶羅「けれど、もう彩寧を知る前の自分には戻れない。彩寧が俺以外の妻になったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。だから──」
彩寧M(私はこの方に何かできることがあるのだろうか?)
彩寧、必死に思いを告げる晶羅を見て。
彩寧M(霞初様は、強くて完璧な当主なのだと思っていた。でも違う。悟られないようにしていただけで、悲しい心の傷をずっと1人で抱えていたんだ)
彩寧、晶羅の手が震えているのに気づき。
彩寧M(なのにその傷を曝け出してくれた。きっと私に対して誠実でありたいと思ったから。そして今は真っ直ぐに想いを伝えてくれている)
彩寧、晶羅の目を見つめて。
彩寧M(私はそれに応えたい)
彩寧「……自分にとって結婚は、この村を出るための手段でしかありませんでした。生きるのに精一杯で、その後のことを考える暇なんてなくて」
晶羅「……」
彩寧「でも不思議なんです。霞初様と出会ってから、綺麗な私を見てほしい。喜んでほしいと思うようになって」
(2話で)彩寧が夢で見た微笑む晶羅のカット。
彩寧「そしてお話を聞いて、私はあなたの心を守りたいと思いました」
晶羅「俺の心を?」
彩寧「霞初様はいつも誰かを守るのに必死です。お母様の件があるからかもしれませんが、時々怖いくらいに……」
(4話で)見合いの時、晶羅が元造を冷たい目で見下ろすカット。
彩寧「でも霞初様にも壊れてしまう心があるのです。もし私が傍にいることで満たされるのなら、隣で守らせてください」
彩寧、決意を示すように自身の胸の前に手をやり。
彩寧「あなたが思い描いた未来を、ともに見たいと思ってしまった欲深い私でもいいのなら! 自分はこれから人生の全てを捧げて、添い遂げてみせます!」
彩寧の目はどこまでも真っ直ぐ。
彩寧М(きっとそれが私の生きる意味だから)
晶羅はその言葉に目頭が熱くなり、泣きそうになるも笑って。
晶羅「『欲深い私でも』だって? ──上等だ! むしろ彩寧にはもっと俺を求めてもらわないと困る」
晶羅の笑顔に、彩寧も笑顔になる。
晶羅「死が2人を分かつまで……いや、死してなお共にいると誓おう。改めてよろしくな、彩寧」
彩寧「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
晶羅「(何か思い出したように)あぁ、そうだ」
晶羅、足元に咲いているシロツメクサの花を摘んで。
晶羅「外つ国では結婚の証として、互いの左手薬指に指輪をはめる習慣がある」
器用にシロツメクサの花で指輪を作っていく。
晶羅「それは追々作るとして、今は──」
晶羅は彩寧の左手を取って、薬指にシロツメクサの指輪をはめる。
晶羅「この婚約指輪で我慢してくれ」
そして晶羅は彩寧の手のひらに懇願のキスしながら、流し目を向け。
晶羅「俺の最愛の宝玉姫」
顔が真っ赤な彩寧は、いたたまれない気持ちから半ば怒り気味に。
彩寧「か、霞初様は何故いつも余裕があってカッコイイのですか!? 初恋だとは到底思えません!」
晶羅「じゃあ、教えてやる」
晶羅、そのまま彩寧の左手を自身の胸(心臓の上)に当てる。
彩寧、晶羅の鼓動が早いのを感じ。
彩寧M(霞初様、すごいドキドキしてる)
晶羅「好きな女の前では、男はいつだって余裕ぶりたいんだよ」
晶羅、彩寧の耳元で囁く。
晶羅「だからこれ以上煽るようなことは言うな。わかったか?」
彩寧、ブンブンと縦に首を振る。
晶羅「あといい加減、『霞初様』はやめろ。『晶羅』でいい」
彩寧「呼び捨ては流石に」
晶羅、言い訳を許さない無言の圧を送る。彩寧、耐えきれなくなり。
彩寧「あ、晶羅様!」
彩寧、伺うように上目遣いで。
彩寧「これでよろしいでしょうか?」
晶羅「……今はそれでいいだろう」
彩寧M(『今は』って何!?)
