〇カフェ・休日の昼
伊織は一人でメニュー表と睨めっこしている。
モノローグ『あれから一週間』『家族からの仕打ちに対し、私は毎夜枕を濡らした』『けれど、毎日昇る朝日を見て、ふと思ったのだ』『私、やりたいこと何も出来てない』
机に置いておいたスマホのバイブ音が鳴り、机も振動する。
――ブー……ブー……ブー……。
画面には「お父さん」の文字。
伊織は、それを無視してチリンと呼び鈴を鳴らした。
店員「はい。ただいまー」
元気な声で返事をする女店員さんがやってきた。
店員「お待たせ致しました。ご注文お伺い致します」
伊織「えっと、チョコレートケーキと、ティラミス、それからモンブラン。あ、あとイチゴのパフェと抹茶と小豆のパフェもお願いします」
店員「えー、これは、お一人で……でしょうか?」
困った顔で笑顔を作りながら聞いてくる店員に、伊織は平然と応えた。
伊織「ええ、全て持ってきてください。一人で食べるので」
店員「かしこまりました。では、注文を繰り返します。チョコレートケーキにティラミス、モンブランとイチゴパフェに抹茶パフェですね」
繰り返されたら、さすがに頼みすぎたかもしれないと冷や汗を流す伊織。けれど、注文を取り消すことはしない。
伊織「よろしくお願いします」
モノローグ『そう、やりたいこと其の一“甘いスウィーツをお腹いっぱい食べる”』『神社で生まれたこともあるが、無能の私は、こんなオシャレなカフェでケーキすら食べたことがないのだ』
店員「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が一礼し、その場を去る。
それでも机の上でしつこくなるスマホ。
伊織(たまにはサボったって良いじゃない。桜なんて毎日サボってるんだから)
モノローグ『そう、今日は学校は休みでも神社は通常運転』『巫女の仕事をサボってカフェにやってきたのだ』『私を見張っている監視役の二人は――』
店の外にいる監視役の二人は、警察に職務質問されている。
〇回想
伊織は店内に入るなり、店員に声をかけた。
伊織「あのー、すみません」
店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか……?」
伊織「一人なんですけど、なんか変な二人に付きまとわれてるみたいで」
チラリと店外を見やれば、店員もまたチラリと店外を一瞥した。
店員は小声で誘導してくれた。
店員「奥の席へどうぞ。警察に通報致しますね」
伊織「よろしくお願いします」
〇現在に戻る
店員「――――。注文は以上でお揃いでしょうか」
伊織「はい。ありがとうございます」
机の上に並べられたスイーツたちを見て、心が躍る。
伊織(無能だからって月々三百円しかもらえないお小遣い。コツコツ貯めてきたけど、生贄にされたら使えないんだから、パァッと使わなきゃね。てか、三百円って小学生より少ないし)
伊織「いただきます」
丁寧に手を合わせてチョコレートケーキにフォークを入れる。パクリと食べれば、その絶妙な甘さにほっぺを押さえる。
伊織(美味しい……)※笑顔はない。
そこへ、一人の青年が伊織に声をかけてきた。※ラフなシャツとパンツ姿にジャケットを羽織った、現代人姿の夾。髪も結ばずおろしている。ぱっと見オシャレな大学生。
夾「ねぇ、相席して良い? 席、空いてなくって」
伊織「え?」
伊織は、店内を見渡した。
確かに店内は賑わっているが、座れなくはない。
夾「全部予約で埋まってるんだって」
伊織「あ、そうなんですか」
夾は、申し訳なさそうに向かいの席に座った。
伊織(てか、すっごいイケメンなんだけど。芸能界の人かな。お忍びとか?)
