無能な巫女は、龍神様に恋をする(※マンガシナリオ)

◯龍宮・庭
石畳が敷かれた道の先には赤い小さめの橋があり、そこの上から、天帝が川の様子を眺めている。※中世的な顔立ちをした男性の姿。ストレートで金髪の長い髪は腰よりも長く、煌びやかな和装姿。
川に映るのは、伊織が両親に罵声を浴びせられている姿。
そこへ、夾がやってきた。
夾「天帝様。お呼びでしょうか」
天帝「うむ。近頃、白龍は神崎へよく赴いているとか」
夾(小龍め。天帝様に話したな)
夾「神崎の偵察に行ったまでです」
天帝「左様か。では、(われ)が彼女を其方(そなた)の伴侶に選んだ理由も理解してくれたのであろう?」
夾「え、理由ですか?」
夾は顎に手を当てて悩む素振りをする。
夾(確かに可愛らしい容姿をしていたし、もう少し成長すれば赤龍や青龍の伴侶のように美人にはなるだろう。しかし、容姿なんて他を探せばもっと優れた者もいる。ともすると性格? あの控えめな感じが僕に合うと? しかし、控えめというより暗い。せっかく笑顔が可愛いのに、いつも表情を曇らせて……)
夾「うーん」
天帝「内情を見ておらんのか?」
夾「内情……と、言いますと?」
天帝は、川に映る伊織に再び目を向ける。そこには、俯き加減に庭園で草花と話をする伊織の姿が映っていた。
天帝は、どこか遠くを見るように語り始める。
天帝「(われ)は、神崎に毎年無茶な頼みをしている詫びとして、能力を与えておる」
夾「はい」
天帝「いつもは喜ばれる能力だが、此度(こたび)は少々失敗してしまってのう」
夾「失敗……ですか?」
天帝「ああ……これでも、責任を感じておるのだ」
天帝(まさか、誰も彼女の能力に気付かず、無能だと罵られる日々を暮らすとは、想像せんではないか! しかも、本人も気付いていないときた。誰もが草花や木々と話ができると勘違いしたまま十七年の時が過ぎるとは……。それにだ、あれは過去に見ない特別な力だぞ……本来、草木のような自然と会話のできる能力は、一番に敬われる存在であるはずなのだ。それなのに……)
天帝「彼女を救えるのは白龍。其方(そなた)だけじゃ」
夾「救う? よく分かりませんが、天帝様の責任を私に押し付けるのですか?」
天帝「彼女を笑顔に出来るのは、其方(そなた)だけなのじゃ」
伊織の笑顔が頭に浮かぶ。
夾「ですが、私は既に嫌われているようですし……」
天帝「私が、判断を見誤ったことがあるか?」
夾「今、まさに失敗したと仰られたではありませんか」
天帝「白龍。其方(そなた)にしか、彼女を幸せには出来ぬ! 元旦まで休暇をやるから、毎日でも顔を見せてやれ」
夾「え、毎日ですか!?」
力強く言う天帝を見て、夾は諦めの表情を見せた。
モノローグ『人間への要望を取りやめることが出来るのは、天帝様のみ』『僕の一存では、どうしようもできない』
天帝「それに、白龍とて満更でもないのであろう? 彼女に惹かれておるではないか」
夾「何度も言いますが、私に色恋は必要ありません。食の方には、多少興味は湧きましたが」
夾(ここに来る前、伊織の作った芋の煮っころがしを食したが、これまた絶品。あっという間に平らげてしまった)
扇子を口元にやり、ニヤリと笑う天帝。
天帝「ほう? 胃袋を掴まれたか。それは、伴侶にするしかないのぉ。そうせんと、二度と彼女の手料理を食べられんからのぉ」
夾「む、別に彼女のでなくとも」
天帝「まぁ、そうじゃの。彼女のでなくとも食事はできるからのぉ」
含み笑いをする天帝にムッとする夾。
夾「話は以上ですか?」
夾が頭を下げて去ろうとすれば、天帝が思い出したように言った。
天帝「あ、そうだ」
夾「……?」
真剣な顔になる天帝。
天帝「其方(そなた)の正体は、誰にも明かすでないぞ」
夾「何故です?」
夾(そろそろ正体を明かさないと、不審がられそうな気がするのだが)
真剣な顔の天帝は、もったいぶったように言う。夾の表情も真剣そのもの。
天帝「女はな……」
夾「女は……」
天帝「いつの時代もサプライズが好物なのだ」
夾「は?」※呆気にとられる。
