一
今日、親父が死んだ。死因は、一方通行なのに逆走してきた車と正面衝突したからだ。相手の運転手は飲酒運転だったらしい。大怪我を負ったようだけれど、命に別状はないらしい。
親父の身元がわかったのは、車の中のダッシュボードに入っていた運転免許証を警察官が見つけたからのようだ。それで、調べて俺が息子だということがわかり仕事中に電話がきた。最初、電話がきた時誰だろう? と思ったので放置していた。因みに俺の職業は土木作業員。でも、数分してからまた同じ電話番号から電話がきて俺に用事があるやつだな、と思ったので班長に許可を得てから電話にでた。そこで、相手が警察だということがわかった。
俺は事情が事情なだけに、とりあえず早退させてもらった。母はこのことを知っているのだろうか。まず、母の携帯に電話をかけた。だが繋がらない。やはり、仕事中か。そう思い、一旦実家に行き電話帳で調べて母の勤務先である洋服店に電話をかけた。出たのは社長だろうか、渋い声で、
『もしもし、田中商店です』
と言った。
「あの、本田だけど母はいる?」
『はい、ちょっと待ってね』
暫く待ったあとに、『もしもし』
「母さん、親父が事故で亡くなった」
『……え! ほ……本当?』
「ああ……さっき警察から電話がきた」
『警察? そうなんだ……』
父の突然の死に母は言葉を失っているようだ。
「それで、俺、早退したんだ。今から親父を引き取りに病院に行くから母さんも早退して一緒に行ってくれないか」
『わかった、社長に事情を話して帰るから』
そう言って電話を切った。
母と話した後、実家で待っている間、俺は加害者が憎くて堪らなかった。涙を流し、鼻水も止まらなかった。三十分くらいしてからドアを開ける音がした。母が帰ってきたのだろう。俺は涙や鼻水を拭ったティッシュを隠すように丸めてゴミ箱に捨てた。居間に入って来るなり母は、
「敦? ああ、来てるね。何で……何でこんなことになったの……?」
母は動揺している様子。俺は病院に行く前に警察から聞いた話しを母にもした。
「そうだったんだ……。完全にお父さんは被害者ね……」
「とりあえず、病院に行くぞ」
「どこの病院か知ってるの?」
「ああ、警察は町立病院に救急車で運んだって言ってた」
「そう……。わかった。敦の車でいいでしょ? 何か、何か事情がわかってきたら気持ちが不安定になってきた……」
「そっか、俺が運転するから大丈夫だ」
二
町立病院に着いた時刻は午後三時くらい。受付に行き話しをした。「救急車で運ばれた本田 太一の家族だけど親父を引き取りにきたんだ」「そうですか、わかりました。ご遺体は霊安室にございますのでそちらの方に行っていただけますか?」 俺はそう言われて頭にきた。「あのさー、霊安室の場所知らないんだけど! 案内してくれよ!」 強い口調で言うと周りの患者などは俺の方を見た。それにも腹が立ち、「見てんじゃねーよ! 見せ物じゃねーんだ!」 そう怒鳴ると、こちらを見ていた患者達は目を逸らした。「ご案内しますね」 俺は、苛々が止まらない。畜生! なんだこの病院は! と口には出さなかったが心の中で叫んだ。 母は俺の後ろから付いて来ているのを確認した。俯きながらとぼとぼと母は歩いている。
職員が霊安室の鍵を開け、俺と母を入るように促した。母は、
「お父さん……? ほんとに、お父さん……? うわああ……!」
と泣き崩れた。
俺も釣られて泣きたい気分になったが堪えた。俺は職員に訊いた。
「親父は葬儀屋が家まで運んでくれるんだろ?」
「そうですね」
「どこの葬儀屋がいいかな」
職員は困った顔付きになり、
「それは、ご家族の方に寄って違うので一概には言えません」
「俺らは葬儀屋についてよく分からないから、人気のある葬儀屋はどこかわかる?」
「人気があるといいますか、よく利用されている葬儀屋ならわかりますよ」
「じゃあ、そこ教えてくれないか」
「わかりました」
泣いている母は気の毒に思えたけれど仕方ない。俺は母に声を掛けた。
「母さん、受付に戻るぞ」
母は顔を上げ頷いた。顔面が涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。
受付に行き、先ほど話した葬儀屋の名前と電話番号を教えてもらった。俺はすぐに電話をした。
十五分くらい話しただろうか、まずは葬儀屋はこの病院に親父を引き取りに来てくれるらしい。自宅まで運んでもらい、あとは葬儀屋に任せておけば全てやってくれるようだ。
俺と母は受付の前にある椅子に座って葬儀屋がくるのを待った。母は、
「ごめんね、敦。私、何もしなくて」
「いや、いいんだ。俺に任せとけ」
「頼りになるね。さすが息子だわ」
妹の瑠璃にも連絡しないとな。忙しくて出来なかった。すると母が言った。
「それは私がするよ。それくらいしないとね」
「大丈夫か? 無理すんなよ。俺が瑠璃に連絡してもいいんだぞ?」
「いや、大丈夫よ」
「そうか、わかった」
三
母は病院の玄関から出て電話をしている。きっと、妹の瑠璃にだろう。 今の時刻は午後四時くらい。母は話しながら泣いている。様子を窺っていると、とうとう俯いてしまった。これじゃあ、周りのやつらにいい見せ物だ。可哀想に。そう思ったので走って母のもとに行き背中に手を当て、立つように促した。
自分で言うのもおかしいが、俺は優しい息子だと思う。妹の瑠璃より優しいのではないかと思う。
母は、勤務中の瑠璃への電話を手短に済ませ、切った。俺は電話の内容を訊いた。すると母は、
「今夜、遅くなるけど帰って来るって。瑠璃、凄くびっくりしてたわ……」
それはそうだろう、親が亡くなって驚かない子どもはいないだろう。例え殺したいほど憎んだ親であっても。
俺はもう一度、さきほどとは違う若い女性職員に話しかけた。
「あのう、本田太一の息子だけど、葬儀屋に俺の実家の住所は教えたけど親父の遺体を運んでもらうために葬儀屋が来るのを待った方がいいのか?」
すると若い女性職員は、
「そうですね、病院にいて下さった方が間違いないかと思います」
「間違いって?」
「……そうですね。例えば違うご遺体を運んでしまわないようにとかですかね……」
「そんなことあるのか……」
俺はその話しを聞いて愕然とした。その若い女性職員は焦った様子で、
「あの、あくまでも例えですので。様々な理由があるかと思います」
「そうか、わかった。じゃあ、いるわ」
俺としては辛そうにしている母を早く自宅に帰してやりたかったのだ。母のことが心配になり、声を掛けた。
「母さん、大丈夫か?」
母は頷いた。未だに精神的に安定しないのか、泣いている。確かに急な出来事だったから無理もないかもしれない。俺は我慢しているけれど。
暫くして、黒いスーツを着た中年くらいの男女が四人、院内に入ってきた。葬儀屋の人間だろうか。俺はそいつらを見ていると、その中の女性が気が付いたのか、こちらにやって来て話しかけてきた。
「あの、本田さんのご家族の方ですか?」
「ああ、そうだ。さっき電話した葬儀屋の人?」
「はい、そうです。この度はご愁傷様です」
俺は黒いスーツの女に言った。
「母を早く家に帰らせてやりたいから、すぐに家に親父を運んでくれ」
その女性は、
「承知しました。では早速、霊安室から本田太一様を移動させていただきます」
別の黒いスーツを着た男は受付に行った。手続きをするのかな。
四
午後十一時頃、妹の瑠璃が帰って来た。家の前に白い軽自動車を停め、慌てて家の中に入って来た。
「お母さん! 本当にお父さん亡くなったの……?」
憔悴しきっている母に代わって俺が答えた。
「ああ、本当だ。仏間に親父がいる。線香あげてやれ」
瑠璃はバタバタと大きな音をたてて仏間に行った。すると、
「嘘でしょ……お父さん! 何とか言ってよ……!」
妹には受け入れ難い現実のようだ。 泣きながら顔にかかっている白い布を取り、布団をはぎ、瑠璃は親父の肩を掴んで揺らした。「お父さん……! ねえ、起きてよ! 寝てるだけなんでしょ……!?」
俺はその光景を見て言った。
「瑠璃、やめろ。親父は亡くなったんだ」
「お兄ちゃん、よくそんな平気でいられるね! 悲しくないの?」
妹は僕を睨んでいる。まるで、俺が悪者のように。
「平気じゃないさ。でも、亡くなってから数時間経っているから悲しみは少し癒えたよ。それより、親父を殺した犯人が憎い。もし、目の前にいたら八つ裂きにしたいくらいだ。いくら、事故とはいえ……」
「……だよね。犯人は捕まってるんでしょ?」
「ああ、そう警察は言ってた」
「なんか、お父さん苦しそうな顔してる。気のせいかな……」
俺は瑠璃の発言で気付いた。「確かにそうかもしれないな。言われるまで気付かなかった」
「俺もお前も親父には世話になったよな。小さい頃はよく遊んでくれたし」
瑠璃は覚えていないのだろうか。何も言わない。なので訊いてみた。
「もしかして、覚えてないのか?」
妹は嗚咽を漏らしている。思い出して泣いているのか。
「覚えてるよ……忘れるわけないじゃない」
「だよな」
「お父さんと遊んでもらったことを思い出したら、悲しくなっちゃって……」
俺は思わず、ハーッと溜息をついた。俺も、親父が死んだ、という電話連絡をもらってから、今までずっと気を張り詰めていたので疲れてきた。気を緩めたと同時に俺も悲しみが込み上げてきた。俺は右手で目の辺りを掴んでとうとう泣いてしまった。ヒックヒックと嗚咽を漏らしながら。それを止めようと思っても無理だった。瑠璃は、
「お兄ちゃん……」
と言い、
「悲しいよね、泣きたいだけ泣くといいよ……」
だが、その言葉に俺は甘んじなかった。男なんだから、長男なんだから、いつまでもメソメソ泣いているわけにはいかない。
