M→モノローグ N→ナレーション キャラ名(年齢)※初出のみ

第3話「新たな存在」

石切(いしきり)家・客間(2話終わりの続き)
 机を挟み、向き合う彩寧(あやね)晶羅(あきら)
 邪魔にならないよう少し離れた所で、和臣(かずおみ)が控えている。
晶羅「そこで君の『心の拠り所』を聞きたい」
彩寧「心の拠り所、ですか?」
晶羅「心の支え、原動力と言ってもいい……君は何のために今まで頑張ってきた?」
 しばし考えた後、彩寧は口を開く。
彩寧「恩人に恥じぬような人間であるためです」
晶羅「詳しく教えてくれ」
彩寧「その方……幸枝(さちえ)さんは村で唯一私に優しく接してくれた人で」

〇8年前の幸枝の家(彩寧の回想)
 幸枝の家で泣いている10歳の彩寧。
彩寧M(よく泣いていた私を慰めてくれました)
 そんな彩寧の背中を、幸枝は優しくさすっている。
彩寧「なんで私の目は綺麗な柘榴石(ガーネット)じゃないの? みんな『屑石(くずいし)』、『ダメな子』だって」
幸枝「この村の人たちにとっては、宝石の目が全て。人の良し悪しもそれで決まると思っていますから……かつての私もそうでした」

〇石切家・客間
 彩寧、過去に思いを馳せているのか遠い目で。
彩寧「若いころの幸枝さんは村でも美しいと評判の宝玉姫で、花よ蝶よと育たられたそうです。そして錺師(かざりし)ではなかったものの華族の男性に見初(みそ)められ、村の外へ嫁ぎました」
晶羅「宝玉姫に対して錺師は圧倒的に少ないから、そうなってしまうんだよな」
和臣М(だとしても宝玉姫と結婚するには、国から認可が下りた華族か、資産家の男性に限られているのが現実だ)
彩寧「幸枝さんは当時の自分を、『世界は自分を中心に回っている』と信じているような傲慢(ごうまん)な性格だったと語りました。使用人をいびり倒し、毎日夜遊びに繰り出して、夫の金で贅沢三昧」
晶羅「だいぶ君と出会った頃と違わないか?」
彩寧「ですよね」

〇8年前の幸枝の家(彩寧の回想)
 幸枝の話を聞いている10歳の彩寧。
幸枝「ある日のことです。いびっていた使用人に顔をめがけて熱湯をかけられ、宝石の目を失いました」
彩寧「(想像してゾッとする)ね、熱湯を?」
幸枝「でも夫はその使用人を庇い、私を糾弾してきて……当時の私には理解できませんでした。村では美しい宝玉姫なら何をしても許されていたから、逆に非難されるなんて」
彩寧「旦那さんは何て言ってきたの?」
幸枝「『君は美しいだけで、周りを虐げてばかり。これならば物言わぬただの宝飾品の方がマシだった』」
 幸枝は当時を思い出してか、唇をキュッと噛む。
幸枝「『自業自得だ』と」
彩寧「……そんな」
幸枝「その後、私は離縁されてこの村に帰ってきました。けれど優しかった両親も持て(はや)してくれた人たちの態度も一変していた」
彩寧「宝石の目を失ったから?」
幸枝「(頷き)この村は外の世界以上に目の美しさを絶対視していることは、身をもって知っていたはずなのに」
 幸枝は布で巻いて隠してある目に触れて。
幸枝「それから私の価値基準は変わりました。そんな自分からすれば、彩寧さんはとてもいい子ですよ」
彩寧「どうして?」
幸枝「見えない私では、他の宝玉姫と彩寧さんの宝石の目の違いがわかりません。ならどこでいい子だと思ったのか……わかるかしら?」
彩寧「(首を横に振り)……わかんない」
幸枝「例えば彩寧さんは目の見えない私を手助けし、話を聞いて傍で笑ってくれます」
 幸枝は彩寧の頭を優しく撫でる。
幸枝「そして季節の花を摘んできて香りを、外の綺麗な景色を一生懸命に言葉で伝えようとしてくれる」
 彩寧、撫でられて嬉しそう。
幸枝「そんなあなたの『人に寄り添う心』は、私にとってどんな宝石よりもかけがえのないものなのです」

〇石切家・客間
 彩寧、桜湯を一口飲み。
彩寧「それからは周りの言葉に傷ついても、あまり泣かなくなりましたね」
 彩寧、桜湯に映る自分の顔(特に目)を見つめ。
彩寧「確かにこの目は周りより劣っていますが、それ以外の面も見てくれる人がいると知ったから」
晶羅「今、幸枝さんは?」
彩寧「3年前に病気で」
晶羅「……悪い」
彩寧「(首を横に振り)最期に幸枝さんは天国から見守っていると言いました」
 彩寧、真っ直ぐな目で晶羅を見つめ。
彩寧「なら私は胸を張って生きれるように頑張るだけです」
晶羅「……君がこの村で腐らずにいた理由がわかった」
 そんな彩寧を眩しそうに見る晶羅。
晶羅「その姿勢は誇りに思うべきだ。君は強いよ、とても」
 褒め慣れていない彩寧、頬が緩む。
晶羅М(──だからこそ惜しい)
 腕を組み、晶羅は考え込む。
晶羅М(俺が求めていた理想そのもの……『自分の目以外を拠り所にしている宝玉姫』なのに)

