M→モノローグ N→ナレーション キャラ名(年齢)※初出のみ

第2話「最後の見合い相手」

石切(いしきり)家・土蔵前(深夜で、1話終わりの続き)
 彩寧(あやね)を横抱き(お姫様抱っこ)している晶羅(あきら)
晶羅「──初めまして。原石の宝玉姫(ほうぎょくひ)
 2人を照らすのは月明りと、飛び交う蛍の光で幻想的な雰囲気。
晶羅「怪我はないな?」
彩寧「は、はい」
 晶羅、彩寧をそっと下ろして。
彩寧「(深々と頭を下げ)助けてくださり、ありがとうございました。えっと……」
晶羅「俺は霞初(かすみぞめ)家当主、霞初晶羅だ」
彩寧М(じゃあ、この方が花嫁を探しに来た霞初家の?)
彩寧「どうして、このようなところに」
晶羅「蔵の窓際にいただろ?」
 (1話で)渡り廊下を歩いている晶羅。蔵の窓越しに見える彩寧の人影に気づき。
晶羅「暗くて人相はよく見えなかったが、宝玉姫なのはわかった。俺たち錺師(かざりし)は宝玉姫の気配を察知できるからな」
 (数分前)晶羅が蔵へ向かうと、壊した蔵の窓から出て(ひさし)の上に立つ彩寧の姿を見つける。
晶羅「訳アリのようだし、慎重に探ろうと思ったのだが」
 そして足を滑らせたのを見て、駆け出す晶羅のカット。
晶羅「そちらから出てきてくれて助かった……そろそろ名前を教えてくれないか?」
彩寧「(ハッとし)申し訳ございません! 私は石切彩寧と申します」
晶羅「石切? 御息女は一人だと聞いていたが」
 彩寧は「しまった」という表情で、喋ってしまった口に手をやる。
彩寧「お願いします! ここでのことは誰にも言わずに忘れてください!!」
 そう言って立ち去ろうとする彩寧の手を、掴む晶羅。
晶羅「『はい、そうですか』と言えるわけないだろ! 何故、蔵に閉じ込められていたんだ!?」
和臣(かずおみ)の声「霞初様!!」
 和臣が提灯(ちょうちん)を持って、駆け寄ってくる。
 後方から同じく提灯を持ってこちらに来る石切家の男衆を見て、晶羅は彩寧を掴んでいない方の手で頭を抱える。
晶羅「部屋から抜け出した程度で大捜索なんてするな。山狩りかよ」
和臣「ご自身の立場わかってます!? せめて言付(ことづ)けなり、書置きを残せば」
 和臣、そこで彩寧の存在に気づく。
和臣「そちらの女性は?」
晶羅「あぁ、この子は……」
 晶羅は男衆の中にいる元造(げんぞう)を見つけて、不敵な笑みを浮かべる。
晶羅「ちょうどいい。彼に説明してもらおう」
 元造は彩寧の姿を見て、驚く。
元造「(思わず)どうしてお前が外に!」
 恐怖からビクッと体を震わす彩寧。
晶羅「やはり意図的か」
 晶羅、彩寧を守るように肩を抱き寄せて。
晶羅「(彩寧のみに聞こえるよう小声で)大丈夫だ。俺が守る」
 晶羅は彩寧に向けていた優しい目から、冷たい眼差しで元造を見て。
晶羅「問おう。何故、丁重に扱うべき宝玉姫を蔵に幽閉していた?」
元造「それは……」
晶羅「間違っても白を切れると思うな。俺は夕刻にそちらの御息女が彼女に手を上げ、(しいた)げているところを見ている」
 (1話の)蔵の扉を開け、佳恵が彩寧の髪を掴んで怒鳴り散らしている。それを木陰から盗み見ている晶羅のカット。
元造М(佳恵(かえ)め。余計な事を!)
晶羅「さらに話を聞けば、名は『石切彩寧』。石切家の御息女は一人ではなかったのか?」
元造「その娘は……結婚適齢期ではなかったので」
和臣「(思わずツッコむ)いや、少なくとも15は超えているように見えますが」
晶羅「見苦しいぞ。さっさと本当のことを吐け」
元造「……理由など簡単です」
 元造はいつもの人好きそうな笑みを浮かべ、開き直る。
元造「その娘の目をご覧になったでしょう? 宝玉姫と呼ぶのもはばかれる。石切家に相応しくありません」
晶羅「だから虐げていたと? (鼻で笑い)話にならん……本当はいくつなんだ?」
 元造、(あご)に手を当て長考に入る(振りではなく、本当にわからない)。
 それに唖然(あぜん)とする晶羅と和臣。
晶羅М(我が子の歳がわからないとは、気は確かか!?)
和臣「(彩寧に)自分の歳はわかりますか?」
彩寧「……18です」
和臣「可笑しいですね。提出された名簿に『石切彩寧』の名はありませんでした。つまり虚偽の申告をしたことになります」
晶羅「これは霞初家への叛意(はんい)と見なされても仕方がないな」
 ぐうの音も言えない元造。
晶羅「まぁ、今からでも遅くない。この子とも見合いをするぞ……それまでは我々が保護する」
元造「何故!?」
晶羅「目を離したら、この子に何をするかわからないからだ。今、お前の信用は地の底に落ちていると思え」
元造「ですがそれでは公平さに欠けます! 顔見せすら避けているのに、その娘は特別扱いするおつもりか!」
 元造は揚げ足を取れたと思い、したり顔。
晶羅「一理あるな……では俺は見合い当日まで接触せず、保護は東雲(しののめ)に一任させよう!」
和臣「はい!?」
晶羅「安心しろ。朴念仁(ぼくねんじん)だが、乳母兄弟でもあるこの男を俺は一番信頼している」
和臣М(褒めてるのか? (けな)してるのか??)
晶羅「公平になるように取り計らうだろう……できるよな?」
 そう聞きつつ、晶羅は拒否されるとは微塵(みじん)も思っていない自信に満ちた顔をしている。
和臣「(眼鏡を直す仕草をし)……やればいいんでしょう。やれば」
晶羅「そういうことだ!」
 晶羅、捜索に参加していた男衆たちに。
晶羅「他の者も夜分に済まなかったな。これにて解散!!」
 彩寧を連れた晶羅たち、石切家の男衆が帰っていく中、元造は動かず悔しさから歯ぎしりをする。
元造「(小声で)当主の重責もわからない若造めが……!」