晶羅「それにしても俺たち両思いだったなんてな」
彩寧、わからずに首を傾げ。
晶羅「『綺麗な自分を見てほしい』、『喜んでほしい』なんて、俺を男として意識している証拠だろう?」
彩寧M(じゃ、じゃあ)
彩寧、火照る自分の顔に手をやり。
彩寧M(私も晶羅様に恋してたってこと!? そうと気づかずに自分はあんな告白を……?)
うつむく彩寧の顔を、両手で包んで上げさせる晶羅。
彩寧「見ないでください!」
晶羅「いいや、見るね! そんな貴重な顔、目に焼き付ける」
対抗するように目をギュッとつむる彩寧。
晶羅「口付け待ちの顔に見えるぞ、それ」
彩寧「(目をカッと開け)どうしてそうなるのです!!」
晶羅「あー……ダメだ。怒った顔も可愛い」
彩寧「(本気で心配し)だ、大丈夫ですか? 私、全然可愛くないのに。新種ですけど目だって、暗い色ですし」
晶羅「(苦笑い)彩寧は外見の話になると弱気だな。今でも十分可愛いが、不安なら俺が輝かせてやる」
晶羅、彩寧の目元を摩り。
晶羅「契りを交わした宝玉姫の目が磨かれたように輝くのは、錺師からの愛で幸福を感じるからだ」
晶羅、今までで一番幸せそうな笑顔で。
晶羅「あぁ、楽しみだ! 俺に愛された彩寧の目は世界一綺麗に違いない」
一方、彩寧は口から魂が抜けかけている。
彩寧M(無理! ドキドキしすぎて、このままじゃ添い遂げる前に死んじゃう!!)
すると突然、晶羅は彩寧を庇うように背を向け、森の方を睨む。
そして刀の柄に手を添えて臨戦態勢に。
彩寧「晶羅様?」
晶羅「……そのまま俺の傍から離れるな」
晶羅の視線の先を追う彩寧。
すると木々の向こうから、人影が近づいてくる。その人が踏みしめた足元の草花は生気を吸われたように、枯れて朽ちていく。
彩寧「……え」
それは体のところどころに穢詛の黒いモヤを纏い、頭から鬼の角のような黒い結晶が生えた女性。
ギョロリと黒ずんだ柘榴石の目が向けられ、彩寧は正体に気づく。
彩寧「佳恵さん、なの?」
──それは異形の化け物「厭魅」となった佳恵だった。
(第6話に続く)
第5話「未来への希望」
◯石切家・佳恵の部屋
鏡台など女性らしい小物で溢れた部屋で、一人へたり込んでいる佳恵。
佳恵「……どうしてよ」
◯昨夜の石切家(佳恵の回想)
苦々しい顔をした元造、佳恵に向かって。
元造「霞初様は彩寧を花嫁に選んだ。何、お前ほどの宝玉姫なら錺師の嫁になれる。次に期待しろ」
佳恵、元造に縋りつき。
佳恵「そんなの認めないわ! 『佳恵なら霞初家の花嫁になれる』って言ったのはお父様でしょ? 何とかしてよ!!」
元造「(佳恵を振り払い)うるさい! お前の目はただ美しいだけのありふれた柘榴石だと自覚しろ!」
◯数時間前の石切家・広間(佳恵の回想)
佳恵を含む宝玉姫の前で、晶羅が結果を話している。
晶羅「──以上だ」
話し終えた晶羅、彩寧を連れて退室する。
すると他の宝玉姫たちが佳恵を見て、クスクスと笑いだす。
宝玉姫1「あれだけ『私は日本一の柘榴石だ』と威張り散らしてたのに……ねぇ?」
宝玉姫2「結果を知ってから振り返ると、背伸びしたい子供のようで滑稽だわ」
佳恵以外の宝玉姫全員が、佳恵を嘲笑っている。
宝玉姫3「これからは、こう呼んであげましょう?」
◯石切家・佳恵の部屋
へたり込んでいた佳恵。
宝玉姫3の声「──『姉に負けた二番手さん』って」
佳恵は言われたあだ名を思い出し、怒る。