〇石切家・客間(晶羅の回想)
 他の宝玉姫と見合いをしている晶羅。
晶羅М(他の宝玉姫にも同じ質問をしたが)
 相手の宝玉姫は、目を強調するかのように晶羅に見せつけている。
晶羅М(多くが自身の宝石の目の美しさ)
 佳恵(かえ)との見合い。
 同席した元造(げんぞう)が佳恵の背に手を当てて、誇らしげにしている。そんな佳恵の表情も自信に満ちている。
晶羅М(または宝玉姫として生まれたことへの矜持(きょうじ)を拠り所にしている者ばかり)
 晶羅は作り笑いを浮かべているが、「あぁ、またか」と目は冷ややか。
晶羅М(この環境なら仕方ないとも言える。だがそれが村の外でも通用するとは限らない)

〇帝都・舞踏会(晶羅のイメージ)
 夜、帝都にある西洋風の建物。
晶羅М(正直なところ幸枝さんは、まだマシだ。井の中の蛙だったと気づくだけで済んだから)
 中では舞踏会が開かれており、多くの男女が踊り、談笑している。
晶羅М(錺師の花嫁となれば、同じように選ばれた柘榴石以外の宝玉姫と出会い、比べられることになる)
 そこに男性(錺師)にエスコートされて、ドレスを身にまとった様々な宝玉姫が入場する。
晶羅М(特に世界にも通用する翡翠と真珠の宝玉姫は別格だ)
 輝く目を持った宝玉姫の美しさに気後れし、目を逸らす一般の女性たち。
晶羅М(そこで拠り所にしていた宝石の目の美しさ、宝玉姫としての自信を失う者もいる)

霞初(かすみぞめ)家・千登勢の部屋(晶羅の回想)
 日本家屋の一室で、外の景色を見ている晶羅の母・千登勢(ちとせ)(47)の後ろ姿(浴衣を着て病人のよう)。
晶羅М(そして心を壊し、役目も果たせなくなった宝玉姫の末路は悲惨だ)
 その後ろ姿を、ふすまの隙間から悲しそうに見ている晶羅。
晶羅М(もちろん、そうならないように支えるが……生まれ持った宝石の目ばかりは、どうすることもできない)

〇数日前の花篝(はなかがり)村(晶羅の回想)
 和臣を連れ、花篝村にやって来た晶羅。
晶羅М(だからこそ周りに惑わされない、精神的なものや想いを拠り所にしている宝玉姫を探すために見合いを決めた)

〇石切家・客間
 黙り込んでしまった晶羅を不思議そうに見ている彩寧。
晶羅М(彼女は恩人が死んでもなお、ブレない芯の強さも持っている)
 彩寧の宝石の目のアップ。
晶羅М(皮肉なことだ。目で虐げられてきたからこそ、外見の美しさではなく──俺が求める精神性を重視するようになるなんて)
 ちょうどその時、縁側に小鳥が舞い降りて「チチチッ」と(さえず)る。
 彩寧、それに反応して縁側……日が差す方に顔を向けると、宝石の目が反射で虹色に輝く。
 それを見て、目を見開く晶羅。
晶羅「……は」
晶羅М(今、角度で色が変わった?)
 晶羅はバッと身を乗り出すと、彩寧の顔を両手で包み固定する。
 そして彩寧の目を見るために顔を近づけるが、それは今にもキスできそうな至近距離。
和臣「な、何しているんですか!?」
 晶羅の行動に驚いて、和臣は止めようと立ち上がりかける。
晶羅「いいから、黙ってろ!」
 晶羅の制止に、動きを止める和臣。
 彩寧は顔を真っ赤にし、恥ずかしさから目を閉じる。
晶羅「閉じるな」
彩寧「あ、え……」
晶羅「目を見るだけだ」
 彩寧、おずおずと目を開ける。
 晶羅は彩寧の顔を動かし、宝石の反射を見ている。
晶羅「……」
 しばらくして晶羅は顔から手を放し、座り直す。
彩寧「お、終わりました?」
 すると晶羅、大きな声で「あははは!」と笑い出す。
 それにギョッと驚く彩寧と和臣。
和臣「霞初様? ついに壊れましたか?」
晶羅「やったぞ、東雲(しののめ)! 神は俺を見捨てなかった!!」
 晶羅、しばらく笑った後に着物の袖の中から小さな巾着を出す。
晶羅「驚かせて悪かったな。今から説明する」
 そして巾着の中から小さなガラス玉を取り出して、彩寧に見せる。
晶羅「これは『試宝玉(しほうぎょく)』だ」
彩寧「初めて見ました」
晶羅「今では、滅多に使われないからな。念のために持ち歩いてて良かった」
 晶羅は彩寧に、試宝玉を手渡す。
晶羅「本来、宝玉姫は錺師と契りを交わさなければ異能を発揮できない。けれどこれを使えば異能の一端を見ることができる」 
 彩寧、手のひらに乗せられた試宝玉を感心した様子で見て。
彩寧「すごいですね」
晶羅「握って、その玉に集中してみろ」
 彩寧は試宝玉を祈るように胸の前で握りしめ、目を閉じて集中する。
和臣М(何故そんなことを? 試宝玉を使っても意味なんてないでしょうに)