〇石切家・離れ(深夜)
 和臣の案内で、離れにある間に連れてこられた彩寧。
 中は晶羅たちが持ってきた荷物などが置かれている。
和臣「荷物置きに使っている間です。手狭で申し訳ございませんが、ここで過ごしてもらいます。寝具や必要なものはすぐ手配するので……」
彩寧「あ、あの」
和臣「なんでしょう?」
彩寧「本当に私も霞初様とお見合いできるのですか?」
 彩寧はうつむき、手をもじもじとさせている。
彩寧「まだ信じられなくて」
和臣「できますよ。全ての結婚適齢期の宝玉姫と見合いをすると、お決めになられましたから」
 彩寧、顔を上げて嬉しさから「パアッ」と破顔する。
和臣「ですが、あくまで見合い。花嫁になれるとは思わないでください」
 和臣は彩寧のスペースを作るべく、部屋の物を整理していく。
和臣「錺師の花嫁となる宝玉姫には、相応の力が必要です。一般的に美しく希少性の高い宝石の目ほど、引き出される『異能』も強くなると言われています」
 和臣、片しながら淡々と話し続ける。
和臣「あなたの境遇には同情しますが、泣き落としで(すが)るなど霞初様の心を乱すような愚かな真似だけはしないでください」
 和臣が彩寧を見ると、穏やかな顔をしている。
彩寧「東雲様は、心から霞初様を案じているのですね」
和臣「は?」
彩寧「ご安心ください。霞初様は私を助け、他の宝玉姫と同じように扱ってくださった……その御恩を仇で返すようなことは決していたしません」
 彩寧、そこでちょっと困ったように笑い。
彩寧「それにこれ以上、身に余る心遣いをいただくのは……私には何も返せるものはないですし」
 和臣、大きなため息をつく。
和臣「霞初様は見返りを期待して、あなたを助けたとお思いで?」
 その言葉に彩寧は蔵から落ちた自分を受け止めてくれた時、元造を糾弾した時の晶羅を思い返して。
彩寧「……お会いしたばかりですけど、違うと思います」
和臣「でしたら素直に受け取り、感謝を述べればいいのです。そうでなければ相手に失礼でしょう」
彩寧「わかりました!」
和臣「私もあなたを任された以上、当日までにその姿をどうにかします。そんな汚い状態で霞初様と見合いさせるわけにはいきません!」
彩寧「(ショックを受け)そ、そんなに汚いですか!? あ、でも……閉じ込められてから、体も拭けなかったし」
和臣「ちなみにいつから?」
彩寧「……3日前?」
和臣「(彩寧から距離を取る)不潔です!! 今すぐ用意させますから、入浴してください!」