天帝「故に、正体を明かすことは禁ずる。それに、龍神だと分かったら、きっと態度が豹変するぞ」
天帝(まぁ、跪いて何でも作ってくれそうな気もするが)
夾(確かに、龍神を毛嫌いしている伊織が知れば、会うことを拒まれるのはもちろん、食事など一切作ってくれなくなるかもしれない)
夾「承知しました」
天帝「まぁ、存分に楽しめ」
天帝は夾に背を向け、後ろ手に手を振りながら、その場を去った――。

〇伊織の家の台所・夕方・夾
モノローグ『そして、また来てしまった』
勝手口の外で、夾は誰にでもなく、心の中で言い訳をし始めた。
夾(これは、天帝様からの命令でもあるし、仕方ない。毎日行かなかったら罰則を受けるかもしれないし(※受けるわけないのは知っている)。決して伊織の手料理が食べたい訳ではない。ましてや、伊織に会いたいなどと浮かれた理由ではない)
言い訳が終了すれば、昨日と同じように少し開いた小窓から顔を覗かせた。
夾「伊織」
伊織は、びっくりした様子で勝手口に回って扉を開けた。
伊織「え、夾さん!? どうして?」
と言いながら、伊織は辺りを警戒してみる。
夾「あの男たちならいないよ」
伊織「今日もですか?」
不思議そうにする伊織。
夾「あれはさ、なんでいっつも伊織を監視してるの?」
伊織「それは……」
俯いて黙り込んでしまった伊織に、夾は眉を下げて言った。
夾「話したくないなら無理しなくて良いよ。今日は、これ返しに来ただけだし」
夾はタッパーと折りたたまれた風呂敷を伊織に手渡した。
伊織「わざわざ宜しかったのに。ありがとうございます」
夾「うん。すっごく美味しかったし、ちゃんとお礼も伝えたくて」
伊織「夾さん……」
胸がジーンとする伊織。
夾は鼻をすんすんとした。
夾「今日は何作ってんの?」
伊織「本日は、てんぷらです」
夾「てんぷら……って、何だっけ」
伊織「え!? てんぷらを御存知ないのですか?」
驚く伊織は丸椅子を勧め、笑って誤魔化しながら夾はそれに座る。
夾「ははは、聞いたことはあるんだけどね。なんせ(食べるのは)年に一度だしさ」
伊織「夾さんは、食に無関心すぎますよ。(作るのが)年に一度だとしても、スーパーのお惣菜だったり、外食だったり、何かしら利用しないのですか?」
夾「そういうの近くにないからさ」
伊織「近くに……」
伊織(どんなところに住んでるんだろ)
伊織「とにかく出来立ての方が美味しいですから、待っていてください」
そう言って、伊織はコンロの前に立った。
そして、その後ろ姿を眺める夾。
夾(天帝様の言ってた内情ってなんだろ……)
夾の視線を感じたのか、伊織が振り返った。
ニコリと笑いかける夾は、冗談交じりに言った。
夾「なんだか、新婚さんみたいだね」
伊織「し、し、し、しししし」
動揺する伊織の顔は、龍宮の近くに住むタコのように真っ赤になった。
伊織「熱ッ」
油が跳ねたようで、伊織が腕を押さえた。
立ち上がる夾。
夾「大丈夫!?」
伊織「少し油が跳ねたみたいで。大袈裟ですみま」
夾「ちょっと見せて」
伊織の腕を取って、火傷して赤くなった箇所を確認する夾。
夾「ここだね」
伊織「だ、大丈夫ですから。こういうのは、少し流水で冷やせば」
赤くなった箇所を夾が手で撫でた。すると、そこにモヤモヤっと冷気が漂った。
伊織「え、何? 何だか、すっごく冷たい」
夾「こういうのは、早い方が良いからね」
夾が手を離すと、伊織はひんやりした腕をまじまじと眺めた。
伊織「今、何したんですか?」
夾(やば、力使っちゃった。龍神だって内緒だったのに)
夾は、後ろ手に小さな四角い氷を数個出した。※これも龍神の力。
誤魔化すようにそれを前にだす。
夾「冷凍庫の氷、少し貰っただけだよ」
伊織「え、でも今。冷凍庫なんて開けて……」
夾「ほら、油放置したら危ないよ。また跳ねちゃうかも」
伊織「あ」
伊織は思い出したようにコンロの火を弱めた。
そして、エビを衣にくぐらせて油の中に投入した。
伊織「夾さん。さっきの……」
夾「よそ見しないの」
伊織「はい」
夾(まずいなぁ。疑ってる)