五
通夜は翌日の午後六時三十分から行われた。身内だけの家族葬だった。親父の両親はまだ健在だ。だから、俺からすれば祖父母。祖父は気丈に振舞っていたが、祖母は親父の棺の前で号泣していた。俺の母は、
「おばあちゃん、泣きたい気持ちは分かりますけど、席を外した方がいいですよ……」
でも祖母は、母の言うことなど耳に入っていないのか、ただ、ひたすらそこで泣いていた。 そして、暫くそうっとしておくと祖母は泣き止み、起き上がった。
「……ごめんね……」
と一言いってトイレのある方に移動した。
俺は母に、
「ばあちゃん、気が済むまで泣いたのかな」
と訊くと、
「多分、そうじゃないかな。でも、おばあちゃんを見て思ったけど、息子を亡くすって深い悲しみなんだろうな」
祖父が話しに入ってきた。
「そりゃ、そうだよ京子さん。わしだって本当は泣きたいくらい悲しいけど、男だからばあさんのように人前で泣くわけにはいかないんだ」
俺は思った。(年代に寄っていろんな考え方があるんだな)と。 祖父は言った。
「線香は絶やせないから身内みんなで交替で起きて線香をあげなきゃならん」
俺は祖父の言ったことは知らなかった。なので、
「へえ、そういうものなのか。知らなかった」
祖父は更に言った。
「だてに年はとっとらん」
険しい顔つきになって言った。
「そうだよなあ、さすがじいちゃん」
「いやいや、わしなんかものを知らない方だぞ。敦が知らないだけだ」
そうか、と俺は苦笑いを浮かべた。なんか、祖父に馬鹿にされた気がした。まあ、祖父の方が人生の先輩だから当然かもしれない。 今、ここにいるのは母と祖父、祖母と妹、母の兄弟と父の兄弟、俺がいる。なので、
「時間を決めて線香をあげよう」
と祖父は言った。
「じいちゃん、時間って何時間おきに線香をあげるかっていう意味?」
「そうだ。二時間おきにするか。まず、最初はわしと敦で起きていよう。他の人は仮眠をとってくれ」
そう言うと、祖母、妹、母の兄弟と父の兄弟は横になった。祖母に至っては泣き疲れたのか、イビキをかいて寝てしまったようだ。母は祖母に葬儀屋の人が用意してくれた毛布を一枚かけてあげた。今の季節は夏だけれど、一応、毛布を用意してくれた。そういえば、もう母も悲しんでる様子がない。散々泣いたからだろうか。そんなことはイチイチ訊かないけれど。 交替しながら線香をあげ、そして朝を迎えた。
六
今日は告別式と出棺がある予定。親父の肉体は今日、なくなる。そう考えるとあれだけ仲の悪かった親父なのに悲しくなってきた。人間の心って不思議なものだ。何かのきっかけで気持ちが変わるのだから。
母の様子がおかしい。どうしたんだろう。泣いているのか。それも仕方ないこと。母は、バッグからポケットティッシュを取り出し、鼻をかんでいる。妹の瑠璃は俯いていて、誰一人として笑っている人はいなかった。それもそうだろう。今日で親父の身体は火葬されるわけだから。もう二度と父の姿は見ることができない。見れるとしたら遺影か写真だけだ。
今日の予定を終えて、遺骨は実家に置かれた。仏壇やお墓もなかったので親父の生命保険でおりたお金と母の貯蓄も含めて買った。俺は一人暮らしで貯金も殆どない状態。家族は妹の瑠璃と祖父母と母の四人暮らしになった。俺は一緒に暮らしていない。今までは、父と母の収入だけでやり繰りし、生活していたが、大黒柱がいないので四人全てから少しずつ集めて生活することになったようだ。
俺は別居しているというのもあり、翌日から出勤した。瑠璃も出勤した。なので、家に残っているのは、母と祖父母だけ。三人は元気がない。俺は出勤前に実家に寄り様子を見に行った。やはりかと思った。まあ、時間が解決するだろう。仕方ないとしか言いようがない。
俺は午後五時頃に仕事を終えて、再び実家に様子を見に行った。祖父母はテレビを観ており、母は夕食の支度をしていた。瑠璃は確か午後六時まで仕事だったはず。母が言った。
「敦。様子を見に来てくれるのは有難いけど、あんたも仕事をして疲れているだろうからまっすぐ自分のアパートに帰っても大丈夫だよ」
「そうか、わかった。明日からそうする。まあ、何かあったら連絡くれ。仕事中でなければすぐに来るから」
と俺は言った。母は、
「敦は優しいねえ」
そう言うと俺は、
「いや、心配だからさ」
「心配してくれてありがとね。でも、大丈夫だよ」
母は、
「たまに家のご飯食べて行くかい?」
「いいのか?」
俺が訊くと、
「もちろんよ。お父さんの代わりみたいに動いてくれるから、そのお礼にね」
母はそう言うと俺は、
「いや、当然のことをしたまでだ」
と言った。母は、
「ずいぶんかっこいいこと言うじゃない」
そう言うので俺は、
「そうか? そうでもないぞ。思ったことを言ったまでだ」
と言った。フフっと母は笑っていた。俺は、
「何で笑うんだ?」
そう訊くと母は、
「いやあ、頼りになる息子になったなと思っただけよ」
俺は、ハハハハッと笑った。
七
俺は自分の住んでいるアパートに着いた頃、雲行きが怪しくなり雨が降ってきた。車から降りて俺は急いで部屋の中に入った。濡れたくないから。今日の夕食は母が作ってくれて食べてきたから必要はない。楽だ。
親は有難いものだなと、つくづくそう思う。でも、一緒に暮らす気はない。俺は一人でいるのが好きだ。友達はいれば一緒に遊ぶが、別にいなければいなくてもいい。友人の気持ちを考えながら遊ぶのは面倒だ。それなら一人でいる方がマシ。
従兄弟の前島育人とは久しく会っていない。彼は二十八歳。気の合う従兄弟だからたまにLINEでも送ってやるか。
<久しぶりだな。元気にしてたか。知らせてはいなかったが先日親父が亡くなったんだ。事故死した>
暫くしてから育人からLINEがきた。
<マジか! 何で知らせてくれないんだよ! おじさんには世話になったから線香をあげに行くよ。それにしても水臭いよな>
やはり知らせるべきだったか、失敗した。まあ、確かにおじさんに当たるから伝えるべきだったな。俺としては余計な気を遣わせたくなくて、敢えて言わなかったんだけど裏目にでたようだ。母も特に何も言わなかったし。母のせいにしている訳ではないが。
育人は札幌市に住んでいる。俺の実家まで車で約三時間かかる。今度こっちに来た時は酒でも一緒に飲むかな。昔話や将来の話しをしたいし聞きたい。俺はLINEを返した。
<すまないな。やはり連絡すればよかったな。今度、こっちに来た時は俺のアパートに来ないか。酒でも一緒に飲みたいから>
彼からのLINEはすぐに来た。
<明日行くわ。敦は明日何時に仕事終わる?>
俺は夕食の支度を始めていたので育人からのLINEに気付かなかった。今夜は焼きそばを食う。
出来上がった頃にLINEがきていることに気付いた。育人からだ。見てからすぐにLINEを送った。
<いつもは五時に終わる予定だ。でも、今時期は冬だから仕事がない。だから家にいると思う>
彼は何をしているのか、次のLINEはなかなかこない。
俺は焼きそばと白米を食い始めた。なかなか上手くできた。自分で言うのもなんだが。
八
俺は育人からのLINEを待たずに眠くなったから布団に入り寝てしまった。翌朝は四時くらいに目覚めた。今は冬なので夜明けが遅い。なのでまだ外は暗い。とりあえずトイレに行って用を足した。
俺の職業は、土木作業員だから冬にほとんど仕事がない。なので失業手当を毎年もらっている。すでに正月は明けていて今日は一月十五日木曜日。昨日、会社の上司から電話があって、明日は仕事があるらしい。正直、面倒くさい。家で寝ていたい。
スマホを見てみると、LINEが一件きていた。あけてみると前島育人からだった。内容は、
<そうなのか。じゃあ、夜行くよ。行く時LINEする>
というもの。俺も一応返した。
<了解!>と。
仕事は八時までに出勤しなければならない。仕事が早く終われば、早く帰れる。でも、基本的に午後五時まで仕事。
今日は仕事。いつも仕事がある日は午前六時三十分にアラームをかけて起きている。朝飯は前の日にコンビニからカップラーメンとおにぎりを買っておいてそれを食べる。入浴は仕事に行く前の日に済ます。朝、シャワーを浴びるのは面倒くさいから。俺は結構面倒くさがり屋かもしれない。
去年、俺は仕事中にミスをし右足の甲を骨折してしまった。半端じゃなく痛かった。すぐに班長に報告し、患部を見せた。すると紫色に腫れていて、
「すぐに病院へ行け! まったく、何やってるんだ! 気を付けろよ」
と班長に怒られた。俺だって怪我をしたくてやったわけじゃないのに酷い言われようだ。車の運転はできないから同僚にとりあえず家に連れていってもらい、保険証とお金を持って総合病院に行った。その間も痛くて痛くてしんどかった。
あれから約一年が経過した。ほとんど痛みもなくなり、仕事にもすでに復帰している。あの時ほど両親に世話になったことはないな。親のありがたみを痛感した。ご飯を作ってくれたり、入浴の手伝いを父にしてもらったりと助かった。でも、両親は最初のころブツブツ文句を言いながら世話をしてくれた。まあ、それくらい言われても仕方がないと思い、反論はしなかった。
いつものように朝六時三十分にアラームをかけておいたので、けたたましい音とともに目覚めた。眠い、とにかく眠い。でも、仕方なく起きた。仕事に行きたくない。そう思いながら支度をし、洗濯してある作業着に着替え出勤した。
九
仕事を終えたその日の午後八時くらいに前島育人からLINEがきた。
「今から行くけどいいか?」
俺はすぐにLINEを送った。
「ああ、いいよ。待ってるから」
わかった、というLINEがきてやり取りを終えて俺は育人を待っている。