佳恵「あ、あぁああぁあっ!!」
そして髪を振り乱しながら、手当たり次第に物を投げて暴れる。
障子に穴が開き、壊れた物が散乱した部屋は佳恵の心のようにぐちゃぐちゃに。
佳恵「こんなの可笑しいわ! 佳恵は間違ってなんかいないのに! 間違ってるのはアイツらよ!」
夜久の声「えぇ、お嬢さんは間違っていません」
佳恵が声がした方を向くと、障子越しに男(夜久)が立っているのが影でわかる。
佳恵「だ、誰!?」
夜久「(障子越しに)間違いなど多数派が唱えているだけ。彼らさえ消せば、間違いは『正解』へ反転する」
佳恵、障子の穴から見える夜久の左目を見つめて。
佳恵М(あの目は何? 黒い目に見えるけど、あの光り方は宝玉姫と同じ)
その左目は、黒色金剛石。
佳恵M(──宝石の目)
夜久「さぁ、間違いを正すための力をあなたに与えましょう」
◯ 花篝村の外れ・花畑(4話終わりの続き)
野花が咲き乱れる花畑で真剣な表情の晶羅、彩寧を見つめ。
晶羅「俺の母について、彩寧はどこまで聞いている?」
彩寧「……病に倒れて異能を発揮できなくなったと聞きました。それに伴って当主が代替わりしたことも」
晶羅「(頷き)錺師が契りを交わせる宝玉姫は、生涯で1人だけだからな」
晶羅、自嘲気味に笑い。
晶羅「数が少ないから重宝されているだけで錺師など、宝玉姫がいなければ何もできないただの男だ」
彩寧、思わず晶羅の手を取って。
彩寧「それは宝玉姫だって同じこと!」
彩寧も悲しそうな顔になり。
彩寧「ですから、どうか自分を卑下するようなこと言わないでください」
晶羅「……そうだな」
そこで彩寧は晶羅の手を握っていることに気づき、「ごめんなさい」と離そうとする。
が、それを許さず晶羅は、彩寧の手の上から自身の手を重ねて包み込む。
晶羅「お互いになくてはならない存在。だからこそ相手を大切にする」
彩寧の手が離れることを許さない晶羅の目は、いつもの覇気がなく淀んでいる。
晶羅「それが当然のはずなんだ」
彩寧「(晶羅の異変に気付き)……か、霞初様?」
晶羅「話を戻そう。母が異能を使えなくなったのは本当だ……けれど原因は病ではない」
辺りが静寂に包まれるなか、晶羅が事実を伝える。
晶羅「宝石の目が割れて砕けたからだ」
彩寧「……砕けた? それはどういうことですか?」
晶羅「母は宝玉姫らしく自分の目を誇りにし、弱音も吐かない強い女性だった」
◯霞初家(晶羅の回想)
正座をする母・千登勢は凛とした気品のある女性。その柘榴石の目は、全てを見透かすような真っ直ぐな目。※晶羅は千登勢に似ている。
千登勢「留学ですか」
対面には同じく正座している晶羅。
晶羅「正式に当主を継ぐ前に、世界の錺師や宝玉姫を見て知りたいのです。俺やこの国はどの程度のものなのか」
千登勢「知ってどうするのです。ただの好奇心で貴重な時間を浪費するのなら、お辞めなさい」
晶羅「自分の立ち位置が分からねば、前に進むこともできないでしょう。俺はお山の大将になる気はありません」
千登勢「打ちひしがれる覚悟はできていると」
晶羅「はい」
千登勢「……わかりました。空羅様は私が説得いたしましょう」
千登勢、優しく微笑み。
千登勢「帰国した暁には、母にその成長した姿を見せるのですよ」
晶羅M(錺師で当主の夫を支え、子の俺を導く……妻としても母としても、完璧だった)
◯海外(西洋がモデル)・下宿先(晶羅の回想)