〇石切家・浴室(深夜)
 湯船につかる彩寧は、気持ちよさから溶けそうになっている。
彩寧「……お風呂ってこんなに気持ちいんだ」
 そこでハッと、あることに気づく。
彩寧М(もしかして私、汚いだけじゃなくて臭かった!?)
 晶羅に横抱き、肩を抱き寄せられた時のことを思い出す。
彩寧М(なのにあんな至近距離で……!)
 彩寧は恥ずかしさから真っ赤になった顔を両手で覆う。
彩寧М(恥ずかしすぎる! 次会った時、ちゃんと顔を見て話せなかったら……どうしよう)

〇石切家・離れ
 荷物に囲まれた間で、布団にくるまる彩寧。
彩寧「うぅ……布団がふわふわ過ぎて、眠れない」
彩寧М(東雲様もおっしゃていたけど、お見合いまでにマシな見た目になるといいな)
 彩寧、天井を見上げつつ。
彩寧М(今まで身なりは最低限でよかった。こんな目だし綺麗になろうなんて、一度も思わなかったのに)
 彩寧、うとうととし始め。
彩寧М(だけど霞初様には、綺麗になった私を見てほしい。そして──)
 眠りについた彩寧。
 夢の中では晶羅は着飾った彩寧の頭を優しく撫で、「すごく可愛いよ」と(ささや)いている。
彩寧М(喜んでほしいって思うのは、なんでだろう?)