男性と……というより、人とまともに話したことのない伊織は、緊張してフォークが止まってしまう。
夾「あ、ごめんね。気にせず食べてね」
伊織「あ、は、はい」
言われるがままパクリと食べるが、夾が優しく見守るように見てくるので、気にせずにはいられない。
伊織「あ、あの、食べますか?」
夾「良いの?」
伊織「はい、頼みすぎちゃって。どれが良いですか?」
夾「じゃあ、これにしよっかな」
夾はイチゴパフェを選んだ。
伊織(それ、一番食べたかったやつ。最後に食べようと思ってたんだけどなぁ)
夾「はは、君分かりやすいね。じゃ、こっちをもらうよ」
夾は伊織の食べかけのチョコレートケーキの皿をひょいっと取った。
伊織「でも、それ食べかけ」
夾「シェアした方が、色んなの食べられるよ。途中でお腹がいっぱいになっても、一口でも食べてたら心残りないでしょ」
伊織「心残り……」
伊織の表情が曇る。
伊織(心残りなんて沢山ある。こんなのじゃ全然足りない。新しい服も買いたいし、雑貨だって欲しい。カラオケやボーリングだって行ってみたい。旅行だってしてみたいし、国外だってあこがれる。残り二か月じゃ、足りないよ……)
夾「どうかした?」
きょとんと首を傾げる夾。
伊織は我に返って笑顔を作って首を横にふる。
伊織「ううん。そうですね」
伊織(ま、お金もそんな無いし、出来ることだけでもしよう)
夾が食べなかったイチゴパフェを手に取り、伊織はパクリと食べる。
伊織(美味し……)
夾「甘いもの好きなの?」
伊織「あ、いえ。初めてです」※やや照れながら
夾「初めて?」
伊織「チョコレートケーキも、パフェも、ここにあるの全部、初めて食べるので……変、ですよね」
夾は笑わずに首を横に振ってくれた。
夾「全然変じゃないよ。僕だって初めてだし」
伊織「え!? 本当ですか!?」
思わず前のめりになって机が揺れる。
伊織「す、すみません。つい」
夾「君、面白いね」
微笑む夾を見ていると、自然とほんわかした気持ちになる伊織。
ぽかぽかした雰囲気に包まれながら残りのスウィーツを食べていると、またもや父から着信がある。
机に置いていたスマホを鞄にしまう。
夾「出なくて良いの?」
伊織「あ、はい。今日は……一人で遊びたい気分なので」
夾「一人で? 一人は寂しくない?」
伊織「そりゃ……でも、慣れてますから」
眉を下げて笑う伊織に、提案するように夾が言った。
夾「じゃあ、今日は僕と遊ぼう」
伊織「へ?」
夾「僕とデートしよ。人間は、祝言を挙げる前にデートするって聞いたよ」
伊織(人間? それに、祝言って……言い回しが。この人も神社の人かな? てか、結婚する前って、まるで私とこの人が結婚するみたい)
どこか引っ掛かりを覚えながらも、伊織と夾の結婚式姿を妄想してしまった伊織は、顔が赤くなり、両手を頬に当てる。
伊織(わ、私ってば、何変なこと考えてるんだろ)
夾「そんな固く考えなくて良いからさ。行こうよ」
伊織「でも……知らない人には付いて行くなって、美津子さんが言ってた」
夾「みつこさん? それは、お母さん?」
伊織「いや、お母さんは私にそんなこと言わない。私が好きな小説の中のお母さん」
夾「はは、君、面白いね。僕は夾。君の名は?」
伊織「伊織……です」
夾「伊織。良い名だね」
ニコリと笑う夾。
初めて名前をほめられ、照れる伊織。
夾「ほら、これでお互い知らない人から知ってる人に早変わり」
伊織「いや、でも……」
俯き加減の伊織は、チラリと夾を見る。
伊織(こんな超絶イケメンがデートの誘いだなんて。これは、詐欺か何かかな。でも、私、もうすぐ死ぬんだし。一回くらい騙されても良いかも……)
伊織「えっと」
そこへ、警察から逃れた監視役の二人が店内に入ってきた。
男「伊織様! 旦那様より、早く戻って来いとのことです」
伊織「ゲームオーバーか……」
諦めに入った伊織。
伊織「これ食べたらすぐに戻るから、店から出ててくれない?」
男「いえ、わたくし共は、こちらでお待ちします」
隣の席に座る彼らを夾は一瞥して言った。
夾「誰?」
伊織「父の仕事の人です。私、帰らなきゃなので。すみません」
夾「そっか。残念。次はいつ会える?」
伊織「次……ですか?」
夾「うん。次」
夾は、期待の眼差しで見てくる。
伊織(ここから友達に発展したり、恋に発展したりするのかもしれない。しかし、私は二か月もしない内に、この世からいなくなる)
伊織「あの、私……神崎神社の伊織なんです」
モノローグ『それだけ言えば、この街の人ならすぐに分かる』『神崎神社の疫病神。無能だと』
伊織(これで、夾さんともお別れか)
寂しげにモンブランをパクリと食べる伊織に、夾はキョトンとした顔で聞いてきた。
夾「それは、神社でデートしようってこと? 俗に言う、おうちデート的な?」
伊織「え!? ち、違います!」
伊織(私ってば、なんてことを……てか、夾さんは私のこと知らない?)