晶羅が洋書を読んでいると、血相を変えた和臣がやってくる。
その手には霞初家からの手紙。
晶羅M(……完璧な人なんているはずないのにな)
◯霞初家(晶羅の回想)
若い宝玉姫と過ごしている晶羅の父・空羅(50)を問い詰める千登勢。
千登勢「これはどういうことです! 妻の私がいながら、よりにもよって他の宝玉姫を家に連れ込むなど……!」
空羅「愛人ぐらいよいではないか。若い華で癒されたい時もある……物分かりのいいお前なら、わかってくれるよな?」
◯霞初家・千登勢の部屋(晶羅の回想)
千登勢、部屋で独り言(自己暗示)をしている。
千登勢「耐えるのです。空羅様が契りを交わした宝玉姫は私だけ。だから」
そこで置かれた鏡台に映る自分の姿が目に入る。
千登勢「……若い華」
鏡に映る千登勢は美しいものの、年齢による皺が増えて老いが見える。
千登勢「枯れた華には、もう興味がないのですね」
晶羅M(宝石の目は異能の要であり、宝玉姫の心も表す。喜べば輝き、悲しめば曇り)
次の瞬間、鏡に映る千登勢の目──その柘榴石に亀裂が入り、割れる。
晶羅M(母の心が限界を迎えるのと同時に、宝石の目も割れた)
◯霞初家、千登勢の部屋(晶羅の回想)
帰国した晶羅が部屋に駆け込むと、外を見つめる浴衣を着た千登勢の後ろ姿が。
晶羅「母上!」
振り向いた千登勢の宝石の目はひび割れ、曇っている。
千登勢「……あなた、だれ?」
晶羅M(そして残ったのは全てを忘れた空っぽの母だった)
晶羅はショックで、その場に膝から崩れ落ちる。
◯花篝村の外れ・花畑
彩寧の手を包む晶羅の手に力が籠る。
彩寧「……そんなことが」
晶羅「話を聞いた時、俺は母が壊れたのは若い宝玉姫と老いた自身を比較し、自信を失ったからだと思った」
鏡台で化粧をして、身だしなみを整える千登勢。
晶羅「宝玉姫は宝石の目を含め、外見の美しさを誇りにしている」
そんな千登勢を「そんな入念に?」と不思議そうな顔で見る晶羅のカット。
晶羅「だから母の二の舞にならぬように、見合いで外見以外を拠り所にしている者を探した」
彩寧「あの質問はそのためだったのですね」
晶羅「彩寧だけだったよ。俺が求めていた答えを持っていたのは」
(3話で)彩寧が試宝玉で光の帯を出現させた時のカット。
晶羅「そして新種の柘榴石だと判明し、花嫁にできると確信した時はすごく嬉しかった」
晶羅、彩寧を見つめて。
晶羅「だって彩寧は俺が初めて恋した相手だったから」
彩寧「……え?」
晶羅「自覚したのは見合いの後だったが、きっと俺は」
◯石切家・蔵の前(晶羅の回想)
(1話で)蔵から落ちた彩寧を晶羅が横抱きで受け止めた時のカット。
晶羅М(この腕の中に彩寧が落ちてきて、目が合った時に)
晶羅が腕の中に目を向けると、恋により彩寧がキラキラ輝いて見えている。
晶羅М(一目惚れしていたんだな)
◯花篝村の外れ・花畑
それを聞いた彩寧、顔を真っ赤にして戸惑っている。
晶羅「そしてわかったんだ。母の心が壊れたのは老いからではない。父の心が自分に向いていないことに気づいたからだ」
◯25年前の結婚式(晶羅の回想)
袴姿の25歳の空羅。
彼を見つめる22歳の白無垢姿の千登勢の目は、恋する乙女そのもの。
晶羅М(母は誰よりも父のことが好きで、愛していたんだ)
◯花篝村の外れ・花畑
晶羅、不安げな顔で。
晶羅「正直、俺も結婚は不安だった。母のように花嫁に迎えた宝玉姫の心を壊してしまうんじゃないかと……だが」