二十分くらい経過して部屋のチャイムが鳴った。俺は立ち上がり玄関に向かった。俺は、
「はい」
と言うと、
「おれだけど、育人だけど」
そう聞えたので、
「おう、開いてるぞ」
そう声を掛けるとガチャリという音とともにドアが開いた。姿を見せたのはやはり育人だ。でも、以前とはだいぶ容姿が違う。金髪のモヒカンで、スカジャンを着ている。まるで、ヤンキーのようだ。膝が破れたジーンズをはいていて、シルバーのスニーカーを履いている。
「よう、久しぶり」
育人がそう言うと俺も、
「そうだな、久しぶり」
と言った。
「まあ、入れよ」
と言いながら右腕を挙げ育人を部屋の中に促した。
室内に上がった育人に俺は話しかけた。
「ずいぶんと変わったな、髪型とか、スカジャンとか今まで着なかっただろ」
「まあ、そうだな。イメチェンしたくてよ」
「それは女に好かれたくてやったのか?」
育人は苦笑いを浮かべて言った。
「それはそうだ。見返りがないとやらないだろ」
俺は笑いながら、
「まあ、そうだよな」
「それより座らせてくれよ」
「ああ、悪い」
言いながら俺は座布団を一枚手渡した。育人はそれを敷いて座った。
「今まで敦の実家にいたんだわ」
「そうなのか。俺は毎日様子を見に行ってたら、大丈夫だからまっすぐ自分のアパートに帰っていいよと言われたんだわ」
「そうだったのか」
俺は訊いた。
「何飲む?」と。
育人は、
「何があるんだ?」
冷蔵庫に行って中を見た。
「ビールとチューハイがあるわ」
彼は、
「じゃあ、ビールで」
わかった、と言いビールを取り出して育人に渡した。彼は、
「サンキュ」
すぐにふたを開けた。グビグビっといい飲みっぷりだ。
「喉乾いてたのか?」
「ああ、仕事場で飲もうとしたんだけど忙しくて飲む時間なかった」
「そうか、今はどんな仕事をしてるんだ?」
俺が訊くと育人は、
「コンビニの店員だ。一応、正社員だ」
「ほう、正社員は凄いな。俺なんか日給月給のパートみたいなものだ」
育人は黙っている。何か考えているのだろうか。
「パート? どんな仕事だよ」
「土木作業員だ」
「おお、それは給料もいいだろ」
「まあ、悪くはないな。きついけど」
俺は顔を歪ませながら言った。
「ちょっと、横になっていいか」
育人がそう言うので、
「ああ、もちろんだ。楽にしてくれ」
「サンクス」
英語かよ、と俺が突っ込むと彼は笑っていた。
十
俺がテレビを観ている間に育人は眠ってしまった。仕事で疲れたせいかな。彼の話しを聞いていたら忙しそうだ、だから、その分大変なのだろう。起こすのも可哀想だから寝かせておくか。本当はもっといろいろ喋りたかったけど。仕方ないな。そう思い、テレビのチャンネルを変えた。
スマホの時計を見ると23:19と表示されていた。それと同じくらいに育人は起きた。
「ん……。ここは……。あ、敦。すまん、寝てしまった。起こしても良かったんだぞ」
俺は、
「いやあ、仕事で疲れて寝てしまったんだろ。起こすのは可哀想だと思って」
と言うと、育人は、
「相変わらず優しい奴だな」
言いながら笑った。
「腹減ったな」
と育人が言うと、俺は、
「カップ麺ならあるぞ」
「お、そうか。食いたいな」
「ああ、いいぞ」
俺はそう言って立ち上がり、ガス台に載せてあるやかんに水を入れて火をつけた。
「悪いな」
育人がそう言うので俺は、
「いや、これくらい大したことじゃないけどよ。てっきり弁当でも買ってくるのかと思ってたから何も余分に買ってないんだ」
「そうかそうか、まあいい」
俺は冷凍室を開けてみるとタッパに入ったご飯が二パックあった。育人に訊いてみた。
「ご飯食うか? 冷凍だからチンするけど」
「いいのか? 何だか悪いな」
俺は、「いや、たまにしか来ないんだから遠慮するな」
「そっか、ありがとな」
「いや、いいんだ」
電子レンジで二パック温めて、お湯も沸いたのでカップ麺のラベルを剥がし、味噌ラーメンなので味噌の液体を入れ、その上から熱湯を注いだ。ラベルを見てみるとどうやら五分待たないといけないようだ。トレーにご飯とカップ麺を載せて居間に置いてあるテーブルに置いた。その後、割り箸を一膳渡した。
育人は早食いだ。きっと、噛んでないのだろう。カップ麺は汁まで飲んだ。確かに旨いけど。ご飯も二パック完食した。俺も、何だか食べたくなってきたので、カップ麺は沢山買ってあるから醤油ラーメンを食べることにした。
お湯を沸かし、タレを入れ、その上から熱湯をかけた。良い匂いがする。まずは、育人の食べた後片づけをし、その後に俺のカップ麺をテーブルに載せた。育人は、
「俺が食べたから、敦も食べたくなったんだろ?」
「まあ、そんなとこ」
十一
俺は育人に訊いた。
「テレビ観るか?」
「ああ、スポーツのニュースやってるだろ。今、何時だ?」
「十二時過ぎだ」
すると彼は起き上がり、
「お! ちょうどいい時間だな」
と言った。
俺はテレビのリモコンを育人に手渡した。
「適当に観たいもの観てくれ。俺はカップ麺を食う」
わかった、と言い俺は言った。
「お! やってるやってる」
育人はプロ野球のニュースを観ている。
以前から彼はスポーツ観戦が好きなようだ。
野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、水泳などの結果を食い入るように観ている。まるで、自分の家で観ているようだ。まあ、いいけれど。
俺はカップ麺にお湯を入れて五分くらい経過したので食べることにした。 時刻は午前十二時半過ぎ。眠くなってきた。でも、育人はさっきまで寝ていたから眠くないようだ。俺は怠くなってきたのでその場で横になった。育人は言った。
「敦、眠いのか」
「ああ、少しな。怠いわ」
育人は言った。
「我慢しないで寝てもいいぞ。俺はテレビ観たら寝るから」
「そうか、今日は寒いから毛布と掛け布団でいいか、枕もあるし」
「ああ、いいぞ」
「じゃあ、おやすみ」
俺はいつも寝ている布団で眠った。俺はその夜、夢を見た。最近、ニュースで持ち切りの熊のそれを。俺は、市役所にあるはく製の熊なら見たことはあるが、生きている熊を目の前で見たことはない。その巨大熊に襲われ、大怪我を負う、という夢だ。俺は驚いて飛び起きた。寝汗もかいていた。まだまだ死にたくない。やりたいことがたくさんあるから。結婚は一度くらいはしたいし、自分の子どもも見てみたい。そんなことを考えながらぼーっとしていた。何で、そんな夢を見たのかはわからない。まあ、夢はそんなものだろう。根拠のないものばかり。
ふと、気になってスマホの時計を見た。午前二時過ぎ、丑三つ時だ。霊が出やすい時間帯と言われているが、見たことがない。見たいとも思わないが。ホラー映画や、ホラー小説は観たことはない。気持ち悪い、というのもあるが、興味がない。
また、寝ようと思い目を瞑った。 気付いた時は、午前六時頃だった。もう少しだけ寝ていたいので眠った。
十二
親父が亡くなって暫く時間が経ち、親戚のおじさんの稲川さんから午後八時頃、電話がきた。何の用だろう? と思いながら電話に出た。
「もしもし、おじさん?」
稲川さんはゆっくりとした口調で話し出した。
『もしもし、敦か。お前の親父の葬儀以来だな』
俺は稲川さんに、お前、と呼ばれて癪に障った。なので、
「おじさん、お前と言う言い方はないでしょ。俺だって名前があるんだから」
思わず言ってしまった。
『ああ、すまんな。本田敦』
いちいち腹立つおじさんだな、と思ったので、
「何でフルネームなんすか! 何か嫌味に感じるな。名前で呼んでよ」
『お前も言い返してくるようになったな』
「また、お前って言うし。で、何の用すか?」
俺は呆れてしまった。今、言ったことなのに忘れたのか。
『お前の親父の四十九日の法要の日程が決まったから連絡したんだ』
「あ、そうなんすね。すみません。で、法要はいつ?」
『今週の日曜日の十一時からだ。お寺でやるから空けとけよ』
「わかった。ありがとう。本当は俺がやらなくちゃいけないことなのに、全然そういったことわからなくて」
受話器の向こうで、フンっと鼻で笑うのがわかった。稲川さん、俺のこと馬鹿にしているな、そう思うと腹がたってきた。でも、やってもらった身だから、敢えて文句は言わなかった。
「坊さんとかにも連絡しなきゃいけないでしょ?」
『それも全部手配済みだ。お前のすることは何もない』
「すみません」
『じゃあな、それだけだ』
「うん、わかりました」
そう言って電話を切った。
稲川さんは、俺の母に連絡はしたのだろうか。もしかして、法要の準備は母がすることでは? そう思った。なので、母に電話をした。今はまだ、午後八時半くらいだから起きているだろうと思って、電話をした。なかなか繋がらなくて、七回目の呼び出し音でようやく繋がった。
『もしもし、敦? どうしたの』
あ、これはもしかして……。そう思いながら話を始めた。
「母さん、稲川さんのおじさんから電話いったか?」
すると、沈黙が訪れた。もしかして、もしかする。
『いや、きてないけど何で?』
「やっぱりか、稲川さんのおじさん、親父の四十九日の法要の段取り全てしてくれたみたいで」
また、沈黙に襲われた。
『何で、私のところじゃなく、敦のところに連絡行ったんだろ』
「多分、俺が長男だからじゃないか? 詳しいことはわからないけど」
『そうだったの。それで、いつ?』
「今週の日曜日の十一時からお寺で行うって」
『そうなんだ、わかった。ありがとね』
「いや、いいけど」
十三
明日、従兄弟の前島育人が親父のために線香をあげに来てくれる。片道、三時間くらいかかるから悪いなあ、とは思うけれど、本人は連絡が欲しかったみたいだから良いのだろう。