そんな時だった——。
桜が店に入ってきた。
店員「いらっしゃいませ」
桜「ちょっと、ここに地味な女来てるはずなんだけど」
桜はすぐに伊織を見つけた。
桜「あ、いたいた。無能がこんなところで何してんのよ。この私にとばっちりくるからさ、早く帰ってくんない?」
伊織「ごめんね。すぐ帰るから」
桜「本当よ。無能のくせにこんな贅沢しちゃってさ。また水ぶっかけないと分かんないのか……な?」
嫌味をたっぷり言う桜は、夾を見て固まった。
桜「え、お姉ちゃん。この人誰?」
伊織「えっと」
伊織(名前しかしらないや)
夾「無能って? それに、水ぶっかけるって?」
伊織「それは」
桜「ハハハハハ、何のことかしらね。ね、お姉様」
伊織(桜……。まぁ、私も虐げられているなんて思われたくないけど)
伊織「妹の桜です」
夾は怪訝な顔のまま桜を見たが、次の瞬間、張り付けたような笑みを見せた。
夾「桜ちゃんね」
桜「はい! 可愛いって、よく言われます! あの、私とデートしませんか!」
伊織(最近の若者は、初対面の相手をデートに誘うのが普通なのかな。でも、夾さんは、私とデートしてくれるって言ってくれたのに……なんて応えるんだろ)
不安げにそのやり取りを見る伊織。
夾「良いよ。僕も(花嫁のこと)色々聞きたいし」
桜「え!? 私のこと知りたいんですか!」
鼻息を荒くする桜と、誰とでもデートが出来る夾に苛立ちを覚える伊織は、抹茶パフェをかきこんでから、お金を机の上に置いた。
伊織「じゃ、私は先に帰るから」
桜「じゃあねー」
嬉しそうに手を振る桜を無視して、伊織は店外に出た。
ガラス越しに見る桜と夾の姿を見て、伊織は切ない表情を見せる。
伊織(結局私の欲しいものは、全部桜に持ってかれちゃうのか……)
そして、赤くなった頬を両手で押さえる伊織。
伊織「え、私……夾さんのこと、欲しいの?」
伊織(いやいやいや、初対面! 初対面だから! 欲しいなんてないから。初対面で好きだなんてあり得ないから!)
監視役の二人に怪訝な顔で見守られながら、伊織は一人帰路についた。
伊織は一人でメニュー表と睨めっこしている。
モノローグ『あれから一週間』『家族からの仕打ちに対し、私は毎夜枕を濡らした』『けれど、毎日昇る朝日を見て、ふと思ったのだ』『私、やりたいこと何も出来てない』
机に置いておいたスマホのバイブ音が鳴り、机も振動する。
――ブー……ブー……ブー……。
画面には「お父さん」の文字。
伊織は、それを無視してチリンと呼び鈴を鳴らした。
店員「はい。ただいまー」
元気な声で返事をする女店員さんがやってきた。
店員「お待たせ致しました。ご注文お伺い致します」
伊織「えっと、チョコレートケーキと、ティラミス、それからモンブラン。あ、あとイチゴのパフェと抹茶と小豆のパフェもお願いします」
店員「えー、これは、お一人で……でしょうか?」
困った顔で笑顔を作りながら聞いてくる店員に、伊織は平然と応えた。
伊織「ええ、全て持ってきてください。一人で食べるので」
店員「かしこまりました。では、注文を繰り返します。チョコレートケーキにティラミス、モンブランとイチゴパフェに抹茶パフェですね」
繰り返されたら、さすがに頼みすぎたかもしれないと冷や汗を流す伊織。けれど、注文を取り消すことはしない。
伊織「よろしくお願いします」
モノローグ『そう、やりたいこと其の一“甘いスウィーツをお腹いっぱい食べる”』『神社で生まれたこともあるが、無能の私は、こんなオシャレなカフェでケーキすら食べたことがないのだ』
店員「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が一礼し、その場を去る。
それでも机の上でしつこくなるスマホ。
伊織(たまにはサボったって良いじゃない。桜なんて毎日サボってるんだから)
モノローグ『そう、今日は学校は休みでも神社は通常運転』『巫女の仕事をサボってカフェにやってきたのだ』『私を見張っている監視役の二人は――』
店の外にいる監視役の二人は、警察に職務質問されている。
〇回想
伊織は店内に入るなり、店員に声をかけた。
伊織「あのー、すみません」
店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか……?」