〇石切家・客間前
 客間前の廊下で元造が耳を澄ませて、話を盗み聞いている。
元造М(強弱はあれど、異能は宝石ごとに決まっている。赤系統の柘榴石なら炎に(ちな)んだもの……灰鉄柘榴石(アンドラダイトガーネット)もそうだ)

〇石切家・客間
 困惑した様子の和臣。
和臣М(だから彼女の異能は、使う前から既にわかっているはず)
 和臣、ワクワクと期待に満ちた目をしている晶羅を見て。
和臣М(そもそも試宝玉は異能がわからない、新種の宝玉姫のためのもの。だからこそ滅多に使われない)
 和臣は、次に試宝玉に集中する彩寧を見て。
和臣М(──まさか!)
 次の瞬間、試宝玉がカッと強く光る。
 そして客間にオーロラのような虹色の光の帯が広がる。
和臣「こ、これは!? 虹色に光る帯?」
 目を開けた彩寧、ここで光の帯に気づき。
彩寧「……え? 何これ!?」
 キョロキョロと忙しなく顔を動かし、あたりを見回す彩寧。
 彩寧が顔を動かすことによって、宝石の目が様々な角度で光に照らされる。
 そのおかげで和臣、彩寧の柘榴石が虹色に反射することに気づく。
和臣「……霞初様」
 和臣は思わず眼鏡を外して、眉間を摘まむ。
和臣「彼女の目が虹色に反射して見えるのは、気のせいでしょうか?」
晶羅「気のせいでも、錯覚でもないから安心しろ」
和臣「(眼鏡をかけ直し)で、ですが! 宝玉姫の目がまれに虹色に光ることがあっても、あれは一部の宝石のみのはずです!」
晶羅「しかも錺師に磨かれて、初めてそう見えるようになる」
和臣「では蛋白石(オパール)のように……?」
晶羅「原石の状態でも虹色の光を確認できる宝石ってことだな」
和臣「そんな柘榴石なんて、聞いたことがありません!!」
晶羅「そう! つまり世界でも未発見の、この豊葦原國(とよあしはらこく)で初めて見つかった」
 晶羅、彩寧に目を向けて。
晶羅「──新種の柘榴石だ」
彩寧「わ、私の目が?」
 彩寧の手から試宝玉が落ちて、畳の上をコロコロと転がっていく。
 手から離れたのと同時に、光の帯も消える。
晶羅「(頷き)信じられないだろうが、紛れもない事実だ」
彩寧「……そんな」
晶羅「でもまさか採掘される前に、宝玉姫で新種の存在を知るなんてな」
和臣「何故、今まで誰も気づかなかったのでしょうか?」
晶羅「最初に下された『屑石』という評価のせいだろう。その先入観から、周りもよく見ようとしなかった」
晶羅М(そして彼女も自身に見切りをつけ、心無い言葉をかけられないように前髪で目を隠したことで)
 晶羅、未だに信じられない様子の彩寧を見て。
晶羅М(真実に気づく機会を逃してしまった)
和臣「ですが幸枝さんは……」
 和臣、そこであることに気づいてハッとする。
和臣「目が見えなかったから、気づきようがなかった?」
晶羅「そういうことだ」
和臣М(そんな不運が重なるなんて。もっと早く誰かが気づいていてば)
晶羅「過ぎたことを考えてもしょうがない」
 晶羅は和臣の心を読んだように告げた後、ニヤリと笑い。
晶羅「だが花嫁については……これで決まりだな?」
和臣М(純粋な柘榴石の美しさなら、石切佳恵が上だろう……だが宝玉姫は各国の宝であり、その国を代表する存在でもある。世界初で、今のところ我が国でしか見つかっていない宝石の宝玉姫)
和臣「……ですね」
和臣М(その圧倒的な希少さの前では、美しさなど些細(ささい)なこと)
 晶羅、廊下に繋がるふすまに向かって。
晶羅「聞いていただろう! 村長! 俺は石切彩寧を」
 和臣、驚いた様子でふすまに目を向け。
晶羅「──花嫁として迎えるぞ!!」

          (第4話に続く)