今は午後七時三十分くらい。俺は彼女がいない歴、約一年。そろそろ、彼女が欲しい。でも、どうやって見つけよう。出会い系サイトはヤバいから、それに似たようなアプリはないか探してみた。パソコンで検索してみると、マッチングアプリというのを見つけた。こういうのって危険じゃないのだろうか。少し気がかり。これなら、友人に紹介してもらった方が安全だろう。そう思い、中学の頃からの旧友、浅島猛に連絡してみよう。お互いの電話番号を知っているから、LINEは繋がっているだろう。LINEを開いて見てみた。案の定、やはり繋がっている。早速、LINEを送ってみよう。
<こんばんは! 久しぶり。お互いの電話番号を知っているから、LINEも繋がっていたわ。何してた?>
LINEは暫く返ってこなかった。なぜだろう。すでに午後九時になる。既読も付かない。見ていないのだろう。明日までLINEがこなかったら電話をしてみよう。
俺はすっかり親父の死から立ち直っていた。そんなに日は経っていないが。
横になってテレビを観ていると、前島育人からLINEがきた。
<おっす! 何してた? 明日のことなんだけど>
どうしたんだろう、と思いLINEを返した。
<テレビ観てたぞ、どうした?>
LINEはすぐにきた。
<明日鶴子も行きたいって言うから連れていってもいいか?>
鶴子というのは育人の妹。
<ああ、良いと思うぞ。仏壇は母さんがいる実家にあるから、そっちに行って欲しいんだ。一応、母さんに連絡しておくから>
<わかった、よろしく!>
育人とのLINEは終わった。
今度は母にLINEを送った。
<明日、育人と鶴子がそっちに行くからよろしくな。時間があれば俺も行くから>
LINEの代わりに電話が母からきた。俺はすぐに出た。
「もしもし」
『敦? 明日、育人くんと鶴子ちゃん来るんだって?』
「ああ、親父のお参りにな。あいつらは遠いから親父が亡くなったこと黙っていたけど、逆に連絡欲しかったみたいでさ。俺も時間あったら行くから」
『わかったよ。もっと早くに連絡くれればいいのに』
と言うので俺は、
「育人のことは言ってなかったけど、鶴子も来ることは、今さっき育人から電話がきて知ったことなんだ。だから、遅くなっちまった」『そう。わかったよ』
それで、電話を切った。
十四
そして翌日の午後七時頃ーー。
育人と鶴子が俺の実家に車で来た。俺も時間があったので実家に来ている。二人が砂利の上を歩く音が聴こえる。そして、ピンポーン、とチャイムの音が聴こえた。母が玄関に行き、
「はーい」
と返事をした。すると外から、
「前島です」
という声が聴こえた。母は、
「開いてるよ」
そう言うと、ドアが開いた。俺も玄関に行き、育人と鶴子を迎えた。
「よう!」
そう言うと育人も、
「おっす!」
と返事をしてくれ、鶴子は、
「こんばんは」
挨拶してくれた。鶴子は前と違い、綺麗になっていた。なので俺は、
「鶴子! 暫く見ない内に綺麗になったな!」
彼女は、「そんな、おっさんみたいな発言やめて」
と言うので俺は、「そうか? おっさんてか。俺はまだ、二十代だぞ」
育人はクスクス笑っている。
「育人、何で笑ってる」
「二人のやり取りを見てると可笑しくて」
彼は口を押えて笑いを堪えようとしている。そこに母が話に割って入ってきた。
「育人くん、鶴子ちゃん、入って。立ち話もなんだから」
はい、と二人はほぼ同時に返事をした。
「お邪魔します」
育人はそう言いスニーカーを脱ぎ上がった。鶴子も同様に言い、ロングブーツを脱ぎ上がった。
育人の手には紙袋が下げられていた。菓子折りだろう。母は、仏間に案内した。そして言った。
「わざわざ来てくれてありがとね。札幌は雪、多いでしょ?」
育人が答えた。
「そうですね、毎年ですが雪が多いです」
母は、気の毒そうな表情になった。そして、
「今夜は泊まって行きなさい」
鶴子は、
「え? いいんですか? 早々に帰ろうと思ってたんですけど」
だが母は、
「こんな路面状況は滑って危ないよ。明日は天気予報では天気が良いらしいから明日帰った方が無難よ」
すると育人は、
「そうなんですね、わかりました。ありがとうございます」
と言い、鶴子も、
「すみません、おばさん。では、お言葉に甘えて」
申し訳なさそうに言った。母も、
「そうそう。その方がいい」
まず、育人が仏壇の前に座り、紙袋から菓子折りを出し木魚の横に置いた。そして、マッチで蝋燭に火をつけ、線香にも火をつけ、手を合わせて拝んでいる。その後に鶴子が線香に火をつけ、拝んだ。母はすぐに、
「さあ、仏間は寒いから居間に行きましょ」
二人は母に着いて行き居間のソファに座った。
母は率先して育人と鶴子の対応をしている。余程、申し訳なく思っているのかもしれない。そんなに深く考えなくてもいいのに。母はいい人だからそう思うのだろう。
十五
浅島猛とはあれ以来、連絡を取っていない。今の時刻は午後八時前。なぜか、LINEは繋がっているはずなのに、送っても返事がこない。なので、電話をしてみたら何度目かの呼び出し音で繋がった。
「もしもし、猛?」
そう言ってみると、
『もしもし、ああ、おらだ。どうした敦』
寝ていたのかな、眠そうな声でそう言っている。
「この前、話せなかったから電話したのさ」
『ああ、なるほどな』
「うん。実は頼みがあるんだ」
そう言うと猛は右側の眉毛を上げた。どういう意味だろう、と思った。
『頼み? 金ならないぞ』
彼はそう言った。俺は疑われているのか。そんなこと思ってもいないのに。
「そういう意味じゃねーよ、そんなこと、一言も言ってないだろ」
『まあ、確かに。じゃあ、何だ?』
猛とは付き合い長いのに疑われているのは寂しい。
「女の子紹介してくれないか?」
『あ、女の話しか。まあ、敦も元カノと別れて暫く経つよな』
「そうなのさ、何かそろそろ彼女欲しいなと思って」
『そうか。どんな子がいいんだ?』
「そうだな、優しい子がいいな。顔は可愛ければ尚更いいけれど」
猛はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「何で笑うんだよ」
『いや、贅沢だなと思って』
「贅沢? 普通だろ」
猛は少しの間、黙った後に話し出した。
『わかったよ。探しておくから』
「頼むな」
『でも、ぴったり理想と合うかどうかはわからんぞ』
「ああ、わかってる」
『そうか、じゃあ、探してやるよ。おらの女友達の中で』
「よろしくな」
そう言って電話を切った。
果たしてどんな子を紹介してくれるのやら。まあ、気に食わなかったら断ればいいか。そんな簡単な考えでいいかどうかはわからないけれど。まあ、いいか。
十六
俺の日常は、好きなものを食べること、飲むこと。好みのタイプの女と遊ぶこと。気の合う友人(男)と遊ぶこと。でも、趣味は何か? と訊かれても、これと言ってそう呼べるものはないかもしれない。
でも、俺は酒が好きだ。煙草も吸う。でも、犯罪に手を染めるような真似はしない。例えば覚醒剤や大麻を使うことや、殺人など。俺は真面目かといえば真面目かもしれない。少なくとも自分ではそう思っている。周りの奴らはどう思っているかはわからないが。そんなことを俺はベッドの上に横になり考えていた。
水曜日になり、仕事を終えて自分のアパートに着いた頃、スマホが鳴った。LINEだ。誰からだ? 部屋に入ってまず、シャワーを浴びた。俺は土木作業員だから肉体労働なので冬でも汗をかく。昨日、会社から電話がきて、仕事だった。スウェットに着替えて冷蔵庫から三百五十ミリのビールを取り飲む前にLINEを開いた。浅島猛からで、本文はというと、
<敦の好みに合いそうな女、一応、見つけたぞ>
お! マジか、と思い、LINEを送った。いつの間にか、LINEが使えるようになったみたいだ。
<優しくて顔も可愛いのか?>
俺はワクワクしてきた。
<まあ、そうなんだけど、実はおらの元カノなんだ。それでもいいか?>
え、そうなのか……。また、すぐにLINEを送った。
<猛のおさがりかよ……。それは遠慮するわ>
少しして、またLINEがきた。
<だよな。そう言うと思ったよ。俺も女友達はそんなに多い方じゃないけどまだ探すか?>
そうなのか、何か猛に悪い気がしてきた。なので、
<うーん、いや、いいわ。俺も誰でも良いっていうわけじゃないし。俺の好みの女いないんだろ?>
LINEはすぐにきた。
<まあ、そうなんだわ。探すと言っといて悪いけど>
仕方ないと思い、
<いや、いいんだ。気にするな。自分で何とかするよ>
<わかった>
これで、猛とのLINEは終わった。
どうしたらいいかな。居酒屋にでも行って見付けるかな。でも、一人で行くのも何だし、猛を誘うか。俺はすぐにLINEを送った。
<さっきは悪かったな。俺、考えたんだけど、居酒屋に行って見付けようと思ったんだ。だから、一緒に行ってくれないか?>
猛からのLINEは暫くこなかった。何をしているのか。もしかして、居酒屋に行くのは都合がわるいのかな。そもそも、あいつに彼女はいるのか? いたら居酒屋にも行けないかもしれないな。
時刻は午後十一時半過ぎ。ようやく猛からのLINEがきた。俺はテレビをつけっぱなしで寝ていた。明日からまた、失業保険での生活になる。
LINEの着信音で起きた。猛からか? と思い開いた。
<今、帰ってきたわ。居酒屋か、悪い、彼女に訊いたら居酒屋は行ったら駄目って言われてしまって。だから行けないわ。すまんな> そうなのか、やはり俺の憶測通りだった。
あと、居酒屋に一緒に行ける友人は、俺はスマホの電話帳を開いた。だが、そういう友人はいなかった。仕方ない、一人で居酒屋に行くか。なかなか上手くいかなくても粘り強く頑張って探そう。
了