伊織「一人なんですけど、なんか変な二人に付きまとわれてるみたいで」
チラリと店外を見やれば、店員もまたチラリと店外を一瞥した。
店員は小声で誘導してくれた。
店員「奥の席へどうぞ。警察に通報致しますね」
伊織「よろしくお願いします」
〇現在に戻る
店員「――――。注文は以上でお揃いでしょうか」
伊織「はい。ありがとうございます」
机の上に並べられたスイーツたちを見て、心が躍る。
伊織(無能だからって月々三百円しかもらえないお小遣い。コツコツ貯めてきたけど、生贄にされたら使えないんだから、パァッと使わなきゃね。てか、三百円って小学生より少ないし)
伊織「いただきます」
丁寧に手を合わせてチョコレートケーキにフォークを入れる。パクリと食べれば、その絶妙な甘さにほっぺを押さえる。
伊織(美味しい……)※笑顔はない。
そこへ、一人の青年が伊織に声をかけてきた。※ラフなシャツとパンツ姿にジャケットを羽織った、現代人姿の夾。髪も結ばずおろしている。ぱっと見オシャレな大学生。
夾「ねぇ、相席して良い? 席、空いてなくって」
伊織「え?」
伊織は、店内を見渡した。
確かに店内は賑わっているが、座れなくはない。
夾「全部予約で埋まってるんだって」
伊織「あ、そうなんですか」
夾は、申し訳なさそうに向かいの席に座った。
伊織(てか、すっごいイケメンなんだけど。芸能界の人かな。お忍びとか?)
男性と……というより、人とまともに話したことのない伊織は、緊張してフォークが止まってしまう。
夾「あ、ごめんね。気にせず食べてね」
伊織「あ、は、はい」
言われるがままパクリと食べるが、夾が優しく見守るように見てくるので、気にせずにはいられない。
伊織「あ、あの、食べますか?」
夾「良いの?」
伊織「はい、頼みすぎちゃって。どれが良いですか?」
夾「じゃあ、これにしよっかな」
夾はイチゴパフェを選んだ。
伊織(それ、一番食べたかったやつ。最後に食べようと思ってたんだけどなぁ)
夾「はは、君分かりやすいね。じゃ、こっちをもらうよ」
夾は伊織の食べかけのチョコレートケーキの皿をひょいっと取った。
伊織「でも、それ食べかけ」
夾「シェアした方が、色んなの食べられるよ。途中でお腹がいっぱいになっても、一口でも食べてたら心残りないでしょ」
伊織「心残り……」
伊織の表情が曇る。
伊織(心残りなんて沢山ある。こんなのじゃ全然足りない。新しい服も買いたいし、雑貨だって欲しい。カラオケやボーリングだって行ってみたい。旅行だってしてみたいし、国外だってあこがれる。残り二か月じゃ、足りないよ……)
夾「どうかした?」
きょとんと首を傾げる夾。
伊織は我に返って笑顔を作って首を横にふる。
伊織「ううん。そうですね」
伊織(ま、お金もそんな無いし、出来ることだけでもしよう)
夾が食べなかったイチゴパフェを手に取り、伊織はパクリと食べる。
伊織(美味し……)
夾「甘いもの好きなの?」
伊織「あ、いえ。初めてです」※やや照れながら
夾「初めて?」
伊織「チョコレートケーキも、パフェも、ここにあるの全部、初めて食べるので……変、ですよね」
夾は笑わずに首を横に振ってくれた。
夾「全然変じゃないよ。僕だって初めてだし」
伊織「え!? 本当ですか!?」
思わず前のめりになって机が揺れる。
伊織「す、すみません。つい」
夾「君、面白いね」
微笑む夾を見ていると、自然とほんわかした気持ちになる伊織。
ぽかぽかした雰囲気に包まれながら残りのスウィーツを食べていると、またもや父から着信がある。
机に置いていたスマホを鞄にしまう。
夾「出なくて良いの?」
伊織「あ、はい。今日は……一人で遊びたい気分なので」
夾「一人で? 一人は寂しくない?」
伊織「そりゃ……でも、慣れてますから」
眉を下げて笑う伊織に、提案するように夾が言った。
夾「じゃあ、今日は僕と遊ぼう」
伊織「へ?」
夾「僕とデートしよ。人間は、祝言を挙げる前にデートするって聞いたよ」
伊織(人間? それに、祝言って……言い回しが。この人も神社の人かな? てか、結婚する前って、まるで私とこの人が結婚するみたい)