〇石切家・客間(5日後)
 庭園が見える客間が、見合いの部屋として使われている。
 見合いをしていた宝玉姫とその親が退室したのを見届け、晶羅は大きく息を吐いて伸びをする。
 控えていた和臣、見合い相手の湯飲みを片付けつつ。
和臣「お疲れ様です」
晶羅「わかってはいたが、連日は大変だな」
和臣「3日間に分けたとはいえ、1日あたり4人の計12人。ですが次で最後です」
晶羅「虐げられていた……もう一人の石切家の御息女か」
和臣「一応確認しましたが、親は同席しないそうです」
晶羅「(ウザそうに手で追い払う仕草)いい。むしろ好都合だ」
 晶羅、桜湯を飲み。
晶羅「保護を一任したが、どうだ? その後の様子は」
和臣「最初は普通の食事すら胃が受けつけないほどでしたが、だいぶ顔色が良くなりました」
 (ぜん)に乗ったご飯を食べた彩寧、苦しそうに口に手を当てる。
 それを見て慌てる和臣のカット。
和臣「ですが栄養失調気味なのは変わりません」
晶羅「触れた時は細すぎて驚いた。成長も遅れているのだろうな」
和臣「とても18には見えませんし、おそらく」
 晶羅、横抱きした時に見た彩寧の目を思い出し。
晶羅「あの『灰鉄柘榴石(アンドラダイトガーネット)』自体は珍しい。もし緑色だったら虐げられることもなかっただろうに」
晶羅М(柘榴石は意外と種類が多い)
 様々な色をした柘榴石たち。赤系統だけで数種類あるカット。
晶羅М(『灰鉄柘榴石』に属する柘榴石の中には、金剛石(ダイヤモンド)の輝きにも匹敵する希少な緑色の『翠柘榴石(デマインドガーネット)』がある)
和臣「東欧でも北の方で採れる宝石ですね。まぁ、我が国では採れないので『翠柘榴石』の宝玉姫もいるはずもないのですが」
晶羅「加護を受けるには、まず住む地にその宝石があることが前提条件。やはり国土が狭いのはつらいな」
彩寧の声「──失礼いたします」
 そして入室した彩寧を見て、晶羅は感嘆の息を漏らす。
晶羅「まさか、ここまで見違えるとは」
 彩寧の顔は軽く化粧され、長かった前髪も目が見えるように切られている。
 下ろしていた長い髪は綺麗な(かんざし)で結い上げ、着物は華美ではないものの、逆に控えめな柄や色合いが彩寧の良さを引き立てている。
 彩寧、机を挟んで晶羅の対面に座ると頭を下げ。
彩寧「助けていただき、ありがとうございました。本日はよろしくお願いいたします」
 しかし晶羅、彩寧の顔を凝視したまま無言。
 彩寧は視線が落ち着かず、前髪を引っ張って目を隠そうとする。
彩寧「へ、変でしょうか?」
晶羅「逆だ。よく似合っている……今までその美しさに気づかなかった周りの目は節穴だ」
 控えている和臣も言葉にしないが、何度も頷いて同意している。
晶羅「出会った時は夜でよく見えなかったとは言え、もっと早く……俺が一番に気づきたかった。まさか東雲に先を越されるとはな」
 和臣、突然の飛び火にギョッと目を見開く。
 彩寧は率直な誉め言葉に赤面し、口をパクパクとさせている。
晶羅「さて、始めるか。君について教えてくれ」
彩寧「は、はい!」
 ガチガチに緊張している彩寧。
彩寧「石切家長女の石切彩寧、18歳です! 使用人として働いていたので家事全般できます! あとはその、えっと……(尻すぼみに)」
和臣「こちらでも飲んで落ち着いてください」
 和臣、彩寧の前に桜湯が入った湯飲みを置く。
彩寧「……綺麗」
 彩寧は桜湯の中の花を見て、目を輝かせる。その様子を晶羅は愛おしそうに見ている。
晶羅「桜湯は初めて?」
彩寧「はい……お湯の中に桜が咲いてるなんて」
 彩寧、一口飲み。
彩寧「おいしいです」
晶羅「落雁(らくがん)も食べるか?」
 晶羅が開けてみせた小箱の中には、色とりどりの落雁が入っている。
彩寧「(嬉しそうに)いいんですか?」
晶羅「あぁ、もちろん」
 晶羅は落雁を一つ摘まんで、彩寧に差し出す。
 彩寧は受け取ろうと両手を出すが、晶羅は摘まんだまま離さない。
彩寧「……? あの」
晶羅「(笑顔で)口開けて」
彩寧「へ!?」
晶羅「ほら、早く」
 おずおずと開けた彩寧の口に、晶羅は落雁を入れる。
晶羅「もう一個食べるか?」
 和臣、わざと「ゴホン」と咳払い。
晶羅「はいはい、わかったよ……(ボソッと)せっかく人が癒されてたのに」
 晶羅は彩寧が好きに食べられるよう、彼女の前に落雁の小箱を置く。
晶羅「この見合いの目的は、宝玉姫の人となりを知ることだ。契りを交わした錺師と宝玉姫は夫婦であり、国をともに守る相棒でもある」
 真剣な雰囲気に、彩寧は居住まいを改めて正す。
晶羅「なら信頼関係を築くために、相互理解が必要だと俺は思っていてな……そこで君の『心の拠り所』を聞きたい」

          (第3話へ続く)