今日、親父が死んだ。死因は、一方通行なのに逆走してきた車と正面衝突したからだ。相手の運転手は飲酒運転だったらしい。大怪我を負ったようだけれど、命に別状はないらしい。
親父の身元がわかったのは、車の中のダッシュボードに入っていた運転免許証を警察官が見つけたからのようだ。それで、調べて俺が息子だということがわかり仕事中に電話がきた。最初、電話がきた時誰だろう? と思ったので放置していた。因みに俺の職業は土木作業員。でも、数分してからまた同じ電話番号から電話がきて俺に用事があるやつだな、と思ったので班長に許可を得てから電話にでた。そこで、相手が警察だということがわかった。
俺は事情が事情なだけに、とりあえず早退させてもらった。母はこのことを知っているのだろうか。まず、母の携帯に電話をかけた。だが繋がらない。やはり、仕事中か。そう思い、一旦実家に行き電話帳で調べて母の勤務先である洋服店に電話をかけた。出たのは社長だろうか、渋い声で、
『もしもし、田中商店です』
と言った。
「あの、本田だけど母はいる?」
『はい、ちょっと待ってね』
暫く待ったあとに、『もしもし』
「母さん、親父が事故で亡くなった」
『……え! ほ……本当?』
「ああ……さっき警察から電話がきた」
『警察? そうなんだ……』
父の突然の死に母は言葉を失っているようだ。
「それで、俺、早退したんだ。今から親父を引き取りに病院に行くから母さんも早退して一緒に行ってくれないか」
『わかった、社長に事情を話して帰るから』
そう言って電話を切った。
母と話した後、実家で待っている間、俺は加害者が憎くて堪らなかった。涙を流し、鼻水も止まらなかった。三十分くらいしてからドアを開ける音がした。母が帰ってきたのだろう。俺は涙や鼻水を拭ったティッシュを隠すように丸めてゴミ箱に捨てた。居間に入って来るなり母は、
「敦? ああ、来てるね。何で……何でこんなことになったの……?」
母は動揺している様子。俺は病院に行く前に警察から聞いた話しを母にもした。
「そうだったんだ……。完全にお父さんは被害者ね……」
「とりあえず、病院に行くぞ」
「どこの病院か知ってるの?」
「ああ、警察は町立病院に救急車で運んだって言ってた」
「そう……。わかった。敦の車でいいでしょ? 何か、何か事情がわかってきたら気持ちが不安定になってきた……」
「そっか、俺が運転するから大丈夫だ」
二
町立病院に着いた時刻は午後三時くらい。受付に行き話しをした。「救急車で運ばれた本田 太一の家族だけど親父を引き取りにきたんだ」「そうですか、わかりました。ご遺体は霊安室にございますのでそちらの方に行っていただけますか?」 俺はそう言われて頭にきた。「あのさー、霊安室の場所知らないんだけど! 案内してくれよ!」 強い口調で言うと周りの患者などは俺の方を見た。それにも腹が立ち、「見てんじゃねーよ! 見せ物じゃねーんだ!」 そう怒鳴ると、こちらを見ていた患者達は目を逸らした。「ご案内しますね」 俺は、苛々が止まらない。畜生! なんだこの病院は! と口には出さなかったが心の中で叫んだ。 母は俺の後ろから付いて来ているのを確認した。俯きながらとぼとぼと母は歩いている。
職員が霊安室の鍵を開け、俺と母を入るように促した。母は、
「お父さん……? ほんとに、お父さん……? うわああ……!」
と泣き崩れた。
俺も釣られて泣きたい気分になったが堪えた。俺は職員に訊いた。
「親父は葬儀屋が家まで運んでくれるんだろ?」
「そうですね」
「どこの葬儀屋がいいかな」
職員は困った顔付きになり、
「それは、ご家族の方に寄って違うので一概には言えません」
「俺らは葬儀屋についてよく分からないから、人気のある葬儀屋はどこかわかる?」
「人気があるといいますか、よく利用されている葬儀屋ならわかりますよ」
「じゃあ、そこ教えてくれないか」
「わかりました」
泣いている母は気の毒に思えたけれど仕方ない。俺は母に声を掛けた。
「母さん、受付に戻るぞ」
母は顔を上げ頷いた。顔面が涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。
受付に行き、先ほど話した葬儀屋の名前と電話番号を教えてもらった。俺はすぐに電話をした。
十五分くらい話しただろうか、まずは葬儀屋はこの病院に親父を引き取りに来てくれるらしい。自宅まで運んでもらい、あとは葬儀屋に任せておけば全てやってくれるようだ。
俺と母は受付の前にある椅子に座って葬儀屋がくるのを待った。母は、
「ごめんね、敦。私、何もしなくて」
「いや、いいんだ。俺に任せとけ」
「頼りになるね。さすが息子だわ」
妹の瑠璃にも連絡しないとな。忙しくて出来なかった。すると母が言った。
「それは私がするよ。それくらいしないとね」
「大丈夫か? 無理すんなよ。俺が瑠璃に連絡してもいいんだぞ?」
「いや、大丈夫よ」
「そうか、わかった」
三
母は病院の玄関から出て電話をしている。きっと、妹の瑠璃にだろう。 今の時刻は午後四時くらい。母は話しながら泣いている。様子を窺っていると、とうとう俯いてしまった。これじゃあ、周りのやつらにいい見せ物だ。可哀想に。そう思ったので走って母のもとに行き背中に手を当て、立つように促した。
自分で言うのもおかしいが、俺は優しい息子だと思う。妹の瑠璃より優しいのではないかと思う。
母は、勤務中の瑠璃への電話を手短に済ませ、切った。俺は電話の内容を訊いた。すると母は、
「今夜、遅くなるけど帰って来るって。瑠璃、凄くびっくりしてたわ……」
それはそうだろう、親が亡くなって驚かない子どもはいないだろう。例え殺したいほど憎んだ親であっても。
俺はもう一度、さきほどとは違う若い女性職員に話しかけた。
「あのう、本田太一の息子だけど、葬儀屋に俺の実家の住所は教えたけど親父の遺体を運んでもらうために葬儀屋が来るのを待った方がいいのか?」
すると若い女性職員は、
「そうですね、病院にいて下さった方が間違いないかと思います」
「間違いって?」
「……そうですね。例えば違うご遺体を運んでしまわないようにとかですかね……」
「そんなことあるのか……」
俺はその話しを聞いて愕然とした。その若い女性職員は焦った様子で、
「あの、あくまでも例えですので。様々な理由があるかと思います」
「そうか、わかった。じゃあ、いるわ」
俺としては辛そうにしている母を早く自宅に帰してやりたかったのだ。母のことが心配になり、声を掛けた。
「母さん、大丈夫か?」
母は頷いた。未だに精神的に安定しないのか、泣いている。確かに急な出来事だったから無理もないかもしれない。俺は我慢しているけれど。
暫くして、黒いスーツを着た中年くらいの男女が四人、院内に入ってきた。葬儀屋の人間だろうか。俺はそいつらを見ていると、その中の女性が気が付いたのか、こちらにやって来て話しかけてきた。
「あの、本田さんのご家族の方ですか?」
「ああ、そうだ。さっき電話した葬儀屋の人?」
「はい、そうです。この度はご愁傷様です」
俺は黒いスーツの女に言った。
「母を早く家に帰らせてやりたいから、すぐに家に親父を運んでくれ」
その女性は、
「承知しました。では早速、霊安室から本田太一様を移動させていただきます」
別の黒いスーツを着た男は受付に行った。手続きをするのかな。
四
午後十一時頃、妹の瑠璃が帰って来た。家の前に白い軽自動車を停め、慌てて家の中に入って来た。
「お母さん! 本当にお父さん亡くなったの……?」
憔悴しきっている母に代わって俺が答えた。
「ああ、本当だ。仏間に親父がいる。線香あげてやれ」
瑠璃はバタバタと大きな音をたてて仏間に行った。すると、
「嘘でしょ……お父さん! 何とか言ってよ……!」
妹には受け入れ難い現実のようだ。 泣きながら顔にかかっている白い布を取り、布団をはぎ、瑠璃は親父の肩を掴んで揺らした。「お父さん……! ねえ、起きてよ! 寝てるだけなんでしょ……!?」
俺はその光景を見て言った。
「瑠璃、やめろ。親父は亡くなったんだ」
「お兄ちゃん、よくそんな平気でいられるね! 悲しくないの?」
妹は僕を睨んでいる。まるで、俺が悪者のように。
「平気じゃないさ。でも、亡くなってから数時間経っているから悲しみは少し癒えたよ。それより、親父を殺した犯人が憎い。もし、目の前にいたら八つ裂きにしたいくらいだ。いくら、事故とはいえ……」
「……だよね。犯人は捕まってるんでしょ?」
「ああ、そう警察は言ってた」
「なんか、お父さん苦しそうな顔してる。気のせいかな……」
俺は瑠璃の発言で気付いた。「確かにそうかもしれないな。言われるまで気付かなかった」
「俺もお前も親父には世話になったよな。小さい頃はよく遊んでくれたし」
瑠璃は覚えていないのだろうか。何も言わない。なので訊いてみた。
「もしかして、覚えてないのか?」
妹は嗚咽を漏らしている。思い出して泣いているのか。
「覚えてるよ……忘れるわけないじゃない」
「だよな」
「お父さんと遊んでもらったことを思い出したら、悲しくなっちゃって……」
俺は思わず、ハーッと溜息をついた。俺も、親父が死んだ、という電話連絡をもらってから、今までずっと気を張り詰めていたので疲れてきた。気を緩めたと同時に俺も悲しみが込み上げてきた。俺は右手で目の辺りを掴んでとうとう泣いてしまった。ヒックヒックと嗚咽を漏らしながら。それを止めようと思っても無理だった。瑠璃は、
「お兄ちゃん……」
と言い、
「悲しいよね、泣きたいだけ泣くといいよ……」
だが、その言葉に俺は甘んじなかった。男なんだから、長男なんだから、いつまでもメソメソ泣いているわけにはいかない。