どこか引っ掛かりを覚えながらも、伊織と夾の結婚式姿を妄想してしまった伊織は、顔が赤くなり、両手を頬に当てる。
伊織(わ、私ってば、何変なこと考えてるんだろ)
夾「そんな固く考えなくて良いからさ。行こうよ」
伊織「でも……知らない人には付いて行くなって、美津子さんが言ってた」
夾「みつこさん? それは、お母さん?」
伊織「いや、お母さんは私にそんなこと言わない。私が好きな小説の中のお母さん」
夾「はは、君、面白いね。僕は夾。君の名は?」
伊織「伊織……です」
夾「伊織。良い名だね」
ニコリと笑う夾。
初めて名前をほめられ、照れる伊織。
夾「ほら、これでお互い知らない人から知ってる人に早変わり」
伊織「いや、でも……」
俯き加減の伊織は、チラリと夾を見る。
伊織(こんな超絶イケメンがデートの誘いだなんて。これは、詐欺か何かかな。でも、私、もうすぐ死ぬんだし。一回くらい騙されても良いかも……)
伊織「えっと」
そこへ、警察から逃れた監視役の二人が店内に入ってきた。
男「伊織様! 旦那様より、早く戻って来いとのことです」
伊織「ゲームオーバーか……」
諦めに入った伊織。
伊織「これ食べたらすぐに戻るから、店から出ててくれない?」
男「いえ、わたくし共は、こちらでお待ちします」
隣の席に座る彼らを夾は一瞥して言った。
夾「誰?」
伊織「父の仕事の人です。私、帰らなきゃなので。すみません」
夾「そっか。残念。次はいつ会える?」
伊織「次……ですか?」
夾「うん。次」
夾は、期待の眼差しで見てくる。
伊織(ここから友達に発展したり、恋に発展したりするのかもしれない。しかし、私は二か月もしない内に、この世からいなくなる)
伊織「あの、私……神崎神社の伊織なんです」
モノローグ『それだけ言えば、この街の人ならすぐに分かる』『神崎神社の疫病神。無能だと』
伊織(これで、夾さんともお別れか)
寂しげにモンブランをパクリと食べる伊織に、夾はキョトンとした顔で聞いてきた。
夾「それは、神社でデートしようってこと? 俗に言う、おうちデート的な?」
伊織「え!? ち、違います!」
伊織(私ってば、なんてことを……てか、夾さんは私のこと知らない?)
そんな時だった——。
桜が店に入ってきた。
店員「いらっしゃいませ」
桜「ちょっと、ここに地味な女来てるはずなんだけど」
桜はすぐに伊織を見つけた。
桜「あ、いたいた。無能がこんなところで何してんのよ。この私にとばっちりくるからさ、早く帰ってくんない?」
伊織「ごめんね。すぐ帰るから」
桜「本当よ。無能のくせにこんな贅沢しちゃってさ。また水ぶっかけないと分かんないのか……な?」
嫌味をたっぷり言う桜は、夾を見て固まった。
桜「え、お姉ちゃん。この人誰?」
伊織「えっと」
伊織(名前しかしらないや)
夾「無能って? それに、水ぶっかけるって?」
伊織「それは」
桜「ハハハハハ、何のことかしらね。ね、お姉様」
伊織(桜……。まぁ、私も虐げられているなんて思われたくないけど)
伊織「妹の桜です」
夾は怪訝な顔のまま桜を見たが、次の瞬間、張り付けたような笑みを見せた。
夾「桜ちゃんね」
桜「はい! 可愛いって、よく言われます! あの、私とデートしませんか!」
伊織(最近の若者は、初対面の相手をデートに誘うのが普通なのかな。でも、夾さんは、私とデートしてくれるって言ってくれたのに……なんて応えるんだろ)
不安げにそのやり取りを見る伊織。
夾「良いよ。僕も(花嫁のこと)色々聞きたいし」
桜「え!? 私のこと知りたいんですか!」
鼻息を荒くする桜と、誰とでもデートが出来る夾に苛立ちを覚える伊織は、抹茶パフェをかきこんでから、お金を机の上に置いた。
伊織「じゃ、私は先に帰るから」
桜「じゃあねー」
嬉しそうに手を振る桜を無視して、伊織は店外に出た。
ガラス越しに見る桜と夾の姿を見て、伊織は切ない表情を見せる。
伊織(結局私の欲しいものは、全部桜に持ってかれちゃうのか……)
そして、赤くなった頬を両手で押さえる伊織。
伊織「え、私……夾さんのこと、欲しいの?」
伊織(いやいやいや、初対面! 初対面だから! 欲しいなんてないから。初対面で好きだなんてあり得ないから!)
監視役の二人に怪訝な顔で見守られながら、伊織は一人帰路についた。