晶羅、微笑む(4話の恋を自覚した時と同じ顔)。
晶羅「彩寧との結婚を考えると途端に幸せで、明るく輝いた未来が見える」
◯帝都(晶羅のイメージ)
彩寧とカフェでお茶をする晶羅。
彩寧、クリームソーダを興味津々の顔で見ている。
晶羅М(彩寧と一緒に食べたら、どんなものも美味しく感じるだろう)
彩寧と手をつないで、帝都でデートしている晶羅。
晶羅М(初めて見る景色も、いつもの風景もきっと光り輝いて見えるはずだ)
怒って頬を膨らませる彩寧に、謝る晶羅。
晶羅М(喧嘩をしても仲直りして、さらに互いを知っていく……彩寧は俺にとって希望そのものなんだ)
◯花篝村の外れ・花畑
晶羅、彩寧の手を離して。
晶羅「すまなかった。それに浮かれて彩寧の気持ちも考えず、結婚を決めてしまって」
彩寧「……いえ」
晶羅「けれど、もう彩寧を知る前の自分には戻れない。彩寧が俺以外の妻になったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。だから──」
彩寧M(私はこの方に何かできることがあるのだろうか?)
彩寧、必死に思いを告げる晶羅を見て。
彩寧M(霞初様は、強くて完璧な当主なのだと思っていた。でも違う。悟られないようにしていただけで、悲しい心の傷をずっと1人で抱えていたんだ)
彩寧、晶羅の手が震えているのに気づき。
彩寧M(なのにその傷を曝け出してくれた。きっと私に対して誠実でありたいと思ったから。そして今は真っ直ぐに想いを伝えてくれている)
彩寧、晶羅の目を見つめて。
彩寧M(私はそれに応えたい)
彩寧「……自分にとって結婚は、この村を出るための手段でしかありませんでした。生きるのに精一杯で、その後のことを考える暇なんてなくて」
晶羅「……」
彩寧「でも不思議なんです。霞初様と出会ってから、綺麗な私を見てほしい。喜んでほしいと思うようになって」
(2話で)彩寧が夢で見た微笑む晶羅のカット。
彩寧「そしてお話を聞いて、私はあなたの心を守りたいと思いました」
晶羅「俺の心を?」
彩寧「霞初様はいつも誰かを守るのに必死です。お母様の件があるからかもしれませんが、時々怖いくらいに……」
(4話で)見合いの時、晶羅が元造を冷たい目で見下ろすカット。
彩寧「でも霞初様にも壊れてしまう心があるのです。もし私が傍にいることで満たされるのなら、隣で守らせてください」
彩寧、決意を示すように自身の胸の前に手をやり。
彩寧「あなたが思い描いた未来を、ともに見たいと思ってしまった欲深い私でもいいのなら! 自分はこれから人生の全てを捧げて、添い遂げてみせます!」
彩寧の目はどこまでも真っ直ぐ。
彩寧М(きっとそれが私の生きる意味だから)
晶羅はその言葉に目頭が熱くなり、泣きそうになるも笑って。
晶羅「『欲深い私でも』だって? ──上等だ! むしろ彩寧にはもっと俺を求めてもらわないと困る」
晶羅の笑顔に、彩寧も笑顔になる。
晶羅「死が2人を分かつまで……いや、死してなお共にいると誓おう。改めてよろしくな、彩寧」
彩寧「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
晶羅「(何か思い出したように)あぁ、そうだ」
晶羅、足元に咲いているシロツメクサの花を摘んで。