五
通夜は翌日の午後六時三十分から行われた。身内だけの家族葬だった。親父の両親はまだ健在だ。だから、俺からすれば祖父母。祖父は気丈に振舞っていたが、祖母は親父の棺の前で号泣していた。俺の母は、
「おばあちゃん、泣きたい気持ちは分かりますけど、席を外した方がいいですよ……」
でも祖母は、母の言うことなど耳に入っていないのか、ただ、ひたすらそこで泣いていた。 そして、暫くそうっとしておくと祖母は泣き止み、起き上がった。
「……ごめんね……」
と一言いってトイレのある方に移動した。
俺は母に、
「ばあちゃん、気が済むまで泣いたのかな」
と訊くと、
「多分、そうじゃないかな。でも、おばあちゃんを見て思ったけど、息子を亡くすって深い悲しみなんだろうな」
祖父が話しに入ってきた。
「そりゃ、そうだよ京子さん。わしだって本当は泣きたいくらい悲しいけど、男だからばあさんのように人前で泣くわけにはいかないんだ」
俺は思った。(年代に寄っていろんな考え方があるんだな)と。 祖父は言った。
「線香は絶やせないから身内みんなで交替で起きて線香をあげなきゃならん」
俺は祖父の言ったことは知らなかった。なので、
「へえ、そういうものなのか。知らなかった」
祖父は更に言った。
「だてに年はとっとらん」
険しい顔つきになって言った。
「そうだよなあ、さすがじいちゃん」
「いやいや、わしなんかものを知らない方だぞ。敦が知らないだけだ」
そうか、と俺は苦笑いを浮かべた。なんか、祖父に馬鹿にされた気がした。まあ、祖父の方が人生の先輩だから当然かもしれない。 今、ここにいるのは母と祖父、祖母と妹、母の兄弟と父の兄弟、俺がいる。なので、
「時間を決めて線香をあげよう」
と祖父は言った。
「じいちゃん、時間って何時間おきに線香をあげるかっていう意味?」
「そうだ。二時間おきにするか。まず、最初はわしと敦で起きていよう。他の人は仮眠をとってくれ」
そう言うと、祖母、妹、母の兄弟と父の兄弟は横になった。祖母に至っては泣き疲れたのか、イビキをかいて寝てしまったようだ。母は祖母に葬儀屋の人が用意してくれた毛布を一枚かけてあげた。今の季節は夏だけれど、一応、毛布を用意してくれた。そういえば、もう母も悲しんでる様子がない。散々泣いたからだろうか。そんなことはイチイチ訊かないけれど。 交替しながら線香をあげ、そして朝を迎えた。
六
今日は告別式と出棺がある予定。親父の肉体は今日、なくなる。そう考えるとあれだけ仲の悪かった親父なのに悲しくなってきた。人間の心って不思議なものだ。何かのきっかけで気持ちが変わるのだから。
母の様子がおかしい。どうしたんだろう。泣いているのか。それも仕方ないこと。母は、バッグからポケットティッシュを取り出し、鼻をかんでいる。妹の瑠璃は俯いていて、誰一人として笑っている人はいなかった。それもそうだろう。今日で親父の身体は火葬されるわけだから。もう二度と父の姿は見ることができない。見れるとしたら遺影か写真だけだ。
今日の予定を終えて、遺骨は実家に置かれた。仏壇やお墓もなかったので親父の生命保険でおりたお金と母の貯蓄も含めて買った。俺は一人暮らしで貯金も殆どない状態。家族は妹の瑠璃と祖父母と母の四人暮らしになった。俺は一緒に暮らしていない。今までは、父と母の収入だけでやり繰りし、生活していたが、大黒柱がいないので四人全てから少しずつ集めて生活することになったようだ。
俺は別居しているというのもあり、翌日から出勤した。瑠璃も出勤した。なので、家に残っているのは、母と祖父母だけ。三人は元気がない。俺は出勤前に実家に寄り様子を見に行った。やはりかと思った。まあ、時間が解決するだろう。仕方ないとしか言いようがない。
俺は午後五時頃に仕事を終えて、再び実家に様子を見に行った。祖父母はテレビを観ており、母は夕食の支度をしていた。瑠璃は確か午後六時まで仕事だったはず。母が言った。
「敦。様子を見に来てくれるのは有難いけど、あんたも仕事をして疲れているだろうからまっすぐ自分のアパートに帰っても大丈夫だよ」
「そうか、わかった。明日からそうする。まあ、何かあったら連絡くれ。仕事中でなければすぐに来るから」
と俺は言った。母は、
「敦は優しいねえ」
そう言うと俺は、
「いや、心配だからさ」
「心配してくれてありがとね。でも、大丈夫だよ」
母は、
「たまに家のご飯食べて行くかい?」
「いいのか?」
俺が訊くと、
「もちろんよ。お父さんの代わりみたいに動いてくれるから、そのお礼にね」
母はそう言うと俺は、
「いや、当然のことをしたまでだ」
と言った。母は、
「ずいぶんかっこいいこと言うじゃない」
そう言うので俺は、
「そうか? そうでもないぞ。思ったことを言ったまでだ」
と言った。フフっと母は笑っていた。俺は、
「何で笑うんだ?」
そう訊くと母は、
「いやあ、頼りになる息子になったなと思っただけよ」
俺は、ハハハハッと笑った。
七
俺は自分の住んでいるアパートに着いた頃、雲行きが怪しくなり雨が降ってきた。車から降りて俺は急いで部屋の中に入った。濡れたくないから。今日の夕食は母が作ってくれて食べてきたから必要はない。楽だ。
親は有難いものだなと、つくづくそう思う。でも、一緒に暮らす気はない。俺は一人でいるのが好きだ。友達はいれば一緒に遊ぶが、別にいなければいなくてもいい。友人の気持ちを考えながら遊ぶのは面倒だ。それなら一人でいる方がマシ。
従兄弟の前島育人とは久しく会っていない。彼は二十八歳。気の合う従兄弟だからたまにLINEでも送ってやるか。
<久しぶりだな。元気にしてたか。知らせてはいなかったが先日親父が亡くなったんだ。事故死した>
暫くしてから育人からLINEがきた。
<マジか! 何で知らせてくれないんだよ! おじさんには世話になったから線香をあげに行くよ。それにしても水臭いよな>
やはり知らせるべきだったか、失敗した。まあ、確かにおじさんに当たるから伝えるべきだったな。俺としては余計な気を遣わせたくなくて、敢えて言わなかったんだけど裏目にでたようだ。母も特に何も言わなかったし。母のせいにしている訳ではないが。
育人は札幌市に住んでいる。俺の実家まで車で約三時間かかる。今度こっちに来た時は酒でも一緒に飲むかな。昔話や将来の話しをしたいし聞きたい。俺はLINEを返した。
<すまないな。やはり連絡すればよかったな。今度、こっちに来た時は俺のアパートに来ないか。酒でも一緒に飲みたいから>
彼からのLINEはすぐに来た。
<明日行くわ。敦は明日何時に仕事終わる?>
俺は夕食の支度を始めていたので育人からのLINEに気付かなかった。今夜は焼きそばを食う。
出来上がった頃にLINEがきていることに気付いた。育人からだ。見てからすぐにLINEを送った。
<いつもは五時に終わる予定だ。でも、今時期は冬だから仕事がない。だから家にいると思う>
彼は何をしているのか、次のLINEはなかなかこない。
俺は焼きそばと白米を食い始めた。なかなか上手くできた。自分で言うのもなんだが。
八
俺は育人からのLINEを待たずに眠くなったから布団に入り寝てしまった。翌朝は四時くらいに目覚めた。今は冬なので夜明けが遅い。なのでまだ外は暗い。とりあえずトイレに行って用を足した。
俺の職業は、土木作業員だから冬にほとんど仕事がない。なので失業手当を毎年もらっている。すでに正月は明けていて今日は一月十五日木曜日。昨日、会社の上司から電話があって、明日は仕事があるらしい。正直、面倒くさい。家で寝ていたい。
スマホを見てみると、LINEが一件きていた。あけてみると前島育人からだった。内容は、
<そうなのか。じゃあ、夜行くよ。行く時LINEする>
というもの。俺も一応返した。
<了解!>と。
仕事は八時までに出勤しなければならない。仕事が早く終われば、早く帰れる。でも、基本的に午後五時まで仕事。
今日は仕事。いつも仕事がある日は午前六時三十分にアラームをかけて起きている。朝飯は前の日にコンビニからカップラーメンとおにぎりを買っておいてそれを食べる。入浴は仕事に行く前の日に済ます。朝、シャワーを浴びるのは面倒くさいから。俺は結構面倒くさがり屋かもしれない。
去年、俺は仕事中にミスをし右足の甲を骨折してしまった。半端じゃなく痛かった。すぐに班長に報告し、患部を見せた。すると紫色に腫れていて、
「すぐに病院へ行け! まったく、何やってるんだ! 気を付けろよ」
と班長に怒られた。俺だって怪我をしたくてやったわけじゃないのに酷い言われようだ。車の運転はできないから同僚にとりあえず家に連れていってもらい、保険証とお金を持って総合病院に行った。その間も痛くて痛くてしんどかった。
あれから約一年が経過した。ほとんど痛みもなくなり、仕事にもすでに復帰している。あの時ほど両親に世話になったことはないな。親のありがたみを痛感した。ご飯を作ってくれたり、入浴の手伝いを父にしてもらったりと助かった。でも、両親は最初のころブツブツ文句を言いながら世話をしてくれた。まあ、それくらい言われても仕方がないと思い、反論はしなかった。
いつものように朝六時三十分にアラームをかけておいたので、けたたましい音とともに目覚めた。眠い、とにかく眠い。でも、仕方なく起きた。仕事に行きたくない。そう思いながら支度をし、洗濯してある作業着に着替え出勤した。
九
仕事を終えたその日の午後八時くらいに前島育人からLINEがきた。
「今から行くけどいいか?」
俺はすぐにLINEを送った。
「ああ、いいよ。待ってるから」
わかった、というLINEがきてやり取りを終えて俺は育人を待っている。