伊織は、揚がったエビを取り出し、次はカボチャ、サツマイモと順に揚げていく。
そして一食分揚がったてんぷらと、天つゆを夾の前に置いた。
伊織「どうぞ、召し上がれ。熱いのでお気を付け下さいね」
夾「ふふ、今日は大丈夫だよ。ありがとう」
丁寧に「いただきます」をした夾は、エビのてんぷらを箸で掴み、その衣の美しさに見とれていた。
夾「食べるのがもったいないなぁ」
伊織「食べてくれなきゃ作った意味ないんですけど」
夾「はは、そうだね」
夾はパクリとそれを食べた。
夾「うわ、サックサク」
伊織「喜んでもらえましたか?」
夾「もちろん! これ、何個でも食べられるね」
上機嫌にあっという間に皿の中を空にした夾は、満足げにお茶を一杯飲んだ。
夾「ふぅ。美味しかった」
伊織「良かったです」
優しく微笑む伊織にドキリとする夾。
夾「あ、あのさ。さっきのだけど」
伊織「さっきの?」
伊織は、腕を上げて見つめた。
そして、その腕をさすりながら言った。
伊織「私……今、生きててよかったって、初めて思ったかもしれないです」
夾「伊織……」
伊織(さっきの不思議な現象が何かなんて関係ない。夾さんが、私の料理を食べて美味しいって言ってくれること。それだけで、私はこんなにも満たされている)
伊織「また、食べに来てくれますか?」


〇神崎神社の鳥居。
夾は、上機嫌に神崎神社の鳥居をくぐり、階段を下る。
そして、思い出したように、天を見上げた。
夾「あ、今日は夕方から雨の予定だったのに……」
雲一つない空は、オレンジ色に染まっていた。
夾「ま、いっか。明日は何が食べられるんだろう」
穏やかに笑う夾。


〇再び台所
伊織を怒鳴りつける桜。
桜「ねぇ、さっきのは何!?」
伊織「……」
桜「何か言ったらどうなの!? 無能のくせに、夾君とこっそり会ってたわけ!?」
伊織「こっそりとかじゃなくて、たまたま」
桜「は? たまたま? たまたま、夾君がうちの台所に来るの?」
癇癪を起こす桜は、出来上がったてんぷらを床に落とし、ぐちゃぐちゃと踏んずけた。
ぐちゃぐちゃになったてんぷらを手で集めながら、伊織は必死に謝罪した。
伊織「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
伊織(せっかくの命なのに……私のせいで、こんなことに……)
桜「夾君は、私の彼氏って言ったよね?」
伊織「でも……夾さんは違うって」
桜「何!? 口答えする気? 無能のくせに!」
桜は伊織の頭から大量の水をぶっかけた。※異能。
桜「いい気味。早く元旦にならないかしらね。さっさと食べられちゃえば良いのに」
桜は、そこにあったきゅうりの漬物を手でつまみ、バリバリと音を鳴らしながら嚙み砕く。
そこへ、両親がきた。
母「どうしたの? あらまぁ、台所がぐちゃぐちゃじゃない」
父「何があったんだ?」
桜「聞いてよ。ママ、パパ。無能がさ、私の彼氏とこっそり密会してたんだよ」
伊織「私、そんなこと……」
桜「それで、逆切れして水ぶちまけてさ」
伊織「…………」
母「まったく、これだから無能は。私たちの晩御飯もぐちゃぐちゃにしちゃったの?」
桜「そうなのよ。酷いと思わない?」
桜は、嫌な笑みを浮かべて伊織を見下した。
桜「責任もって、これ全部無能が食べなさいよ」
母「そうよ。もったいないでしょ」
嘲笑する三人に見下された伊織は、かき集めたてんぷらを手に持った。
そして、泣きながらそれを口の中に入れた。
桜「ハハハ、きったなーい」
父「よし、わしらは出前でも取るか」
桜「やったぁ! 無能のごはん、美味しくないのよね」
三人は、台所から去っていった。
モノローグ『こんなの日常茶飯事』『これが初めてではない』『床に落ちた味噌汁だってすすって飲んだことがある』『それでも、私には慰めてくれる草花や木々(友達)がいるからここまで生きてこられた』『けれど、ほんの小さな幸せを知ったからだろうか――』
伊織「夾さん……生きるのがつらいよ」
小さな呟きと共に、火傷した腕がほんのりと光った。