晶羅「外つ国では結婚の証として、互いの左手薬指に指輪をはめる習慣がある」
器用にシロツメクサの花で指輪を作っていく。
晶羅「それは追々作るとして、今は──」
晶羅は彩寧の左手を取って、薬指にシロツメクサの指輪をはめる。
晶羅「この婚約指輪で我慢してくれ」
そして晶羅は彩寧の手のひらに懇願のキスしながら、流し目を向け。
晶羅「俺の最愛の宝玉姫」
顔が真っ赤な彩寧は、いたたまれない気持ちから半ば怒り気味に。
彩寧「か、霞初様は何故いつも余裕があってカッコイイのですか!? 初恋だとは到底思えません!」
晶羅「じゃあ、教えてやる」
晶羅、そのまま彩寧の左手を自身の胸(心臓の上)に当てる。
彩寧、晶羅の鼓動が早いのを感じ。
彩寧M(霞初様、すごいドキドキしてる)
晶羅「好きな女の前では、男はいつだって余裕ぶりたいんだよ」
晶羅、彩寧の耳元で囁く。
晶羅「だからこれ以上煽るようなことは言うな。わかったか?」
彩寧、ブンブンと縦に首を振る。
晶羅「あといい加減、『霞初様』はやめろ。『晶羅』でいい」
彩寧「呼び捨ては流石に」
晶羅、言い訳を許さない無言の圧を送る。彩寧、耐えきれなくなり。
彩寧「あ、晶羅様!」
彩寧、伺うように上目遣いで。
彩寧「これでよろしいでしょうか?」
晶羅「……今はそれでいいだろう」
彩寧M(『今は』って何!?)
晶羅「それにしても俺たち両思いだったなんてな」
彩寧、わからずに首を傾げ。
晶羅「『綺麗な自分を見てほしい』、『喜んでほしい』なんて、俺を男として意識している証拠だろう?」
彩寧M(じゃ、じゃあ)
彩寧、火照る自分の顔に手をやり。
彩寧M(私も晶羅様に恋してたってこと!? そうと気づかずに自分はあんな告白を……?)
うつむく彩寧の顔を、両手で包んで上げさせる晶羅。
彩寧「見ないでください!」
晶羅「いいや、見るね! そんな貴重な顔、目に焼き付ける」
対抗するように目をギュッとつむる彩寧。
晶羅「口付け待ちの顔に見えるぞ、それ」
彩寧「(目をカッと開け)どうしてそうなるのです!!」
晶羅「あー……ダメだ。怒った顔も可愛い」
彩寧「(本気で心配し)だ、大丈夫ですか? 私、全然可愛くないのに。新種ですけど目だって、暗い色ですし」
晶羅「(苦笑い)彩寧は外見の話になると弱気だな。今でも十分可愛いが、不安なら俺が輝かせてやる」
晶羅、彩寧の目元を摩り。
晶羅「契りを交わした宝玉姫の目が磨かれたように輝くのは、錺師からの愛で幸福を感じるからだ」
晶羅、今までで一番幸せそうな笑顔で。
晶羅「あぁ、楽しみだ! 俺に愛された彩寧の目は世界一綺麗に違いない」
一方、彩寧は口から魂が抜けかけている。
彩寧M(無理! ドキドキしすぎて、このままじゃ添い遂げる前に死んじゃう!!)
すると突然、晶羅は彩寧を庇うように背を向け、森の方を睨む。
そして刀の柄に手を添えて臨戦態勢に。
彩寧「晶羅様?」
晶羅「……そのまま俺の傍から離れるな」
晶羅の視線の先を追う彩寧。
すると木々の向こうから、人影が近づいてくる。その人が踏みしめた足元の草花は生気を吸われたように、枯れて朽ちていく。
彩寧「……え」
それは体のところどころに穢詛の黒いモヤを纏い、頭から鬼の角のような黒い結晶が生えた女性。
ギョロリと黒ずんだ柘榴石の目が向けられ、彩寧は正体に気づく。
彩寧「佳恵さん、なの?」
──それは異形の化け物「厭魅」となった佳恵だった。
(第6話に続く)