二十分くらい経過して部屋のチャイムが鳴った。俺は立ち上がり玄関に向かった。俺は、
「はい」
と言うと、
「おれだけど、育人だけど」
そう聞えたので、
「おう、開いてるぞ」
そう声を掛けるとガチャリという音とともにドアが開いた。姿を見せたのはやはり育人だ。でも、以前とはだいぶ容姿が違う。金髪のモヒカンで、スカジャンを着ている。まるで、ヤンキーのようだ。膝が破れたジーンズをはいていて、シルバーのスニーカーを履いている。
「よう、久しぶり」
育人がそう言うと俺も、
「そうだな、久しぶり」
と言った。
「まあ、入れよ」
と言いながら右腕を挙げ育人を部屋の中に促した。
室内に上がった育人に俺は話しかけた。
「ずいぶんと変わったな、髪型とか、スカジャンとか今まで着なかっただろ」
「まあ、そうだな。イメチェンしたくてよ」
「それは女に好かれたくてやったのか?」
育人は苦笑いを浮かべて言った。
「それはそうだ。見返りがないとやらないだろ」
俺は笑いながら、
「まあ、そうだよな」
「それより座らせてくれよ」
「ああ、悪い」
言いながら俺は座布団を一枚手渡した。育人はそれを敷いて座った。
「今まで敦の実家にいたんだわ」
「そうなのか。俺は毎日様子を見に行ってたら、大丈夫だからまっすぐ自分のアパートに帰っていいよと言われたんだわ」
「そうだったのか」
俺は訊いた。
「何飲む?」と。
育人は、
「何があるんだ?」
冷蔵庫に行って中を見た。
「ビールとチューハイがあるわ」
彼は、
「じゃあ、ビールで」
わかった、と言いビールを取り出して育人に渡した。彼は、
「サンキュ」
すぐにふたを開けた。グビグビっといい飲みっぷりだ。
「喉乾いてたのか?」
「ああ、仕事場で飲もうとしたんだけど忙しくて飲む時間なかった」
「そうか、今はどんな仕事をしてるんだ?」
俺が訊くと育人は、
「コンビニの店員だ。一応、正社員だ」
「ほう、正社員は凄いな。俺なんか日給月給のパートみたいなものだ」
育人は黙っている。何か考えているのだろうか。
「パート? どんな仕事だよ」
「土木作業員だ」
「おお、それは給料もいいだろ」
「まあ、悪くはないな。きついけど」
俺は顔を歪ませながら言った。
「ちょっと、横になっていいか」
育人がそう言うので、
「ああ、もちろんだ。楽にしてくれ」
「サンクス」
英語かよ、と俺が突っ込むと彼は笑っていた。
十
俺がテレビを観ている間に育人は眠ってしまった。仕事で疲れたせいかな。彼の話しを聞いていたら忙しそうだ、だから、その分大変なのだろう。起こすのも可哀想だから寝かせておくか。本当はもっといろいろ喋りたかったけど。仕方ないな。そう思い、テレビのチャンネルを変えた。
スマホの時計を見ると23:19と表示されていた。それと同じくらいに育人は起きた。
「ん……。ここは……。あ、敦。すまん、寝てしまった。起こしても良かったんだぞ」
俺は、
「いやあ、仕事で疲れて寝てしまったんだろ。起こすのは可哀想だと思って」
と言うと、育人は、
「相変わらず優しい奴だな」
言いながら笑った。
「腹減ったな」
と育人が言うと、俺は、
「カップ麺ならあるぞ」
「お、そうか。食いたいな」
「ああ、いいぞ」
俺はそう言って立ち上がり、ガス台に載せてあるやかんに水を入れて火をつけた。
「悪いな」
育人がそう言うので俺は、
「いや、これくらい大したことじゃないけどよ。てっきり弁当でも買ってくるのかと思ってたから何も余分に買ってないんだ」
「そうかそうか、まあいい」
俺は冷凍室を開けてみるとタッパに入ったご飯が二パックあった。育人に訊いてみた。
「ご飯食うか? 冷凍だからチンするけど」
「いいのか? 何だか悪いな」
俺は、「いや、たまにしか来ないんだから遠慮するな」
「そっか、ありがとな」
「いや、いいんだ」
電子レンジで二パック温めて、お湯も沸いたのでカップ麺のラベルを剥がし、味噌ラーメンなので味噌の液体を入れ、その上から熱湯を注いだ。ラベルを見てみるとどうやら五分待たないといけないようだ。トレーにご飯とカップ麺を載せて居間に置いてあるテーブルに置いた。その後、割り箸を一膳渡した。
育人は早食いだ。きっと、噛んでないのだろう。カップ麺は汁まで飲んだ。確かに旨いけど。ご飯も二パック完食した。俺も、何だか食べたくなってきたので、カップ麺は沢山買ってあるから醤油ラーメンを食べることにした。
お湯を沸かし、タレを入れ、その上から熱湯をかけた。良い匂いがする。まずは、育人の食べた後片づけをし、その後に俺のカップ麺をテーブルに載せた。育人は、
「俺が食べたから、敦も食べたくなったんだろ?」
「まあ、そんなとこ」
十一
俺は育人に訊いた。
「テレビ観るか?」
「ああ、スポーツのニュースやってるだろ。今、何時だ?」
「十二時過ぎだ」
すると彼は起き上がり、
「お! ちょうどいい時間だな」
と言った。
俺はテレビのリモコンを育人に手渡した。
「適当に観たいもの観てくれ。俺はカップ麺を食う」
わかった、と言い俺は言った。
「お! やってるやってる」
育人はプロ野球のニュースを観ている。
以前から彼はスポーツ観戦が好きなようだ。
野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、水泳などの結果を食い入るように観ている。まるで、自分の家で観ているようだ。まあ、いいけれど。
俺はカップ麺にお湯を入れて五分くらい経過したので食べることにした。 時刻は午前十二時半過ぎ。眠くなってきた。でも、育人はさっきまで寝ていたから眠くないようだ。俺は怠くなってきたのでその場で横になった。育人は言った。
「敦、眠いのか」
「ああ、少しな。怠いわ」
育人は言った。
「我慢しないで寝てもいいぞ。俺はテレビ観たら寝るから」
「そうか、今日は寒いから毛布と掛け布団でいいか、枕もあるし」
「ああ、いいぞ」
「じゃあ、おやすみ」
俺はいつも寝ている布団で眠った。俺はその夜、夢を見た。最近、ニュースで持ち切りの熊のそれを。俺は、市役所にあるはく製の熊なら見たことはあるが、生きている熊を目の前で見たことはない。その巨大熊に襲われ、大怪我を負う、という夢だ。俺は驚いて飛び起きた。寝汗もかいていた。まだまだ死にたくない。やりたいことがたくさんあるから。結婚は一度くらいはしたいし、自分の子どもも見てみたい。そんなことを考えながらぼーっとしていた。何で、そんな夢を見たのかはわからない。まあ、夢はそんなものだろう。根拠のないものばかり。
ふと、気になってスマホの時計を見た。午前二時過ぎ、丑三つ時だ。霊が出やすい時間帯と言われているが、見たことがない。見たいとも思わないが。ホラー映画や、ホラー小説は観たことはない。気持ち悪い、というのもあるが、興味がない。
また、寝ようと思い目を瞑った。 気付いた時は、午前六時頃だった。もう少しだけ寝ていたいので眠った。
十二
親父が亡くなって暫く時間が経ち、親戚のおじさんの稲川さんから午後八時頃、電話がきた。何の用だろう? と思いながら電話に出た。
「もしもし、おじさん?」
稲川さんはゆっくりとした口調で話し出した。
『もしもし、敦か。お前の親父の葬儀以来だな』
俺は稲川さんに、お前、と呼ばれて癪に障った。なので、
「おじさん、お前と言う言い方はないでしょ。俺だって名前があるんだから」
思わず言ってしまった。
『ああ、すまんな。本田敦』
いちいち腹立つおじさんだな、と思ったので、
「何でフルネームなんすか! 何か嫌味に感じるな。名前で呼んでよ」
『お前も言い返してくるようになったな』
「また、お前って言うし。で、何の用すか?」
俺は呆れてしまった。今、言ったことなのに忘れたのか。
『お前の親父の四十九日の法要の日程が決まったから連絡したんだ』
「あ、そうなんすね。すみません。で、法要はいつ?」
『今週の日曜日の十一時からだ。お寺でやるから空けとけよ』
「わかった。ありがとう。本当は俺がやらなくちゃいけないことなのに、全然そういったことわからなくて」
受話器の向こうで、フンっと鼻で笑うのがわかった。稲川さん、俺のこと馬鹿にしているな、そう思うと腹がたってきた。でも、やってもらった身だから、敢えて文句は言わなかった。
「坊さんとかにも連絡しなきゃいけないでしょ?」
『それも全部手配済みだ。お前のすることは何もない』
「すみません」
『じゃあな、それだけだ』
「うん、わかりました」
そう言って電話を切った。
稲川さんは、俺の母に連絡はしたのだろうか。もしかして、法要の準備は母がすることでは? そう思った。なので、母に電話をした。今はまだ、午後八時半くらいだから起きているだろうと思って、電話をした。なかなか繋がらなくて、七回目の呼び出し音でようやく繋がった。
『もしもし、敦? どうしたの』
あ、これはもしかして……。そう思いながら話を始めた。
「母さん、稲川さんのおじさんから電話いったか?」
すると、沈黙が訪れた。もしかして、もしかする。
『いや、きてないけど何で?』
「やっぱりか、稲川さんのおじさん、親父の四十九日の法要の段取り全てしてくれたみたいで」
また、沈黙に襲われた。
『何で、私のところじゃなく、敦のところに連絡行ったんだろ』
「多分、俺が長男だからじゃないか? 詳しいことはわからないけど」
『そうだったの。それで、いつ?』
「今週の日曜日の十一時からお寺で行うって」
『そうなんだ、わかった。ありがとね』
「いや、いいけど」
十三
明日、従兄弟の前島育人が親父のために線香をあげに来てくれる。片道、三時間くらいかかるから悪いなあ、とは思うけれど、本人は連絡が欲しかったみたいだから良いのだろう。
今は午後七時三十分くらい。俺は彼女がいない歴、約一年。そろそろ、彼女が欲しい。でも、どうやって見つけよう。出会い系サイトはヤバいから、それに似たようなアプリはないか探してみた。パソコンで検索してみると、マッチングアプリというのを見つけた。こういうのって危険じゃないのだろうか。少し気がかり。これなら、友人に紹介してもらった方が安全だろう。そう思い、中学の頃からの旧友、浅島猛に連絡してみよう。お互いの電話番号を知っているから、LINEは繋がっているだろう。LINEを開いて見てみた。案の定、やはり繋がっている。早速、LINEを送ってみよう。
<こんばんは! 久しぶり。お互いの電話番号を知っているから、LINEも繋がっていたわ。何してた?>
LINEは暫く返ってこなかった。なぜだろう。すでに午後九時になる。既読も付かない。見ていないのだろう。明日までLINEがこなかったら電話をしてみよう。
俺はすっかり親父の死から立ち直っていた。そんなに日は経っていないが。
横になってテレビを観ていると、前島育人からLINEがきた。
<おっす! 何してた? 明日のことなんだけど>
どうしたんだろう、と思いLINEを返した。
<テレビ観てたぞ、どうした?>
LINEはすぐにきた。
<明日鶴子も行きたいって言うから連れていってもいいか?>
鶴子というのは育人の妹。
<ああ、良いと思うぞ。仏壇は母さんがいる実家にあるから、そっちに行って欲しいんだ。一応、母さんに連絡しておくから>
<わかった、よろしく!>
育人とのLINEは終わった。
今度は母にLINEを送った。
<明日、育人と鶴子がそっちに行くからよろしくな。時間があれば俺も行くから>
LINEの代わりに電話が母からきた。俺はすぐに出た。
「もしもし」
『敦? 明日、育人くんと鶴子ちゃん来るんだって?』
「ああ、親父のお参りにな。あいつらは遠いから親父が亡くなったこと黙っていたけど、逆に連絡欲しかったみたいでさ。俺も時間あったら行くから」
『わかったよ。もっと早くに連絡くれればいいのに』
と言うので俺は、
「育人のことは言ってなかったけど、鶴子も来ることは、今さっき育人から電話がきて知ったことなんだ。だから、遅くなっちまった」『そう。わかったよ』
それで、電話を切った。
十四
そして翌日の午後七時頃ーー。
育人と鶴子が俺の実家に車で来た。俺も時間があったので実家に来ている。二人が砂利の上を歩く音が聴こえる。そして、ピンポーン、とチャイムの音が聴こえた。母が玄関に行き、
「はーい」
と返事をした。すると外から、
「前島です」
という声が聴こえた。母は、
「開いてるよ」
そう言うと、ドアが開いた。俺も玄関に行き、育人と鶴子を迎えた。
「よう!」
そう言うと育人も、
「おっす!」
と返事をしてくれ、鶴子は、
「こんばんは」
挨拶してくれた。鶴子は前と違い、綺麗になっていた。なので俺は、
「鶴子! 暫く見ない内に綺麗になったな!」
彼女は、「そんな、おっさんみたいな発言やめて」
と言うので俺は、「そうか? おっさんてか。俺はまだ、二十代だぞ」
育人はクスクス笑っている。
「育人、何で笑ってる」
「二人のやり取りを見てると可笑しくて」
彼は口を押えて笑いを堪えようとしている。そこに母が話に割って入ってきた。
「育人くん、鶴子ちゃん、入って。立ち話もなんだから」
はい、と二人はほぼ同時に返事をした。
「お邪魔します」
育人はそう言いスニーカーを脱ぎ上がった。鶴子も同様に言い、ロングブーツを脱ぎ上がった。
育人の手には紙袋が下げられていた。菓子折りだろう。母は、仏間に案内した。そして言った。
「わざわざ来てくれてありがとね。札幌は雪、多いでしょ?」
育人が答えた。
「そうですね、毎年ですが雪が多いです」
母は、気の毒そうな表情になった。そして、
「今夜は泊まって行きなさい」
鶴子は、
「え? いいんですか? 早々に帰ろうと思ってたんですけど」
だが母は、
「こんな路面状況は滑って危ないよ。明日は天気予報では天気が良いらしいから明日帰った方が無難よ」
すると育人は、
「そうなんですね、わかりました。ありがとうございます」
と言い、鶴子も、
「すみません、おばさん。では、お言葉に甘えて」
申し訳なさそうに言った。母も、
「そうそう。その方がいい」
まず、育人が仏壇の前に座り、紙袋から菓子折りを出し木魚の横に置いた。そして、マッチで蝋燭に火をつけ、線香にも火をつけ、手を合わせて拝んでいる。その後に鶴子が線香に火をつけ、拝んだ。母はすぐに、
「さあ、仏間は寒いから居間に行きましょ」
二人は母に着いて行き居間のソファに座った。
母は率先して育人と鶴子の対応をしている。余程、申し訳なく思っているのかもしれない。そんなに深く考えなくてもいいのに。母はいい人だからそう思うのだろう。
十五
浅島猛とはあれ以来、連絡を取っていない。今の時刻は午後八時前。なぜか、LINEは繋がっているはずなのに、送っても返事がこない。なので、電話をしてみたら何度目かの呼び出し音で繋がった。
「もしもし、猛?」
そう言ってみると、
『もしもし、ああ、おらだ。どうした敦』
寝ていたのかな、眠そうな声でそう言っている。
「この前、話せなかったから電話したのさ」
『ああ、なるほどな』
「うん。実は頼みがあるんだ」
そう言うと猛は右側の眉毛を上げた。どういう意味だろう、と思った。
『頼み? 金ならないぞ』
彼はそう言った。俺は疑われているのか。そんなこと思ってもいないのに。
「そういう意味じゃねーよ、そんなこと、一言も言ってないだろ」
『まあ、確かに。じゃあ、何だ?』
猛とは付き合い長いのに疑われているのは寂しい。
「女の子紹介してくれないか?」
『あ、女の話しか。まあ、敦も元カノと別れて暫く経つよな』
「そうなのさ、何かそろそろ彼女欲しいなと思って」
『そうか。どんな子がいいんだ?』
「そうだな、優しい子がいいな。顔は可愛ければ尚更いいけれど」
猛はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「何で笑うんだよ」
『いや、贅沢だなと思って』
「贅沢? 普通だろ」
猛は少しの間、黙った後に話し出した。
『わかったよ。探しておくから』
「頼むな」
『でも、ぴったり理想と合うかどうかはわからんぞ』
「ああ、わかってる」
『そうか、じゃあ、探してやるよ。おらの女友達の中で』
「よろしくな」
そう言って電話を切った。
果たしてどんな子を紹介してくれるのやら。まあ、気に食わなかったら断ればいいか。そんな簡単な考えでいいかどうかはわからないけれど。まあ、いいか。
十六
俺の日常は、好きなものを食べること、飲むこと。好みのタイプの女と遊ぶこと。気の合う友人(男)と遊ぶこと。でも、趣味は何か? と訊かれても、これと言ってそう呼べるものはないかもしれない。
でも、俺は酒が好きだ。煙草も吸う。でも、犯罪に手を染めるような真似はしない。例えば覚醒剤や大麻を使うことや、殺人など。俺は真面目かといえば真面目かもしれない。少なくとも自分ではそう思っている。周りの奴らはどう思っているかはわからないが。そんなことを俺はベッドの上に横になり考えていた。
水曜日になり、仕事を終えて自分のアパートに着いた頃、スマホが鳴った。LINEだ。誰からだ? 部屋に入ってまず、シャワーを浴びた。俺は土木作業員だから肉体労働なので冬でも汗をかく。昨日、会社から電話がきて、仕事だった。スウェットに着替えて冷蔵庫から三百五十ミリのビールを取り飲む前にLINEを開いた。浅島猛からで、本文はというと、
<敦の好みに合いそうな女、一応、見つけたぞ>
お! マジか、と思い、LINEを送った。いつの間にか、LINEが使えるようになったみたいだ。
<優しくて顔も可愛いのか?>
俺はワクワクしてきた。
<まあ、そうなんだけど、実はおらの元カノなんだ。それでもいいか?>
え、そうなのか……。また、すぐにLINEを送った。
<猛のおさがりかよ……。それは遠慮するわ>
少しして、またLINEがきた。
<だよな。そう言うと思ったよ。俺も女友達はそんなに多い方じゃないけどまだ探すか?>
そうなのか、何か猛に悪い気がしてきた。なので、
<うーん、いや、いいわ。俺も誰でも良いっていうわけじゃないし。俺の好みの女いないんだろ?>
LINEはすぐにきた。
<まあ、そうなんだわ。探すと言っといて悪いけど>
仕方ないと思い、
<いや、いいんだ。気にするな。自分で何とかするよ>
<わかった>
これで、猛とのLINEは終わった。
どうしたらいいかな。居酒屋にでも行って見付けるかな。でも、一人で行くのも何だし、猛を誘うか。俺はすぐにLINEを送った。
<さっきは悪かったな。俺、考えたんだけど、居酒屋に行って見付けようと思ったんだ。だから、一緒に行ってくれないか?>
猛からのLINEは暫くこなかった。何をしているのか。もしかして、居酒屋に行くのは都合がわるいのかな。そもそも、あいつに彼女はいるのか? いたら居酒屋にも行けないかもしれないな。
時刻は午後十一時半過ぎ。ようやく猛からのLINEがきた。俺はテレビをつけっぱなしで寝ていた。明日からまた、失業保険での生活になる。
LINEの着信音で起きた。猛からか? と思い開いた。
<今、帰ってきたわ。居酒屋か、悪い、彼女に訊いたら居酒屋は行ったら駄目って言われてしまって。だから行けないわ。すまんな> そうなのか、やはり俺の憶測通りだった。
あと、居酒屋に一緒に行ける友人は、俺はスマホの電話帳を開いた。だが、そういう友人はいなかった。仕方ない、一人で居酒屋に行くか。なかなか上手くいかなくても粘り強く頑張って探そう。
了


